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第2章 貴族編

第43話 遅れてきた者たち

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 アミカとのたわむれ後、俺は急いで街の入口へ向かった。
 建築ギルドが修復中の城壁じょうへきの向こう側に、鎧で武装した大勢の兵士たちの姿が見えた。
 物珍しそうに、街のシンボルとなったウォータースネークの絵をながめている。

「失礼、あなたがここの領主殿どのでしょうか?」

 その中から一人歩み出て俺に話しかけてきた。
 装備のはなやかさといい、気品といい、おそらくこの人が代表なのだろう。

 見た感じ、俺と歳は同じくらい。
 長い青髪をポニーテールにした美しい女性である。

「失礼、大変お待たせしました。私が領主のカイト=ウマミザワです」
「マトファミア王国第13騎士団長、イメリア=ルクサーク=マトファミアです」

「家名がマトファミア……ということはあなたは――」
「ええ、現王の妹です。王位継承権けいしょうけん放棄ほうきしていますので、そうかしこまらなくても結構ですよ。このたび到着とうちゃくが遅れてしまい大変申し訳ありませんでした」

 そう言って彼女――イメリアは深々と謝罪した。
 王位継承権を捨てたとはいえ王族、謝罪の価値は推して知るべし。

「いえいえ、着ていただけただけで十分です。でも、どうしてこんなに遅れたのでしょうか?」
「……恥ずかしながら、王都の騎士団の中でゴタゴタが起きてしまいまして」

「え? それって内乱?」
「あ、いえ、そういうものではなく、その……どうしてもここに来たいという者が後を絶たず、選抜試験を行っていたので……」

「こんな辺境へんきょうにどうして?」
「料理です。あなたが晩餐会ばんさんかいで振る舞った料理、及び、この前王都にいらした際に兄に渡したお弁当、それを兄がずいぶんと気に入りまして」

「はあ……」
「どうしても食べてみたいという者が後を絶たず、希望者全員で試験をしたのです。副団長以下、身分関係なく実力重視で」

「それは……時間がかかるでしょうね」
「ええ、わが国には数万の兵士&騎士がいますから。その中から五百名を選ぶのは本当に骨でした」

 ということは、ここにいるのはその試験を勝ち抜いた精鋭せいえい部隊ってことか。
 王様にはやって欲しいことは伝えているし、仕事ができない奴は一人もいないと期待していいだろう。

 待っていたかいがあった。
 待たされた分、十分にお釣りが来そうだ。

「恥ずかしながら私も……あなたの料理が食べてみたくて志願しがんしたんです。あの真面目で公平な兄が、夢中になるあなたの料理がどんなものか気になって気になって」
「はは、じゃあ早速振る舞わせてもらいましょうか。ただし……」

「?」
「何が出てきても文句言わないでくださいね?」
「ええ、それは、はい……?」

 よし、言質げんち取った!
 王族相手のドッキリができるぞ!
 俺は近くで待機していたアミカに声をかける。

「ロリマス、悪いんだけどちょっと手を貸して」
「む? 何じゃ?」

「今から騎士団全員分のメシ作るから手伝ってくれ。500人分」
「できるかーっ! わし料理は素人しろうとじゃぞ!」

「ああ、大丈夫大丈夫。素材取るの手伝って欲しいだけだから。ウォータースネークを30匹くらいつかまえてくれ。調理する人はこっちで用意するから」

 そもそもウォータースネークはうなぎと同じで、血液に毒があるからな。
 骨も多いし、素人に調理なんてまかせられない。

 今後のことを見越して、俺はウォータースネークの調理を免許制にした。
 王様やここに来た冒険者たちのように、ウォータースネークの味を気に入って訪れる人は今後増えていくだろう。

 そんな人に骨がたくさんありすぎて非常に食いにくいウォータースネークを出したり、そもそも毒入りの物を出したりなんてしたら大事おおごとだ。

 なので、それらを未然みぜんに防ぐための免許だ。
 現在、希望者を俺の開く青空料理教室で試験を行い、きびしい審査のすえ通過した者だけがウォータースネークを調理できることになっている。

 免許なしで調理した場合、それなりに重い罰を与えると言っているので、勝手に調理している者はいないと思いたい。

「なんじゃ、そんなことか。わかった、行ってくる」
「頼む。終わったら作りたての骨煎餅ほねせんべいをあげるよ」
「やった♪ わしアレも大好きじゃ♪」

 意気揚々いきようようとロリマスは出て行った。

「さて、俺も街の住人に声をかけるか」

 ……
 …………
 ………………

 そして1時間後――冒険者ギルド横の解体場かいたいばに、俺を含めた十数名の老若男女が集められた。

 俺の課した試験を突破とっぱしてきた者たちだ。
 全員面構つらがまえが違う。
 料理に対する情熱を人一倍持っている面構えをしている。

「お待たせじゃ」

 全員そろって気合いを入れたところでアミカが帰ってきた。
 30匹のウォータースネークがからまり合った、巨大なスネークボールを空中にえて。

「お帰り。それはそうと、時々派手はでな爆発音が聞こえたような気がしたんだけど何やってたの?」
「ああ、それは適度てきどに調整したわしの魔法を川にぶち込んでたからじゃな。爆発の衝撃で脳震盪のうしんとうを起こしたウォータースネークがぷかーって浮かんでくるのはなんか笑えたのう」

 この漁法は、日本っていうか地球上では禁止されてるやり方なので、絶対に真似しないでください。

「次そのやり方でるのはやめような、偽ロリ。さあ、材料は揃った。みんな、気合い入れていくぞ!」

「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」」」」」

「じゃロリマス、とりあえずアレこおらして」
「わかったのじゃ。ブリザード」

「オッケー、じゃあ解凍かいとうして」
「凍らせたのにか? おぬしの料理はよくわからんのう? ファイヤーボール(極小ごくしょう)!」

 こうしないと、ウォータースネークがあばれるからだよ。
 弱いと言ってもウォータースネークは魔物だ。
 まだ生きている個体を調理するなら、絶対に凍らせて冬眠状態にさせてからのほうがいい。

「みんな、くぎは持ったか!?」
「「「「「おぉ!」」」」」
「釘!? 釘なんて何に使うの!?」

「ハンマーも持ったな!? 行くぞぉ!」
「ハンマー!? ハンマーで何するの!? ねえ何するの!?」

 それはなあ、こうするんだよ!

 ――ガンガンガンガン!

「ギャアアアァァァァッ! 頭に釘とかグロいのじゃああぁぁぁっ!」
「おいおい、あんたS級冒険者なんだから、こんな光景グロのうちに入らないだろ?」

「ま、まあそうなんじゃが、冒険で見るグロ画像と、日常で見るグロ画像は受け取るインパクトが違うと言うか……」

 ふーん、そんなもんかな?
 俺もここにいる人たちも、もう完全に慣れちゃっているから、その辺の感覚は完全にマヒしているのでよくわからない。

「固定したら三枚に下ろすぞ! 相手は騎士団、つまりお客さんだ! お客さんに骨たっぷりの身なんて提供ていきょうできねえ! 一本たりとも取り忘れるな!」

 俺のげきを受け止め、皆慎重しんちょうに包丁をすべらせていく。
 さすがガンドノフ親方特製の包丁だ。切れ味抜群ばつぐんすぎる。

 骨に沿って、ウォータースネークの身だけを綺麗に削ぎ落すことに成功している。
 追加で購入して本当に良かった。

「内臓は肝吸きもすいに、骨は骨煎餅に! 各自連携れんけいして自分の担当をきちんとこなせ! 料理はチームだ! 一人はみんなのために、みんなは一人のために! この言葉を意識しろ!」

 小さな定食屋や家庭なら個人プレイもいいだろう。
 だが、俺のつとめていたレストランや王城の厨房ちゅうぼう、そして今この場で行っているような場所ではそうはいかない。

 多人数での料理はチームプレイだ。一人一人が連携を意識し、きちんと己の仕事をこなすことで、味も効率も何倍にもね上がる。

「作業が終わった奴は遅れている奴を手伝ってくれ! 特にライス! 500人分だから量が半端はんぱねえぞ! 積極的にフォローを頼む!」
「まるで戦場じゃな……命のやり取りをする戦場そのものじゃ」

 その例えは実に的を得ている。
 俺たち料理人の戦場は厨房なのだから。

「ほい、手伝いありがとう。好きなだけ食っていいぞ」
「わーい♪ できたての骨煎餅じゃ~♥ んぅ~♥ このコリコリサクサクがたまらんのぅ♪」

「もうじき終わるし、もうちょい手伝ってく? これを城壁まで運んでほしいんだけど」
「お安い御用ごようじゃ。で、報酬ほうしゅうは?」

「騎士団500人の盛大なリアクションが見れる特等席」
「ほほう……それは、lなんとも面白そうな報酬じゃなっ♪」

 ……
 …………
 ………………

 そして完成した料理をサーブする。
 俺の料理を求めて選抜試験まで行ってきた者たちだ。
 うわさの料理にめぐり会えた喜びに対するリアクションが、他の人たちとは一味違う。

「これだ! これを俺は食ってみたかったんだ!」
「匂いだけで幸せになれそう~♥ 転属てんぞく願いだした私エライ!」
「王様をも魅了みりょうする未知の料理……俺様を魅了することができるかな?」

 みんながみんな、大喜びで飯を食う。
 そして口にした瞬間、例外なく色んな意味で吹っ飛ぶ。

 ある者は転がり、
 またある者は泣き出し、
 またある者は食い続け、
 またある者は気絶する。

「美味しっ、これ、果てしなく美味しいですっ! 王城で出される料理なんかとは比べ物にならないくらい美味しっ♪ 他の騎士団長全員ぶちのめして無理矢理転属勝ち取れて本当によかったぁ~♪」

 試験したのは副団長以下じゃなかったのかよ?
 この様子だと、団長以上も独自に試験をしていたっぽいな。
 全員ぶちのめしてここに来たって言ってたし、この子、王族なのにワイルドすぎる。

「食後のデザートに骨煎餅もどうぞ。カルシウムと魔力たっぷりで美味しいですよ」
「本当だぁ♪ これも美味しい~♥ これが毎日食べられるとか幸せ~♥」

 さて、幸せ気分にひたっているところでそろそろ恒例のアレいこうか。
 ロリマスも手伝ってくれた他の人たちも、そしてもちろん俺も、みんな意地の悪い微笑ほほえみを浮かべている。

「さて、そろそろえんもたけなわですが、ここらで一つ面白いことでも言わせてもらおうかと」

 ――おう、いいぞー!
 ――どんな面白いこと言ってくれんの?
 ――私は笑いに厳しいわよ。そう簡単には笑いませんから!

 おやおや、勘違いしているな?
 笑うのはきみたちじゃなくて俺たちだよ。

「あなたたちが美味い美味いと言って食べたたそれ……原材料ウォータースネークです」

 ――ブフウウウウウウゥゥゥゥッ!?

 はははははははは!
 汚ねえつばが空を舞い、えづいた騎士団たちが描く地獄絵図。

 天国と地獄が共存する不思議空間。
 これを俺たちは見たかった。
 わはははははははは!



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 《あとがき》
 ドッキリ仕掛けるのって楽しいですよね。
 もちろん、笑える範囲でですが。

 《旧Twitter》
 https://twitter.com/USouhei

 第4回次世代ファンタジーカップにエントリーしました!
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