上 下
72 / 74
第3章 領地編

第72話 待ち合わせ

しおりを挟む
 サンブリーのダンジョンは街から、西におよそ4キロの地点にある。

 ローソニア帝国との国境こっきょう沿いにあるせいで、過去に利権りけんめぐった戦争が起こり、近隣きんりんにあった街がほろんでしまったという経緯けいいもあるため、今は騎士団が常駐じょうちゅうしている。

 イメリアひきいるマトファミア王国第13騎士団が、建築けんちくギルドの力を借りて見張り塔を作成。
 ダンジョンの入り口に物理的にふたをしている。

 ダンジョンへの入場希望者は騎士団に入場手続きを申請しんせいして、許可を得たものが入る形になっている。

 自国民は入場に銀貨2枚、他国民は銀貨3枚。
 ダンジョンで得た報酬ほうしゅうも自国民は利益の20%を、他国民は利益の30%を税金として引かれることとなっている。

「さて、着いたな」

 イメリアと別れること1時間、火が上り始めた時間に俺はそのダンジョンの入り口――ではなく、それをかこむ集落に到着とうちゃくした。

 ほとんどのダンジョンは安全の都合つごう上、街からはなれているため、内部で得たものを持ち帰るのは何かと不便ふべんだ。

 袋の容量限界になったらいちいち街まで戻らなければならない。
 なので、大抵のダンジョンはその入り口付近に、換金かんきん用の集落が形成されるらしい。

 冒険者ギルドや輸送ゆそうギルド、商人ギルドなんかが冒険者相手の商売として、いろいろな面倒事を引き受けてくれるというわけだ。

 もちろん料金はかかるが割安。
 俺たちは解体も輸送も自前でいくらでもできるため、利用する機会はあまりないとは思うけどな。

「カイト、こっち」

 集落に入った俺に気づいたのは、俺の料理の弟子で元凄腕すごうで暗殺者アサシン、そして俺をこの世界に誘拐ゆうかいした3人のうちの1人であるミズハだった。

 今日は冒険に出るので店にいる時の白いコック服ではなく、イブセブンで俺たちと戦った時の服を着ている。

 全身をおおうメッシュの入ったのボディスーツの上に、ビキニアーマーならぬビキニガーダーで心臓と下腹部かふくぶをガード。

 着物っぽい上着を装備そうびし、腰と胸、そしてふとももにナイフベルト。
 胸のベルトは豊かな谷間にもれておりπ/パイスラッシュ状態。
 防刃ぼうじんマフラーで首を守っているその見た目は、ファンタジー色強めな女忍者に見える。

 俺、こんな奴と戦ったのか……
 あの時は救出と脱出に必死で気にもめなかったけど、正直この格好かっこうえっちすぎない?

「よかった。待っているの疲れた」
「疲れた? お前がそんなこと言うなんて珍しいな」

「体力じゃなくて精神のほう」
「それこそ珍しくない?」

 ミズハは元暗殺者。
 少々のことどころか、大抵のことでもまゆ一つ動かさないようなメンタル強者のはずだが。

「みんなを待っている間、ひっきりなしに声をかけられてウザかった……」
「あー……」

 ナンパか。
 そりゃこんな美人がこんな格好をして1人でいるなら声もかけられるだろうな。

 しかし、ミズハを疲れさせるほどのナンパとは。
 おそらく、相当な数が来たんだろう。
 朝っぱらからおさかんですな。

「ピートが来るまで本当に大変だった……」
「あ、ピートはもういるのか。でも姿は見えないけど一体どこに?」

「トイレを借りるって言ってあのお店に入った」
「どう見ても一杯ひっかけにいったんじゃねーか」

 ミズハが指さした先は、商人ギルドが運営する宿屋兼酒場だった。

「ミーナがいないからあいつのゾンビに斥候スカウトやってもらうつもりなのに! 何で引き留めなかったんだよ!?」

れそうだって言ってたから……すごい必死だったし」
「あの野郎……ずいぶんと演技派になったじゃねーか」

 元暗殺者をだましきるとはなかなかの名演である。

「おっはよーなのじゃ。いやー、とうとうこの日が来ると思ったら興奮こうふんしてなかなか寝られんかったわ……ん? どうした? 何かあったか?」

「アミカ、おはよう」
「丁度よかった。ロリマス、一緒に来てくれ。酒クズを回収するぞ」

 ……
 …………
 ………………

「いや、違うんですよみなさん。僕は本当にトイレを借りたかったんです」

 5分後――駐屯地ちゅうとんちの一角を借りて、俺たちはピートにお仕置きをしていた。
 他国の捕虜ほりょ尋問じんもん機械マシーン――水車にさかさまにはりつけにしてグルグル回すアレ――にピートをセットしている。

「何しろ久しぶりのダンジョンの上、メンバーが豪華なのでちょっと緊張きんちょうしてしまいましてね? で、のどがかわいたから水をもらおうとテーブルにですね……」

「ほう? じゃあわしらが店に入った時の『ビールください。氷魔法でキンッキンに冷えた奴を大ジョッキで!』というセリフは何だったのかのう?」

「さあ? きっと空耳ですよ。ロリマスは見た目は美少女ですけど相当お歳をしていますから。ありもしないセリフが聞こえたんですよ」

「精神年齢はともかく肉体年齢は14なんじゃが!?」
「そのセリフ、俺もはっきりと聞こえたんだけどな?」

「カイトさんは働きすぎです。領主の仕事だけでもきついのに、趣味でレストランまで開いているから、自分の思う以上に疲労ひろうがたまっているんだと思います」

「私、『ヘイ! 大ジョッキお待ち!』ってビールがテーブルに置かれたところを見た」
「ミズハさん、あれはオーダーミスです。店主の方がほかの注文を間違えて僕のテーブルに持ってきてしまったんです。いやあ、ホントうっかりさんな店主ですね」

「なるほど」
「そっか、それじゃあ俺たちの早とちりなんだ。ごめんなピート」

「いえいえ、気にしていません。普段から誤解ごかいされるようなことをしていた僕が悪いんですから。でも、これからは違いますよ! 今日から僕はお酒に負けません! みなさんのように、きちんと自分に与えられた役割をこなしてみせます!」

「おお、そうじゃ。ピート。店出る時おぬしのビール代立てえておいたぞ。あとで返してくれ。銀貨1枚」
「あ、すいません。腰に僕のサイフあるんでそこから取ってください」

「ピート、お水いる?」
「ありがとうございます。ちょうどのどが渇いていたんですよ」

「そっかそっか、じゃあたっぷり飲めよ。ミズハー、回して」
「了解」(ぐるぐる)

 ――ガボガボガボガボッ!
 ――ゴボゴボッ! ゴガボボボボボボッ!

 水車のハンドルをミズハが回した。
 ピートが磔られた水車が回り、頭から水に突っ込んだ。

 回転方向的に鼻に思いっきり水が入っている。
 アレは痛い。

「ガハッ!? ゴボォッ!?  痛ッ! 鼻痛ッ!? 水飲みすぎて吐きそう!」
「なら丁度良いのじゃ」

「銀貨1枚ならビール2杯分だな。胃の中からアルコール成分取っ払うぞ」
「ちょっ!? 止めて!? ごめんなさい! 僕が悪かったですから!」

「問答無用。酔っぱらってたら慎重しんちょうな魔法コントロールなんてできないだろ。仕事前に飲んだお前が悪い。ミズハ、続けて」
「ん」(ぐるぐる)

「ギャーッ!」
「陽キャ成分が出ているから念入りになー」
素面しらふだとしゃべり方あんなに明るくないからのう」

「ん」(ぐるぐる)
「ギャアアアァァァーーッ!」

 そして10分――

「ごめんなさい……もう、ホント反省してます。仕事前にお酒とかもう飲みません……」

 ようやく酔いが冷めたようなので水車から下ろした。
 このオドオドした感じ、素面のピートで間違いない。

「僕みたいな基本暗い奴がパーティだと空気重いかなって思って……少しでも明るくなろうって……それでお酒を……」

「んなもん、わしらは誰も気にせんじゃろう」
「斥候やってもらうんだから酔われちゃ困るんだよ」

「酔ってたら上手く魔法を使えない」
「……はい、すいませんでした」

 再度ピートが謝った。
 本当に反省しているようなので、この話はこれで終わり。

「吸収された酒の成分が抜けるまでここで打ち合わせしよう」
「出発が遅れるが……まあ、仕方ないのう」

「安全には代えられない」
「重ね重ねホントすいません……」

 気を取り直して仕事の話だ。

「まず初めに俺たちの目標。これはこのダンジョンの深層しんそうにある『神霊水しんれいすい』。これを持ち帰ってネクタルを作ることが最終的な目標になる」

 その理由はここにいる見た目中2の、ロリータギルドマスターにかかっている呪いの解呪。
 年齢とともに若返り、最後は赤子に戻って消えてしまうという恐ろしい呪いだ。

 若返りと聞くと、一見得しかないように思えるが、実際はそんなことない。
 日々、自分が死に近づいているのを実感させられてしまう。

「ネクタルの効果はすでに実証済み。あらゆる怪我けがや病気、呪いに効果があるのはわかっているから、できれば大量に持ち帰りたい」

「一瞬でわしの怪我が治ったしのう」
「緊急用に確保しておきたい」
「その水でお酒を作ったらどんだけ美味しいんでしょうね?」

「ピート、もう1周行っとく?」
「ごめんなさい」

 全く、困った奴だ。
 俺がビールの美味さを教えただけに、ちょっと責任を感じなくもない。

「この仕事が終わるまで、基本1日中ダンジョンにめることになるが。帰宅は毎日できる」
「ふふん、わしの空間跳躍テレポートのおかげじゃぞ? 感謝するのじゃ!」

 アミカのこの魔法があるため、俺たちは他の冒険者と違い、ダンジョン内で何日もごすということをしないで済む。
 ちゃんと毎日帰宅できるのは本当にありがたい。

「何度も出たり入ったりすることになるから、そのあたりのことは話を付けておいた。一応俺が所有していることになっているから、入場や素材に関して、俺たちは特例法が適用されるそうだ」
「つまり?」

 入場とか、ダンジョン関連で金がかかるようなことは全部タダってこと。

「パーティは前衛が俺とミズハで中衛がピート、ロリマスが後衛。ピートは死霊しりょう術でゾンビを作って、俺たちの前を先行させてくれ。ダンジョン特有の罠は、全部ゾンビくんに食らってもらう」
「死者を全くうやまわないストロングスタイルじゃのう」

 いいんだよ、それが一番手っ取り早いし。

「緊急時はピートも前衛に加わってくれ」
「えぇっ!? 僕死霊術師ネクロマンサーですよ!? 思いっきり後衛向きじゃあ……」

「いや、お前は前衛一択だ」
「後衛とかありえんし」
「宝の持ち腐れ」

「何で!? 実家は武術やってましたけどビビリですよ僕!? チキンすぎて追い出されたんですよ!?」

 ピートは酔って陽キャ気味になると、近接戦闘力がバカ強くなる。
 その時の記憶がないのでこう言っているが、実際のところ格闘戦はこの中の誰よりも強い。

 死霊術と武術を組み合わせた死酔拳しすいけんは正直タチが悪すぎる。
 一発食らったらほぼアウトだからな、アレ。

「その時は斥候できなくなるから、斥候役はミズハと交代な」
「ん、了解」

 パーティの行動についてはこのくらい決めとけばいいだろう。

「冒険者ギルドから上がっている報告では食える魔物、食えそうな魔物なんかが多数存在しているらしい。それらの現地調査をしつつ深層を目指すぞ」

 肉や魚系もいいが、特に欲しいのは植物系の魔物だ。
 植物系の魔物は極上ごくじょうの野菜や果物になることはすでにわかっている。

 群生地ぐんせいちを見つけることができれば……もう、なんかすごいことになる予感しかない。(語彙ごい力)

 その魔物たちでコンソメやデザートを作ったらどれくらい美味いものが作れるんだろうか?
 想像するだけでよだれがあふれる。

「話し合うことはこれくらいだな」
「そうじゃな。これだけ決めておけばとりあえず十分じゃろ」

「未知の食材……たぎる。早く料理したい」
「うぅ……どうか前衛役をやらされませんように」

 酔いも覚めたころだろうし、そろそろ行こう。
 さあ、冒険の始まりだ。




 --------------------------------------------------------------------------------
 《あとがき》
 というわけでダンジョン編突入します。
 どんな食い物……いや、魔物が生息しているのでしょうね?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

仕方なく開拓者になったけど、膨大な魔力のおかげで最高の村ができそう

Miiya
ファンタジー
15歳になり成人を果たし、兵士としての採用試験に挑んだが、なぜか村の開拓者となった。そんな彼には最強の賢者にも負けない魔力があり、そんな彼の魔力に魅了されたモンスター達に助けられながら最高の村を作っていく。いつか王国を超える村ができるかもしれない。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...