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しおりを挟む新人教育ってのは難しい。
指導する者によって、今後の彼等の仕事に対する姿勢が定まってしまうのだ。
勿論新人達の性格にも左右されるだろうが、良くも悪くも影響を与えてしまうのは確かだ。
第三騎士団の先輩騎士達は、クセの強い者もいるが皆職務に忠実だ。騎士団としての誇りを持ち、国民を守る義務をきちんと理解している。
勿論、中にはたまにサボりをしている者もいるがそれは本当にたまにである。
多少の息抜きも必要で、だからこそ皆職務に励めているのだ。
そんな先輩騎士達に指導される新人達も、きっといいお手本を見習って立派な騎士団員となっていくだろう。
その証拠に生意気盛りだった新人達の角が取れ、着々と騎士団員としての成長を見せている。
そんな中、俺が指導を担当する新人くん……デレクくんはあの討伐任務以降、頑なに俺との交流を拒んでいる。
と言っても早朝訓練から業務が終わる夕方まで指導騎士と新人騎士は常に行動を共にしなければならないので、傍にはいる。
傍にはいるが……。
「デレクくん、剣の振りが甘い。もっと脇を締めて。それじゃあ自分の足に刃が当たって怪我をする」
「……はい」
「デレクくん、その書類は破棄してくれていいよ」
「……はい」
「デレクくん、夕飯一緒に食べよう」
「……………」
と、言った具合だ。はい、という返事以外、朝の挨拶をしても会釈をするだけ。不満なのか何なのか、嫌なことには全くの無反応。
一応、指導した事に関しては素直に言うことを聞くようにはなった。なったが、やはりはい、という返事をして黙々と動くだけだった。
本人が望まないのであれば、必要最低限の接触のみにしようとは思うが……出来れば今後の職務でギクシャクはしたくない。
特別親しくなろうとは思わないが、軽い雑談程度は出来るようになっておきたい。
命を危険に晒す現場で、命の危機に瀕したくはない。
さてどうしたものか、と書類を運びながら隣を窺い見る。俺と同じように書類を抱えて歩くデレクくんは、まるでこちらを意図して見ないようにしているかのように真っ直ぐ前に視線を向けている。
その様子に軽く息を吐き出した。
途端、かくん、と足の力が抜け持っていた書類を散らかしながら倒れ込みそうになる。
「……っ…」
咄嗟に隣を歩くデレクくんに腕を伸ばしてしがみついてしまった。
不可抗力です、ごめんね。
「ぅわっ…え、えっ?」
突然しがみつかれたデレクくんは反射的に俺の身体を支えてくれたが、手にしていた書類は床に散らばり戸惑いの声を上げる。
「え、…ちょっ…、えっ?!」
何やらデレクくんが物凄く慌てている。そりゃそうか。突然しがみつかれて、倒れそうになってる俺がいるのだから。
グラグラとした目眩に襲われながら戸惑いつつも俺を支えてくれているデレクくんから離れようと腕に力を入れてみるが、全然力が入らない。
その内足にも力が入らなくなり、ズルズルとしゃがみ込んでしまう。
これは…アレだな…。
確か2日後は満月…。
しゃがみ込む俺に合わせてあたふたとした様子でデレクくんもしゃがんでくれた。
良い子じゃないか、デレクくん。
俺はしがみついていた腕にも力が入らなくなり、ダラリと腕を投げ出して息苦しくなりつつあるのを覚悟で口を開く。
「ごめん、な……。悪いんだ、けども…ギルか…レイド……呼んで、きてくれ…っ…」
ハァハァと肩で息をし、苦しさに涙が滲む。必死で言葉を紡ぎながらデレクくんを見ると、彼は一瞬息を詰めてそれから頷き俺を丁寧に壁に凭れさせてから急いだ様子で元来た廊下を戻っていった。
ギルは今の時間は団長室にいるから呼びに行ってくれたらしい。
俺はくたりと壁に寄り掛かって荒い呼吸をしつつ、去って行くデレクくんの背中を見つめる。
彼が行ってくれた対応をぼんやりと思い出した。
嫌われてはいないみたいで良かった…。
嫌われてたら放っておかれるもんな…。
そんな事を思いつつ息苦しさに目を閉じていく。
目眩と、息苦しさ、力の入らない身体に、徐々に上がりつつある体温。
忙しさにかまけて忘れていた。何度か体験したことのあるこの感覚は、身体が変化していく証。
2日後の満月の日に、俺は妊娠できる身体になる。
この体調変化は、その兆候。
「シンッ!」
遠くからギルの声が聞こえる。急いで駆け付けてくれているであろう足音も。
俺は閉じていた目をゆっくりと開き、こちらに向かってくるギルとヒース、デレクくんの姿を瞳に映す。
「シンさん、大丈夫ですか?後の事は任せて、団長に部屋に運んでもらいましょうね。デレクの事も私に任せて大丈夫ですよ」
ヒースが優しく頭を撫でてくれるので、安心して頷く。近くに寄り添ってくれるギルに俺は力の入らない腕をぷるぷると震わせて持ち上げて伸ばす。
「ギ、ル…連れて…て…」
その腕を優しく取られ、丁寧な動作で抱き上げられる。俺はなすがままにギルに身体を預けてその場を去った。
その様子をじっと食い入るように見られているとも知らず、すっかり安心して瞳を閉じてギルの体温を感じていた。
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