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翌日、朝早く訪れたアレクが連れてきた侍従はとても穏やかそうな見た目の人だった。シムスという名で、昨日までアレク付きの侍従だったのだそうだ。
それではアレクの侍従が減ってしまう、と言ったところ代わりの者が仕えているらしい。


「シムスは長年私に仕えてくれている、とても信用出来る者だ。何かあったらシムスに言ってくれ」


そう言うアレクの後方で深々と頭を下げるシムスさんに、俺は会釈をする。
仕えてもらうような立場ではないが、今は仮にも婚約者。取りあえずアレクが言う通りにしておこう、と人知れず思う。


「では、行こうか」


こちらに手を差し出すアレクを不思議そうに見つめるも、すぐに訓練場に案内されるのだと思い出して刀を手に取りベルト代わりの腰紐に差す。
差し出された手に自分の手を添えるだけにするとすぐにぎゅっと握られた。そしてそのまま部屋を出る。
アレクと俺が並んで歩き、そのすぐ後ろをシムスさん、護衛騎士のザイさんとランスロットさんが続く。
護衛騎士の2人には昨日アレクが去った後に謝罪をし、そのまま仲良くなって名前を教えてもらった。
基本的にこの2人が中心の護衛らしいが、他に6人護衛騎士がおり、夜間や不在時の護衛を担当するようだ。
会えた時にでも名前を聞こう。

昨日も通った中庭に続く廊下を歩き、中庭に着く手前で曲がる。
昨日行った中庭は王族の女性陣のお気に入りの場所らしく、天気の良い日は確実に誰かがいるのだそうだ。
見付かると何かと時間を取られるという事で中庭にはあまり近付かない方がいいと忠告された。
それには俺も大いに同意する。生前でも母親と妹が揃うと何かとうるさかったのを思い出し、感傷に浸りそうになって気を引き締める。
取りあえず、今は道順を覚えよう。

暫く、と言っても10分にも満たないほどだが。アレクに案内されつ訓練場に到達した。
1回で覚えられる道程ではないが、明日からはシムスさんに案内してもらいながら覚えよう。
やっぱり王城と言うだけあって広い。訓練場に来るだけでも良い運動になりそうだなどとつい考えてしまう。

案内された訓練場は室内だった。と言っても天井と壁があるというだけで、室内には砂地や芝生が生え打ち込みの出来る的などがあった。そこまで広くはないが、10人程の人数で訓練しても十分な広さではある。過度な装飾も施されてはいない為、思い切り動いても大丈夫そうだ。


「案内していただいてありがとうございます」


アレクに礼を述べてから室内に足を踏み入れ、壁際で靴を脱ぐ。芝生があるなら久しぶりに裸足で鍛練したい。それから室内に向けて一礼し、足を踏み出す。
宿舎の訓練場は長年踏み固められた土で出来ており、時折砂利を入れて実践に近い状態にしているためお世辞にも裸足で動けるような場所ではない。
久しぶりの素足と、そこに感じる心地良い芝生の柔らかな感触に何度か足踏みをする。

良い感触だ。

準備運動をしつつ扉付近からこちらを見ているアレク達をチラリと見る。
護衛2人は周りの気配に目を向けている。シムスさんはいつの間にか手にタオルを持って穏やかな笑みを浮かべて控えているようだ。
アレクは何が楽しいのか、にこにこと笑みを浮かべてこちらを見ていた。

見てても楽しいことなんてないんだけどなー…。

若干不思議に思うものの、何も言われないので準備運動を続ける。
粗方身体を解すと深く深呼吸を繰り返して呼吸を整え集中していく。
鞘を握り鍔に親指を添えてそっと押し上げると、カチリと小気味良い音がする。体勢を低くすると柄を握り締め目の前に見えない敵を思い浮かべる。
抜刀すると同時にイメージで作り上げた敵を斬り上げる。腕と抜き身の刀身が一直線になったところでピタリと動きを止め、両手で柄を握り上から下へと振り下ろす。
幾度も幾度もイメージで作り上げた敵を斬り伏せていく。
ボタボタと滴った汗が目に入り、集中力が途切れたところで動きを止める。
刀を鞘に納め一際深く長い息を吐き出して気持ちを切り替える。
体感的には10分ほどだが恐らく2時間近く動いていたようで、日はすっかり高くなっていた。
集中力が途切れてしまってはどんなに動いても疲れるだけである。今日はこの位で終わらせようと振り向いたところで視界に入った人物を見てハッとした。

やっべ、アレクいたの忘れてた。

そう、そこには来たときとなんら変わらない様子でこちらをにこにこと見つめているアレクと、侍従達がいた。
正直、ここが王城だという事も忘れていた。
俺は急いでアレクの元に駆け寄り頭を下げる。


「すみません、夢中になってしまって…」


確か、一緒に鍛練するような事を言っていた気がする。それを忘れて好きにしてしまった事に詫びたのだが…。


「いや、気にしなくていいよ。……とても綺麗だった」


当の本人は気にした様子も見せず、変わった感想を述べるだけに止まった。
疑問符を浮かべつつ、気にしていない様子にホッと胸を撫で下ろす。するとシムスさんがすっとタオルを差し出してくれたので、有り難く受け取り礼を述べて使わせてもらう。
タオルで汗を拭いているとシムスさんが俺が脱いだ靴を足下へ置いてくれた。

え、いつの間に取りに行ったの。
瞬間移動?

そう思わせる程の早技である。
驚きつつも再び礼を述べて足の裏に付いた汚れを払って靴を履く。


「そろそろ昼食の時間だろう?着替えてから一緒にどうだい?」


自分の身体を見下ろすと確かに汗でシャツが張り付いており、若干気持ち悪い。
流石の早技シムスさんもシャツは用意して無かったようだ。ちょっと安心。


「ご一緒させていただくのは嬉しいんですが、作法など知りませんよ?」


簡単なテーブルマナーなら分かるが、勿論こちらの世界のものではない。しかも昼食となると作法も違ってくるだろう。
なので、ここは必殺分からないふりで通す。


「そんなに大仰なものじゃないよ。どうしても作法が気になるなら私の部屋か、シンの部屋で食べようか」


部屋でなくてもいいのでは?と思いつつ、有り難い提案のため頷く。


「まずは汗を流すと良い。準備が整ったらシムスに伝えてくれ。私は少し仕事を片付けてくる。また後で」


そう言って俺の手を取り、手の甲に口付けを落とす。

…………………はい?

その行動に固まったままでいるといつの間にかアレクは訓練場を後にしていた。

何だかどっと疲れてしまった。主にアレクの去り際に。
ともかく、汗で濡れた服をどうにかするため1度部屋に戻る。
部屋に戻ってすぐに、シムスさんから湯の準備が整っていると告げられいつの間に?!と驚いたのは言うまでもない。

早技シムス、恐るべし。



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