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第3章 領地編

第69話 シカーダカーミラ

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 ――ギーンギンギンギンギン……
  ――ギーンギンギンギンギン……

「えー、みなさんおはようございます。サンブリー領主のカイト=ウマミザワです」

 早朝――
 空が朝焼けで染まり出した時間帯に早起きして、俺は冒険者ギルドに向かった。
 もちろん、ミーナとミズハも一緒である。

 目的はとある魔物の狩り、その討伐とうばつクエストの発注だ。
 暑くなったこの季節に大量発生するこの魔物を間引まびくのがその目的。

 会場であるサンブリー冒険者ギルドの1階には、普段からいる冒険者たちだけではなく一般人や子ども、新たに住民となった樹族たちの姿も見える。

 その理由は、この今回の討伐クエストの対象が、一般の人でも駆除くじょできるくらい『弱い』からだ。

 強さで言えばスライムと同レベル。
 スライムとこの魔物のどっちが弱いかで議論ぎろんされることもあるくらいだ。
 武器さえ持っていれば、子どもでも簡単に倒せるレベル。

 ただ、弱い分数を増やそうと進化したのか繁殖力はんしょくりょくがものすごい。
 地球と違って1年を通して存在するこの魔物は、夏になると普段の百倍から千倍も数が増える。

 夏はこいつらの繁殖期なので、そこらじゅうで鳴き声の大合唱。
 夜でもかまわず鳴きわめくため、安眠妨害されている住民も数多くいるだろう。

 なので騒音問題が本格的になる前に、みんなで駆除して間引いていこうというわけだ。
 同じ街に住む人同士の連帯感れんたいかんも強められるしな。

「こんなに朝早く集まっていただきありがとうございます。せめてものお礼に我々が作ったクッキーと骨煎餅ほねせんべいをご用意してあります。クエスト終了後に受付カウンターで、今回の報酬ほうしゅうとともにお受け取りください」

 ――おお、やった!
 ――領主さんの作った骨煎餅好きなんだよ俺。

 ――わかる。他でも食えるけどなんて言うか、味に深みがあるんだよな。
 ――クッキーもものすごく美味しいし。

 ――あのクッキー、何故か魔力がすごく回復するのよね。
 ――たぶん魔物使ってんだろ。領主さんのことだし。

 ――一体クッキーにどうやって魔物を……?
 ――知るのが怖いけどちょっと知りたい。

静粛せいしゅくに。クエスト開始前に今回の仕事内容について簡単に説明させていただきます」

 注目を浴びる中、俺は演説えんぜつを続ける。

「クエスト内容は魔物討伐。対象はシカーダカーミラ。まあ、俗に言う吸血ゼミですね」

 吸血ゼミ――正式名称をシカーダカーミラ。
 体調15センチ程度の小型の魔物で夏に大繁殖する。

 その名前の通り普通のセミと違い、こいつは人や動物の血液を吸う。
 まあ、血を吸うと言ってもごく少量だし、が吸うのとたいして変わらない。

 ただし、こいつは血を吸う際に吸った相手の魔力も吸ってしまう。
 寝ているところをこっそり……とか、他の魔物にまぎれてこっそり……とか。

 吸われた者はかゆくなるのと同時に、魔力減退げんたいによる若干の体調不良も発症はっしょうしてしまう。
 鳴き声も金属同士で叩き合っているみたいでクッソ五月蠅うるさいし、とても迷惑めいわく極まりない。

 ――ギーンギンギンギンギン……
  ――ギーンギンギンギンギン……

「さっそく討伐対象が鳴いていますね。みなさんに頼むお仕事は今から3時間、この吸血ゼミたちをできる限り討伐してもらうことです。参加費は銀貨1枚、報酬は出来高できだか制。吸血ゼミ1匹の討伐につき銅貨10枚を支払わせていただきます」

 銅貨1枚は日本円換算かんさんで約10円。
 つまり、1匹討伐するごとに100円が入る計算になる。

 魔物討伐報酬が1匹100円とかクソ安くない?――と思うかもだが、この吸血ゼミは魔物のクセに素材そざいとして利用価値が今のところない。

 つまり、他の魔物と違って倒す価値ゼロ。
 弱すぎて子どもでも倒せるため、数は多いくせに全く金にならない。

 なので、一匹銅貨10枚でもどこからも不満は出ない。
 それどころか「銅貨10枚ももらえるのかよ!」といった認識である。

「クエスト参加者は出発前にこちらで用意したこのバッジをつけてください。もしも一匹も狩れなくても、バッジと引き換えにお菓子はもらえますからね」

「ってわけだからみんな頑張って! いっぱい倒していっぱいかせいでね!」
「お菓子も美味しい。お金とお菓子で幸せになろう」

 ――よおおおぉぉぉっ!
 ――やぁってやるぜえええぇぇぇぇっ!

 ミーナとミズハの応援おうえんにより、参加者たち(特に男)が色めき立つ。
 美女からの応援ほど気合いが入るものはないよな。わかるぜ。

「倒した吸血ゼミはその場に放置ほうちしたりせず、ちゃんと持ち帰りましょう。現物がないと何匹倒したのかこちらはわかりませんからね。冒険者の皆さんはいつもみたいに、死骸しがいを放置しないように。今回はちゃんと金になります」

 俺の軽いジョークにクスリと笑いがれた。
 さて、説明も終わったし、日が昇って暑くなる前にさっさと始めよう。

「それじゃあ皆さん、頑張ってセミを倒しましょう! 俺たちの安眠は俺たちで守ろう!」

 ――オオオオオォォォォッ!

 というわけで討伐クエスト開始。
 参加代金を受け取ってバッジを渡し、参加者を見送る。

「じゃあ俺たちもそろそろ行くか」
「そうね、全員行ったし」
「私たちも頑張る」

 バッジをつけて外に出る。

 ――ギーンギンギンギンギン……
  ――ギーンギンギンギンギン……

 ふふふ、獲物えものが元気よく鳴いておるわ。
 安眠の敵め、そうしていられるのも今のうちだ。
 すぐに美味しく料理していただいてやるからな!

 ……
 …………
 ………………

「よっ! たぁっ!」

 ――ギギギギギギギ!

「ふっ……!」

 ――ギーギギギギギギギ!

 ミーナとミズハがそれぞれナイフ、体術でセミを叩き落す。
 俺も獣爪術じゅうそうじゅつでそれにならっているのだが……

「一匹ずつやるのもめんどくさいな……よし!」

 俺は袋から長いロープを取り出した。
 先端せんたんを結んでこぶを作り、ヒュンヒュンと振り回して木にからませる。

狙鞭蠍尾撃スコープドッグいかづち!」

 ――バリバリバリバリバリ!

 魔法で作り出した微弱びじゃくかみなり
 それがロープを伝って木の全体を包み込む。
 俺の固有職業ジョブ――《食王》にて覚えた技だ。

 本来であればアイアンスコーピオンの尻尾しっぽのような、するどく重い一撃に雷をまとわせ、触れた相手に高圧電流を叩き込む技なんだが、今回は威力調整。

 木を傷つけない程度の雷で、そこに止まっていた吸血ゼミだけをショック死させる。

 ――ボトボトボトボトボトボトッ!

「いやあああぁぁぁぁぁっ!? セミが! セミが背中にいいいぃぃっ!?」
「胸の……胸の谷間にっ! 気持ち悪い……っ!」
「あ、ごめん……」

 ちまちまやるのが面倒くさくて、下にいるお前らのこと考えていなかった。

まったく、勘弁かんべんしてよもう!」
「軽くトラウマになる……」
「いや、本当にごめんなさい……」

 次からやる時はやるって言います。

「でも、このやり方ならかなりの効率化できるわね」
「私たちは落ちてきたセミを回収するだけ。電気で倒すの楽」
「羽もげ落ちるから下処理したしょりいらずだしな」

 実はこの討伐クエスト、例の裏メニューの素材そざい集めでもあったりする。
 料理を作る際、さすがに羽は食えないのでいでいるのだが、その手間が省けていいなこのやり方。
 ギルマスに教えて魔術師マジシャン用のクエストを作るのもいいかも。

「結構集まったなあ。今大体百匹くらいか?」
「前に駆除したばかりなのにまだこんなに……繁殖しすぎでしょこいつら」
「でも、そのおかげで美味しい料理ができる」

「ふふ、そうね。まあ素材知ってるとちょっと……いや、かなり食べるの勇気いるけど」
「同感……カイト、ラーメン以外にも美味しい食べ方ってある?」
「うーん、そうだな。甲殻こうかく系のダシの味に近いから……」

 コロッケとかどうだろう?
 カニクリームコロッケのカニの代わりにセミを使うというのは?

 ここサンブリーは内陸部だからカニはれない。
 でもセミはいる。しかも大量に。
 現在大繁殖中だし、ちょっとやってみるか。

「ちょっと思いついた料理がある。戻って作るから手伝ってくれ」



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 《あとがき》
 というわけで次回は料理回です。
 セミクリームコロッケだよ!
 英語のセミ(準)じゃないぜ?
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