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第2章 貴族編
第63話 未知の味、思い出の味
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その日の晩飯は満員だった。
王城で開かれた晩餐会――大広間で催されたその集まりでは、貴族、騎士、官僚、そして王族が、身分の垣根を越えて交流している。
「兄上、カレーが好きなのはわかりますが、鍋の近くに陣取られては他の者が食べづらいかと」
「む……すまぬ。余はどうもカレーのこととなると周囲が見えなくなる傾向があるな。自覚はしているのだがどうもな……」
「完璧な兄上の唯一の欠点ができてしまいましたね。でも、いいのではないですか? 人間1つくらい欠点があったほうが親しみやすいです」
「そうか。よし、では余はこの欠点を放置するとしよう」
「兄上、だからと言ってまた陣取るのは止めてください」
カレーコーナーの前で、そんなほのぼのとした王族同士のやり取りが見える。
「団長、揚げ物盛りすぎでは?」
「大丈夫だ。これくらいいける」
「いや、いけないでしょ。団長わりと小食じゃないですか」
「明らかに2キロはありますよ、これ。こんなに食ったら吐きますよ」
「吐いても食う」
「何でそこまで?」
「サンブリーに赴任できなかったからに決まっているだろう! 姫……イメリア殿に負けたせいで、俺は好きな時にクラーケンフリッターが食えないんだ!」
揚げ物テーブルでの騎士団長とその団員のやり取り。
彼は以前の夕食会にも確か参加していたはずだ。
そうか……そんなにクラーケンフリッターが気に入ってくれたのか。
料理人冥利に尽きる。
「くそう! チクショウ! イメリア殿はいいなあ! こんな美味いものが毎日のように食えていいなあ!(モシャモシャ! ガツガツ!)」
「あ、団長……揚げ物をそんなに一気に食ったら……」
「………………気持ち悪くなってきた」
「言わんこっちゃない! ほら、これ飲んでください! 花蝙蝠茶です! 口と胃の中がスッキリしますよ!」
花蝙蝠茶は極上のミントティーのようなスッキリ感を与えてくれる。
疲労回復以外にも、余分な脂を分解する効果もあるらしいと、卸している商人ギルドから聞いている。
新しい飲み物なのに、この状況で迷わず薦めてくることから、早くもこの国の人たちの生活に根付き始めたのかもしれない。
「おや? 大臣殿。あなたは確か野菜がお嫌いでは?」
「ええ、そうなのですが、不思議と彼の作るサラダだけは食べられるのですよ」
サラダバーでは大臣や官僚など、城で働く面々が集まり談笑している。
デスクワークは知らず知らずに疲労が溜まっていくから、この機会に存分に食べて疲れをいやしてもらいたい。
「確かに美味ですからなあ、この野菜」
「明らかに市販の物とはレベルが違う。植物の魔物とはこうも美味なのかと」
「実は、密かに栽培できないかと考えているのですよ。錬金術師を始めとした魔術系ギルドと農業ギルドに予算を出して、同レベルの物を創り出せないかと」
もしそうなったらこの世界で野菜革命が起きるな。
野菜嫌いの子が著しく減って、人々の健康に役立つだろうし、ぜひ実現してもらいたい。
――美味ッ! これめっちゃ美味ッ!
――俺たち末端の兵士にも食わせてくれるとは、王様最高だな!
――これが……ウォータースネーク。
――13の奴らこんな美味い物を毎日のように!
――クラーケンの煮物美味すぎる……野菜に味が染みまくってて口の中に入れただけで脳がトロけそうだ……! 俺、魔物に対するイメージが変わりそう。
――カレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味い……
その他一般騎士や兵士たちも、思い思いに楽しんでくれている。
今回の食事会も大成功だな。
これでまた、魔物食の良さが広がったことだろう。
「シェフ……あのう?」
「どうした?」
「本当にこれ、出すんですか?」
扉の外から中の様子を伺っていると、ワゴンに鍋を乗せた新人くんが不安そうに声をかけてきた。
「当たり前だ。美味いものはみんなで共有するべきだろう?」
「いや、まあそうなんですけど食材のイメージというものがですね……」
「結局、みんな美味いって言ってたじゃないか。大丈夫大丈夫! いけるって絶対!」
「そうかなあ? 阿鼻叫喚の地獄絵図になりそうな気がするんだけど……」
そうなったらそうなったで面白いからヨシ!
どんなリアクションを取ったところで、結局美味い物には抗えない。
そういった光景を見たいという思いもあるので俺は躊躇わない。
王侯貴族に何か言われないかとビクビクする新人くんの背中を押し、俺は晩餐会の会場に入った。
鍋を乗せたワゴンを引き、会場の最も目立つ位置まで移動する。
そして銅鑼を鳴らす。
注目を集めるために。
「えー、みなさん。各々食事を楽しんでいただけているようで何よりです。みなさんの楽しそうな笑顔、シェフとしてこの上ない報酬です」
俺は鍋の蓋を開け、続けて椀を1つ手に取った。
胃にガツンとくるような香りのするスープが鍋の中に漂っている。
「晩餐会も終わりに近づいてきた今が頃合い。私の出身地でシメに食される料理をお持ちしました。まだ食べれる、もしくは食べてみたいと言う方はこちらまでお越しください」
ただし――
「ただし、例によってこの料理も魔物料理です。勇気のある方のみお越しください」
ニヤリ――と笑いながら俺はそう言った。
会場内からはどよめきが生まれている。
――おい、お前行けよ。
――え? やだよ、お前が行けよ!
――ふん、情けない奴らだ。俺が行こう。彼が作るものだ。美味いに決まっている。
――団長! でも、今回はわざわざ先に警告してきたんですよ?
――これまで以上のとんでもないものを使っているのでは?
――…………やっぱお前たちが行ってくれ。
――団長―っ!
そんなコントが会場の片隅で繰り広げられる中、真っ先に訪れたのは。
「皆が躊躇するなら余が行こう。民の先頭に立てずして何が王か」
「兄上、私もお供します。彼のことですから味は保証されているので」
王族兄妹の2人だった。
俺は『麺』を1人分セットし、鍋の中身をかける。
ネギと紅ショウガに代わるものを一つまみ、それからオークベアで作ったチャーシューを一切れ乗せ、フォークと共に2人に渡した。
「ほう、いい香りだな。食欲を刺激される」
「カイト――いえ、カイト殿。この料理の名前は?」
「ラーメンと言います」
味は豚骨風。
オークベアの骨を野菜と一緒に長時間煮込んで存分に取れた出汁を使った異世界のラーメンだ。
今回の冒険で完成した、俺たちの世界における究極の料理の一つ。
いよいよ本格的なお披露目になる。
「食べ方は自由ですが、この料理は音を立てながら食べるのが粋とされています。服に飛び散るといけないので、ナプキンをつけてから啜ってみてください」
「うむ、わかった」
「では、いただきます」
――ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ! ズルズルッ!
――チュルチュルチュルチュルッ!
「お味の方はいかがですか王様? イメリア殿?」
――ゴクゴクゴクゴク。
――ゴクン。
「「美味いっ!」」
質問から少し間が開いたタイミングで大声。
リアクションとしては大成功だった。
「何という深みのあるスープなのだ……余は、余はこんな美味いスープは生まれて初めて食した」
「この、麺というもちもちとした食感の食材! 王妹としてかつて色々なものを食してきましたが、これほどまでに美味いものに出会ったことがありません!」
「うむ、正直余としてもカレーとこれを並べられて、どちらか1つしか食せないと言われたら、回答に小1時間程度悩むかもしれぬ」
「私もです兄上。大好物であるウォータースネークのかば焼きと甲乙つけがたい」
――そんなに?
その思いが伝染するのは早かった。
まるで高校の昼休みだ。
購買でパンを求める学生たちの様に人々が群がってくる。
「はいはい押さないでくださーい。ちゃんと並んで。まだまだたっぷりありますからね」
――美味ああああぁぁぁぁい! これは!この味わあああぁぁぁっ!?
――くっ……こんな、こんなに美味いだなんて……! 一体どんな魔物を使ったんだ!?
――あれ? 大臣殿さっき並んでいたはずでは?
――2回目です(本当は4回目)
――わかります。私も美食の限りを尽くしてきましたがこれほど美味いとは。
――英雄殿の領地に別荘を買うのもアリだと思えてしまいますよ。こんな味に出会ってしまうと。
シメのラーメンは大盛況だ。
さすが地球屈指の大人気メニュー。
その威力は正に食の核弾頭。
みんな味に舌と脳を破壊されている。
「カイト、このスープに使っている魔物ってオークベアでしょう?」
会場の空気が緩んだタイミングでイメリアが話しかけてきた。
すっかりくつろいでプライベートモードである。
「正解だ。よくわかったなイメリア」
「ふふ、伊達にあなたの領地で働いてません」
「スープはオークベアの骨と、野菜や果物を使って作っている。作り方は企業秘密な」
「骨まで食材になるなんて……オークベアって捨てるところがないのね……」
「よかったらこれも食べてみるか?」
俺は袋の中から今回調理に使ったオークベアの骨を取り出し、ペキンと二つに折った。
骨の断面にストローを指し、イメリアに渡す。
「これは……? なんだか、見た目がすごく……その、アレなんだけど?」
「俺たちの世界でも、一部の店でしか食えない裏メニューだ。『ゲンコツチューチュー』って言って、その名前の通り、骨の旨味をストローでチューチューと吸う」
「……美味しいの?」
「旨味の最も濃いところを飲むわけだからそりゃ美味いさ」
なおこの裏メニュー、手伝ってくれたお礼として厨房の全員に振る舞ったところ大変好評だった。
好評すぎて弟子入りしたいとか言われて大変だったぜ。
もう弟子はいるから無理と言って断りまくったよ。
「ンンンンンンン~~~~~♥ これっ! これホント美味しいっ! こんな見た目なのにこんなに美味しいなんて思わなかった!」
「見た目もだけど量も少ないからなあ。出したくても出せない店が圧倒的に多いんだよ、それ」
「そうなんだ、ありがとうカイト」
「どういたしまして。ところでイメリア、ラーメンに使われているもう一つの食材は何かわかったか?」
「残念ながら。この麺よね? 一体何をどうしたらこんなものができるのか見当もつかないわ」
「そうか……俺たちの世界じゃ女騎士とはセットメニューと言っていいくらいの定番なんだがな」
「え? 何それ(笑)」
「まあそれは冗談として、騎士なら高確率で戦ったことがある魔物だと思うぞ」
「え~何だろう?」
ふむ、わからないか。
じゃあそろそろ種明かしと行こう。
俺は再び銅鑼を鳴らして注目を集めた。
「シメのラーメンが大変好評で何よりです。では、そろそろ種明かしに移らせていただきます。スープに使われているのはオークベアの骨です。野菜や果物と一緒に煮込んでじっくりと旨味を抽出しました」
――何だ、オークベアかぁ。
――緊張して損したわ。
――王様の大好物のカレーにも使われているし今更って感じだよな。
騎士たちはそんなことを口々に言っている。
そんな余裕なのも今の内だ。
「で、麺のほうですが、これはある魔物の手です。水辺に生息するウネウネとした魔物を使っています」
――ま、まさか……?
――この麺ってやつの大元って……。
はい、もうわかりましたね?
俺はそう一言添えて、衝撃の一言をブッ込んだ。
麺の正体……それは――
「ローパーの触手です」
――オゲエエエエエェェェェェッ!
――ウゲエエェェェッ! グエエエェェェッ!
――うぅ~~ん……(パタン)
ショッキングな真実を知り、各地でパニックが起きている。
そんな中、王様だけは平然とラーメンを啜っている。
「美味い物には変わりない。お代わりをくれ」
混沌とする会場の中、変わらず食事をする王様を見て、マトファミア王国国民たちは王の頼もしさを感じ、いっそう忠節を尽くそうと誓ったとか。
まあともあれ晩餐会は終わった。
城のスタッフたちと後片付けをして、俺は滞在しているホテルに戻る。
この国一番の高級ホテルだ。
貴族や金持ちの商人が滞在する時によく使うらしい。
……
…………
………………
「ただいま」
「おかえり」
部屋に帰るなり、ミーナが玄関で出迎えてくれた。
呼び出されたのは俺だけど、生活面を支えるためについてきてくれたのだ。
「晩餐会どうだった?」
「予想通り、色んな意味で大盛況だったよ」
「あはは♪ あたしも生で見たかったなぁそれ!」
テーブルにつくなり、作ってくれた料理でねぎらってくれる。
俺と一緒に行動するようになって、本当にミーナの料理は上手くなった。
作るのはこっちの世界の家庭料理で、俺にはなじみのないものだけど、それでも口に合うし美味いって思える。
異世界人の俺の口に合うように、毎回工夫してくれているのが味から読み取れる。
「……ありがとう」
「え? 何よ突然?」
「いや、何となくお礼を言いたくなったんだよ」
「ふーん、変なの。まあ、あんたが変なのは今に始まったことじゃないか」
「酷い言われようだなあ」
「だってそうでしょ? 誰も今までやらなかった魔物を捕まえて料理するし、せっかく貴族になったのにその地位をあっさり捨てようとするし」
結局捨てれなかったけどな。
でもまあ、俺にとっては捨ててもいい程度の価値でしかないのは確かだ。
「王様とも仲いいし、領地経営も上手く行ってて将来有望。望めばいくらでも貴族から婚約話とか来そうなのに…………あたしなんかと婚約するし」
いつの間にかミーナの顔が耳まで真っ赤だ。
決して俺と目線を合わせようとしない。
照れているのが丸わかりだ。
「ねえ、本当にあたしなんかでよかったの? 今からでも解消――んぅっ!?」
俺はそれ以上何も言わせないために、ミーナの唇を強引に奪った。
舌を使って口をこじ開け、彼女の舌に絡ませる。
最初こそ突然のことに抵抗を示したミーナだったが、しばらくすると彼女の方からも絡ませ始めた。
お互い慣れていないけど、愛情がこもったキス。
心が満たされてゆく――。
俺は、この世界に来て、今初めて料理以外のもので心が埋まったかもしれない。
「……………………」
「……………………」
しばし無言の時が流れる。
「………………お風呂、沸いてるから」
「…………ああ、その、一緒に?」
「ううん、あたし、もう入った……」
言われてみると石鹸の香りがする。
言われるまで気づけないとは、俺も全然余裕がないな。
彼女のことで頭がいっぱいだ。
「……部屋で、待ってるから」
ミーナはそう言い残して寝室に向かった。
俺は風呂でしっかり体を洗い、準備する。
風呂から上がり寝室へ行くと、バスローブ姿のミーナが、うつむきながらベッドに座っていた。
俺は彼女の隣りに座り、手を取る。
「ミーナ……」
「うん、じゃあ……」
――しよっか?
俺はその夜のことを一生忘れないだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
これにて2章完結です! お付き合いいただきありがとうございました!
3章ですが仕事の方が忙しくなってきたためすぐには取り掛かれません。
なるべく早く再開しますのでしばらくお待ちください。
まだまだ続くんじゃよ。
読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
作者のやる気に繋がりますので。
応援よろしくお願いします!
王城で開かれた晩餐会――大広間で催されたその集まりでは、貴族、騎士、官僚、そして王族が、身分の垣根を越えて交流している。
「兄上、カレーが好きなのはわかりますが、鍋の近くに陣取られては他の者が食べづらいかと」
「む……すまぬ。余はどうもカレーのこととなると周囲が見えなくなる傾向があるな。自覚はしているのだがどうもな……」
「完璧な兄上の唯一の欠点ができてしまいましたね。でも、いいのではないですか? 人間1つくらい欠点があったほうが親しみやすいです」
「そうか。よし、では余はこの欠点を放置するとしよう」
「兄上、だからと言ってまた陣取るのは止めてください」
カレーコーナーの前で、そんなほのぼのとした王族同士のやり取りが見える。
「団長、揚げ物盛りすぎでは?」
「大丈夫だ。これくらいいける」
「いや、いけないでしょ。団長わりと小食じゃないですか」
「明らかに2キロはありますよ、これ。こんなに食ったら吐きますよ」
「吐いても食う」
「何でそこまで?」
「サンブリーに赴任できなかったからに決まっているだろう! 姫……イメリア殿に負けたせいで、俺は好きな時にクラーケンフリッターが食えないんだ!」
揚げ物テーブルでの騎士団長とその団員のやり取り。
彼は以前の夕食会にも確か参加していたはずだ。
そうか……そんなにクラーケンフリッターが気に入ってくれたのか。
料理人冥利に尽きる。
「くそう! チクショウ! イメリア殿はいいなあ! こんな美味いものが毎日のように食えていいなあ!(モシャモシャ! ガツガツ!)」
「あ、団長……揚げ物をそんなに一気に食ったら……」
「………………気持ち悪くなってきた」
「言わんこっちゃない! ほら、これ飲んでください! 花蝙蝠茶です! 口と胃の中がスッキリしますよ!」
花蝙蝠茶は極上のミントティーのようなスッキリ感を与えてくれる。
疲労回復以外にも、余分な脂を分解する効果もあるらしいと、卸している商人ギルドから聞いている。
新しい飲み物なのに、この状況で迷わず薦めてくることから、早くもこの国の人たちの生活に根付き始めたのかもしれない。
「おや? 大臣殿。あなたは確か野菜がお嫌いでは?」
「ええ、そうなのですが、不思議と彼の作るサラダだけは食べられるのですよ」
サラダバーでは大臣や官僚など、城で働く面々が集まり談笑している。
デスクワークは知らず知らずに疲労が溜まっていくから、この機会に存分に食べて疲れをいやしてもらいたい。
「確かに美味ですからなあ、この野菜」
「明らかに市販の物とはレベルが違う。植物の魔物とはこうも美味なのかと」
「実は、密かに栽培できないかと考えているのですよ。錬金術師を始めとした魔術系ギルドと農業ギルドに予算を出して、同レベルの物を創り出せないかと」
もしそうなったらこの世界で野菜革命が起きるな。
野菜嫌いの子が著しく減って、人々の健康に役立つだろうし、ぜひ実現してもらいたい。
――美味ッ! これめっちゃ美味ッ!
――俺たち末端の兵士にも食わせてくれるとは、王様最高だな!
――これが……ウォータースネーク。
――13の奴らこんな美味い物を毎日のように!
――クラーケンの煮物美味すぎる……野菜に味が染みまくってて口の中に入れただけで脳がトロけそうだ……! 俺、魔物に対するイメージが変わりそう。
――カレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味いカレー美味い……
その他一般騎士や兵士たちも、思い思いに楽しんでくれている。
今回の食事会も大成功だな。
これでまた、魔物食の良さが広がったことだろう。
「シェフ……あのう?」
「どうした?」
「本当にこれ、出すんですか?」
扉の外から中の様子を伺っていると、ワゴンに鍋を乗せた新人くんが不安そうに声をかけてきた。
「当たり前だ。美味いものはみんなで共有するべきだろう?」
「いや、まあそうなんですけど食材のイメージというものがですね……」
「結局、みんな美味いって言ってたじゃないか。大丈夫大丈夫! いけるって絶対!」
「そうかなあ? 阿鼻叫喚の地獄絵図になりそうな気がするんだけど……」
そうなったらそうなったで面白いからヨシ!
どんなリアクションを取ったところで、結局美味い物には抗えない。
そういった光景を見たいという思いもあるので俺は躊躇わない。
王侯貴族に何か言われないかとビクビクする新人くんの背中を押し、俺は晩餐会の会場に入った。
鍋を乗せたワゴンを引き、会場の最も目立つ位置まで移動する。
そして銅鑼を鳴らす。
注目を集めるために。
「えー、みなさん。各々食事を楽しんでいただけているようで何よりです。みなさんの楽しそうな笑顔、シェフとしてこの上ない報酬です」
俺は鍋の蓋を開け、続けて椀を1つ手に取った。
胃にガツンとくるような香りのするスープが鍋の中に漂っている。
「晩餐会も終わりに近づいてきた今が頃合い。私の出身地でシメに食される料理をお持ちしました。まだ食べれる、もしくは食べてみたいと言う方はこちらまでお越しください」
ただし――
「ただし、例によってこの料理も魔物料理です。勇気のある方のみお越しください」
ニヤリ――と笑いながら俺はそう言った。
会場内からはどよめきが生まれている。
――おい、お前行けよ。
――え? やだよ、お前が行けよ!
――ふん、情けない奴らだ。俺が行こう。彼が作るものだ。美味いに決まっている。
――団長! でも、今回はわざわざ先に警告してきたんですよ?
――これまで以上のとんでもないものを使っているのでは?
――…………やっぱお前たちが行ってくれ。
――団長―っ!
そんなコントが会場の片隅で繰り広げられる中、真っ先に訪れたのは。
「皆が躊躇するなら余が行こう。民の先頭に立てずして何が王か」
「兄上、私もお供します。彼のことですから味は保証されているので」
王族兄妹の2人だった。
俺は『麺』を1人分セットし、鍋の中身をかける。
ネギと紅ショウガに代わるものを一つまみ、それからオークベアで作ったチャーシューを一切れ乗せ、フォークと共に2人に渡した。
「ほう、いい香りだな。食欲を刺激される」
「カイト――いえ、カイト殿。この料理の名前は?」
「ラーメンと言います」
味は豚骨風。
オークベアの骨を野菜と一緒に長時間煮込んで存分に取れた出汁を使った異世界のラーメンだ。
今回の冒険で完成した、俺たちの世界における究極の料理の一つ。
いよいよ本格的なお披露目になる。
「食べ方は自由ですが、この料理は音を立てながら食べるのが粋とされています。服に飛び散るといけないので、ナプキンをつけてから啜ってみてください」
「うむ、わかった」
「では、いただきます」
――ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ! ズルズルッ!
――チュルチュルチュルチュルッ!
「お味の方はいかがですか王様? イメリア殿?」
――ゴクゴクゴクゴク。
――ゴクン。
「「美味いっ!」」
質問から少し間が開いたタイミングで大声。
リアクションとしては大成功だった。
「何という深みのあるスープなのだ……余は、余はこんな美味いスープは生まれて初めて食した」
「この、麺というもちもちとした食感の食材! 王妹としてかつて色々なものを食してきましたが、これほどまでに美味いものに出会ったことがありません!」
「うむ、正直余としてもカレーとこれを並べられて、どちらか1つしか食せないと言われたら、回答に小1時間程度悩むかもしれぬ」
「私もです兄上。大好物であるウォータースネークのかば焼きと甲乙つけがたい」
――そんなに?
その思いが伝染するのは早かった。
まるで高校の昼休みだ。
購買でパンを求める学生たちの様に人々が群がってくる。
「はいはい押さないでくださーい。ちゃんと並んで。まだまだたっぷりありますからね」
――美味ああああぁぁぁぁい! これは!この味わあああぁぁぁっ!?
――くっ……こんな、こんなに美味いだなんて……! 一体どんな魔物を使ったんだ!?
――あれ? 大臣殿さっき並んでいたはずでは?
――2回目です(本当は4回目)
――わかります。私も美食の限りを尽くしてきましたがこれほど美味いとは。
――英雄殿の領地に別荘を買うのもアリだと思えてしまいますよ。こんな味に出会ってしまうと。
シメのラーメンは大盛況だ。
さすが地球屈指の大人気メニュー。
その威力は正に食の核弾頭。
みんな味に舌と脳を破壊されている。
「カイト、このスープに使っている魔物ってオークベアでしょう?」
会場の空気が緩んだタイミングでイメリアが話しかけてきた。
すっかりくつろいでプライベートモードである。
「正解だ。よくわかったなイメリア」
「ふふ、伊達にあなたの領地で働いてません」
「スープはオークベアの骨と、野菜や果物を使って作っている。作り方は企業秘密な」
「骨まで食材になるなんて……オークベアって捨てるところがないのね……」
「よかったらこれも食べてみるか?」
俺は袋の中から今回調理に使ったオークベアの骨を取り出し、ペキンと二つに折った。
骨の断面にストローを指し、イメリアに渡す。
「これは……? なんだか、見た目がすごく……その、アレなんだけど?」
「俺たちの世界でも、一部の店でしか食えない裏メニューだ。『ゲンコツチューチュー』って言って、その名前の通り、骨の旨味をストローでチューチューと吸う」
「……美味しいの?」
「旨味の最も濃いところを飲むわけだからそりゃ美味いさ」
なおこの裏メニュー、手伝ってくれたお礼として厨房の全員に振る舞ったところ大変好評だった。
好評すぎて弟子入りしたいとか言われて大変だったぜ。
もう弟子はいるから無理と言って断りまくったよ。
「ンンンンンンン~~~~~♥ これっ! これホント美味しいっ! こんな見た目なのにこんなに美味しいなんて思わなかった!」
「見た目もだけど量も少ないからなあ。出したくても出せない店が圧倒的に多いんだよ、それ」
「そうなんだ、ありがとうカイト」
「どういたしまして。ところでイメリア、ラーメンに使われているもう一つの食材は何かわかったか?」
「残念ながら。この麺よね? 一体何をどうしたらこんなものができるのか見当もつかないわ」
「そうか……俺たちの世界じゃ女騎士とはセットメニューと言っていいくらいの定番なんだがな」
「え? 何それ(笑)」
「まあそれは冗談として、騎士なら高確率で戦ったことがある魔物だと思うぞ」
「え~何だろう?」
ふむ、わからないか。
じゃあそろそろ種明かしと行こう。
俺は再び銅鑼を鳴らして注目を集めた。
「シメのラーメンが大変好評で何よりです。では、そろそろ種明かしに移らせていただきます。スープに使われているのはオークベアの骨です。野菜や果物と一緒に煮込んでじっくりと旨味を抽出しました」
――何だ、オークベアかぁ。
――緊張して損したわ。
――王様の大好物のカレーにも使われているし今更って感じだよな。
騎士たちはそんなことを口々に言っている。
そんな余裕なのも今の内だ。
「で、麺のほうですが、これはある魔物の手です。水辺に生息するウネウネとした魔物を使っています」
――ま、まさか……?
――この麺ってやつの大元って……。
はい、もうわかりましたね?
俺はそう一言添えて、衝撃の一言をブッ込んだ。
麺の正体……それは――
「ローパーの触手です」
――オゲエエエエエェェェェェッ!
――ウゲエエェェェッ! グエエエェェェッ!
――うぅ~~ん……(パタン)
ショッキングな真実を知り、各地でパニックが起きている。
そんな中、王様だけは平然とラーメンを啜っている。
「美味い物には変わりない。お代わりをくれ」
混沌とする会場の中、変わらず食事をする王様を見て、マトファミア王国国民たちは王の頼もしさを感じ、いっそう忠節を尽くそうと誓ったとか。
まあともあれ晩餐会は終わった。
城のスタッフたちと後片付けをして、俺は滞在しているホテルに戻る。
この国一番の高級ホテルだ。
貴族や金持ちの商人が滞在する時によく使うらしい。
……
…………
………………
「ただいま」
「おかえり」
部屋に帰るなり、ミーナが玄関で出迎えてくれた。
呼び出されたのは俺だけど、生活面を支えるためについてきてくれたのだ。
「晩餐会どうだった?」
「予想通り、色んな意味で大盛況だったよ」
「あはは♪ あたしも生で見たかったなぁそれ!」
テーブルにつくなり、作ってくれた料理でねぎらってくれる。
俺と一緒に行動するようになって、本当にミーナの料理は上手くなった。
作るのはこっちの世界の家庭料理で、俺にはなじみのないものだけど、それでも口に合うし美味いって思える。
異世界人の俺の口に合うように、毎回工夫してくれているのが味から読み取れる。
「……ありがとう」
「え? 何よ突然?」
「いや、何となくお礼を言いたくなったんだよ」
「ふーん、変なの。まあ、あんたが変なのは今に始まったことじゃないか」
「酷い言われようだなあ」
「だってそうでしょ? 誰も今までやらなかった魔物を捕まえて料理するし、せっかく貴族になったのにその地位をあっさり捨てようとするし」
結局捨てれなかったけどな。
でもまあ、俺にとっては捨ててもいい程度の価値でしかないのは確かだ。
「王様とも仲いいし、領地経営も上手く行ってて将来有望。望めばいくらでも貴族から婚約話とか来そうなのに…………あたしなんかと婚約するし」
いつの間にかミーナの顔が耳まで真っ赤だ。
決して俺と目線を合わせようとしない。
照れているのが丸わかりだ。
「ねえ、本当にあたしなんかでよかったの? 今からでも解消――んぅっ!?」
俺はそれ以上何も言わせないために、ミーナの唇を強引に奪った。
舌を使って口をこじ開け、彼女の舌に絡ませる。
最初こそ突然のことに抵抗を示したミーナだったが、しばらくすると彼女の方からも絡ませ始めた。
お互い慣れていないけど、愛情がこもったキス。
心が満たされてゆく――。
俺は、この世界に来て、今初めて料理以外のもので心が埋まったかもしれない。
「……………………」
「……………………」
しばし無言の時が流れる。
「………………お風呂、沸いてるから」
「…………ああ、その、一緒に?」
「ううん、あたし、もう入った……」
言われてみると石鹸の香りがする。
言われるまで気づけないとは、俺も全然余裕がないな。
彼女のことで頭がいっぱいだ。
「……部屋で、待ってるから」
ミーナはそう言い残して寝室に向かった。
俺は風呂でしっかり体を洗い、準備する。
風呂から上がり寝室へ行くと、バスローブ姿のミーナが、うつむきながらベッドに座っていた。
俺は彼女の隣りに座り、手を取る。
「ミーナ……」
「うん、じゃあ……」
――しよっか?
俺はその夜のことを一生忘れないだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
これにて2章完結です! お付き合いいただきありがとうございました!
3章ですが仕事の方が忙しくなってきたためすぐには取り掛かれません。
なるべく早く再開しますのでしばらくお待ちください。
まだまだ続くんじゃよ。
読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
作者のやる気に繋がりますので。
応援よろしくお願いします!
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本気にしていなかった主人公はうっかりと現在ハマッているMMORPGの中に入ってしまい、成り行きでマジシャンに転職する。スキルを取得し、ちょっとだけレベルを上げて満足したところで元の世界に戻り、もう一度古書店へと向かってみるがそんな店が存在した形跡がないことに疑問を抱く。
そしてさらに、現実世界でも物語の中で手に入れたスキルが使えることに気がついた主人公は、片っ端からいろんなゲームに入り込んではスキルを取得していくが、その先で待っていたものは、自分と同じ世界に実在する高校生が召喚された世界だった。
果たして不思議な本について深まるばかりの謎は解明されるのだろうか。
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
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ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!
よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。
10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。
ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。
同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。
皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。
こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。
そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。
しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。
その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。
そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした!
更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。
これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。
ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。
ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ
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カクヨム、なろうにも掲載中。
タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。
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追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる
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友人のサムライと共に妖魔討伐で名を馳せた陰陽師「榊晴斗」は、魔王ノブ・ナガの誕生を目の当たりにする。
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村へ襲い掛かる災禍を払っているうちに、いつしか彼は国一番のスレイヤー「大魔術師ハルト」と呼ばれるようになっていった。
次第に明らかになっていく魔王の影に、彼は仲間たちと共にこれを滅しようと動く。
※カクヨムでも連載しています。
クラスごと異世界に召喚されたんだけどなぜか一人多い 浮いている俺はクラスの連中とは別れて気の合う仲間と気ままな冒険者生活を楽しむことにする
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タイトルを変更しました。旧タイトル【クラスごと異世界に召喚されたんだけどなぜか一人多い。まあそれは俺のせいなんだけどね】
安西タクミ18歳、事情があって他の生徒よりも2年遅れで某高校の1学年に学期の途中で編入することになった。ところが編入初日に一歩教室に足を踏み入れた途端に部屋全体が白い光に包まれる。
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とまあ文句を言ってみたものの、彼は否応なく異世界に飛ばされる。だがその途中でタクミだけが見慣れた神様のいる場所に途中下車して今回の召喚の目的を知る。実は過去2回の異世界召喚はあくまでもタクミを鍛えるための修行の一環であって、実は3度目の今回こそが本来彼が果たすべき使命だった。
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剣と魔法が何よりも物を言う世界で地球と銀河の運命を賭けた一大叙事詩がここからスタートする。
無限魔力のゴーレム使い ~無力な奴隷から最強への一歩は逆転の発想から~
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規格外の万能ゴーレムを使い成り上がりを目指す物語です。
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