最果ての少女は祈れない

ヤマナ

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最果ての少女

生霊令嬢

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「もし! この屋敷にはどなたかいらっしゃいませんの!?」

朝の早く。
ナナシが起きて、これから花壇の花に水やりでもしようと思っていたちょうどその時に、激しく屋敷の扉を叩く音と大きな女性の声が響き渡りました。
お客様ならばお迎えするのがナナシの務めですので、手に取った如雨露を置いて、急いで向かいます。

「もう! わたくしをどれだけ待たせるのかしら!」

「申し訳ありませんでした、お客様。 ようこそ、最果ての館へ。 お客様のお相手をさせていただきます、ナナシと申します」

「そう、ご丁寧にどうも。 わたくし、唯一王国シンルが公爵家であるレイスラークの令嬢、カルネ・レイスラークといいますの。 よろしくね、ナナシさん」

今回のお客様は、この世界に唯一存在する王国、シンルという名の国の、高貴なお家のご令嬢様でした。
たまに妖精さんがお仕事で行くという、生きた人の国。  私と草花以外に生きているものの無いこの最果ての地とは真逆の、たくさんの命に満ちた場所。
このお客様はそんな国で生きた人、だそうで。
……何だか、少し胸の内で引っかかるものがありました。
けれど、それは今この場では関係の無い私情なのでさっさと飲み下して、いつも通りの務めを果たす方向へと思考を向けます。
まずは、まだ朝早くで肌寒いので、お客様を暖炉のある客間へとお通しして、客間でお客様にソファーを薦め、暖炉に火を焚き、温かいお茶を淹れて、妖精さんがお土産にとくれたお菓子も持ってきて、お客様へとお出しします。
そこまで用意して、落ち着いて話を出来る場を整えて、ようやくお客様のお話を伺います。

「それではお客様、お話をお聞かせくださいませ。 どうか、ナナシにお客様の未練を教えてくださいませ」

いつもの務め、いつもの手法。 
そうして未練ある魂を知り、私の中で夢を見せて、未練を祓う。 
そのための、会話の時間です。
……と、いつもであれば死者の魂は未練に囚われている事が多いので、すぐに未練について話してくれるのですけれど、此度のお客様はまるで違いました。

「未練? 何でそんな事を聞くのかしら。 ナナシさんったらおかしな人なのね、話すなら楽しい事を話すべきでしょうに。 ああ、そうだわ! このお茶菓子って王都の老舗菓子店のものよね? あそこがまた新作のお菓子を出すのはご存知かしら?」

何というか、とても、お一人で喋るお客様のようで。
それも未練と何一つ関係の無い世間話や、ナナシ自身の事を知りたがる質問まで、コロコロと話題を変えてはお一人でずっと喋っているのです。
対するナナシは、しどろもどろになりながら返事を返すので精一杯です。

「ところで貴女、なんで目元を隠しているのかしら? 杖までついて、目が悪いの?」

「ナナシには目が無いのです。 この布の下は目玉の無いただの穴なので、見苦しいのを隠すために巻いているのですよ」

「えっ……。 ああ、そう、ごめんなさい。 無神経な質問だったわ」

「いいえ、お気遣いなく。 今さら、目が無いくらいの事なんて気にしていませんから」

たくさん楽しげに喋っていたかと思えば、急にシュンとなってしまったり。 
感情表現が豊かな方です。
ですが、ここまで話した中で、お客様はいろいろな事を仰いましたけど、一つだけ一切口にしない事がありました。 
それは、ご自身の事に関する話です。 
意識的に避けているのか、それとも何か事情でもあるのか。 分かりませんが、一つ思う事があるので試すとしましょう。

「お客様、少し手を貸してもらってもよろしいですか?」

「手? 別に構わないけれど、何かしら?」

「いえ、少し確認したくて……ああ、やはりそうでしたか」

直に手で触れてみて、考えていた事が確信へと至りました。
ナナシの体は、死者の魂をその身に宿して未練を祓う夢を見せる、言わば、容れ物のようなもの。 死者の魂に触れれば、自然とそれを取り入れてしまう体質なのです。
けれどこのお客様は、触れようともナナシの中に入ってはきません。
ならば、考えられるのは一つだけ。

「お客様、ご自分が死んだのはいつの事か覚えていますか?」

「は? 何を言っているのよ。 わたくし、死んだ覚えなんてなくてよ。 病気も無いし、健康そのものね」

「やはりそうですか……お客様は、生霊、というものなのですね」

以前、妖精さんが読んでくれた本の中に、そうした魂の在り方が書かれていた事があります。
肉体が死する事無く、仮死状態で肉体を離れて魂のみとなり彷徨う者。 その本では、そうしたものの事を『生霊』と呼んでいました。
概念としては以前から知っていましたが、ナナシがここでの務めを担う中で出会うのは初めての事です。

「へえ、そうなのね。 ずっと、不思議だったのよ。 自分の部屋で寝ていたのに、気付いたらこんな所にいて、夢だと思っていたけれど、何だかとてもリアリティがあるのだもの」

ナナシの考えを話してみると、お客様はすんなりと納得されました。 
実に、肝の太い方であられるようです。

「ナナシも初めての事です。 どのように対処すべきかはよく分かりませんが、お客様である事に変わりがない以上、丁重におもてなしさせていただきます」

「そう、ありがとう。 とは言っても、貴女はわたくしに仕えてくれてる給仕でも従者でもないのだし、そんなに畏まらなくてもいいわ」

「いえ、こればかりはナナシの務めですから」

生霊というものは、多く、肉体からの逃避を目的としてそうなる場合が多いとも、妖精さんが読んでくれた本には書かれていました。 
故に、満足するか、逃避の原因さえ無くなれば元の肉体に帰るのでしょう。
しかし現状、そうした手立てが無い以上、ナナシに出来る事はおもてなしする事だけ。
出来る限りで、務めを果たすべきでしょう。

「……まあ、無理を言うわけにもいかないわよね。 ではナナシさん、まずはこの屋敷の中を案内してくださらない? いつまでお世話になるか分からないのだから、色々と知っておきたいわ」

「承知しました。 それではお客様、ナナシの後を付いてきてください」

「あら、ナナシさん。 わたくしは貴女に名乗ったわよね? なのに、名前で呼んでくれないのかしら?」 

「え……あの、でもナナシは務めを」

「名前くらい、いいでしょう? もてなす事が務めなら、ホストがゲストを満足させるためにサービスをしてもいいと思うけれど」

「で、では。 カルネ、様……」

「様付けも駄目よ。 カルネ、と呼び捨てをなさいな。 わたくしも貴女に気を使わずに、ナナシと呼び捨てにさせてもらうから」

「え、えぇ……」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


以降、多少強引に呼び方を改めさせられて、お客様もといカルネを連れて屋敷の中を案内させていただきました。
目の無いナナシでも屋敷の間取りはある程度は把握していますし、以前妖精さんが廊下に沿って配置してくれた石があるので迷う事はごく稀な事なりましたから、多分大丈夫でしょう。
実際、今回はそこまで迷う事も無いままに案内を終えて、最初の客間に戻ってくる事が出来ましたから。
それからは、外気の冷えた寒い日となったので共に暖炉にあたりながら、ほぼカルネが一人で喋っている形の談話となりました。 
そうしていれば、やがて夜も更けて、もう遅い時間という事で談話を終えると彼女を客室へと案内します。

「結局、今日は元の体に戻れませんでしたね」

「そうね。 でもいいわ、今日一日とても楽しかったもの。 明日もこうなら、暫く元に戻れなくても構わないくらい」

そう笑うカルネは実に豪胆に思えるでしょう。
けれど今日一日彼女の話を聞き、会話をして、実はそうではないのではと、ナナシは感じました。 
言葉の節々に感じるのはナナシを探るような思惑で、自らの事を一切語らないのは自己防衛のためだと……邪推かもしれませんが。 
もっとも、それだけ考察しようと、ナナシには彼女が何を考えていようともあまり関係はありません。 ナナシはあくまでお客様をもてなす務めを果たすだけ。 
そこに、私情は不要なのです。
さて、夜も遅く、実はナナシももう眠いです。
なので、もうお暇させていただきましょう。

「それでは、お休みなさいませ」

そう挨拶して、客室を後にしようとドアノブに手をかけて……そこで、なぜか手を取られました。
犯人は、当然カルネでしょう。

「カルネ……?」

「ねぇ、今夜は一緒に寝ては駄目かしら。 さすがに、知らない場所で一人にされるのは、怖いわ……」

「……そういう事ならば、構いませんよ。 ホストがゲストを満足させるのは、当然の事ですから」

答えて、カルネが待つベッドにナナシも横たわります。 客室にベッドは一つだけですから、そういう形になりました。
お休みなさいと再度挨拶をして、ナナシは眠るように意識をシフトします。
とは言っても、ナナシは瞼を開いていようと閉じていようと変わらないので、意識が途切れて夢に埋没するのを待つだけなのですが。
そうして静かにしていると、すぐ隣でカルネが寝ているからか、色々な音がいつも以上に大きく感じます。
自分の心音、呼吸音、衣服とシーツの繊維が擦れる音。 他にも、カルネの音に、環境音も。
音は大きく、眠るには時間を取りそうです。
そう考えていると、不意に腕が胸の辺りに絡み付いてきました。

「ねえナナシ、起きてるかしら?」

「はい、カルネ。 なんでしょうか?」

腕はカルネのもので、彼女はナナシをまるで抱き枕を抱くようにしています。 そして、耳元のすぐ側で、小さく小さく囁いてきます。

「今日は、ありがとう」

「ナナシは務めを果たしていただけです。 感謝されるような事はありませんよ」

「ふふっ、ええそうね。 でも、わたくしはそれが嬉しかったのよ」

それは、いったいどういう事でしょうか。
カルネは、自身を高貴な家の令嬢であると、自己紹介の時に身分を語っていました。 つまり彼女は、裕福な家のご令嬢であるという事でしょう。
傅かれ、人を従え、奉仕される事には慣れているのではないのでしょうか。
疑問に思って首を傾げれば、カルネはナナシの首筋辺りに顔を埋めました。 
吐息が、こしょばいです。

「今日一日、貴女と話してみて分かったの。 貴女は、良くも悪くも自分の『務め』というものだけに忠実で、それ以外にはあまり関心が無いでしょう」

「それは……」

そんなにも、ナナシは分かり易かったのでしょうか。 これでも努めて、出来る限りお客様に寄り添うように接客しているつもりなのですけれど。

「別に、責めているわけではないわ。 むしろ逆。 わたくしにとって、貴女の務めに対するその姿勢は、とても心地の良いものだったわ」

「……どういう、事でしょう?」

「人との付き合いは、とてもしんどいというお話よ。 さあ、もう眠りましょう。 明日、また一緒に居られたら、わたくしの話をするわ。 その時には、ちゃんと聞いてね」

「はい」

「ふふふっ。 ねぇ、わたくし達、お友達になりましょうか」

「……はい」

「素直な子ね、ナナシったら。 おやすみ」

「はい、お休みなさいませ」

今度こそ、カルネは眠りました。
ナナシを抱きしめる姿勢のままで、耳元のすぐ近くで「すぅすぅ」と寝息を漏らしています。
……ナナシも、もう眠りましょう。


いつの間にか眠ったナナシは、夢を見ていました。
黒い影のような人型の何かに囲まれて、そんな中で笑顔を貼り付けて嘘を吐き続ける貴族令嬢の夢でした。
貴族令嬢は人型の影に傅かれ、けれど嘘ばかりを口にするそれらに辟易していました。 
信じられる者は居なくて、裏切られないよう、利用されないよう、一生懸命に自身も嘘を吐いています。

……ああ。 どこも、いつも、同じなのね。

ナナシは、繰り広げられる悍ましくも悲しい光景に、そんな感想を浮かべました。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


目覚めれば、ナナシを抱きしめていた感触は消えていて、カルネと二人並んで転がっていたベッドには今やナナシだけしかいませんでした。
いつの間にか消えたカルネは、無事に自らの肉体に帰れたのでしょうか……。
そう思っても、ナナシには預かり知らぬ事。
終わり、過ぎた事は気にしていても意味はありせんから、ナナシは杖を手に取ると、ベッドから飛び起きて今日の務めに戻るのでした。
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