上 下
46 / 81

46

しおりを挟む



馬車に揺られて5日。窓から王都の街並みを眺めながら俺は5日前の事を思い出す。

ギル達第三騎士団は、これから約1ヶ月の間王都には戻らない。
魔物討伐を終えたら、近隣の村や町で聞き込み調査を行うからだ。本来ならば俺もその任務をする筈なのだが、俺は騎士団を一時退団してアレクセイ殿下の仮の婚約者になる為、王都に舞い戻った。

この世界にやってきて1年近く。
初めて慣れ親しんだ人たちと離れて生活する事になる。

魔物討伐へ赴く一団を見送る際、ギルとレイドには抱擁とキスを送られ、ヒースは優しく髪を撫でてくれた。
他の団員達もそれぞれに声を掛けてくれ、こちらが見送るつもりが何やら盛大なものになってしまった。
彼らの無事と任務の遂行を祈りつつ、街並みから視線を外した。


「流石に疲れたかい?」


目の前に座っているアレクセイ殿下が声を掛けてくれる。
確かに、5日間という長い時間を馬車に乗って過ごすのは初めてで最初の頃はその乗り心地や騎馬では味わえない景色の流れに感動した。
だが流石に座りっぱなしで過ごすのは辛く、いくら王族用に誂えた馬車でも俺の尻が限界を迎えた。
そんな俺の様子を見て殿下が配慮してくれたのが、騎馬での移動だった。
仮であっても婚約者という立場の者が騎乗して良いものか問うたところ、仮婚約の事をわざわざ国民には知らせる予定はなく、また人目のある所では馬車に乗りさえすれば大丈夫との事でその行為に甘えさせてもらう形になった。


「馬車での移動は初めてですから、多少は。でも殿下のご配慮のお陰でそこまで疲れてはいないですよ」


気遣ってくれる相手に嘘は吐かない。
俺は笑みを浮かべて本音を告げる。


「………これから婚約者になるんだから殿下ではなく、アレクと呼んでもらってもいいかい?私も団長達のようにシン、と呼ばせてくれたら嬉しい」


なんだ、今の間は。

目元を和らげて告げられると、その理由に納得して頷く。
確かに、名前で呼ぶのは婚約者ならではだろう。
だが俺は殿下と呼んでも差し支え無いような気もしなくもない。何より不敬に当たるのではないかと思い当たり訂正しようとしたが、嬉しそうな笑みを浮かべている様子にその言葉も言えなくなり大人しく殿下呼びを封印した。

仮とは言え、婚約者だからな。
友達みたいに気易く接した方がいいのかも?
そもそも殿下って友達いんのか?
次期王様だし友達と呼べる相手はいないとか…。
え、ちょっと泣けてくるんだけど。

等と失礼な事を思いつつ未だ嬉しそうな様子の殿下…アレクを微笑ましく思ってしまい、知らず笑みを浮かべていた。



王都の街並みを抜け、騎士団の宿舎に帰るような道程を馬車は行く。
王城は、騎士団本部に隣接している。
宿舎は、騎士団本部に併設している。
騎士団本部を挟んですぐ近くに住み慣れた場所があるのだ。

通り過ぎる宿舎や本部を見送り、馬車は王城の門を潜って行った。

こんなに近いのに俺は初めて王城を間近で見る。
まるで、生前で見た夢の国の城のようだ。
ヨーロッパの城というイメージそのもので、違っているのは一際高い塔が城の中心部から伸びているところか。
ヨーロッパの城のど真ん中に銭湯の煙突が生えていると言った方が早い。

そんな城を珍しく思って馬車の窓から見上げつつ、馬車が止まるのを待つ。
緩やかにスピードは落ちているが、どうやら正面から入るのではないらしい。
途中で何度か馬車が止まり、その都度15分程の待機をさせられた。
最終的に馬車が止まった先は王族用の城への出入口らしい。
城の詳しい構造など分かる筈もないが、護衛面を考えての出入口なのだとか。
馬車から降り立ち、周りを見渡す。成る程、高い城壁で囲まれている上に、生い茂る木々で馬車や出入口すら見えないだろう。
確か、途中で止まったカ所も木々が生い茂っていた。
アレクと俺が馬車から降りると、アレクと背格好が似た青年と俺に扮した青年が馬車に乗り込む。そして2人を乗せた馬車は再び護衛を連れて動き出す。護衛として付いてきたカインくんも、馬車と一緒に去って行った。

よくよく話を聞いて、納得する。
王族の身の安全を考えての事らしく何処で降りたのか分からなくするためらしい。
途中で何度か止まった場所も、今目の前にある場所も王族が使うとは思えない程古ぼけた見た目の扉があった。他の場所と違うのは、護衛騎士が扉の中から数人出てきた事だろう。

アレクは俺に手を差し出し、中へ誘おうとする。
差し出された手の意味が分からず戸惑うが、すぐにエスコートする為なのだと理解して遠慮がちにその手を取ると、ゆるりとした足取りで城の中へと入っていく。
周りを騎士に囲まれ手はアレクに握られ、何やら居心地が悪い。


「今から部屋へ案内するからね。明日は父に会ってもらわねばならないが、今日はゆっくり休んでくれて構わないよ」


城内の煌びやかな雰囲気に圧倒されつつ、物珍しさから視線を彷徨わせてしまっていた俺に、アレクは落ち着いた声で伝えてくる。
その声に頷きそうになり、アレクの顔を凝視した。


「父って……へ、陛下…ですよね?」


「そうだよ。まぁ、今回の事は全て伝えているから会う必要はないんだけど、父が一度御遣い様に会ってみたいと言っててね。王としてではなく、私の父として個人的に会うから会わせろとうるさくてね」


呆れるだろう?と苦笑する様子にげんなりしてしまう。
仮とは言え、婚約者だ。公の場でないだけマシだろうと自分に言い訳して、分かりましたと答えたのだった。



しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

処理中です...