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第2章

第16話 パックの罪

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オレたちはケイト・フェレール元帥直属の軍施設に連れて行かれ、応接室で待機を命じられていた。逃げられないように入口には兵士が2人おり、逃走しないように身柄を拘束されている。

「パックはあのエルフと知り合いなのか? そうか! エルフも妖精の国にいるのだろうから、その辺りの知り合いなのか?」

「うん、そうなんだ。妖精国家は2つあってね。1つはヴァルビリス帝国の東にあるエルフ集落の連合国家、ヴァルプルギス連合国。2つ目はステュディオス王国の東にある妖精王の治めているニーベルング王国なんだけど、オイラとケイトはニーベルング王国出身なんだ」

「そうなのね……ケイト様と……何があったの?」

「セシル、ホリーごめんね。迷惑かけちゃって、オイラはケイトに殺されるかもしれない」

パックはホリーの質問には答えずに、ガタガタと震えてうずくまっている。顔は血の気を失いロウのような色をしていた。

「ええ? 殺されるって、パックどういうことなんだ?」

「……パック……大丈夫?」

「……………………………………………………………」

パックは再び質問には答えずに沈黙し、暗い表情で頭を下げる。ホリーもパックを心配して見つめている。しかしパックは本当にあのエルフに殺されるようなことをしたのだろうか。謎は深まるばかりだ。

『ガチャッ』

鉄扉が開くと、憤怒の顔をした元帥ケイトが部屋に入ってきた。同時にパックの全身がビクッと動いた。そしてパックとオレを目を細めて睨みつけ、ソファーにフワリと座る。後ろには軍人3人が立っている。3人とも殺気をまとい、明らかに只者でない雰囲気だ。

「パック、このようなところで奇跡的に出会うとは悪いことはできないものね。その後はド変態妖精王は元気なのかしら?」

「妖精王は元気だけど……ねえ~ケイト。あんなこと、オイラだってやりたくはなかったんだけど、妖精王様の命令だから仕方なかったんだ。許しておくれよ」

パックは必死な形相で弁解しているが、ケイトは顔色一つ変えることなく言い放つ。

「だからといって、あの後に私と妹がどんな目に遭ったかあなたは想像もできないでしょうね! 行方不明になった妹はあれからずっと探しているけれど、まだ見つからないのよ。私たち姉妹の人生をあなたは台無しにしたのよ! どう責任取ってくれるのよ。あなたの命で償いなさい!」

「オイラの命で!? ひぇ~、そんなぁ~酷いよケイト」 

「全然酷くはないわよ」

その後はケイトから発する怒りオーラの迫力にパックは防戦一方だった。2人の言い合いは長時間続いていたが、まとめると次のようなことが2人の間に起きていたということが分かった。

①フェレール姉妹は美女が多いエルフの中でも3本の指に入る美女姉妹で、その美しさが国中に知れわたることとなった。当然、妖精国の国王である妖精王もそれを知り、姉妹を自分の女にしようと城に呼びつけたが、姉妹は拒否し続けていた。

②妖精王は姉妹を自分のものにするために、計略を画策した。唯一無二のユニーク魔法、性愛魔法の使い手パックを姉妹に派遣し、快楽漬けにして自分のものにしてしまおうというものだった。

③妖精王とパックがフェレール姉妹のいる村に到着し拘束したあと、作戦通りパックの性愛魔法の力で妖精王の女になると誓うまでイカされ続けた。だが拘束3日目にフェレール姉妹に同情的な村の者が、妖精王とパックの隙を見てフェレール姉妹を逃がすことに成功した。

④妖精王はすぐにフェレール姉妹に追ってをだし、捕縛までもう一歩のところまで追い詰めたが、ギリギリ国境を越えて逃げきることができた。しかし、国境を超える際にパックの《センシティビリ/感度上昇》を体にかけられ、逃走する馬車の中で姉妹でイキ狂っていたそうだ。

⑤その後、馬車の中でイキ失神していたが、数時間経って気がつくと、ステュディオス王国の西部で発生したモンスターのスタンビートを終息させる為に遠征中だったステュディオス王国軍に偶然遭遇し、身柄を保護された。ただし気がついた時には妹の姿はなかった。妹も馬車に乗っていなかったかステュディオス王国軍の者に聞くと、馬車を見つけたときにはすでに妹の姿はなかったそうだ。

⑥オルドリッジ王はケイトの話を聞き、美しい容姿を持ったための悲劇に涙し、ステュディオス王国での永住権を王権で認めて手厚く保護をする事をケイトに約束した。

神話級美女といっても、国民を快楽漬けにするなど妖精王はとんでもないド変態国王だ。権力者は、どの国、どの時代でもやる事は一緒だな。異世界ラティアリア大陸でもその辺りは変わらないらしい。

「フェレール元帥閣下、それは恨むべきは妖精王であって、パックを恨むというのは筋違いじゃないのか? 軍属の者なら上官や、ましてや国王の意向を無視する事は出来ないと、子供じゃないのだから分かるだろう?」

「うっ! それはそうなのだけれど……でも私たち姉妹はパックにされたことを許すことは絶対絶対絶対絶対出来ないわ!」

「そこまでいうなら、妹探しを協力することでパックを許してもらえないか? オレたち粉砕のミョルニルはなかなか優秀なパーティーだ。今はランクGだがな。軍属のフェレール元帥閣下だと有力な情報があってもすぐに動けないだろう。依頼中は無理だが、可能な限りフェレール元帥閣下の依頼は最優先で受けてやる。どうだ?」

ケイトはしばらく考えていたが、ニヤリと薄笑いをした。そしてオレをジッと見つめた。間違いなく腹黒いことを考えているようにしか見えない。ケイトは心の中で考えていることが顔に出るタイプだな。

「私の手駒になるというなら命だけは取らずに許してあげるわ。ただし、横にいる女の子は私が引き取るけどいいわね。
そこの彼が今のご主人様なの? こんな若い娘をたぶらかして可哀想に。あなた、ホリーっていうのね。パックの性愛魔法で散々イカされて、あまりの快楽に、セシルのもとを離れることが出来なくさせられてしまったのね。私がこの事を知ったからにはもう大丈夫よ。手厚く保護してあげるわ」

ケイトは自身の経験から、ホリーがパックの性愛魔法で快楽漬けにされ、離れることが出来なくなったと勘違いをしたようだ。

「違います……店長は宿も……食べるものもお金も満足にない私に……顔も普通でなんの取り柄もない私に……仕事と家と強さと……色々下さいました」

「でもそれと引き換えとして、セシルに散々抱かれたのでしょう」

「……それは私には何もないから……お礼がしたくても出来なかったの……処女を差し出すくらいしか……でも店長は夜伽はいいと言ってくれた……だから私が強く望んで抱いてもらったの……こんなに優しくしてもらったのは……生まれてはじめてで嬉しくて嬉しくて……ふぇ、ふええええええええええええ!」

涙を流しながらここまで強くホリーに言われてしまっては、オレのことを強姦魔のように思っていたケイトは黙ってしまった。ホリーに夜伽を要求しなくて助かった。オレのポリシーで、もともと従業員に手を出すつもりはなかったのだから。

第一ホリーは自身の価値が低いと大きな勘違いをしている。彼女は100万人に一人というエキストラスキルーー《ヘリングロゥシーリング/数の子天井》を持つ、夜伽の超人なのだ。むしろお金を払うから、オレから離れないでくれと言いたい。

「ホリー、あなたの言い分は分かったわ。セシルを強姦魔みたいに言って悪かったわね、謝罪します」

ホリーが泣き止むのを待って、ケイトはオレに深々と頭を下げた。悪いことをしてキチンと謝れるとは、この娘は性格が良いエルフなのだろうな。馬鹿なやつほど無駄にプライドが高く、謝るということを知らないものだ。

「それじゃあ、ホリーは予定通りオレの店で働いてもらうぞ。フェレール元帥閣下の依頼は、店に人を寄越してくれればいい」

「分かったわ。一応、どのレベルの依頼ができるか鑑定魔法で確認するわね」

《アプレイザル/鑑定》

『ピシャッ!』

「えっ!? 私の魔法がレジストされたの? 信じられない! セシルはレベルいくつなのよ?」

「オレは忍者でレベルは1だ」

「私の魔法をレジストしておいて、ふざけたこと言わないでちょうだい。どんなに少なくともベースレベル60台後半か、下手すると70以上はあるでしょう? 嘘偽りなく言いなさい!」

レベル4神聖魔法《アプレイザル/鑑定》でケイトはオレのステータスを確認しようとしたが、レジストに成功してしまったのだ。ベースレベル306と言うと大騒ぎになるだろうから、教えるか迷っていたが、どうせオレたちをどうこう出来るわけがないから言うことにした。

「転職前は、レベル143賢者だ。その後はレベル162盗賊でな。今はレベル1忍者で合計ベースレベル306だ」

「な、なんですって! バカなこと言わないで! 私を舐めているの? それが本当ならオルドリッジ王より3倍近くもレベルがあるじゃない。第一賢者から他の職業には転職できないはずよ」

「本当だよケイト。オイラは見てないけど、セシルは龍を倒したことがあるくらい強いんだ! あと転職させる魔法をセシルは独自に持っているんだよ!」

「そんなことを信じろって言う方が無理でしょう。過去も未来も永久的に龍はラティアリア大陸の頂点に君臨しているのよ。歴史上人類史上最高到達レベルにあるオルドリッジ王でも脅威度ランクSファイアードレイクをソロで倒すのが精一杯なのよ。そんな誰でもすぐに分かる嘘を言うなんて2人とも正気なの?」

ケイトはベースレベル306という事を全く信じようとしなかった。むしろ馬鹿にされたと感じたのか、顔を真っ赤にして怒っている。

「証拠を見せてやろう」

オレはアイテムボックスから龍の牙を出すと、机の上に置いた。ケイトはそれを入念に調べ、《アプレイザル/鑑定》の魔法も駆使して調べていた。

「これは……つい最近まで生きていた龍の……しかも病気などではない健康的な龍の牙ね。まさか、本当に!?」

「それでも疑うならここにオレが倒した龍の本体を出してやろうか? アイテムボックスの中に入っているからな」

「そんなこと、信じられるわけがないじゃない。実はは鑑定遮断のアーティファクト級のアイテムでも持っているのじゃない? ベースレベル306という実力が本当かどうか試させてもらうわよ。もし嘘ならただじゃおかないわよ、レジェス!」

「はっ、閣下」

ケイトの後ろで立っていた男が前に出て敬礼をする。

「今からあなたと他の大将5人で、この男と模擬戦をしてちょうだい。模擬戦といっても木刀じゃなくて実戦形式でお願いね」

「はっ、承知いたしました。すぐに準備いたします」

『ガチャッ』

《探査マップ/神愛》のミニウインドウには、筋肉質の男レジェスが部屋から出ていくと、この部屋の裏手にある訓練場に向かっていくのが映った。訓練場で戦闘訓練をしているものたちに指示をし、しばらくするとオレたちのいる部屋に戻ってきた。

「元帥閣下、準備が整いましたので、訓練場にいらっしゃってください」

「ありがとうレジェス。じゃあ行きましょう」

訓練場にはすでに武器を装備した5人の武官が待っていた。ケイトを見ると直立し敬礼をする。先程まで戦闘訓練をしていたものたちも壁際に寄り、ケイトに敬礼をした。オレたちとの戦いを見物する気のようだった。

「それでははじめましょう。あなたたち大将5人で、ここにいるセシルを叩きのめしてちょうだい。実戦形式でね」

「元帥閣下、まさか1対1の模擬戦5回ではなく、1対5の実戦ということですか? この男はどう見ても成人したばかりの少年で、ガリガリに痩せていて筋肉もないです。実戦形式で戦うと大怪我をさせてしまうか、もしくは死なせてしまうかもしれません」

「そうよ。いいから手抜きせず思い切り打ち込んでいいわよ。死んだら……まあ私に嘘をついた罰ね。自業自得よね」

「「「ザワザワザワッ」」」

ケイトの言葉に訓練場内は騒然となった。オレは枝のように細いモデル体型をしているので、ケイトが虐待をしているように思われても仕方のないことだ。上官にやれと言われても武官たちはオレとの実戦を躊躇しているようだ。ならば戦いやすいように仕向けることにするか。

「おいおい、お前たちは何か勘違いをしているようだな。お前たちのレベルではオレの相手にならないから1対5なんだよ。しかもオレが攻撃をすると一撃でぶっ殺してしまうから、先に先制攻撃をさせてやる。お前たちは安心して攻撃をしてくるがいい」

「な! 小僧! 我らを相手不足と侮蔑するのか!」

今の煽りで明らかに大将5人は、怒りのスイッチが入ったようだ。面構えが先程と違い、眉間に縦のシワが入り、殺気の籠もった目で睨んでいる。予定通りだな、あともう一押しだ。手に持っていたペンでオレの足下に小さな円を書き、その円の中に入る。

「お前らでは全く相手にならないからな。オレはこの円から出ないことで、さらなるハンデとする。1歩でもここから出たらオレの負けでいいぞ。ちなみにお前たちがオレを倒すことができなかった時は、ケイト・フェレールがオレと夜伽をする約束だからな」

「「「な、何だと!」」」

「な! そんなこと約束して……むぐむぐむぐ」

ケイトの可愛い唇をふさいだものの、オレの夜伽発言に周囲からも驚きの声が多数出る。ケイトは美女揃いで有名なエルフの中でもピカイチだそうだからな。これくらい煽れば本気になるだろう。ん? 大将5人は 、今にもキレそうな勢いでオレを威圧してきた。全身から闘気が蒸気の様にあふれ出ている。さすが戦場でのしあがってきたというだけの迫力があるな。軍では上司は絶対の存在だ。その彼らの築き上げてきた誇りを相当傷つけてしまったようだ。

「舐めるなよ若僧! 我らの武は戦場であまたの敵を屠り、地下迷宮やバレンシアの森にいる、危険なモンスターから国民を命をかけ守って来たーーそういう武である。お前などには勿体ないが奢ったものには容赦はしないだろう」

「セシル~、煽りすぎだとオイラ思うよ」

「……みんな……怖い目つきです」

パックの言う通り完全にガチギレですな。大将5人は気合い十分に訓練場中央に立ち、ケイトからの戦闘開始の合図を待っている。

「さあ、はじめなさい!」

~~~戦闘開始

◎レベル32忍者レジェス×1(1)
◎レベル24女サムライ、バレール×1(1)
◎レベル22女聖騎士ティアフォ×1(1)
◎レベル23聖騎士アルボット×1(1)
◎レベル24狂戦士ロレンツィ×1(1)

「「「うぉおおおおおおおおおおおおお!」」」

大将たちのリーダーであるレジェスがまず憤怒の表情で突進をしてきた。彼はケイトの部下で筆頭だから一番熱くなっていたらしい。余程ケイトを抱かれたくないのだろうな。オレを合わせて6人のイニシアティブはオレが取ったが、待機を選択する。レジェスはそれに気がつくこともなくロングソードを振り上げる。

「糞ガキ死ねや!」

あ、本音出たよ。それみんなの前で言っちゃうんだな。勝ったらケイトを抱くとか言われて普通に本気でブチギレていたらしい。

『ズバババババババッ!』

『ビィシシシシシシシィ!』

「な、なんだと! 指で私の剣撃を弾くとは!」

レジェスは1回で7発も攻撃してきたが、すべて中指デコピンで弾いた。さすが百戦錬磨の正規軍大将だ。今の一撃を見て危険を感じ、一度大きく後退して様子を見ている。

「レジェス! 全力でいかないとまずいぜ。脅威度ランクCミノタウロス6体を相手にしたときよりヤバい相手だ」

「ああ、どうやらそのようだな。元帥閣下の操のためにも対高ランクモンスター用の連携を使って倒すぞ!」

「「「おお!」」」

大将5人は無造作に突っ込んできた先程とは違い、前列と後列に分かれ、隊列を組み、すぐに体制を立て直してきた。どうやらオレの強さがハッタリではないことに気がついたようだ。

《エンハンスメント/身体強化》×5
《ホーリーウェポン/聖剣》×5
《ホーリーシールド/聖盾》×5
《俊足》
《カラープス/弱体化》

『バチィ』

「ちっ、《カラープス/弱体化》はレジストされたわ」

「準備はできたな。全力で行くぞ!」

「「「はい! レジェス閣下」」」

~~~2ターン

◎レベル32忍者レジェス×1(1)
◎レベル24女サムライ、バレール×1(1)
◎レベル22女聖騎士ティアフォ×1(1)
◎レベル23聖騎士アルボット×1(1)
◎レベル24狂戦士ロレンツィ×1(1)


魔法で身体能力を向上させ、武器の攻撃力もあげた。バフを最大限に活かした、まさに実戦さながらの本気モードであった。

「喰らえ!」

《烈風剣》

『ビィシ!』

「「「はぁああああああああああああああ!」」」

『ズバババババババッ!』

『ビィシシシシシシシィ!』

忍者レジェスと狂戦士ロレンツィが襲いかかってきた。だがデコピンですべて撃ち落とす。

「くっ、やはり私の剣撃ではダメか。化け物かこいつは!」

「なんて野郎だ。信じられん。あとは頼む」

レジェスとロレンツィは攻撃直後、左右に分かれ離脱する。すると正面にいた残りの3人の大将が手を上方にあげ、魔法を発動しようとしていた。2人は魔法を発動する時間を稼いでいたのだった。

《ファイアーボム/爆炎》
《ホーリーアロー/聖なる矢》
《ホーリーバースト/聖光爆破》

『ボガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

魔法はすべてオレに命中し、訓練所内は土煙を巻き上げ炎上している。魔法の連続攻撃で焼け焦げる臭いで周辺は充満した。

「すべて命中したな。これで殺ったか?」

少し時間が経過し土煙がおさまってくると、床に書いた円は攻撃魔法により完全に焼失して消えていたが、円があった場所から一歩も動かずにオレは立っていた。

「ん? やっと終わったか。お前たちはオレに何かしたのか? 生暖かい風がきた感じはしたがな。暇すぎて欠伸が出るな、なぁパック」

「な! 無傷だと! 信じられん!」

「そんな馬鹿な! 俺の攻撃魔法が効かない……だと!」

「なんなのこの子は! 本当にヒューマンなの!?」

この場にいるオレの仲間以外、全員が信じられない光景に唖然としている。今、5人組がやった連携攻撃は高ランクモンスター対策として推奨されていたものだったからだ。それをまともに避けることもせずに食らっておきながら、「なにかやりましたか?」 と言ったのだ。驚愕するのも仕方ないことである。

「オレも一度くらいは軽く攻撃するか」

《フレイムドラグーン/炎龍召喚》

『フォン』

『ドカドカドカドカドカドカドカドカッ!』

「て、天井が崩れるわ!」

前方に暗黒の巨大な魔法陣が出現し、その空間から真っ赤な龍の頭部が現れた。50メートルほどしかない訓練施設では100万オーバーの魔法攻撃力で放つファイアードラゴンの巨大な首は収まりきらず、天井が破壊され壁が崩れ落ちてきている。

「ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

龍の強力な咆哮から来る衝撃波に、この場にいたフェレール軍の者たちのほとんどが崩れ落ちた瓦礫などと一緒に吹っ飛んだ。かろうじて残った者も、膝から崩れ落ち、飛ばされないよう剣を地面に突き刺して這いつくばっている。

ファイアードラゴンの口が天井を破壊しながら大きく開く。巨大な口内に数千万度という灼熱の火炎の玉が、魔力の高まりと共に大きくなってきている。そして、限界の大きさまで達すると、ファイアードラゴンの目がギラリと光り、まさに火山の噴火の様な破壊力のあるファイアーブレスを発動しようとしている。ファイアードラゴンが放つ死を確信させる凶悪さにフェレール軍の者は全員、膝がガクガクと震え、逃げることも、それどころか立つことすらままならなくなっていた。

「セシル待ってぇ!」

後ろからケイトの悲痛な叫び声が聞こえる。震える膝を手で押さえながら、オレのところまでヨロヨロと歩いて来ると、カクッと膝から崩れてもたれかかってくる。倒れたケイトをオレはキャッチした。

「このファイアードラゴンを解呪してちょうだい。お願いよ!」

ケイトはベースレベル306と言っているオレを、信じようとしなかったことにひどく後悔をした。以前にケイトは同じ呪文を唱えるものを一度だけ見たことがあった。その時のファイアードラゴンの首の大きさは3メートルほどだった。セシルが召喚した炎龍はその10倍は軽くあった。そのためベースレベル306という馬鹿げた話を信じるしかなかった。

「ここまで発動してしまったら、もう解呪は無理だ。魔法を使えるケイトなら分かるだろう? それにオレは本気で殺そうとしてくるやからには容赦しない主義だ。こいつらは格上であるオレを殺すために最大限持つ力を使ってきた。その意気に敬意を評して全力で答えなくてはならない」

「それはそうだけど、ファイアードラゴンのブレスを放ったりしたら、ここら一帯街ごと消滅するわよ!」

「そんなことは知ったことではないな。オレを殺せると傲慢にも勘違いをし、立ち向かってきた蛮勇の愚か者には死がふさわしいとは思わないか? ただ、オレも多くの死者を出すことは望んではいない。一つだけ助かる方法があるが、そのためにはオレをやる気にさせるための条件がある。それをケイトが承知してくれたら、このファイアードラゴンを解呪してやってもいいが、どうする?」

「……その条件とはなにかしら?」

「……ケイトが胸の谷間でパフパフしてくれたら、このファイアードラゴンを解呪してもいいぞ♪」

「なっ! 何よその条件は! あなたスケベな事しか条件に選べないの!」

「ああ、その通りだ!」

「ひゃっ!」

オレの率直な意見を聞き、ケイトは素っ頓狂な声をあげた。予想外の反応だったのだろう。セシルはエロだけのヒューマンではないと、誇りを持って強く言うと予想しての発言だった。

「セ、セシル」

「……店長」

パックとホリーがケイトの後ろで、オレを呆れた目で見ている。オレだって神話級の美女をゲットするためには必死なのだ。今なら妖精王の気持ちが分かる。なんとしてもこの女をゲットしてみせる。

「さぁさぁ、どうするケイト。オレはどっちでもいいんだがな。やべ、魔法を抑えているのが限界に近づいてきた。もうファイアーブレスが出ちゃう、出ちゃう~♪」

ケイトよ折れろ! 折れてオレにパフパフさせてくれ! エルフっていうと地球ではすべての男の夢だ。そのエルフのトップが目の前にいるのにパフパフしてくれないという選択肢はないのだ。

最初はパックとの関係性からHなことをするチャンスはないかと諦めていたが、自分から思わぬ墓穴を掘ってくれたものだな、ぐふふふ♪

「はぁ~」

ケイトは少し考えるが、発動寸前の極大魔法の前では選択の余地がないことに気がついたのか、大きくため息をついた。

「分かったわ。セシルに一度だけパフパフしてあげるわ。だから早くファイアードラゴンを解呪しなさい」

「約束したぞ。じゃあ解呪してやろう」

《フレイムドラグーン/炎龍召喚、解呪》

『フォン』

炎龍は一瞬で消え去った。ファイアードラゴンの頭にのっていた瓦礫が大量に降ってくるが、すべてアイテムボックスに回収した。

「ふぅ~」

ファイアードラゴンが解呪されたのを見て安心したのか、ケイトは息を吐きながらペタンと可愛いお尻を床につけ座り込んだ。パックとホリー以外のものは立ち上がることも動くことも出来なかった。ホリーがジッとオレを見つめてくる。

「店長……強い」

「ありがとう。ケイトもこれでオレの事を信じるだろう」

「……分かったわ。あなたを信じるしかないわ。でもこのことは誰にも話しては駄目よ。国中を揺るがす大騒ぎになるから。分かったわね」

「承知~」

「もちろんだ」

「……はい」

まだ立つこともままならない大将たちをおいて、一度応接間に戻った。秘書に淹れてもらった紅茶を飲みながら一息つく。

「じゃあ、依頼は必要なときに冒険者ギルドに指名依頼をするから」

「それで頼む。あと、監視をつけるのは勘弁してほしい。ウザイからな」

ルーファスの訓練施設からずっと見張られていたことは《探査マップ/神愛》で確認していたからだ。

「あれはルーファスを監視していたのよ。ポイズンファング傭兵団とオーディン傭兵団が戦争でもしそうな雰囲気だったから。国民の安全のためには必要なことよ」

「オーディン傭兵団はルーファスの護衛を任されていたこともあり、よく知っているがいいやつばかりだぞ」

「もちろんそれは私も知っているわ。問題はポイズンファング傭兵団、団長ライダーね。彼は南東を支配している闇のボスで、麻薬、闇奴隷など犯罪の温床になっているの。最近、フェロニア市で子供が行方不明になる事件が多発しているのだけれど、私はライダーが怪しいと睨んでいるの」

ケイトは腕組みをすると、不愉快だという表情になる。

「そんなに悪いやつだと分かっているのだから、ステュディオス王国軍では討伐などの対象にはならないのか?」

「ステュディオス王国軍としてはそうしたいのだけれど、ポイズンファング傭兵団はお抱えの冒険者だけで1万人を超えるの。だから迂闊に手を出して、暴れられでもしたらフェロニア市民に大変な混乱を招くでしょ。だから余程のことでないと動けないのよ」

「そんなに所属している冒険者が多いんじゃ仕方ないよね。数は力なんだね!」

ふと、ケイトは何か思いついたようにニヤリと薄笑いを浮かべ、オレたちをジーッと見ている。この女は軍人だけあり油断ならないな。本人は多分、気がついていないようだが、考えていることがダダ漏れなのが救いだな。

「ふふふっ、そのうちこの国の闇に深く関わっている傭兵団の潜入捜査でも頼むかもしれないから、あまり目立ったことはしないでね。それじゃあ、今日はもう帰っていいわよ」

「帰っていいって、お前は何か忘れているよな。オレのパフパフを忘れてくれるな」

ケイトはファイアードラゴンを解呪した条件でパフパフをすると約束をしていた。すっかり忘れていたらしい。

「うっ、そ、それは貸しということでつけといてちょうだい。女は好きでない男とHなことをするには心の準備が必要だから、今は無理よ。代わりに私をケイトと名前で呼ばせてあげるから。元帥という地位にある私を名前で呼べるなんて、とても栄誉あることなのよ」

「ふ~ん。ま、いいだろう。じゃあケイト、貸し一つだからな。あまり待たせると利子がつくからな」


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