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既に誰もいない浴場に足を踏み入れる。
服を脱ごうと脱衣所に設置してある棚に自分の着替えを置くと、後ろでデレクくんが声を上げた。


「あの、俺着替えを忘れました。先に入ってて下さい」


俺の返事も聞かずに足早に浴場を後にするデレクくん。

そんなに早く入りたかったのか?
だったら先に入ってて良かったのに。

なんて思いつつ汗まみれの服を脱ぎ捨てる。汚れた団員の服は自ら洗うか、業者に頼んで洗ってもらう。大抵の団員は業者に洗ってもらうが、俺は洗いに出した服が業者側の不手際なのか度々紛失するので頼むのを止めて自分で洗っている。
服だってただじゃない。団服…所謂制服は支給されるが、普段着は自分の給料で買っているのだ。

脱いだ服を軽く畳んで浴場に足を踏み入れる。
俺が作り上げた浴槽は、今日も良い感じに湯気を立てている。
まずは軽く汗を流してから身体を洗う。髪も洗おうと頭から湯を被るが、長くなった髪が張り付いて鬱陶しい。
体調変化の影響で髪の伸びるスピードが早くなり、放っておくと2ヶ月程で結べるくらいの長さになってしまう。
初めの内は切るのも面倒で一括りにしていたが、髪を乾かしたりいちいち結んだりする方が面倒になり、伸びてきたと感じたら切るようにしていた。

次の休みにでもヒースに切ってもらおうと決めて無造作に髪を洗う。
身体も同じように洗い、流していく。
この世界にも石鹸が存在するが、泡立ちはそれ程良くはない。代わりに汚れがしっかりと落ちるので、一般市民には馴染みのものだ。
材料は何で出来ているのだろうと以前調べてみたが、聞いたことのない植物の名前が羅列してあり絵の付いた図鑑なども無かったので結局分からなかった。
シャンプーやリンスののような役割を果たす洗髪剤も存在するが、この世界では高級品に分類されるため金持ちしか使っていない。


身体の汚れをしっかりと落としてようやく湯船に浸かる。
自然と吐息が漏れて身体の力を抜いた。

やっぱ風呂サイコー。
苦労して作ったかいがあったな。

汗で冷えた身体を温めながら伸び伸びと手足を伸ばす。時折腕や足の筋肉を揉みほぐしてマッサージを施しじっくりと広い風呂を堪能する。


「それにしてもデレクくん遅くね?」


十分に身体が温まりそろそろ上がろうかと腰を浮かせてはたと気付く。
着替えを忘れて後から来るというデレクくんが未だに来ない。俺が風呂に入ってから30分以上経っているのだ。いくらなんでも遅すぎる。
俺は様子を見に行こうと浴槽から上がって脱衣所に続く扉を開けた。


「……え?」


するとそこには。


「デレクくん?」


脱衣所の床に、血塗れで倒れる待ち人の姿があった。


「ちょ、え?!」


慌てて駆け寄りその身体を起こす。どうやら鼻血を出して倒れたようだ。
誰かに襲われたとかじゃないっぽいが、何故鼻血なのか。


「デレクくん、デレクくーん。大丈夫かっ?」


頬をペチペチと叩きつつデレクくんの頭を膝に乗せて手探りで掴んだ何かの布を鼻に押し当てる。


「……ぅ…」


デレクくんの瞼がピクリと反応し、ゆっくりと瞳が見えてくる。焦点の合っていない瞳を覗き込み、既に鼻血が止まっていた鼻から布を外して様子を見守る。


「大丈夫か?具合い悪い?」


血塗れの顔を拭いてやりながら声を掛けると、ハッとしたように目が見開かれ慌てて起き上がった。


「すみませ…っぅ…」


突然起き上がったからか眉を寄せて呻き声を上げるデレクくん。
俺はその身体に手を添えて再び俺の膝に頭を乗せて寝るように促す。が、頑として動かない。

何で横にならんのよ。
具合い悪そうなんだから横になりゃいいのに。

嫌がるのを無理矢理寝せる訳にもいかず、近付いて血塗れの顔を丁寧に拭っていく。


「大丈夫か?どうして鼻血なんか……どっかに顔ぶつけた?」


優しく丁寧に。デレクくんの頬に手を添えて拭っていくと、ようやく落ち着いたらしいデレクくんの視線が俺の顔を捉えた。次いであちこちに視線を巡らせ、突然驚いたように目が見開かれ見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。


「どした?大丈夫か?」


俺は尚も血の汚れを拭いつつもデレクくんが心配になっていく。

やっぱ具合い悪いんかな。

何やら俯いてぶつぶつ言い始めた。やはり何処かぶつけたのだろう。


「ほら、下向いたらまた鼻血出るぞ?」


俯く顔を両手で上げさせて目線を合わせる。


「……っ!」


その途端、つ……と再び彼の鼻から赤い液体が垂れてきた。下を向いたせいで血流が流れたのだろうか。俺は慌てて手にしていた布を彼の鼻に押し当てる。

あ、これさっきまで着てた汗まみれの服じゃん。
やべぇ…汗臭そう。


「ごめん、デレクくん。汗臭いだろ?」


そう言って膝立ちになり備え付けの棚から使おうと思っていたタオルを手繰り寄せてシャツの代わりにデレクくんの鼻に押し当てる。みるみる赤くなっていくタオル。尋常じゃない量の鼻血である。

この量ヤバくね?

いくら鼻血でも出過ぎだ。慌てて回復魔法を使ってみる。失われた血液は戻るのだろうか…。
少し様子を見守ると、顔色は良くなっていた。ひとまず安心だ。
タオルをデレクくん自身に持たせてあちこちに付いた血を流そうと立ち上がりかけ、自分が素っ裸なのを思い出す。

道理でデレクくんが膝枕嫌がるハズだわー。
息子様がいるとこに頭乗せたくねぇよな。
しかもさっきデレクくんの目の前で膝立ちしなかったか?
……なんてこったい。
ごめんよ、デレクくん…。
目の前を息子様がブラブラしてたら具合も悪くなるよな…。

己の失態を恥じつつ、そのまま休んでるように言うと俺は浴場へ戻って付着した血を洗い流した。
それから身体の水気を魔法で吹き飛ばし服を身に付けていく。
が、後ろでドサリと何かが倒れる音がして振り返ると、デレクくんが仰向けで倒れていた。


「大丈夫かっ?!」


慌てて駆け寄るとドクドクと鼻から血を垂れ流して気絶している。傍らには先程まで鼻を覆っていた俺の汗まみれシャツが広げられて落ちていた。

汗まみれシャツで鼻血拭いてたって気付かれた?!
デレクくんごめーん!!

とにかく、もう一度回復魔法を掛けてから鼻血が止まるまで様子を見守り、デレクくんの様子が安定したところで俺はヒースを呼びに夜の宿舎内を駆けていったのだった。

助けてヒース!
デレクくん死んじゃう!!



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