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6(ギルフォード視点②)

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シンの指先で空になったカップが弄られる。その指に触れたくて、カップを奪った。代わりにやんわりと笑みを浮かべておく。


「お代わりを持ってこさせよう。ヒース!」


団員達の元で忙しく動くヒースに声をかけた。流石第三騎士団の副団長を務めているだけはある。直ぐさま反応して意図を読み取り笑みを浮かべて去って行く。仕事が出来るな、ヒース。
私は隣に座るシンを見つめる。

タオルは被っているものの、未だにしっとりと濡れたままの髪は夜空の黒より漆黒だ。長い睫毛に縁取られた瞳も黒く輝き、意志の強そうなくっきりとした目元をしている。鼻は小高く、唇は柔らかそうな膨らみを見せていた。身体が温まったのだろう、唇は赤く色付き、頬も赤みを帯びている。私の渡した服が大きかったようで、鎖骨が魅惑的に誘っているように見える。
ふと、シンが私をじっと見つめ、距離を近付けてきた。
な、なんだ?そんなに見つめないでくれ。いや、お礼という名の口付けを求めているのか?!
いやいや、何を考えているんだ!!
でも!この可愛らしい唇が!薄く開いていてだな!
…!!何を!いや、彼は恩人であって、まだ少年でだな!
あぁぁ…!!なぜそんなに可愛らしく瞬きをするんだ?!駄目だ!襲いそう!!
唇に吸い寄せられそう!!ちょ、冷静に!!


「その…、シン?……そんなに見つめられると、流石に…て、照れるのだが…」


ハッとした様子で私を見つめる黒い瞳。
あぁ、[俺]がだらしない顔で映ってる…。シンの身体からいい匂いが…。鎖骨も美味しそうだな…。舐めてみたい…。


「ギル…?どうした?なんかボーッとしてねぇ?」


目の前で動くシンの手にハッとした。
[俺]は…何を…!!
直ぐさま距離を取り、私という危険から遠ざける。
助けて、ヒース!シンを襲いそう!!


「あ…、あぁ!いや、何でもない!ほ、ほら!ヒースがお代わりを持ってきたぞ!さぁ、飲んでくれ!」


思わず団員達の方へ視線を向けると何ていい男なんだ、ヒース!
天の助けか、邪魔者なのか、助けを求めたヒースが此方へ向かっていた。
ヒースからお代わりのホットワインを受け取り飲み始めるシンを見つめ、再びうっとりしそうになる。
が、現実へ。


「ちょっと、ギル!お前恩人に対して何て目を向けてんだ!」


「いや、しかしだな…!あまりにも魅力的過ぎて…!」


「確かに分かるけどね?!相手はまだ子供だぞ?!手ぇ出したらお前犯罪者!!分かってんのか?![俺]も出すなよ?!抑えろ!この変態絶倫野郎!」


「わ、分かっている…!」


この間数秒。いやぁ、流石ヒース。頼りになる。仕事が出来る男は違うな!うんうん。


「ところで、怪我人なんだけど…」


ふいにヒースの声色が変わり、副団長の顔付きになる。
私も気を引き締めて頷く。


「あぁ、早々に切り上げるかせねばならんな…」


そこに、不思議そうな声音のシンの声。あぁ、耳に心地良いな…。


「おい、どうした?」


今までの桃色トークは聞かれていないだろうか…うん、大丈夫そうだな。
先を促すように言葉を続ける姿も可愛らしい…いや、誘っているように見えてくる。
駄目だ…末期か…。

シンの言動一つ一つにうんうん悶えている私をよそに、ヒースが口を開く。
あ、目で役立たずって訴えてる。流石ヒース。…仕事が出来るな…うん…。


「実は先程の魔物の襲撃の際に、負傷者が数名出たのですが、持参している荷物に薬草があまりありませんし、聖属性魔法の使い手も連れてきておりません。重傷者の手当は既に済んでおりますし、残りは軽傷の者なので指示を仰ぎに来たのです。この後は直ぐに王都へ帰還する予定でしたし、付近で薬草を探してはいるのですがこの辺りでは十分な量は確保できない為、このまま帰還する方法はどうかと提案していました」


ヒースが状況を説明すると、何故かシンが微笑んだ。
あぁぁあ…!!くっそ可愛いぃい!!
なんだ、押し倒せと言っているのか?!喜んで!!
じゃなくて!!ヒース助けて!
と、思って見たヒースは、先程のシンの笑顔にやられていた模様。
流石の仕事が出来る男、ヒースもアレではひとたまりも無いな、うん。
逆に冷静になった気分だ。
気分だけだが。


「っ!シ、シンは聖属性魔法の使い手だったのか?」


動揺は隠せなかったらしい。動揺中の私とヒースを置いて、スタスタと歩くシン。
そしてぎこちなく敬称を付けるシン。


「ヒース、さん。負傷者は?どこにいる?」


名前を呼ばれたヒースが金縛りが解けたように慌ててシンの後を追う。
何だろうな、あの可愛い生きもの。[俺]もぎこちなく呼ばれたい!
いや、今のままで愛称を呼ばせて…いやいや!
ハッ!そんな事より!今は負傷者だ!

慌てて火を消す。うん、火事になったら目も当てられないからな。
よし、[俺]冷静。

シンとヒースの後を追って、団員達の間を通る。


「うわ、すげぇ美人…」
「いい身体付きしてんな…」
「…あんなちっこいのに強いとか詐欺だろ…」
「あぁ…踏まれたい…」

若干名危ない発言が目立つ。うん、一喝しとこうか。


「しっかり休んでろ!」


そして見るな![俺]のだ!
いや、違うな!


ヒースの案内で負傷者の元へ着いたシンは、重傷者のそばで蹲る軽傷者の元へ跪いた。
じっくりと観察しているようで、ここからは部下の様子ははっきり分からない。
重傷者もそうだが、今シンが相手にしている者は私の部下だ。


「ちょっと、失礼…」


暫く部下を観察していたシンは、更に顔を近付けて様子を見ている。
その頃には私にも分かるように、明らかに様子がおかしかった。呼吸は浅く、段々と顔色も悪くなっているようだ。
ヒースもその様子に気付いたようで、私に視線を寄越してくる。
分かっている。
あの様子は明らかに毒に冒されている。しかし、荷物の中に解毒薬は入れていない。万一あったとしても、部下の身体を冒している毒に効くのか分からない…。
聖属性魔法の使い手を連れてくれば良かったと、今更ながらに後悔しても遅い。
今は回復魔法が使えるというシンに任せるしかない。解毒魔法も使えてくれ!

私とヒース…いや、団員皆が固唾を飲んで見守る。
ふと、シンが部下に手を翳した。


「…解毒」


あぁ、良かった…。[俺]は部下を失わずに済むのだ、と。部下の家族に会いに行かなくて済むのだ、と…シンの言葉に安堵を覚えた。

しかし、こんなに完璧に解毒魔法を使えるなど…。私とヒースは顔を見合わせ、一仕事終えたシンに声を掛ける。


「あぁ…この人、毒に冒されてた。多分、この人に怪我を負わせた魔物が毒を仕込んだんだろうな…取りあえず解毒はしたから、こっちの重傷者と一緒に運んでやるといい」


いや、そうじゃない。そうじゃなくてなっ?何故、種類が分からない毒を完全に解毒出来る?
何故、たったあれだけの時間で解毒魔法の効果が表れる?
私の疑問は声には出ず、此方を振り向いただけのシンは、当初の目的通り、怪我人の手当をし始めた。
なんと、重傷者へも回復魔法をかけている。
こんなに連続で…しかも完全に傷が塞がるような、高度な魔法だ。


「よし、終わり」


軽く伸びをして立ち上がったシンを、[俺]は強く抱き締めた。部下を救ってくれた事、身を削って魔法を使ってくれた事。シンに出会わせてくれた事、全てに感謝を。


「ぐぇ…っ!」


抱き潰してしまったような声にも、最早愛しさしかない。
これは完全に持っていかれた。
抑えるのが大変だな…。
…あぁ、いい匂いがする……。

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