公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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5度目の世界で

二つ目の罪

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  罪を犯し、牢獄で果てたはずの私は、なぜか屋敷の自室のベッドの上で目を覚ました。
あの極寒の牢獄とは違う温かさ。 
永久凍土の北の大地では考えられなかった陽の光。
始めは夢かと思った温もりも光も、アリーが私を起こしに来たのを見て、全てが本物であると理解した。
いつもと同じようにアリーが私を制服へと着替えさせ、父と義母と義弟がいる食卓へと着く。 
朝から楽しげに話をする彼らは私を除け者に笑い合い、同じ空間にいながらも私の存在を無視した完成された家族の絵画を見せつけられている。
ああ、ここは間違いなく現実だ。 ここは、私を愛しない、血の繋がった他人の家だ。
それから私ははっきりと、自分が過去の世界に戻ったのだと気付いた。
それも、学園に入学してから半年後の時間。
あの令嬢が編入してくる、少し前の時間だ。

あの牢獄の中で私が祈ったのは、愛する誰かと暖かくて愛に満ちた円満な家庭を作り、誰かに見守られながら幸せな気持ちで逝くことだった。
しかし、神は私を過去に戻し、やり直す機会を与えて下さった。 少なくとも、私はその時にはそうだと信じて疑わなかった。
あの牢獄で、自身が悪いことをしたから愛されないのだと後悔したくせに、やはり自分はジークと結ばれる運命なのだと思い上がった。

次は上手くやろう。

上手くやろうと思った方向性が、その時には確かに前向きだった。
ジークに嫌われないように、構い過ぎないように適度な距離を置いた。 
生徒会の副会長として、ジークの手となり足となり献身的に尽くした。 
時には成績第1位のジークに教えを請い、さりげなく距離を縮めたりもして、付かず離れずの距離感を保つことに注力した。
その甲斐あってか、そもそも人当たりのいいジークは私にも笑顔を向けてくれるようになったが、それでもそれは一定の距離を保たれた、いわゆる友人としての立ち位置に収められているようだった。
それでも私は前回の失敗を繰り返さないように距離感を保ち続けた。いつかこの気持ちが届き、ジークに愛されるその時まで。
いつかジークと私は結ばれる。 そういう運命だから、そうなるのだから、間違えなければいい、問題ない。
そう自らに言い聞かせ、それでも届かない気持ちと向けられないジークの愛情に、私は内心苛立ち、そして怯えていた。
もうすぐあの令嬢が編入してくる。 ジークと出会って、もしかしたらまたジークはあの子を愛してしまうかもしれない。
いくら、ジークと私が運命で結ばれているとしても、愛されなかった前例が実体験としてあの牢獄の冷たさとともにこの身に刻まれている。

……大丈夫、大丈夫。
 
今度は、ジークに嫌われないように気を付けた。
一回前の世界で私がジークに愛されなかったのは私が悪かったからで、愛されるに相応しくなくなっていたから。 だから今回は愛される。 ジークは私を選んでくれる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫………。

ーーーしかし、現実は残酷だった。

ジークは、編入してきた令嬢が庶民出だと知ると、すぐさま彼女のサポートに回った。
会長としての仕事こそ疎かにしなかったが、それ以外は令嬢が恙無く学園生活を送れるように注力していた。
その様に、嫌な予感がしていた。
けれどそんな不安な気持ちを私は『ジークは優しいから』と無理矢理押さえ付け、これまでと変わらぬように副会長エリーナとしてジークを支えた。

ジークは毎日のようにあの令嬢の元へと向かう。
私の心が悲鳴をあげ、そしてあの令嬢を妬んでいるということに気付かぬまま。

気付いているのだろうか。

ジークは、あの令嬢の元へ向かう前にはいつも幸せそうな笑顔になっていることを。
私の前では仮面のように形の変わらない笑顔を作って向けているだけだと私が気付いているということを。

限界だった。
心がキリキリと締め付けられ、待てども待てども私にくれないジークの愛に渇望すればするほど、私の何かがドス黒く染まっていく。
嫌われないように、好かれるように距離感を調整して、献身的に尽くして、愛されるに相応しい存在となるために全てを頑張って、その結果がこれなのか。
なぜ、これだけ努力した私が愛されず、何の努力もしていないあの令嬢が愛される。
成績だって私の方が上だ。 
容姿だって私の方が美しい(そう友人だった令嬢らが言っていた)。
教養だってダンスだって礼儀作法だって全て私の方がジークの隣に立つのに相応しい。
当たり前だ、それだけの努力をしてきたのだから。
幼い頃から家庭教師に教わるよりも多くを寝る間も惜しんで学んだし、綺麗であるために美容にも気を遣ったし、淑女として必要な全てを完璧にこの身に叩きこむために何年も頑張ってきた。 
ジークとダンスを踊るあの令嬢が躓く度に、怒りが湧き出る。 
私なら、あんなミスなどしないのに。 私の方が上手く踊れるのに、私の方が美しいのに、私がジークと踊るべきなのに。 
頑張ってきたのに、努力したのに、何でお前が努力もなしにジークの愛を受けている、ジークの笑顔を向けられている、許せない許せない許せない許せない許せない………

ジークに愛されるための全てを踏みにじられて、私は狂ってしまった。
それでも、1度目の世界の教訓から慎重に、バレないように事を起こしていった。

大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫 ーーー 上手くやれば大丈夫。

あの令嬢の持ち物は、教室に誰もいないのを見計らって焼却炉に放り込んで火を着けて燃やした。 
窓の下を通りかかる所に汚水を真上からかけてすぐにその場から逃げた。
暴漢を雇い、町中を歩いているところを襲わせた。 もっとも、それは通りかかった警邏隊によって失敗に終わったが、警戒を怠らず慎重に事を起こすよう命じてあった暴漢達は誰一人として捕まることはなかった。
証拠を残さないように、慎重に、そして確実にあの令嬢の心も身体もボロボロになるように、最悪死んでしまっても構わないと思いながら陰湿なやり口で害を与えていく。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。 
念入りに、事を起こさせるに至ってあらゆる事態を想定して計画した。 証拠も残さず、深追いはせず、しかしあの令嬢を確かに傷付けられるように。

バレはしない、大丈夫、大丈夫、大丈夫。

その時も、足がつかないようまた別の暴漢を雇って令嬢を襲わせようと計画し、実行させたのだが、誤算があった。
彼らが令嬢を襲った時、側にはジークも一緒にいたのだ。
ジークを王太子だと知らない暴漢達は、前回の賢い暴漢達とは違い、令嬢以外に誰かが一緒にいたら撤退するようにという私の言葉を無視して襲った。
そして、ジークは暴漢達を返り討ちにした。
捕らえられた暴漢達は、王族を襲撃したとして断首刑にするぞと脅されて私が令嬢を襲うように指示した依頼人である事をいとも簡単に白状した。

それからは、また1度目と同じように拘束され、裁判にかけられ、有罪判決を受けた。
しかし、ここでは処刑の方法が違い、牢獄での終身刑ではなく王太子襲撃による国家反逆罪という判決が下った。
王族を害した貴族の罪人への処刑は、毒杯を煽るもの。

両陛下と王城の上位貴族ら、王城常駐の騎士達。 それだけの人達が、私の処刑の瞬間を見届ける。
しかし呼び出されてはいるが来ていない者も居るらしく、それが父と義母と義弟のユースクリフ家の人間だった。
裁判の期間中、牢屋に入れられていた私は、そこでユースクリフ公爵の使者だという男から私がユースクリフ家から除籍されたことを告げられた。
だから、今日も「そんな者など知らない」と出席を突っぱねたらしい。
私も、家族扱いされないのなんか今更で、むしろ来てくれなくてよかったとさえ思っていた。

だが、もう2人、呼び出されたのに出席しなかった人がいた。
ジークとあの令嬢だった。
被害者として出席を求められた令嬢が「エリーナ様が死ぬところを見たくなんてありません」と出席を拒否した。 そして、ジークはそんな令嬢に付き添って、同じく欠席したという。
噂によれば2人は既に恋仲らしく、王妃教育が上手くいけばそのまま王太子妃になるだろうと、処刑の日まで入れられていた牢屋の見張りだった騎士が私を嘲笑うように語っていた。

ああ、何て無様で愚かしい。
1度目と同じ自嘲を、また思わずにはいられなかった。
これでは、母のことを笑えない。 私もまた、あの母の血を色濃く継いだ愚かな女なのだ。
1つの愛に執着し、盲目的に愛を求めて、そこに求める愛などないと気付きもせず、最後にはありもしない愛の幻影に振り回されたまま、愛されぬまま、死んでいく。
ジークは愛をくれない。
わたくし……私は、ジークを愛していて、愛されたくて、愛を育みあいたくて、愛しあいたくて、愛が欲しくて、愛を、愛が、愛して、愛して、愛を愛をあいを……。
私はジークを、ジークを、ジークを………なんで、愛してほしいと望んだのだっけ……?
なぜ、ジークだったんだっけ?
ジークは生徒会の会長で、私は副会長で、それで、それでそれでそれで ーーーそれだけ?
ジークを求めたのは、愛がほしかったのは、どうして?

ーーーああ、そうか。
私は、ジークの愛が欲しかったんじゃない。
愛そのものが欲しかったのだ。
冷えた心を暖めてくれる愛を。 
暗闇に沈み込んだ私を照らしてくれる愛を。 
私の孤独を払い除けてくれる愛を。

誰でもよかった。 
なぜジーク? 都合がよかったから。 
ジークだからではない。 
愛が、愛が、誰かの愛が欲しくて。

冷えきって、穴だらけの心を埋める温もりを求める私はどこまでも空っぽで。 
何もない。 愛も、暖かさも、心を許せる誰かも、何も、何も、な~んにもない。
理解して、思わず自嘲の笑いが腹の底から込み上げる。
王も、王妃も、罪状を読み上げる官も、見届け人たる貴族達も不気味なモノを見るようにどよめく。 それでも私は私への嘲笑を止められない。
腹がよじれて、笑い疲れて、薄ぼんやりとした頭のまま、私の視界は一点を見る。 
そこには、毒杯が置かれている。
国王両陛下をはじめとする多くの貴族達が私を、空っぽで愚かな狂った罪人の死を見届けようと視線を向けている。

ーーー怖い。

その、私に向けられた多くの視線が怖くなった。
まるで空虚な私を見透かすように、この身の全ての罪を糾弾されているように感じた。

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い………

逃げ道は、あの視線から逃げなくちゃ、嫌だもう見られたくない。 

嫌だ、嫌だ ーーーあぁ、そうか。

逃げる道は、ただ一つ目の前に既に出されていた。
私は、未だ私の罪状を述べている官の言葉が終わらないうちに毒杯を煽った。
すぐに来た頭への激痛と、この身全てが焼き尽くされそうな熱を感じながら、しかし私の心は全ての視線から逃げられたことに安堵しながら消えていった。

そしてその形は、奇しくも牢獄で死ぬ前に望んだ、孤独ではない、誰かに見届けられる死となった。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「その時の私の罪は、たとえ違っていたとしても神様に与えられたとして得た機会を不意にし、そしてまた同じ過ちを犯したこと。 そして、まだ愛されるべきだと思い上がったまま、反省もしていなかった愚かな私自身」

神様が私を救ってくれるわけはない。
そんなことは知っていたのに。 これまでずっと、祈っても祈っても救ってなどくれず、信じてこなかったくせに。
どうして神様がやり直す機会を与えてくださったなどと勘違いしたのか。 
あまつさえ、その与えられた機会でまた同じ過ちを繰り返したのだ。 そして、その結末は毒杯を煽っての死よりも深く、私を絶望させた。

だって2度目の世界はつまり ーーどうあってもジークは私を愛することはないという事の証明だったのだから。

ジークが愛するのはあの令嬢で、それは決められた未来で、変えることも壊すこともできない絶対にして美しい結末なのだろう。
ジークと結ばれるべきは、ヒロインであるのはあの令嬢であって、悪役の私ではない。
ああ、なんとも愚かなことだ。 2度の死で漸くその事実に気付こうとは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
結局、あの学園もユースクリフ邸と同じだ。
私を愛する者など居ないし、孤独に寄り添ってくれる者もいない。
余計なしがらみと、いざという時には手のひらを返す打算的な者達。
だから、3度目の世界では学園に行くことを拒否した。 ただ、恐怖から逃げたのだ。
そして唯一、同等でなくとも私を見てくれた人が居た場所に逃げ込んだ。
そこで待つ、残酷な真実を知ることもなく。
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