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その日の業務が全て終わった夕方過ぎ。
部屋の扉がノックされ、沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
すっかり暗くなった部屋の中を覚醒したばかりの頭で微睡みつつ見渡す。

あぁ、夜か…。

今夜はこのまま寝てしまおうと再び目を閉じよとして扉がまたノックされる音に完全に覚醒する。


「……は、い」


息苦しさは和らいでいたが、声が掠れてしまっている。身体も、相変わらず力が入らないので起こす事は困難だ。

俺の返事を聞いてか扉が開かれた。
ギルかレイド…もしくはヒースが心配して様子を見に来てくれたのだろうと思っていたが…。


「…失礼します」


開かれた扉の先に立っていたのはデレクくんであった。
彼は、暗い部屋に一歩踏み込むと設置された魔道具へと歩み寄り魔力を通す。途端に部屋は明るくなり、その眩しさに俺は目を眇めた。


「夕飯、持ってきました。……大丈夫、ですか?」


デレクくんはずっと持っていたであろう夕飯の乗ったトレイをテーブルへ置き、ベッドから起き上がらない俺を振り返ってその顔を心配そうに歪める。

普通に喋ってるっ。
しかも心配してくれてるしっ。
めっちゃ良い子じゃんっ。

なんて単純に喜んでしまった。
嫌われていないと思いはしたが、夕飯を運んでくれる程に心配してくれるとは思っておらず感動してしまう。


「大丈夫。病気とかじゃないし、満月近いから仕方ないんだわ」


「……満月…」


事情は察してくれたようだ。何やら頬を染めて顔を背けている。

初い。

事情を話した声は掠れていたが、普通に話せるほどに落ち着いているようだ。だが、折角持ってきてくれた夕飯は食べられそうにない。


「ごめんな?折角夕飯持ってきてくれたのに食べられないわ」


身体がまだ休みたがっている。この分だと明日も食べられそうにない。
俺は申し訳ない気持ちでデレクくんに告げるが、当の本人は気にした様子は無く緩く頭を左右に振った。


「いえ、そういう事情なら仕方ないと思います。……水は飲めますか?」


甲斐甲斐しーい!
世話焼いてくれてるー!

今までの態度は何だったのかと言いたくなるほど、とても甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくれてる姿に驚きを隠せない。いや、とても喜ばしい。


「飲みたいけども起き上がれねぇしな…」


そう、起き上がれないのだ。この世界には寝たきりの相手に水を飲ませられるような道具は無いので、どうしても起き上がらせて飲ませなければならない。
きっとギルとレイドが後から来てくれるからその時に飲ませてもらおうと思ったのだが…。


「……辛かったら言ってください」


ベッドの近くに歩み寄ったデレクくん。何をするのかと見上げていたら、なんと俺の身体を支えて起こそうとしてくれているではないか。

マジか。
どうしたデレクくん。
良い子過ぎる。
面倒臭い子だとか思っててごめーん!!

最早感動し過ぎて泣きそうなレベルである。
ここまで甲斐甲斐しく世話をしてくれるとは思っていなかった。


「何かごめんな?助かったわ」


背後で身体を支えてくれるデレクくんに礼を言うと、ぷるぷると腕を震わせてコップを持とうとする。が、出来ずにデレクくんが口元にコップを寄せてくれた。

何から何まで良い子過ぎて辛い。

飲み終えたコップを離して近くの三段チェストの上へ置く。俺の身体をゆっくりとベッドに寝かせてくれて毛布まで掛けてくれようとする。
そこで俺が寝汗をかいている事に気付いたらしい彼は、一瞬視線を彷徨わせて何かを考えてから俺を見る。


「……汗、かいてるんで身体拭きますか?」


もおおおお!
この子どうしたの?!
良い子過ぎるわ!

等と一切出さずに流石に悪いと思ったのでそれは断る。
きっとギルとレイドが来てくれるので…以下略だ。


「何から何までありがとうな。2日後には元に戻ってるし、大丈夫だから」


身体を拭くという行為に断りを入れた俺に毛布をかけてくれるデレクくんに礼を言う。


「いえ、普段世話になってるんで。……あの、1ついいですか?」


ベッドから離れて持ってきた夕飯が乗ったトレイを再び手にしつつ振り返って尋ねてくる。
俺は軽く頷いて了承の意味を込めると続きを促した。


「あの……シン先輩の相手って…ギルフォード団長ですか?」


うん。
うん?
相手って、何の?


「えーっと、相手ってのは…何の相手?」


鍛練の相手ならレイドだぞ、なんて的外れであろう事を思いつつ思ったままの事を口にした。


「えぇと……その、恋人…というか…」


「あぁ、成る程。それならギルとレイドだな」


デレクくんの言わんとしている事をやっと理解して2人の名前を告げる。
第三騎士団の中では周知の事実だが、入ってきたばかりの新人くん達には知られていないのだろう。
もっとも、普段のギルの態度を見ていたら勘の良い子は気付くだろうが、レイドも恋人だということは気付かないだろう。
ギルは公私混同はしないが、私事になると途端にデレデレする。レイドは余程親しい者の前でない限り、普段と変わらない。


「…そう、ですか…。レイド副団長も…」


何やらぶつぶつ言っているが、すぐにこちらを見て質問に答えた礼を述べられそのままトレイを持って部屋を後にした。

俺は何が何だか分からず疑問を感じていたが、その疑問は解消される事は無くいつの間にか再び意識を手放して眠ってしまっていた。


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