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第2章 貴族編
第31話 はじめの0歩
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「わ、私アニーって言います。あ、新しいご領主様をきちんとお出迎えすることができず、本当に申し訳ありませんでした……」
アニーと名乗った少女は落ち着くなり、介抱の礼も言わずに謝った。
常にビクビクと震えており、決して目線を合わせようとしない。
「もう3日も何も食べてなくて……なので与えられたノルマも満たせなくて……だから食料ももらえなくて…………あ、ごめんなさいごめんなさい! ノルマができない言い訳をしてしまい申し訳ありません! ノルマが多すぎるとかそういうわけじゃないんです! 全部私自身のせいです! ごめんなさい!」
普通に話そうとしてもすぐにこの有様である。
はっきり言って埒が明かない。
会話もまともにできないこの怯え様、前領主のサンブリー伯爵は、よほど酷い統治をしていたに違いない。
「はぁ……アニーだっけ? 今3日何も食べていないって言ったな? 本当か?」
「は、はい……私が無能なせいで食糧がもらえなくて……」
「今はこんなもんしかないけど、とりあえずこれ食っとけよ」
俺は無限袋の中から、口さみしくなった時用に作っておいた、ジャイアントレッグの素揚げ――その足の付け根部分を、形が分からないようにポキンと折って彼女に渡した。
今の季節はジャイアントレッグは滅多にいないらしいので、少々惜しいがこれも人助けだ。
イナゴは見た目に反して栄養豊富、おまけに美味いときている。
戦時中、米や芋の代わりに食卓に上がることもあったくらいなので、栄養不足な彼女にはちょうどいいだろう。
「い、いいのですか? 私、ノルマが……」
「食わなきゃ動けないだろう。いいから食えって」
「は、はい……いただきます…………………………っ!? な、何ですかこれ!? 今まで食べたことがないくらいとんでもなく美味しい……?」
「それが何なのか教える前に、俺に分かる範囲でここのことを教えてくれ」
「わ、わかりました……」
空腹が少し解消され落ち着いたのか、アニーはポツリポツリとここの現状を話してくれた――が、その現状は俺が想像していたよりも、はるかに酷いものだった。
・街の税金は9公1民。納めた税金の使い道は住民に還元されることなくその用途は不明。
・魔物などのトラブルは基本住民たちで解決。公営施設に発生した時のみ騎士が担当する。
・食料は配給制。ノルマ達成に応じて量が決まる。働かざるもの食うべからず。
・住民たちの仕事は全て領主が管理。住民に選択権はない。
・仕事に休日はなし。休みたければ休んでも構わないが、そのぶん食料の査定に響く。
・道の通行はいかなる時も貴族優先。貴族が通る時は、住民は道の両端に跪き、決して頭を上げるべからず。もしも上げた場合は不敬罪として処罰する。
などなど。
例えるなら幕末の土佐藩、もしくはモヒカンが跋扈する世紀末といったところか。
いや、それに輪をかけて酷い。
許せねえ……これから俺の料理を食ってもらう、いわばお客様だぞ。
俺の料理にドハマりして幸せに楽しく過ごしてもらおうっていうその大事なお客様にこの仕打ち、絶対にタダじゃおかねえ。
「なるほど、話はよくわかった。で、聞きたいんだけど、住民たちの仕事を監督している貴族階級の奴らってどこにいる?」
「えっと……領主様のお屋敷に勤めています。監督官はぶどう畑とワイン加工場のほうに……」
「ありがとう。アニー、お前さん家族は?」
「弟と妹が。両親はもう……」
「そうか。とりあえずこれ持ってって今日は凌いでくれ」
「え? こ、こんなに!? も、もしかして私、今夜お呼ばれするのでしょうか?」
「お呼ばれ?」
「いわゆる夜伽でしょ。前伯爵のやつ、気に入った子を屋敷に呼んで好き勝手なことしてたんだね。許せない! 生き埋めになったところを爆弾でもう一回爆破してやろうかしら?」
「いいですね。ちょうどギルド支給品に新型爆弾がありますので、それの試し打ちもしておきましょうか」
「ギルマス、あんたんとこの職員が物品横領しようとしていますけど止めないんでいいんですか?」
「お前こそ嫁が物騒なことやり始める前に止めなくていいのか?」
「ま、まだ嫁じゃねーし!」
っていうか、まだ付き合ってすらいねえよ!
でも何となくだけどお互いいい感じというか、そう思われても悪い気はしないって言うか、そんな気にはなってきてはいる感じではあるけど。
まあ、それはそれとして。
「別に食料をあげたからと言って、そう言ったことをしてもらうつもりはない」
「そ、そうですか……良かったぁ。弟と妹がまだ小さいので、帰れなくなるわけにはいかなかったもので……」
帰れなくなる――か。
ここまで住民のことを考えない酷い統治をする領主に、何も言わないその部下たちだ。
彼女の言ったことは、その言葉の意味通りなのだろう。
とても言葉にできないような、酷い仕打ちをしたに違いない。
「その代わりと言ってはなんだけど、後日ちょっとしたイベントを企画するから、その時にキャストとして協力してくれ」
「は、はい。わかりました」
「よし、じゃあアニー、俺たちはそろそろ行かなきゃいけないからこれで失礼するよ。弟と妹によろしくな」
別れを伝えると、アニーは何度もお礼を言いながら去って行った。
最初から今の今まで、その間ずっと、他の住人たちは土下座体制のままである。
会話は聞こえているはずなのに、誰も態度を崩そうとしないのは、貴族階級への恐怖が骨身にしみているからだろう。
「さて、みんな」
俺は3人に念押しする。
「俺、これから酷いことをしようと思うんだけどさ、協力してくれない?」
……
…………
………………
その日の夕方、領主の屋敷にて。
「ようこそおいで下さいました新領主閣下! 閣下のお話は風の噂で聞いております!」
俺が着任するなり出迎えたのは、いかにもといった感じの貴族だった。
おべんちゃらばかりで舌が良く回りそうなイエスマン。
「何でも閣下は、国家転覆を図ろうとしていた前領主をお仲間と共に打倒したとか!
いやあ、長年私どもは仕えていましたが、ついぞ全く気づきませんでした! さすが国の英雄! 私どものような凡人とは見ているものが違いますな!」
「いやいや、そんなことは。単に運が良かっただけさ。それより、俺はきみたちのほうがすごいと思う。領主の電撃退任後から新領主が来るまで混乱もなく、よく領地を治めてくれている。ぜひお礼を言いたい。ありがとう」
「いえいえ、そんな……私どもは上に立つ者としての義務を果たしているだけでございます」
「それでもだ。皆もありがとう! 今日これまでこの領地が平和なのは、皆が働いてくれているおかげだ!」
――ワアアアアァァァァッ!
俺の言葉に歓声が上がる。
新領主が就任したけど、以前と変わらず好き勝手できるとでも思っているんだろうな。
「ところで質問なんだけど、前領主から仕事を命じられていた者たちはこれで全員かな?」
「ええ、皆新領主様の就任を祝おうと、この場に駆けつけております」
そっか。
じゃあ、そろそろ拷問を始めるとしようか。
「よし、じゃあ全員そろっているのなら、今日は俺が腕を振るわせてもらおうかな」
「おお、なんと! 噂に名高い新領主様の料理を味わえるのですかな?」
「そのつもりだ。知っていたとは意外だな」
「少しだけでございます。何でも、この世の物とは思えないほど美味な料理だとか」
「ふふ、そんな風に言われているのか。では、期待に応えるとしよう」
文字通り、「この世の物ではない」料理を味わわせてやるよ。
「それじゃあ厨房へ行ってくる。みんな、楽しみに待っていてくれ」
――パタン。
「さて、準備はいいな?」
コクリ――と3つの影が頷いた。
ミーナ、ギルマス、マールさんである。
「言われた通り屋敷中調べてきたよ。地下牢への階段は西側廊下の突き当り」
「管理者名簿も確認しました。カイトさん以外の領内の貴族階級は全員この場にいます」
「仕事内容の報告書なんかも確認したが……こりゃひでえ。人間のやることじゃねえよ」
そうか、人間のやることじゃないか。
じゃあ俺も心置きなくお客様扱いしないですむというわけだ。
さあ、料理の時だ。
「それじゃあ手筈通りに」
俺はその場を離れて厨房へ向かった。
無限袋から食材と調理器具を取り出す。
取り出した調理器具はいつものアイアンスコーピオンの鍋――ではなく、ごく普通の鉄製の鍋だ。
食材はスライム加工済みの生野菜にとある魔物――ウォッチャー。
「メニューは蛇肉の野菜スープ、三平汁ウォッチャー風。スライムに一度食わせて旨味を強化した極上の野菜をふんだんに使い、濃厚な旨味を含んだ鶏肉っぽい味を持つウォッチャーの『全身をくまなく使った』野菜スープ。それに剥いだ皮の串焼きと、骨煎餅だな。付け合わせはパンでいいだろう」
会場にいたのは10人。
では、料理開始する。
「ウォッチャーの首を落とし、切り口から一気に皮を剥ぐ。血液はリンゴジュース……はないからぶどうジュースで割ってサーブするために保存。3枚に卸したら骨は衣をつけて一気に揚げる。軽く塩コショウを振りかけて骨煎餅は完成……剥いだ皮を適度に切って串にさして炙る。タレを最後に漬けて串焼きも完成」
次はスープだ。
「残った肉を適度な大きさに刻んで、野菜と一緒にスープにIN! コンソメレベルで旨味が染み出すようにじっくりコトコト煮詰めながら、塩コショウで味を整える」
アクを丁寧に取り除きつつ、最後にこれを入れる。
以前ウォッチャーを料理した時には使わなかった部位を。
「最後に切り落とした首から上を目玉ごと入れる」
すると、熱でウォッチャーの目玉が溶け始めた。
ブリ大根や三平汁を作る時には見られない、壮絶なグロ画像である。
「錬金術師ギルド曰く、ウォッチャーの目は水溶性。お湯で煮込めば水で溶ける」
溶かして乾燥させたものを、魔物を混乱させる『幻惑の粉』として売りに出しているらしい。
この粉は依存性が高いため、魔物以外への使用を禁止している。
だが、俺は使う。
だってあいつら、人間とは思えないことをしていたのだから。
人じゃないことをできるのは、そいつが人じゃないからだ。
以上、Q・E・D。
「俺の料理が持つ強烈な美味さに、幻惑の粉の依存性が加わり、さらにそこにウォッチャーの精力剤と催淫剤効果が合わせったらどうなるか……?」
麻薬のような中毒症状の中、快楽&興奮&催淫効果が続き、さらに効果が抜けたところで強烈な依存性が襲ってくるだろう。
想像するだけで恐ろしい。
この料理を食ったら最後、脳みそが天国に行ったままになり、戻ってきたら地獄を永遠に味わい続けることになる。
同じ料理を食えればまた天国に行くことができるが、俺は二度とこの料理を作るつもりはない。
「永遠に地獄をさまよい続けろ」
二度と俺の領地に来るな、人の顔を被った悪魔ども。
永遠の退店を領民一同、心より願っております。
……
…………
………………
「あば、あばばばばばばばば…………」
「スープを……あのスープを飲ませてくれぇ!」
「うふふ……うぐっ! うぇぇ~ん! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
就任から一週間後――、
やってきた地方巡回中の騎士たちに、俺の料理を食った元支配者階級どもを引き渡した。
もちろん、今までの悪事の証拠付きでだ。
あわれ奴らは全員逮捕。
しかも、強烈な俺の料理依存症のおまけつきでである。
ウォッチャーの精力剤&催淫剤としての効果も合わさって、中には精神がぶっ壊れてしまった者もちらほら。
騎士たちにはこれから執行される罰にびびってるんだろうと説明して納得してもらった。
「エッグいことするわねぇ……」
「それ以上のことやってるしあのくらいはいいだろ。俺の故郷なら10回くらい死刑になってるレベルのことしてたんだぞ、あいつら」
「私たちには作らないでくださいよ? カイトさん」
「作りませんて。ちゃんとしたお客様なんだから」
「まあ、何はともあれ、ようやくスタートラインに立ったな」
「ええ、もう少ししたらクレアたちも来るでしょうし、そしたらいよいよ始めましょうか」
俺の領地の、新装開店を。
-----------------------------------------------------------------------------------
《あとがき》
旧勢力の残りを一掃。
いよいよ次回から新装開店の準備に入ります。
《旧Twitter》
https://twitter.com/USouhei
アニーと名乗った少女は落ち着くなり、介抱の礼も言わずに謝った。
常にビクビクと震えており、決して目線を合わせようとしない。
「もう3日も何も食べてなくて……なので与えられたノルマも満たせなくて……だから食料ももらえなくて…………あ、ごめんなさいごめんなさい! ノルマができない言い訳をしてしまい申し訳ありません! ノルマが多すぎるとかそういうわけじゃないんです! 全部私自身のせいです! ごめんなさい!」
普通に話そうとしてもすぐにこの有様である。
はっきり言って埒が明かない。
会話もまともにできないこの怯え様、前領主のサンブリー伯爵は、よほど酷い統治をしていたに違いない。
「はぁ……アニーだっけ? 今3日何も食べていないって言ったな? 本当か?」
「は、はい……私が無能なせいで食糧がもらえなくて……」
「今はこんなもんしかないけど、とりあえずこれ食っとけよ」
俺は無限袋の中から、口さみしくなった時用に作っておいた、ジャイアントレッグの素揚げ――その足の付け根部分を、形が分からないようにポキンと折って彼女に渡した。
今の季節はジャイアントレッグは滅多にいないらしいので、少々惜しいがこれも人助けだ。
イナゴは見た目に反して栄養豊富、おまけに美味いときている。
戦時中、米や芋の代わりに食卓に上がることもあったくらいなので、栄養不足な彼女にはちょうどいいだろう。
「い、いいのですか? 私、ノルマが……」
「食わなきゃ動けないだろう。いいから食えって」
「は、はい……いただきます…………………………っ!? な、何ですかこれ!? 今まで食べたことがないくらいとんでもなく美味しい……?」
「それが何なのか教える前に、俺に分かる範囲でここのことを教えてくれ」
「わ、わかりました……」
空腹が少し解消され落ち着いたのか、アニーはポツリポツリとここの現状を話してくれた――が、その現状は俺が想像していたよりも、はるかに酷いものだった。
・街の税金は9公1民。納めた税金の使い道は住民に還元されることなくその用途は不明。
・魔物などのトラブルは基本住民たちで解決。公営施設に発生した時のみ騎士が担当する。
・食料は配給制。ノルマ達成に応じて量が決まる。働かざるもの食うべからず。
・住民たちの仕事は全て領主が管理。住民に選択権はない。
・仕事に休日はなし。休みたければ休んでも構わないが、そのぶん食料の査定に響く。
・道の通行はいかなる時も貴族優先。貴族が通る時は、住民は道の両端に跪き、決して頭を上げるべからず。もしも上げた場合は不敬罪として処罰する。
などなど。
例えるなら幕末の土佐藩、もしくはモヒカンが跋扈する世紀末といったところか。
いや、それに輪をかけて酷い。
許せねえ……これから俺の料理を食ってもらう、いわばお客様だぞ。
俺の料理にドハマりして幸せに楽しく過ごしてもらおうっていうその大事なお客様にこの仕打ち、絶対にタダじゃおかねえ。
「なるほど、話はよくわかった。で、聞きたいんだけど、住民たちの仕事を監督している貴族階級の奴らってどこにいる?」
「えっと……領主様のお屋敷に勤めています。監督官はぶどう畑とワイン加工場のほうに……」
「ありがとう。アニー、お前さん家族は?」
「弟と妹が。両親はもう……」
「そうか。とりあえずこれ持ってって今日は凌いでくれ」
「え? こ、こんなに!? も、もしかして私、今夜お呼ばれするのでしょうか?」
「お呼ばれ?」
「いわゆる夜伽でしょ。前伯爵のやつ、気に入った子を屋敷に呼んで好き勝手なことしてたんだね。許せない! 生き埋めになったところを爆弾でもう一回爆破してやろうかしら?」
「いいですね。ちょうどギルド支給品に新型爆弾がありますので、それの試し打ちもしておきましょうか」
「ギルマス、あんたんとこの職員が物品横領しようとしていますけど止めないんでいいんですか?」
「お前こそ嫁が物騒なことやり始める前に止めなくていいのか?」
「ま、まだ嫁じゃねーし!」
っていうか、まだ付き合ってすらいねえよ!
でも何となくだけどお互いいい感じというか、そう思われても悪い気はしないって言うか、そんな気にはなってきてはいる感じではあるけど。
まあ、それはそれとして。
「別に食料をあげたからと言って、そう言ったことをしてもらうつもりはない」
「そ、そうですか……良かったぁ。弟と妹がまだ小さいので、帰れなくなるわけにはいかなかったもので……」
帰れなくなる――か。
ここまで住民のことを考えない酷い統治をする領主に、何も言わないその部下たちだ。
彼女の言ったことは、その言葉の意味通りなのだろう。
とても言葉にできないような、酷い仕打ちをしたに違いない。
「その代わりと言ってはなんだけど、後日ちょっとしたイベントを企画するから、その時にキャストとして協力してくれ」
「は、はい。わかりました」
「よし、じゃあアニー、俺たちはそろそろ行かなきゃいけないからこれで失礼するよ。弟と妹によろしくな」
別れを伝えると、アニーは何度もお礼を言いながら去って行った。
最初から今の今まで、その間ずっと、他の住人たちは土下座体制のままである。
会話は聞こえているはずなのに、誰も態度を崩そうとしないのは、貴族階級への恐怖が骨身にしみているからだろう。
「さて、みんな」
俺は3人に念押しする。
「俺、これから酷いことをしようと思うんだけどさ、協力してくれない?」
……
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………………
その日の夕方、領主の屋敷にて。
「ようこそおいで下さいました新領主閣下! 閣下のお話は風の噂で聞いております!」
俺が着任するなり出迎えたのは、いかにもといった感じの貴族だった。
おべんちゃらばかりで舌が良く回りそうなイエスマン。
「何でも閣下は、国家転覆を図ろうとしていた前領主をお仲間と共に打倒したとか!
いやあ、長年私どもは仕えていましたが、ついぞ全く気づきませんでした! さすが国の英雄! 私どものような凡人とは見ているものが違いますな!」
「いやいや、そんなことは。単に運が良かっただけさ。それより、俺はきみたちのほうがすごいと思う。領主の電撃退任後から新領主が来るまで混乱もなく、よく領地を治めてくれている。ぜひお礼を言いたい。ありがとう」
「いえいえ、そんな……私どもは上に立つ者としての義務を果たしているだけでございます」
「それでもだ。皆もありがとう! 今日これまでこの領地が平和なのは、皆が働いてくれているおかげだ!」
――ワアアアアァァァァッ!
俺の言葉に歓声が上がる。
新領主が就任したけど、以前と変わらず好き勝手できるとでも思っているんだろうな。
「ところで質問なんだけど、前領主から仕事を命じられていた者たちはこれで全員かな?」
「ええ、皆新領主様の就任を祝おうと、この場に駆けつけております」
そっか。
じゃあ、そろそろ拷問を始めるとしようか。
「よし、じゃあ全員そろっているのなら、今日は俺が腕を振るわせてもらおうかな」
「おお、なんと! 噂に名高い新領主様の料理を味わえるのですかな?」
「そのつもりだ。知っていたとは意外だな」
「少しだけでございます。何でも、この世の物とは思えないほど美味な料理だとか」
「ふふ、そんな風に言われているのか。では、期待に応えるとしよう」
文字通り、「この世の物ではない」料理を味わわせてやるよ。
「それじゃあ厨房へ行ってくる。みんな、楽しみに待っていてくれ」
――パタン。
「さて、準備はいいな?」
コクリ――と3つの影が頷いた。
ミーナ、ギルマス、マールさんである。
「言われた通り屋敷中調べてきたよ。地下牢への階段は西側廊下の突き当り」
「管理者名簿も確認しました。カイトさん以外の領内の貴族階級は全員この場にいます」
「仕事内容の報告書なんかも確認したが……こりゃひでえ。人間のやることじゃねえよ」
そうか、人間のやることじゃないか。
じゃあ俺も心置きなくお客様扱いしないですむというわけだ。
さあ、料理の時だ。
「それじゃあ手筈通りに」
俺はその場を離れて厨房へ向かった。
無限袋から食材と調理器具を取り出す。
取り出した調理器具はいつものアイアンスコーピオンの鍋――ではなく、ごく普通の鉄製の鍋だ。
食材はスライム加工済みの生野菜にとある魔物――ウォッチャー。
「メニューは蛇肉の野菜スープ、三平汁ウォッチャー風。スライムに一度食わせて旨味を強化した極上の野菜をふんだんに使い、濃厚な旨味を含んだ鶏肉っぽい味を持つウォッチャーの『全身をくまなく使った』野菜スープ。それに剥いだ皮の串焼きと、骨煎餅だな。付け合わせはパンでいいだろう」
会場にいたのは10人。
では、料理開始する。
「ウォッチャーの首を落とし、切り口から一気に皮を剥ぐ。血液はリンゴジュース……はないからぶどうジュースで割ってサーブするために保存。3枚に卸したら骨は衣をつけて一気に揚げる。軽く塩コショウを振りかけて骨煎餅は完成……剥いだ皮を適度に切って串にさして炙る。タレを最後に漬けて串焼きも完成」
次はスープだ。
「残った肉を適度な大きさに刻んで、野菜と一緒にスープにIN! コンソメレベルで旨味が染み出すようにじっくりコトコト煮詰めながら、塩コショウで味を整える」
アクを丁寧に取り除きつつ、最後にこれを入れる。
以前ウォッチャーを料理した時には使わなかった部位を。
「最後に切り落とした首から上を目玉ごと入れる」
すると、熱でウォッチャーの目玉が溶け始めた。
ブリ大根や三平汁を作る時には見られない、壮絶なグロ画像である。
「錬金術師ギルド曰く、ウォッチャーの目は水溶性。お湯で煮込めば水で溶ける」
溶かして乾燥させたものを、魔物を混乱させる『幻惑の粉』として売りに出しているらしい。
この粉は依存性が高いため、魔物以外への使用を禁止している。
だが、俺は使う。
だってあいつら、人間とは思えないことをしていたのだから。
人じゃないことをできるのは、そいつが人じゃないからだ。
以上、Q・E・D。
「俺の料理が持つ強烈な美味さに、幻惑の粉の依存性が加わり、さらにそこにウォッチャーの精力剤と催淫剤効果が合わせったらどうなるか……?」
麻薬のような中毒症状の中、快楽&興奮&催淫効果が続き、さらに効果が抜けたところで強烈な依存性が襲ってくるだろう。
想像するだけで恐ろしい。
この料理を食ったら最後、脳みそが天国に行ったままになり、戻ってきたら地獄を永遠に味わい続けることになる。
同じ料理を食えればまた天国に行くことができるが、俺は二度とこの料理を作るつもりはない。
「永遠に地獄をさまよい続けろ」
二度と俺の領地に来るな、人の顔を被った悪魔ども。
永遠の退店を領民一同、心より願っております。
……
…………
………………
「あば、あばばばばばばばば…………」
「スープを……あのスープを飲ませてくれぇ!」
「うふふ……うぐっ! うぇぇ~ん! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
就任から一週間後――、
やってきた地方巡回中の騎士たちに、俺の料理を食った元支配者階級どもを引き渡した。
もちろん、今までの悪事の証拠付きでだ。
あわれ奴らは全員逮捕。
しかも、強烈な俺の料理依存症のおまけつきでである。
ウォッチャーの精力剤&催淫剤としての効果も合わさって、中には精神がぶっ壊れてしまった者もちらほら。
騎士たちにはこれから執行される罰にびびってるんだろうと説明して納得してもらった。
「エッグいことするわねぇ……」
「それ以上のことやってるしあのくらいはいいだろ。俺の故郷なら10回くらい死刑になってるレベルのことしてたんだぞ、あいつら」
「私たちには作らないでくださいよ? カイトさん」
「作りませんて。ちゃんとしたお客様なんだから」
「まあ、何はともあれ、ようやくスタートラインに立ったな」
「ええ、もう少ししたらクレアたちも来るでしょうし、そしたらいよいよ始めましょうか」
俺の領地の、新装開店を。
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旧勢力の残りを一掃。
いよいよ次回から新装開店の準備に入ります。
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