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第4話 とある天使の存在証明

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「え? ちょ……八舞さん、俺の腰を見て!」

 俺はキズナがしがみついているところを指さしながら、彼女にそううったえる。
 しかし、彼女は怪訝けげんな顔をしながら首をかしげただけだった。

「腰が、どうかしたの?」
「どうかしたのって……明らかにどうかしてるじゃないか。具体的に言うとしがみついてるこの女の頭が」

「あーっ! また言った! そんなこと言うヤツはこうしてやる! ていっ!」
「うおっ!?」

 俺の腕を取ったキズナはへびのようにからまりつきポジション変更。
 良い感じのふとももで、今度は俺の腕をはさみ込み、両腕を使って胸元でめる。

 いわゆる飛びつき腕ひしぎ十字固めである。
 女の子とはいえ全体重をかけて、曲がらない方向に腕を極められているからめっちゃ痛い。おまけに重い。

 俺は彼女を支えきれず、思わずその場でひざをついた。

「痛てててててっ!? おいバカ! いい加減放せ!」
「イヤだよ! 外してほしかったら電波女って言ったことを取り消せ!」

「わかった! わかったから! 俺が悪かったから! 取り消すからさっさと放せよ!」
「ふんっ、次言ったらまたこうだからね。よく覚えておきなよ」

 もう二度と会わないだろうし、誰が覚えておくかっての。
 俺は膝をパンパンと払うと、八舞さんにこっそりと耳打ちする。

「……ほら、明らかにどうかしてるだろ? コレ。会ったばかりの男に難易度なんいどの高い関節技かんせつわざを極めるばかりか、自分のことを天使とか言うんだぜ?」

 腕を組んでふんぞり返っているキズナを指さしながら、八舞さんにそう説明する。
 たわわに育った胸が腕に乗っかり、男子的に絶景ではあるが、これ以上関わりたいとは思わない。

「服を見てわかると思うけど、明らかにウチの生徒じゃないし、警備員の人を呼んできてもらえないかな? もしくは精神科やってる病院に連絡でもいい。俺がなるべく時間をかせぐか――」

「あの、茂手くん。さっきから何を言っているの?」
「何って……この変な女についてだけど」

「やれやれ、太陽は物覚えが悪いようだね?」
「電波とは言っていないだろ!」

「同じことだよ! 覚悟しろ!」

 じりじりとキズナが近づいてくる。

「ほら、こいつだよこいつ! この変な女に絡まれて困ってるんだよ!」
「どこにいるの? その、変な女って」

「……………………は?」

 どこって……目の前にいるじゃないか。
 背中を丸めながら、じりじりと距離を詰めてタックルの機会を狙っている、おっぱいの大きな変な銀髪女がそこに――。

「誰も、いないわよね? そこ」
「え……ちょっと待ってくれよ八舞さん。……冗談だろ? 自己主張の激しい(特に一部)変でさわがしい女が目の前にいるだろ?」

 この俺の言葉に、彼女は首を横に振った。

「無駄だよ。ボクの姿、きみ以外に見えていないから。特殊なシールド張っているし、天界製のアイテムを触って、脳が覚醒かくせいしない限り、普通の人間は天使の姿を見ることができないんだ」

 だからさっきのボクとのやり取り、全部一人芝居しばいに見えていたんじゃないかな?――とキズナ。
 ……そんな、嘘だろ?

 そんな俺の心の声をあざ笑うかのようなリアクションが、八舞さんからもたらされる。

「えーと、私には何も見えないんだけど……もしかしてさっきまでのはお芝居なのかな? 演劇部のお友達に頼まれて練習していた、とか?」

 そん……な、馬鹿な……。
 オレは今自分の目の前で起きていることが信じられなかった。
 自分にははっきりと見えているのに、八舞さんには見えていない。

「ああ、だから誰もいない教室で練習していたのね。お芝居って、他人に見られるの恥ずかしいもん。慣れないうちは特に」

「あ、ああ……実はそうなんだよ。急に出てくれって頼まれちゃってさ。どうだった? 俺の演技」
「ものすごく上手だったわ。まるで本当に誰かがそこにいるみたいで。茂手くん絶対演技の才能あるわよ」

「は、はは……そりゃどうも…………」

 乾いた笑みしか出てこない。

「助っ人じゃなくて、本気で演劇部に入ったらどう? もしかしたら俳優はいゆうへの道が開けるかも!」
「……考えておくよ」

「ええ、是非そうしてみて。それじゃあ茂手くん、また明日ね」

 そう言って彼女はフェードアウト。
 夕暮れの校舎に足音が響き、やがて消えた。

「ね、言ったとおりだったでしょ?」
「この科学万能の時代にそんな……そんなファンタジーな存在を認めろっていうのかよ?」

「科学だって万能じゃないでしょ? 人類が今確認している物質って、宇宙規模きぼで見たらわずか4パーセントにすぎないんだよ? この世界のことを1割もわかっていないのに、ファンタジーな存在を否定するのは早すぎると思わない?」

「た、たしかにお前の言っていることは筋が通っているし、彼女がお前の存在を認識できなかったのは事実だけど……こんな異常なことを、そうそう簡単に認めろって言われても……」

「あったま固いなあ。じゃあ詳しく説明してあげるから外行こう」
「お、おう……頼む」

 外の風に当たれば、この混乱も多少はスッキリするかもしれない。

「じゃあボクは先に行くから」

 突然キズナが窓を開けると、その窓枠まどわくによじ登り――そこから飛びりた。

「馬鹿っ!? お前ここ3階だぞ!?」

 俺は身を乗り出し、キズナの無事を確認する。
 、
「言ったでしょ? ボク天使だって。翼だってあるから空くらい飛べるってば」

 宙に浮いたキズナがそこにいた。
 ご丁寧ていねいに純白の翼と、天使の輪っかも生やしている。

「さっきまでなかっただろ。心臓に悪いわ……勘弁かんべんしてくれよ」
「えへへ、電波女って言ったお返しだよっ」

 ……
 …………
 ………………

 午後6時20分――、
 どうやら本物の天使っぽいキズナと俺は学校を出て、駅前近くにある公園のベンチに座った。
 カップルが集まると有名な公園だ。

「お前が天使だっていうのはわかった。確かに他の人には見えていなかったようだし、その背中の翼と頭のリングもそれっぽい。俺の頭が固かったことは認めよう」

「お、やっと認めてくれた。先輩から聞いていたけど、自分のターゲットに存在をきちんと認識させるのってこんなに大変なんだね」

「そりゃあほとんどの人はリアルに生きているからな。ファンタジーな存在が突然現れて、漫画やラノベみたいに存在を主張したところで、そいつの脳を普通疑う。黄色い救急車の手配を始める」

「そんなリアルに生きている太陽は、何で存在を認識した今でもこっちを見ないのかな? もしや……ボクにれちゃった?」

「どんな考え方をしたらそんな結論にいたれるのか俺には全く理解できんが、それは違うと言っておこうか」
「じゃあ何でこっちを見ないのさ?」

「他の人には見えてないんだろ? それなのにそっちをガン見して話してたら、俺がアブナイ人に見られちゃうじゃねえか」

 そう、俺は横のキズナを見ておらず、自分のスマホを耳に当て、誰かと話しているフリをしている。
 こうすれば自然と風景に溶け込めるからだ。

「話しているのに無視されているみたいで感じ悪いなあ。なんなら翼とリングしまってステルス解除してあげようか?」
「止めてくれ。こんな学校の近くで女の子と二人っきりとか、誰かの目に絶対留まる」

 高校生なんて身近な人物の恋愛系ゴシップが大好きだからな。
 たとえ俺の顔がわからない奴が目撃しても、目撃証言を元に俺と同じような非リア充が自主的に捜査そうさを始め、犯人を見つけ出す。

 そうなれば終わりだ。
 近い将来勇気がチャージされて八舞さんに告白できたとしても、それを理由に100パー『ごめんなさい』される。

 現代を生きる高校生の生態をキズナに説明すると、キズナはどこからともなくタブレット(っぽいもの)を取り出して何かを調べ始めた。

「うーん、データを参照さんしょうさせてもらったけど、もしそうなってもそれを理由に『ごめんなさい』にはならないみたいだよ? 『茂手くんっていい人なんだけど……友達以上には思えないの』だってさ」

「何でそんなことが言い切れるの!? っていうかお前そのタブレットみたいなの今どこから出した?」
「ここからだけど?」

 キズナは頭に浮かべているリングを手に取ると、その中に腕を突っ込んだ。
 おかしい。リングには穴が開いているはずなのに突っ込んだ手が見えない。

 そのままキズナはシュッシュと、リングの穴に自分の手を出したり入れたりを繰り返し、「ここから取り出したんだよ」ということを俺にアピールする。

「天使のリングの穴って、四次元空間への入り口なんだ。しかもこのリングって伸縮しんしゅく自在じざいだからどんなに大きなものでも中に入れられるんだよ。すっごい便利でしょ」

 確かに便利だ。
 どことなく国民的人気アニメの青い猫型ロボットを彷彿ほうふつとさせる。

「どこから取り出したのかはわかった。だからもういい。それよりさっきのお前のセリフ! 俺が八舞さんに告ったら『友達以上には思えない』って断られるなんて、どうしてわかるんだよ!?」

「わかるんだよなあ、これがあるから」

 そう言ってキズナは、タブレットの画面を俺に見せる。

「何だよこれ? 片方が俺の名前で、もう片方が……八舞さんの名前が出ているけど」

「えっとね、ボクが持っているこれは《Little Oath Viewer typeE》、通称《LOVE》っていう、人界で言うタブレットみたいなモンなんだけど。この中に入っているアプリケーションソフトに《ザ・ネクサス》っていうのがあるのね。あ、《ネクサス》って意味は……」

「《絆》、だろ?」

「うん、そう。ボクの名前と同じ」

 説明する手間がはぶけたのが嬉しいのか、キズナは俺に向かって微笑むとLOVEを操作し、
 今言ったネクサスというアプリケーションを起動してみせる。

「このネクサスは世界中の人類のアカシックレコード――運命を閲覧えつらんできるアプリケーションなんだ。使い方は至ってシンプル、検索画面で運命を調べたい相手の名前を入力してパネルを押すだけ」

 そう言いながら、淡々と俺の名前を打ち込んでいくキズナ。

「さっきボクはこれできみの運命を見たから、あのセリフでフられるって断言できたんだよ」




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 《あとがき》
 運命がわかるって残酷ですよね。
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