幻獣世界

松倉あゆむ

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01 姿と形

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 彼は迷っていた。

 失敗したな、と心の中で反省する。

 相手のことを軽く調べようとうろうろした結果が迷子というオチである。しかも肝心の情報は0に近い。

 カッ、ッコ、カッ、ッコと奇妙な足音を立てながらそれでも彼は目的地を探す。そして手にもっている紙と周囲を交互に見る。しかし周りには灰色のビルが立ち並びどれがどれだかよくわからなかった。

 その後もしばらく探したが彼は諦めた。――自分で探すことを.

 そうと決まれば、と紙をポケットに入れ警官を探す。それはすぐに見つかった。

 白を基調とした制服だ。前世界とは大きく違うが警官というものは存在していた。やはり集団を作るのなら治安維持を目的をしたものは必要不可欠なのだろう。

「あの、すいません」

「――ん?」

 声を掛けられた警官は振り向いた。胸元に警官のネームプレートがあり『ガル』とあった。

 彼は一瞬だけ戸惑った。振り向いた警官の顔に驚いたのだ。なぜなら、警官ガルは――犬の頭をしていた。
 
 ガルの顔は黒と茶が入り混じっており毛並みは短く整っている、それは典型的なドーベルマンという顔立ちだ。そしてたまに鼻がヒクヒクと動いているのは犬特有の高い臭覚を生かしているのだろう。

 そしてガルは訝しげに彼を観察していた。

 彼は勘弁して欲しい。と思ってはいたが声に出さず我慢する。自分の格好が怪しまれるのは仕方がないと理解しているからだ。

 そして彼の予想通りにガルには彼がひどく怪しく見えていた。

 彼はもしかすると顔を見た時に一瞬だけ驚いたことが判断に影響を与えているかもしれない。と邪推もしたが違うだろうと判断してやめる。

 ガルが気になっていたのはシルエットだった。頭から布を被っているのだが頭の部分が大きすぎる。大げさかもしれないが前世界の娯楽映像にあった怪獣を連想したのだ。

「――あの」

 ガルは改めて声をかけられたので小さく咳払いして返事をする。

「すまん、何かな?」

「え~とですね、ここに行きたいんですけど」

 紙を渡されたガルはすぐに案内を始める。

 場所教えてくれればいいと彼は断ろうとしたのだが迫力に負けた。それはガルの顔を見たとき驚いた理由が原因だ。

 理由は簡単、彼はドーベルマン系の顔が苦手だった。

 嫌いではなく苦手なのだ。やはり攻撃的なイメージがあるからかなと思っているが実際のところ彼自身にもわかってはいない。

 そして歩く間は沈黙が続く。そのせいで不揃いのカッ、ッコという足音が余計に響く。

 真面目な警官なのだろうな、ということが彼にはわかった。だが苦手意識が勝っているせいか周囲に目をそらしてしまう。

 通りの向こうでは兎特有の長い耳をした女が手入れの行き届いた毛並みを見せ付けるようにして歩き、その後ろをトカゲのような肌をした男が声をかけている。前を歩く犬の警官が少し路地の奥を覗いていたので目を向けると魚のような頭をした男と、馬がぶつかり合いながら喧嘩していた。

 彼は恐る恐る声をかける。

「止めないんで?」

「ここは凶器さえ使わなければ喧嘩は御法度じゃない」

 なるほど、と相槌をうった後はまたもや沈黙が続く。――カッ、ッコと

 そうしてようやく目的地に着く。

「ここだ」

「ありがとうございます」

 彼は礼をいい頭を下げる。だがガルはその場を離れない。

「犬のおまわりさんも用事でもあるんです?」

 名前を呼ばなかったのは、いきなり名前を呼んでいいものか悩んだ末の結論だった。

「これも仕事だ」

 判断は失敗だったらしい。さらにきつい目で見られ言葉に『怪しい奴を野放しにはできない』という意味を隠そうともしていない。

 彼は仕方がないと諦め相手を探す。彼の目的はここに来ている迎えに会うことだった。話では見たら見たらすぐにわか容姿をしているはずだからだ、それは珍しい――。

「なにやってんだよガルさん」

 そこにちょうど声が掛かり。そして二人は同時に声の方を向いた。

 頬を釣り上げ笑いながら近づいてくる。その表情は嬉しそうに笑っているのだろうが威嚇に見えてもおかしくない。その声の主は前世界で百獣の王と呼ばれていた獣の頭を持っていた。――獅子である。

 この人か。と彼はすぐに理解した。そして声をかけるタイミングを見計らう。二人は知り合いなのか話し込んでいるからだ。二人共獣の頭をしているのにも関わらず流暢に話を続ける。二人共そして一段落着いたところで声を掛ける。

「人間館の使いってあなたですよね」

 二人が驚くのがよくわかる。

「君は人間館の客人だったのか」

「おまえがぁ?」

 獅子の頭をした迎えの反応が意外だったのかガルはまたもや訝しげな目をする。

「なにか不審な点もでもあるのかライオンヘッド」

 まんまだ、と呆れながらも名前を覚える。

「ラドでいいって言ってんだろ。 不審というかなぁ……」

 ラドと名乗る獅子の頭した男が彼に近づく。値踏みをしながらゆっくりと。
 
 彼は相手に悟られない程度に身構える。
 
 彼は何かをする気だなと分かったが動かなかった。そして彼の顔を風圧が襲う。

 一瞬の出来ごとだった。ラドが彼の顔を隠していた布が切り裂いたのだ。その指先からは人間の爪とは明らかに違う獣の爪が生えており僅かに布の切れ端が残っていた。

 そして布に隠されていた彼の素顔が晒された。

 整った顔立ちではあるが隠すほどの美形という程ではなかったが、珍しい白い肌、赤みがかった黒い瞳、パーマがかかったような黒い髪という珍しい容姿をしていた。だが何よりも二人の目を奪ったのは顔ではなく彼の頬の横に見える――角だった。

 そう彼の頭には渦巻き状の角があるのだ。その角は大きく耳の後ろを周り彼の頬の横にその先端を見せていた。

「これはまた」

 とラドは思わず言葉を漏らす。

 彼は大きくため息を漏らし。

「はじめましてバドと言います。 話し合いがどうなるにしろ新しいフードは買ってもらえるんですよね」

 そう言ってラドに握手を求めた。

 悲鳴の日を境に世界に人間という存在は消えた。

 親・子・兄弟といった血縁、住んでいる場所・地域・国、考え方・信じているもの・宗教。――それら一切を無視して、完全な無作為に人間という存在は全ての異形と言っても差し支えない姿に変わってしまったのだ。

 それは人間と動物とが融合されたような姿だった。あるものは頭が獣の変わり、あるものには腕や足や耳などの一部が獣のものに変わってしまう、またあるものは足が蹄に変わった。中には動物と見分けがつかないものがいたほどだ。当時の人間が悲鳴を上げ混乱するのも無理はないだろう。

 そして時間は数十年流れた。混乱の中でも姿は定まり、理解できなくとも形はできあがった。

 この街はそんな世界の中でも最も混沌の底にある。
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