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第1話 茂手太陽は彼女が欲しい

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 4月28日木曜日。

 桜が散りはじめ、出会いと別れの季節も終盤に差し掛かろうとしているこの時期――実にクソだ!

 世の中というものは常にはっきりと明暗めいあんのわかれている非常に不公平で不条理ふじょうりかたまりであり、
 それをくつがえすのは勉強やスポーツなどのように努力だけではどうにもならないことを、俺、茂手太陽もて たいようはわずか17歳の身空みそらさとってしまった。

 エッチなビデオも借りられないくらい若いのにな!

「悪い太陽、これから俺デートなんだわ」

 いかにも「俺って勝ち組いいいぃぃぃ! ウェェェェェェイ!」――といった感じの笑みを浮かべる我が友――塚本好男つかもと よしお

 中学時代40人にフられたこの男は、かけらも悪いとは思っていない口調で謝罪する。
 完全に俺を見下しておられる。

 友から宿敵ともに認定してやろうかと思わざるを得ない。

「まあ、そういうワケだ太陽クン。理想の青春を手に入れるためには、もっと頑張ったほうがいいと思うよぉキミィ?」

 友から宿敵に認定した。

「偉そうにっ……40人にフられた過去があるくせに…………」
「過去は過去、今は今だぜ。40人にフられた過去があろうと、今は一人の彼女がいる。その事実が最高に重要なのさ」

 ……ぐうの音も出ねえ。
 ついこの前まで同じ位置にいたというのに、いつの間にかはるか先を行かれているような気がしてしまう。

 まるで、友達同士でマラソン大会を走る時のようだ。
 一緒に走ろうぜ!――と言ったのに、すきあらば全力で駆け出して先にゴールしマウントを取る。

 この状況は人間は裏切る生き物だと悟ることになったあの時と似ている。
 くそっ! まじでいつの間に!?

 てっきり俺はいつものように、彼女がいないさみしさをゲームでまぎらわせる流れだと思ったのに!

 今のあいつはゲームで寂しさを紛らわせるんじゃなくて、ゲームで青春をバラ色に染める側だというのか!?
 具体的に言うとプリクラとかで!

 俺たちの学校――都立茜空あかねそら高校は、制服でのゲーセンへの立ち寄りは禁止しているが、そんなことを気にするヤツなどいない。

 塚本は今日……やるつもりだ。
 寂しさを紛らわす場所だったゲーセンを過去にするため、彼女とプリクラをキメるつもりなのだ。

 ――年齢=彼女イナイ歴
 ――合コンが終わると一人だけソロ
 ――100%の「お友達でいましょう」

 これらすべてのつらい過去を、彼女とのプリクラでえるつもりなのだ。

「なあ太陽、彼女の顔見たいか?」

 塚本が余裕の笑みを浮かべてそう返してくる。
 これは、相当に自信があるに違いない。

 いまだ彼女がいない俺を見下すに相応ふさわしい、極上のおっぱいおよび尻とヴィジュアルほこる彼女の写真を見せつけるに違いない。

 ――ダメだ、見るな! 茂手太陽!
 ――見てしまったらお前は、きっとはげしく傷つくぞ!

 ――友達に可愛い彼女がいるのに自分はひとり身……彼女イナイ歴を絶賛ぜっさん更新中の非リア充だという現実を叩き込まれてしまうぞ!
 ――悪いことは言わない、やめるんだ!

 心の中学2年生がそう警告けいこくする。
 しかし俺は、その言葉にしたがうことができなかった。

 可愛い女の子……それにはいかなるあらがいも通用しない。
 男ってのは、そういう生き物なのさ……。

 その結果――。

「どちくしょおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

 全力で後悔こうかいするはめになったのだった。

 ……
 …………
 ………………

「なんだよアレ!? なんなんだよ!? なんで塚本にあんなかわいい彼女ができるんだよ!?」

 塚本の彼女を見てしまった俺は敗北感でいっぱいになり、心のダムが決壊けっかいした。
 胸からあふれ出る感情が抑えきれなくなり、言葉となって外へと飛び出す。

「あの塚本だぞ!? 中学のプールの授業でのぞきがバレて、授業中正座させられてた塚本だぞ!? 部活の合宿で女子の部屋に遊びに行って、布団ふとんもぐり込んでセクハラ決めたやつだぞ!? 修学旅行の自由行動でナンパをして、先生に反省文書かされたやつだぞ!? それが、そんなやつが、なんであんなかわいい彼女をゲットできたんだよおおぉぉぉっ!?」

 俺は、俺はてっきりあいつの妄想もうそうだと思ったのに!

 勝ち誇って俺を見下している塚本を見て、「ああ……そうか……。俺以上にモテなさすぎてとうとう脳が……」とか考えていたのに!

「畜生……世界って残酷ざんこくだ」

 去り際の、塚本の自慢じまんが思い浮かぶ。

「いやあ実はさあ、昨日たまたま隣町に行く用事があってさあ、帰り道に駅前のデカいゲーセンの前を通りかかったら、かわいい女の子がUFOキャッチャーの前で悪戦苦闘あくせんくとうしていたもんだから代わりに取ってあげたらさあ……」

「ゆ……UFOキャッチャーのアームが景品だけじゃなくて、こんなかわいい女の子のハートもキャッチしたっていうのか……?」

「その通りだ。チャンスは意外なところに転がっているもんだな」

 ふふん……と、塚本がどや顔をキメる。

「まあ、そういうわけだから。お前もあきらめず頑張れよ! そのうちダブルデートでもきめようぜ……彼女ができたら(笑)」

 勝ち誇った表情でそんなことを言いつつ、塚本は俺の前から消えた。
 一人残された俺は、友に先を越されてしまった敗北感を胸に校門の前で呆然ぼうぜんとする。

 ――何故、俺だけいつも取り残される?
 ――彼女イナイ歴が更新される?
    
 ――勉強も、スポーツも、人間関係だって頑張っているのに。
 ――どうして俺だけ春が来ない?

 ――どうして俺だけ彼女ができないんだ?
 ――なぜだ……? なぜなんだ……!? 

 答えの出ない問いを繰り返し自問自答じもんじとうするが、答えなんて出るわけがない。
 なぜなら俺が生きるこの世界は、不条理の塊なのだから。

 理由なき理不尽に、不平等に溢れているのだから。

「もう……帰ろう…………。今日はもう……何もする気が起きねえ…………」

 プライドが粉々にくだかれてしまい、何もする気がなくなったどころか、今日を生きていく気力すら危うくなってしまった俺は、リストラされたサラリーマンのように肩を落としつつ家路いえじへつく。

 駅に到着とうちゃくし、電車の切符きっぷを買おうと制服のポケットに手を突っ込んだところ、その感触に違和感いわかんを覚えた。

「あ……やべ」

 財布さいふを教室に置き忘れていたことに気づいた。
 おまけにスマホも見当たらない。

 あれがないと動画もWEB小説も見れないし、ソシャゲだってできない。
 取りに戻る以外の選択肢などない。

「はぁ……めんどくさ」

 心がえらいことになっているので余計に面倒臭く感じる。
 駅から学校まで歩いても10分もかからないが、疲れているときにこの10分は曲者くせものなのだ。

 下手すりゃ心が折れる。
 デート中の塚本を見たりしたら、たぶん死ぬかも。

「まじでかったるい……家帰ったらメシも作らなきゃいけないし超かったるい」

 両親が海外赴任ふにん中なので、家には基本俺以外に誰もいない。
 なので、家事全般は全部ひとりでしなければならないのである。

「今日はもうカップめんでいいかな……」

 同年代の男女がイチャつく光景をうとまし気にながめながら、俺は夕日に照らされた街の中を逆走して学校へと戻った。




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 《あとがき》
塚本くんにはモデルがいます。
ここまでのことはやってはいませんが……彼は色々な伝説を残しています。
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