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5・1 気丈と崩壊

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「ところでさ……」
「なんだ」
「確かにネーシャの人に擬態する能力はすごいんだけどさ」

 街道を歩いてロステリアに向かうオレとネーシャ。
 人の通りも多いのでトラブルを避けるためにもネーシャは人化イミトと言う能力で、完全に人の見た目になっている。
 これがまたすげー美人なの、まぁ目つきが悪いのはそのままなんだけど、ツノと尻尾は見えなくなって肌の色は月並みだけど透き通るように白く輝いてるようにさえ見える、やっぱりサキュバスとしては見目麗しいのが条件なのかね。
 スレンダーなのもオレ好みでまじで良い!
 と、上から下までネーシャを舐めるように見てしまう。

「なんだ……」
「あ、いや、二人ともこんな血でドロドロじゃぁ街なんて入れないんじゃ……」

 そう、先ほどバイルバイソンの返り血を大量に浴びた二人。
 せっかくの美人も血まみれで極悪な目付きだとさすがに怪しさが溢れ出してる。
 実際に街道ですれ違う人がオレたちを横目でチラチラ見ている。

「……おい、今の奴らやばくねーか」
「……しっ!聞こえるぞ!」
「……あんだけ返り血浴びるってどんだけ魔獣を蹂躙したんだか……」
「……相手が魔獣だとは限らねーぞ……」
「ひっ……」

 とまぁ好き勝手言ってくれる。

「そうは言うが今から湖や川を探して森に入るなんて自殺行為だぞ、お前の腕だって実は怪我してるんだろ」
 あ、気付かれてた?さっき魔力破弾の反動で両腕に熱湯をかけられた程度には火傷を負っている。
「まぁそうだよねぇ、体拭くのにおしぼりでも大量にあればいいんだけど」
「オシボリ?」
「そ、おしぼり、異世界ポケットにおしぼり的な何か入ってたりしねーかなぁ」

 ヴォンっ!
 異世界ポケットの漆黒の空間が口を開ける。
 無いとは分かっていながらもその空間に手を入れて[おしぼり]と念じてみる。

 あ、あれ?わーい、やった!出てきたおしぼり!
 っておしぼりがなんで!?
 手に握られたおしぼりはどう見てもこの世界のものでは無い。
 だって、ビニールの袋に入ってるし、くるくるって丸めてあるし、何より[×××タオルサービス]って会社名入ってるし……。
 おしぼりを持ったまま完全に思考がフリーズするオレ。

「ほう、それがオシボリか、確かに便利そうだな」
 オレの手からおしぼりを奪ってなぜ知ってるのか喫茶店のおっさんみたいにパーンっ!と豪快な音を立てながらおしぼりのビニールを破り身体の血を拭い出すネーシャ。

 それを横目に一所懸命この状況を整理するオレ。
 これって単なるアイテムボックスじゃなくて元の世界と繋がってるってこと?
 まじかまじかまじか、え、一旦落ち着こう、一つずつ整理しよう。

 えっと、とりあえず、向こうの世界から持ってきたい物を出してみよう、必要なもの、必要なもの、あ、えろい本とか。
 って、街道の真ん中でそんなもん取り出してどうする!
 てか、あんまりこんな能力を人前で使うのもあれだな、あとで宿とかでゆっくり試してみよう。

 とりあえず、おしぼりをもう何個か出して自分の体に付いた血も拭った、これでなんとか街には入れるだろう。

 途中ネーシャに[手の届かないところがあれば拭いてやるぞ]と持ちかけたが、返事もなく冷たい目で一瞥され驚異的な柔軟性を見せつけられてオレの目論見は失敗に終わった。



 城下町の賑やかな通りから少し外れたところにある民家と屋敷の中間くらいの大きさの家。
 エリンがノックをすると赤みがかった肌の鬼人の女性がドアを開けた。
「オルタス様、こ……」
 挨拶をしようとするエリンを鬼人は抱きしめる。
「エリン、辛かったね、大丈夫だよ。お前たちの宿は街のみんなで建て直してやるからな、だから涙を拭きな」

 ちょっと強めに抱きしめられたエリンは少しだけその優しさを堪能した後、ぐいっとオルタスを押し返して言う。
「オルタス様、お気遣いありがとうございます。そう言って頂けると心強いです。でも私泣いてませんよ!」
 笑顔を作るエリン。

 再び、エリンを抱きしめるオルタス。
「いいんだよ、泣きたい時は泣くのが一番だよ」
「泣くなとか泣いていいとか、どっちですか……」
 困った笑いを浮かべるエリンは部屋の奥にいる二人を見つけて駆け寄る。

「ロージ叔父さん、メルサ叔母さん!」
「おー、エリン戻ったかー」
「おかえりー、エリン、晩御飯食べたの?」

 ロステリアに戻ったエリンは警備隊から叔父と叔母がオルタスの家に居ることを聞き崩壊した宿を確認するより先に叔父と叔母の様子を見にきたのだが、エリンに心配をかけまいと振舞っているのか、素なのか分からないが既にいつも通りの二人の姿がそこにあった。

「ご飯はまだだけど、ってそれより二人とも大丈夫?」
「なんともねぇよ、それよりエリン、オレは神の使いを見たぜ!」
「神の使い?」

「そうさ、オレだけじゃねぇ、メルサも、その時にいた客だって全員見たぜ、お前に似て可愛かったしあれはきっと天使か何かに間違いねーぞ!」

 そこからニムルの救出劇を時には声色を交えて熱演するロージ。
 合いの手やツッコミを巧みに入れるメルサ。
 エリンにそっとお茶とお茶菓子を出すオルタス。
 その様子にほっとしたエリン。

 と、一緒に来たのに招き入れてもらえないので玄関で待つゴラグリュース。

「てかオルタス!あんた気づいてんでしょ!声掛けなさいよ!どうぞ!お入りください!って」
 話がひと段落するのを待ってからツッコミを入れる律儀なゴラグリュース。

「あ、あんた居たんだ。あたしゃてっきり男に振られて死んだ巨体緑鱗トカゲオネエの地縛霊か何かだと思ってたよ」
「なにその巨体緑鱗トカゲオネエって!失礼にもほどがあるんじゃない!?トカゲじゃなくて竜よ!竜人族よ!」

 そこから、[あんたの赤い肌を焦がして黒鬼にする]だの、[羽もない、空も飛べない竜はただのトカゲだから]だの子供の喧嘩のような挨拶を一通り済ませた後、ゴラグリュースがオルタスに聞く。

「やっぱり魔族の仕業?」
 その言葉にその場にいた全員がオルタスの返答に注目する。

「うーん、はっきり分からないけど何人かが稲妻を纏った黒い球体を見たらしいから、それは魔力破弾ピストって暗黒魔法で間違いなさそうだね」
「聞いたことない魔法ね」
「そらそうさ、一発打てば術者は良くて昏倒、大体は死んじゃうくらい魔力を消費する魔法だからね」

「つまり、普通の人間がその魔法を使ったって線はないわけね……」
「そうなるね」

 二人は同じことを考えていた。
 今まで些細なことで魔族と人間が衝突することはあったが、こうも連日あからさまに魔族によって人の生活が脅かされるようなことはなかった。

 それは魔王と各国の王が結んだ休戦の協定が今も有効だという慢心を戒める必要があると告げていた。


「ヴァンちゃんと話は?」
「……全くだな、どこで何をしてるかも分からん」
「そう……」

 エリンは何やら聞いてはいけない話を聞いてるようでそわそわしていた。

「あ、あの、私宿屋の様子を見て来ます」
 エリンがそう言うとやはり居心地が悪かったのかロージとメルサも[大工のとこ行って建て替えの相談をしてくる]と三人でオルタスの家を出た。

 途中、ロージとメルサは[遅くならないうちにオルタス様の家に戻るんだよ]とエリンに告げて大工の家へ向かった。

 そして、さっきまで宿屋だった瓦礫に着いたエリン。
 目の前に広がる光景がなかなか現実の出来事だという実感が湧いてこなかった。

 少しでも片付けようと足元の瓦礫の山からさっきまで生活の一部として存在していたであろう食器や枕を拾い上げる。

 そして不意に目に入った[白の水羽亭]と書かれた看板だった木片に、幼い自分が初めてこの宿屋に来た日の記憶が鮮明に蘇り、ようやく大切な思い出が無くなってしまった事を実感した。



「エリン!……さん?」
 ロステリアに着いたタイトとネーシャがエリンの宿屋を探して歩いていると、瓦礫に立つエリンの姿を見つけた。

 タイトは笑顔でエリンの名を呼んで駆け寄ろうとしたが、名前を呼ばれ顔を上げたエリンの両目は決壊しそうなほど大粒の涙を溜めていた。
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