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第2章 貴族編

第35話 本当の価値

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「親方―、ただ今戻りました」
「おう、お帰りさん。こっちもできてるぜ」

 俺が工房こうぼうに戻ったのは昼を少しぎたくらいの時間だった。
 仕事も終わって、ちょっと飯でも――と思うような時間帯である。

「ん? そいつは何だ? 見ねえ顔だな」
「こいつはエディ。炭焼き場を歩いていたら目の前でクビになったから拾ってきました」
「おい、あんた! ここって街でも有名なガンドノフ親方の工房じゃねえか!」

 あ、親方の名前ってガンドノフっていうのか。
 そこそこ付き合いあるのに今知ったな。

「超一流の武器職人の店に連れてきて、あんた一体俺をどうするつもりだ?」
「さっきも言っただろ。一緒にメシ食おうって言ってんだよ。親方、早速さっそくですけど見ても?」
「おおよ、構造こうぞうが単純だから簡単だったぜ」

 素晴すばらしい、完璧だ。
 日本にあるものと何も遜色そんしょくがない。
 早く使えと道具がささやいておるわ。

「どう使うかわからねえけど、これでいいんだよな?」
「完璧です。これをあと10個くらい作って俺んとこに送ってもらえます?」
「わかった。宛先あてさきは領主の館でいいか?」

「え? 領主って……え?」
「何だお前さん知らねえのか? このカイトは俺らが住むここら一帯の領主だぞ」
「あんたも数時間前まで知らなかったじゃねーか」

「え? え? えええええぇぇぇぇっ!? 何で、領主がこんなとこに……」
「このガンドノフ親方に専用の調理器具ちょうりきぐを作ってもらいに来たんだよ」
「領主が、料理?」

「カイトの作るメシは美味いぞぉ。お前さん運が良かったな」
「そんじゃ始めるか。キッチン借りますよ」

 さて、作るとしますか。

 今回は本格的に作るから、飯をくところからこだわりたい。
 早速袋の中から例の炭を出して――うん?

「何だエディ、飯はまだだぞ。今から作るんだから」
「なあ、領主様よ」
「カイトでいい。公的な場じゃないから敬語もいらねえ」

「カイト、あんたの作る料理を見てもいいか?」
「どうして?」
「俺の作った炭をどう使うか、それを見たい」

 なるほど。

「みんなも、俺も、何一つとして役に立たないゴミみたいな炭と評価した俺の炭……その本当の価値を知りたいんだ」
「わかった、いいぜ。ただし、飯時めしどきにキッチンに立つ以上手伝ってもらうからな?」
「わかった。何をすればいい?」

「とりあえずよく手を洗って汚れを落とせ。そしたらライスを炊いてくれ。それくらいできるだろ?」
「ああ、それくらいなら。下っだから毎日やらされてたしな」

 よし、メシ炊き要員よういんゲット。
 これでウォータースネークのほうに集中できる。

「じゃあ始めるか」

 俺は無限袋から一匹の大きなウォータースネークを引っり出した。
 隊長は3m、太さは12cmといった感じの大物だ。

 全身黒光くろびかりしてテカりまくっており、あぶらが乗りまくっているのがよくわかる。
 地球でこんなの買ったら、一体いくらするんだろうな?

「お、おい!? あんたそれ魔物じゃ!?」
「魔物だが?」
「魔物だが――って、何普通に流してんだよ!? 魔物だぞ!? 神の敵だぞ!? けがれた存在だぞ!? そんなものを料理するとか……」

「美味いんだし別にいいだろ」
「え……美味いの? ってか食ったの?」

「当たり前だろ。自分で食って納得なっとくしなきゃ他人になんて出さねえよ。言っておくけど、宗教上問題ないことも確認済みだし、俺の直轄地ちょっかつちじゃみんな美味いって食ってるからな」
「えぇ……? これをかぁ……?」

 エディは俺の言葉に半信半疑はんしんはんぎのようだ。
 まあ、そういう文化けんだしこれは仕方ない。
 いつものことだし、味でだまらせよう。

「そんなことよりメシを炊けよ。それがないとどうしようもないぞ」
「あ、ああ……」

 さて、気を取り直して作業だ。
 俺はウォータースネークをまな板に乗せると、いつものように頭をくぎで固定する。
 首のあたりに包丁を入れ、そこから3枚に下ろしていく。

「あ、そうだ。エディ、お湯かしてくれ。必要になるから」
「あ、ああ……わかった」

 肝吸きもすいとは別にお湯を沸かしてもらい作業に戻る。
 毒を持った血を洗い流し、丁寧ていねいに骨と内臓ないぞうがし、心臓しんぞうと骨で肝吸いと骨煎餅せんべいを作る。

 煎餅ががるシャアアアァァァァッ――という音が聞こえる中、身を湯引ゆびいてヌルヌルを落とし、いよいよだ。
 専用の調理器具にエディの炭をセットし、火をつける。

「あ、そうだ。そっちにも入れないと。炭を水でよーく洗って、と」
「おい、何してんだよ!?」
「炭を洗ってる。これからかまの中にいれるんだし、しっかり洗わなきゃダメだろ」
「いや、炭を入れること自体ダメだろ!」

「果たしてそうかな?」
「え?」
「いいから、俺のやることに口をはさむな。素人しろうとだまって見とけ」

 そう言い、俺は窯の中にエディの炭を入れた。
 そうこうしているうちに炭が温まってきたので、いよいよ最終工程こうていに入る。

 調理器具と一緒に作ってもらった鉄串てつぐしならべ、切り落としたウォータースネークの身にそれらを突きし、専用のタレにドボン!
 タレが全身にみ渡ったら、十分に熱された調理器具の上に乗せる。

 ――ジュワアアアアアァァァァァッ!
 ――ジュワッ! ――ジュワッ! ――ポタッ! ――ジュワアアアアァァァッ!

「あ、すげえいいにおい……」
「だろう?」

 タレとウォータースネークの脂、熱され垂れ落ちたそれらが炭に落ち、気体となって充満じゅうまんする。
 炭火焼じゃないとこうはならない。

 焼いている身に気体となったタレと脂がまとわりつき、一層いっそう味を引き立てるのだ。
 充分に火が通るまでこれを繰り返す。

「炊けたぞ」
「こっちももうできる。このどんぶりにたっぷりとライスを乗せてくれ」
「わかった。入れた炭はどうするんだ?」
「それはもう使わない。取り出して流しにでも置いといてくれ」

 られたライスの上に焼きあがったウォータースネークをセット。
 最後にタレをかけてふたを閉め――完成だ。

「さあ、飯にしよう。みんなのとこに持って行くぞ」

 ……
 …………
 ………………

 居間いまで待っているガンドノフ親方とその弟子たち。
 そして俺とエディ。
 全員の前にうな丼どんと肝吸い、骨煎餅がセットされた。

「ほう? こりゃまた面白ぇもんが出たな」
「骨煎餅です。カリカリで美味いですよ。俺の街では大人にも子どもにも大人気です」

「ものすげえいいにおいがしてたけど、一体何を使ったんだ?」
「先にネタばらしになっちゃいますけどウォータースネークです。俺が選んだ極上の一匹を使いました」

「ウォータースネークだぁ!? あの気持ち悪ぃヌルヌルした奴だとぉ!? かっかっか、面白ぇ! あれがどんな味になってるかためしてやろうじゃねえか」

 まあどうせ美味いんだろうけどよ。
 親方のそんなつぶやきが聞こえた。
 その信頼に存分ぞんぶんに応えやろうじゃないか。

「ああ、いい匂いだ……もうこれ絶対美味いってわかるぜ。あの気持ち悪い魔物がなぁ」

 蓋を開けた途端、閉じ込められていたかおりが爆発し、みんな幸せな気持ちになった。
 では――未知の味への出会い、興奮、そして食材の命に感謝を込めて――

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 ――パクッ。
 ――ブワアアアァァァァァァッ!
 ――フワッ! ――フワッ!

「な、何だこりゃああああぁぁぁぁぁっ!? 旨味が口の中で大爆発したぞおおおぉぉぉぉっ!? トロットロでフワッフワで……ああ、もうわけわかんねえほど美味い! 幸せが! 幸せが口の中でいっぱいだぁぁぁぁっ! よだれが大洪水だいこうずいを起こすうううぅぅぅっ! いくらでも食える! 食えるぞおおおぉぉぉっ!」

「これ、マジで俺が炊いたライスなのか!? なんか旨味がまされてるって言うか……」
「それはな、あの炭に秘密があるんだ」
「俺の炭にだと?」

「おうさ、それに親方たちの狂乱きょうらんっぷりにも一役買ってる」
「……マジでか?」
「マジだ。あの炭は俺の故郷ふるさとで言う『備長炭びんちょうたん』だ。おもに料理で使うために作られる、超高級な炭なんだよ」

 備長炭――今さら説明不要だがあえて言おう。
 紀伊きいの国の商人、備中屋長左衛門びっちゅうやちょうざえもんが最初に作ったことから、その名前が取られたと言われている炭。

 火力の安定性にすぐれ、長時間燃焼ねんしょうできるため料理に最適。
 おまけに熱すると赤外線を多く放射ほうしゃするという特徴とくちょうもある。
 おかげで料理の表面を均等きんとうに焼き上げられるため、美味しさのレベルが一気にね上がるのだ。

「あの調理器具を使うと、炭に垂れた気化したタレと脂が、香りとなってウォータースネークの身にまとわりつく。匂いからしてもう美味い。食う前に美味さを伝えることができるという、この料理における究極兵器なんだ」

「ほう、あの変わったモンにはそういうねらいが! かぁーっ! 作っといてなんだが全然わからなかったぜ! でも今わかった! 美味ええええぇぇぇぇっ!」

「備長炭には汚れを吸着きゅうちゃくする効果もある。窯の中に入れたのはライスについている余分なものを吸い取らせて、赤外線効果で全体を温めることが目的だった」

「つまり、どういうことだ?」
「まあ、めっちゃ単純に言うとだな、お前さんの炭はメシがまの中に入れて炊くだけで美味くなるってことだ」

「俺の炭に、そんな効果が……」
「そんな炭なら俺んとこにもくれ! あるなら買うぞ!」
「あ、そうそう。備長炭は鍛冶で使うのは向いてないから、うっかり使わないように注意してください。高温で燃やすと爆発します」

「何だそりゃ? あぶねえなぁ」
「ええ、だから適切な加熱と保管方法が必要なんですよ」

 さて、説明は以上だ。
 このメシ――ウォータースネークのうな丼を通して、エディもよくわかっただろう。
 役立たずと言われた自分と、自分の作った炭の本当の価値が。

「エディ、お前さんの腕を見込んでぜひやといたい。俺の街に来て炭を焼いてほしい」
「領主様が直々じきじきに俺を雇いたいだって?」

「俺の街は料理で街興まちおこしをしようとしている。そのためにはお前さんの炭と才能が絶対に必要なんだ。どんな風に焼いても『絶対に備長炭になる』という反則じみた才能が」

 だから頼む!

「どうか俺の街に来てくれ! 大至急だいしきゅう専用の炭焼き窯を作ってやる! 俺は何としてもお前が欲しい。他の奴らがお前の価値に気づく前に、絶対に確保したい人材なんだ」




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 《あとがき》
 どんな風に作っても100%備長炭になるとか反則じみてるチート能力ですよね。
 使い方さえ知っていれば。

 《旧Twitter》
 https://twitter.com/USouhei


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