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第2章 貴族編

第62話 残された謎と晩餐会

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「以上が今回の顛末てんまつです」
「そうか……なるほど。余の預かり知らぬところでそんなことが……」

 俺の報告ほうこくを聞いた王様は腕を組むなりむずかしい顔になった。
 帰還きかんから3日後、王城に呼び出された俺は、謁見えっけんの間で事後報告中である。

「助けた樹族じゅぞくたちはどうしている?」
領内りょうないで一時的に保護ほごしています。なにせ、帰ろうと思っても帰れませんから」

「ローソニアにとらわれた者たちは?」
「その人たちも無事保護できました。今回味方になってくれた奴が、自身の能力で保護していたようです」

 行方不明だった樹族たちは、ミズハの異空間内に囚われていた。
 ミズハいわく、作戦完了後に移送いそうする予定だったとのこと。

 ネクタルを作り出したせいで衰弱すいじゃくしきっており、通常の手段では移送中に亡くなってしまう可能性が高かったとか。

「今は全員領内で治療ちりょうを受けています。栄養満点のアレがありますから回復も早いですよ」
「それは何よりだ。してカイトよ、おぬしは今後彼らをどうするつもりだ?」

「希望者は領民に、帰りたい者には支援金しえんきんを……って思っています」
「すでにほろんでいるのにか?」

「はい、望郷ぼうきょうの念というのは案外強いものなんですよ、王様」

 例え故郷こきょうが滅んでいても、住みれた場所に帰りたいと言う人は多い。

 そういう人は引きめられない。
 なので、できる範囲はんいで支援したいと思う。

「そのわりにはおぬしからそういった念はうかがえんな?」
「私は特殊なので比較ひかくしないほうがよろしいかと」

 一応帰りたい気持ちはあるにはあるけど、この世界に未練みれんもたくさんある。
 帰ろうにも帰れないという現状もあるし、一般的な比較対象としては不適格ふてきかくだろう。

復興ふっこう事業費じぎょうひは国からもいくらか出そう。イブセブンにおんを売っておくのも悪くない」

「そうですか? 聞いたところによると国としての結束力は弱いという話ですけど」

「それでもだ。ローソニアに動きが見られる以上、我が国は味方だと思ってもらったほうが色々と都合つごうがいい。少額で少しでもそう思ってもらえるなら安いものよ」

 イブセブンは基本中立。
 後ろから刺される可能性がなくなるだけでもありがたい――と王様。

 この視点は俺にはなかった。
 やっぱ国を預かる身となると、いろいろ考えるんだな。

「して、カイトよ。おぬしらが戦った一軍……聖剣せいけん騎士団だったか?」
「はい、確かにそう名乗っていましたけど……どうかしました?」

「いや、その聖剣騎士団という軍なのだが、余は聞いたことがないのだ」
「え?」

「そもそもローソニア帝国で剣を名にかんすこと自体おかしな話だ」
「どういうことですか?」

「ローソニア帝国建国の父であるジェイムズ1世は魔導士ウィザードだった。ゆえに、ローソニア帝国では武術ではなく魔術がさかんなのだ。騎士団の名前も聖炎せいえん聖水せいすい聖雷せいらい聖地せいち聖嵐せいらん聖光せいこうと、武器ではなく属性を使っている」

 そんな国が剣などというものを騎士団に使うのか?
 そう言われてみると確かに不自然に思える。
 聖杖せいじょうとかならまだわかるが……聖剣、か。

「その件は余のほうでも調べてみよう。なにやらきな臭い。大事になる前に知っておく必要がある」

 王様は書類を一通したためると手を叩いた。
 どこからともなく忍者のような人が現れ、書類を受け取り消え去った。
 おそらく密偵みっていだろう。

「カイトよ、帰還したばかりでご苦労だった。領地に帰ってゆっくりと骨を休めるがいい」
「はい、そうしたいのはやまやまなんですけど……」

「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「私、行く前に領主めちゃってるんですよね……」

 そう、俺は今回の救援きゅうえんに行く際、マトファミア王国に迷惑がかからないように、領主を辞めている。

 なので、さっき口にした樹族の人たちの今後も、俺じゃできないから次の人にこうしてほしいっていう希望をべただけだったりするのだが。

「ああ、そのことか。妹より話は聞いているが……カイトよ」
「……はい」

「領主は地方行政のトップなのだ。辞めると言われて「はい、そうですか」と辞めさせられるわけがなかろう」
「あ、はい……そうですよね」

「とはいえ、さすがに我が国に悪影響が出ていれば、それを理由に辞めさせていたがな」

 やれやれ――といった風体ふうていで王様がため息をつく。

「今回は国に被害は出なかったが、今後もそうとは限らない。軽率けいそつな行動はつつしめ。お前は、多くをまとめる領主なのだからな」

「はい……すいませんでした!」

「ともあれ、よくやってくれた。ローソニアの怪しい動きを知れた功績こうせきは大きい。何かしらの褒美ほうびは取らそう。何か希望はあるか?」

「あ、じゃあ今回も前と同じものを」

 俺がそう口にした瞬間、謁見の間がざわついた。
 王様だけでなく周りで話を聞いていた大臣、護衛ごえいの騎士、書記官、みんなそわそわし始めている。

 中には明らかにガッツポーズを取っている者までいる始末しまつだ。
 こうまで喜んでもらえると嬉しくなるな。
 料理人冥利みょうりに尽きる。

「良いのか? 余を含めた諸々もろもろが嬉しいだけではないか?」
「そう言ってもらえるのが料理人にとって何よりの褒美なんですよ、王様」

「そうか、わかった。では晩餐会ばんさんかいを開こう。明日の夕食をぜひ作ってくれ」
「了解しました」

「おお、そうだ」
「?」
「余のカレーは大盛りでたのむ」

 わかっていますよ、カレーマニア王様

 ……
 …………
 ………………

 翌日――王城の調理室。

「それではみんな、今回もよろしく頼む」
「「「「ウィ! シェフ!」」」」

 俺の前にずらりと並んだ料理人たちが、一斉にそう声を上げた。

 シェフ……やはりいいいひびきだ。
 領主様なんかよりも何百倍も素晴すばらしい。

「王様からのリクエストでカレーがあった。それに加え、我が領地でれるウォータースネークを使った料理を食べたいと言う貴族や騎士の方々もいる」

 わざわざリクエストをしてくるくらいだから、腹いっぱい自分の大好物を食ってみたいという欲求があるのだろう。
 料理人としてそれに応えてやりたい。

「普通の晩餐会形式ではそれらのリクエストに応えるのは難しい。そこで、今回はビュッフェ形式にしようと思う」

 ビュッフェ――またはバイキングと呼ばれる食事形式。
 大量の料理を並べ、その中から自分の好きなものを取っていく立ち食いスタイルだ。

「なので、今回は料理を作って即終了ではない。現場に立って皆さんにサーブする体力もしっかり残してもらいたい。頼んだぞみんな!」
「「「「ウィ! シェフ!」」」」

 ……やっぱいい響きだなぁ、シェフって。。

「それじゃあ始めよう。メニューはカレー、ウォータースネークのかば焼き、う巻き、串焼き、肝吸きもすい、クラーケンの煮物にもの、一夜干し、オークベアのハンバーグステーキ、コカトリスの親子丼に卵を使ったドレッシングによるグリーンサラダだ! 各自準備を始めてくれ!」

 俺の号令でみんなが動く。

「とりあえず野菜をけ! そしてきざめ! あ、誰か一人こっちに来てくれ。肉もよーく使うからミンチにしてほしい」

 俺は袋の中からミートミンサーを出した。
 そして使い方を教えるなり、室内から大きなどよめきと歓声かんせいが生まれた。

 ――ミンチを作るのにこんな画期的かっきてきな方法があるなんて!
 ――これさえあればわざわざ時間をかけて包丁でたたく必要がなくなるぞ!

 ――いいなあこれ。いいなあ!
 ――城にも導入どうにゅうしましょう! どこで作ってもらえますか!?

 さすが料理人のみなさん。
 ミートミンサーに興味津々きょうみしんしんである。

 御用命ごようめいの際は我が領地のガンドノフ工房こうぼうへどうぞお越しを。

「ウォータースネークの調理方法を知っている者は知らない者に教えて欲しい。血液に毒を持っているし骨が細かいから、調理には細心さいしんの注意をしてのぞむように! お客様ののどに骨が刺さるなんて事態、俺は絶対に許さんからな!」

「「「「ウィ! シェフ!」」」」

 よーし、いい返事だ。
 言われた通り、細心の注意を払って三枚に下ろしているし骨も取りのぞいている。

 血液もちゃんと洗い流しているし、内臓の調理工程も言うことなし。

 俺の領地では免許制にしているから本当は無免許ダメなんだけど、今回は俺が見ているし、俺の領地でもないので特例だ。

 そのことを伝えた上で、今度免許取りに来るよう言っておこう。

「あの、シェフ……」
「ん?」

 カレーのスパイスを配合しつつ、ウォータースネークの調理に目を光らせていると、横から一人のコックが声をかけてきた。

 野菜の皮剥かわむきを担当していたし、この前やった時も見ていない。
 おそらく新人だろう。

「どうした? 何かわからないことでも?」
「いや、わからなことでもというか、わからないことだらけなんですが……」

 ウォータースネークの調理工程を横目に見ながらそう答える新人くん。
 まな板に釘をブッ刺してさばく光景はさぞ衝撃的なことだろう。

「まあ、そうだろうな。まだそこまで魔物料理は浸透しんとうしていないし。でも美味いぞ?」
「あ、はい。それはうわさに聞いていますし、自分も大好きです」

 商人ギルドから最近出たスライムゼリーが大好物とのこと。
 色んな味があって庶民しょみんに大人気らしい。

「作業が終わった報告と、ちょっと気になるものがあって……」

 新人くんがそう言ってみた先には、謎の物体が鎮座ちんざしている。
 袋におさまっているのだが、ウネウネとわずかにうごめいている。

「あれ、何ですか? 動いてるんですけど……」
「……知りたい?」

 感情を殺して俺は質問した。
 みんなも気になっていたようで、周囲の注目が集まっているのを感じる。

「……はい」
「……そうか、わかった」

 俺は袋を手に取り持ちあげた。

「新料理の材料なんだけど、後悔するなよ?」

 俺は袋の中身をぶちまけた。
 調理場から阿鼻叫喚あびきょうかんの声が上がった。




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 《あとがき》
 お待たせしました! 62話です。
 2章は次の63話で終了の予定です。
 仕事が少し忙しくなってきているのでまた書き溜めのお知らせをすると思います。
 ご理解のほどどうぞよろしくお願いします。

 読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
 作者のやる気に繋がりますので。
 応援よろしくお願いします!



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