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第2章 貴族編

第51話 奴隷商人

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「飯を食ってからもうだいぶつな。キョウ、あとどれくらいだ?」
「もうあと1時間もしないと思います」
「そうか……なら、もうそろそろ敵と遭遇そうぐうしてもいい時間帯か」

 地獄絵図じごくえずとなった朝食を終えて約6時間後――、
 俺たちはいよいよ樹族じゅぞくの村近くまで移動したらしい。

 イブセブン連邦は国土の7割が大自然のせいか、ここに来るまで街道かいどう沿いを移動したにもかかわらず、かなりの魔物と遭遇した。

 最初に出会ったオークベアを始め、今回初めて出会えたローパー2種。
 アイアンスコーピオンの亜種で、翡翠ひすいからを持つジェイドスコーピオンや、サンブリーのダンジョンにて生息が確認されたコカトリスなど。

 戦った感想としては、イブセブンの魔物のほうが、マトファミアの魔物よりも強い印象だった。
 やはり魔力が濃いぶん、それだけ魔物が強くなるのだろうか?

 まあ、魔力が濃い方が旨味が強い傾向けいこうにあるから、正直食う側としてはそのほうが嬉しい。

「あ、そういえば一つ決めなきゃいけないことを忘れていたな」
「え? 何かあったっけ?」

偽名ぎめいだよ、偽名。一応えらい人もいるわけだし、敵の前で本名言うわけにもいかないだろう?」
「あ、そっか」

 本名がばれて無事帰った後に、ローソニアから付け狙われるとか勘弁かんべんだ。
 領主を辞めた以上、俺も冒険者の身分に戻ったわけだから、ローソニア帝国をおとずれる機会があるかもしれない。

 そんな時に後ろから刺されるとかなったら目も当てられない。

「ローソニアの兵士に見つかる前に、適当な偽名を決めておいた方がいいと思うんだがどうだろう?」
「あたしは賛成さんせい。みんなは……って、まだ回復していないの?」

 ミーナが御者台ぎょしゃだいから後ろを見ると、奴隷どれい役の3人は未だにグロッキーだった。
 朝飯に続いて昼飯もローパー料理だったことから、精神的ダメージが抜けきっていないと見える。

「仕方ないじゃろう……みなが皆、おぬしのようにメンタル無敵じゃと思うでない」
「僕、昔から臆病者おくびょうものって言われていたのでメンタルスライムなんですよ……」

「オレは……美味いからさすがにれましたけど、アレが胃の中にあると思うと複雑な気分です……」
「もう、みんなだらしないなあ。美味しいならそれでいいのに」

 ミーナがあきれてため息をついた。

「それで、偽名だけどみんなはどう思う?」 
「……わしは賛成じゃ」

「僕も同じく……」
「オレは冒険者じゃないけど、やっぱ決めておいた方がいいんでしょうね……」

 全員賛成のようだ。
 では、早速さっそく決めるとしようか。

「じゃあ、俺はカイルで」
「一文字しか違わないけど大丈夫なの?」
「大っぴらに情報収集をするからな」

 やつらと接触せっしょくする機会が後ろの3人より多いし、呼ばれた時にとっさに反応できるよう、本名に似た名前の方がいいと思う。

「なるほど! じゃあ、あたしはニナで」
「僕はビィトでお願いします」

「オレはアヤメでいきます。小枝の名前の方が反応できそうだし」
「ロリマスは何にする?」
「そうじゃなあ……」

 みんながあっさり決めた中、偽ロリのアミカだけ決めかねていた。

「そんななやまずパッと決めてくれよ」
「うーむ、そうは言うけどのう。わしの場合、マトファミア王国の冒険者ギルドのマスターじゃから、似た名前を使うというのも危険ではないかや?」
「ああ、確かに」

 言われてみればその通りだ。
 有名人である以上、彼女だけは思いっきり違う名前を使ったほうが良いかもしれない。

「よし、決めたぞ!」

 3分くらい悩んだ後、アミカはようやく自分の使う名前を決めた。

「で、何て名前にするんだ?」
「ローゼスバーグ=フォン=デュッセンドルフ4世で頼む」
「もっと簡単なのにしてくれ」

 ギルマスの本名くらい覚えらんねえよ!

「むぅ、じゃあフランソワーズ=ド=ノイシュヴァンシュタイン3世で」
「簡単なのにしろって言ったばかりだろロリババア!」

「そうは言うがのう、冒険者ギルドのギルマスともなればそれなりの威厳いげんというものがじゃな……」
「今のあんたは奴隷どれい役だろ! 奴隷の幼女っぽい名前にしろや!」

「ふう、やれやれ。カイトは料理のこと以外はとんと無知じゃのう。奴隷は何も食うに困った庶民しょみんがなるものではないんじゃぞ? 家が没落ぼつらくして身売りした貴族だって全然いるのじゃ」

「だからって覚えれない名前にするな! もう面倒くさいから俺が決めてやる。偽者ロリータだからロリーナでいいな。はい決定!」
「ロリーナか……ふむ、まあいいじゃろ」

 どうやらお気に召してくれたらしい。
 偽名も決まって準備万端ばんたん
 これ以降、俺たちは自分たちの偽名に慣れるために、本名を使わず会話を続け――30分後。

 ……
 …………
 ………………

「止まれーぃ!」
検問けんもんだ! 馬車を止めてそこから降りろ!」

 俺たちはローソニア帝国がいた検問所に辿たどり着いた。
 2人の兵士に言われた通り、俺とミーナは馬車から降りる。

「何者だ? 見たところ奴隷商人のようだが?」
「ええ。私は ローソニア帝国の辺境へんきょうで奴隷商をいとなんでおりますカイルと申します」

「カイルの秘書、ニナと申します。あるじともどもお見知りおきを」
「……ほう」
「……ニナだな。覚えたぞ」

 ミーナが深々とお辞儀じぎをした瞬間、2人の兵士の鼻の下が伸びた。
 ミーナのお胸のたわわ様が、重力にしたがったせいである。

 テメェら! 俺の嫁をエロい目で見てんじゃねえぞ――って言えたらなあ!
 色仕掛け込みでこの衣装を作ったけど、心の中がめちゃくちゃモヤる!

 これはまさか……NTR属性の目覚め?
 どうでもいいけど俺の名前も覚えてくれないかな?

「何故この先へ?」
「商人が行動する理由など、商売以外にありませんよ」

「独自の情報網じょうほうもうから、この辺りで作戦行動中であることを知りました。軍事行動ともなれば、当然その後に出るのは戦争孤児こじです」

「はは、なるほど」
「その孤児どもをつかまえに来たというわけか」

「スカウト――と言って欲しいですね」
「我が主は奴隷にも十分な教育と衣食住いしょくじゅうを与えています。汚くおろかな奴隷と、綺麗きれいかしこい奴隷……お2人はどちらの奴隷を買いますか?」

 そんなの聞くまでもなく綺麗な方だ。
 なんだかんだで、人は見た目の印象が9割と言われている。
 汚い方より綺麗な方がウケがいい。

「家を焼かれ、親や家族、財産ざいさんを失った者たちに、私は生きるすべ提供ていきょうしに来たのですよ」

「主の手腕しゅわんは後ろのおりを見ればわかるかと。大量にいた奴隷も、ここに来るまでほぼ売れてしまいました。今ではその3人しかおりません」

 丁寧ていねいな口調でミーナが言うと、2人の兵士は舐めるように奴隷役の3人を見る。

「ほう、こいつらは何で売れ残ったんだ?」
「まず男。ビィトというこの青年は、こう見えて魔法も使えて教養きょうようもある、結構な良品りょうひんではあるのですが……酒クズです。目をはなすとすぐに酒を飲んでしまう悪癖あくへきがあり、そのせいで酒臭さが抜けず売れません」

「ちょっ……カイ――ルさん!? 僕そんな酒臭いですか!?」

 臭いよ! お前の周囲しゅうい1mくらいは常に酒のにおいがするんだよ!
 ビールちょっとくらい飲んでもいいとは言ったけど、仕事中にひまを見つけて飲むんじゃねえ!

「ふむ、確かに臭いな」
「あー、なるほど。酒の匂いか。なんかさっきからにおうと思ったんだよな」
「そんな……? 禁酒きんしゅしよう……」

 演技えんぎのついでにピートに説教できたのでよし!
 次はキョウ行こうか。

「次にこの樹族の子――アヤメですが、売れない理由は値段とこの子の年齢ねんれいです。というのも、もう少しで大人になるため男と女、どちらになるかわからない。肉体労働目的で買ったのに女になったり、性奴隷目的で買ったのに男になったりしたら大損おおぞんでしょう?」

「あー、たしかになあ。エロいことしたくて買ったのに、男になったら悲惨ひさんだもんな」
「入れるところがケツしかないもんな。しかもワンチャンケツに入れられる可能性もあるし」

「……でも、結構かわいい顔しているし、アリと言えばアリか?」
「……確かに。美少年にられるか、美少女を掘るか……あれ? どっちに転んでもお得なのでは?」

 おやおや? ちょっと雲行きがあやしくなってきたぞ?
 こう言えば躊躇ちゅうちょすると思ったのに、新たな性癖せいへきに目覚め始めておられる。

 この兵士たち、とんだ性欲モンスターだよ!
 そういえば中世の騎士や兵士たち、日本の武士たちは、お互いのきずなを深め合うために、性別関係なく愛し合ったという記録がある。

 ……まずいなこれ。
 このままだとキョウ買われちゃわない?

「カイルさん! 何とかして! オレ買われたくないですよぅ!」

 キョウが涙声なみだごえうったえてきた。
 案内役を失うわけにもいかないし、何とかしなければ。

「男と女、どっちになっても楽しそうな気がしないでもないな」
「性別のない今の状態を楽しむのもまた一興いっきょうか?」

「へ、兵士さん! お目が高い! でも、実はそういったお客様も多く、この子はすでに予約済みなんです!」
「そ、そうなんですよ。申し訳ありません。主ともどもおび申し上げます!」

「えー?」
「何だよ、つまんねーな」

 とっさに出た言い訳だったけど、どうやら納得してくれたらしい。
 危ない危ない。

「では最後、この幼女ロリーナと言うのですが、彼女が売れ残っている理由は――行きおくれです」
「おい!?」

「行き遅れ?」
「見た目13-4歳くらいの幼女なのに?」

「はい。先ほどの主への反応でおわかりになったと思いますが、この幼女はのじゃロリです。キャラ付けでこんな変なしゃべり方をするため、買い手の方がえてしまうのです」

「こらミ――ニナ! 別にわしはキャラ付けでこうしゃべっとるわけでは――」
「のじゃロリか……それなりに琴線きんせんれる奴がいそうなものだけどな」

「ロリババア風とか、結構人気ありそうな気もするが……」
「ナチュラルな口調ならばそうでしょう。ですがこのロリ、なんか作り物っぽい感じなんですよね」

「お客様もバカではありません。言葉の節々ふしぶしから感じるのでしょう。彼女が偽のじゃロリだということを」
「そうか……キャラづくりの果てに生まれた悲しいモンスターなのか……」

「元気出せよのじゃロリ。きっとそのうちいいご主人様に出会えるさ」
「わ、わしキャラづくりしてないもん……」

 2人の兵士は俺たちの話に納得してくれたようだ。
 検問を無事に終え、俺たちは再び馬車を進める。

「このまま進むと30分くらいで樹族の村に出る。中央から将軍が来ているから、上客に売るチャンスだぞ」
「ただ、購入は難しいだろうな。捕らえた樹族は、全員使い道が決まっているという話だ」

 使い道が決まっている?

「あのう……それはいったいどういうことでしょうか?」
「俺たちは末端まったんの兵士だ。詳しくはしらんがそう聞いてるよ」
「なんかの実験に使うんじゃないのか? 中央じゃ亜人あじんの人権ないからなあ」

 もしそうならえらいことだ。
 一刻も早く助けなければならない。

「色々ありがとうございます。それでは」
「おう、あんたも商売頑張れよ」

 兵士たちに別れを告げ、見えなくなったタイミングで馬を急がせた。
 1秒でも早く、現状を知るために。




 --------------------------------------------------------------------------------
 《あとがき》
 次回敵基地潜入です。

 第4回次世代ファンタジーカップにエントリーしました!
 読み終わった後、できれば評価をいただけたらと。
 作者のやる気に繋がりますので。
 応援よろしくお願いします!
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