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第1章
第28話 アリシアの涙
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妹騒動もとりあえず落ち着き、入れ直した紅茶をベルがカップを口元まで持ってきて、飲ませてもらいながら聖騎士たちと雑談をしている。
ここにいる多くの聖騎士は、ティムガット市というパルミラ教皇国の3番目に大きい市の出身ということだ。ティムガット市出身の聖騎士が強いということは、このパルミラ教皇国では有名な話で、神都のエリート聖騎士として選ばれることが多々ある。
実際、今回の慰問で神の化身、聖女の護衛100名のうち、70名ほどが、ティムガット市の騎士出身であるそうだ。
「クレスウェル様は、今はどこでどうしておられるのだろうか?」
1人の騎士が唐突につぶやく。周囲の聖騎士たちが、その聖騎士をポカリと殴る。口もとに人差し指を当て、シーシーとしている。逆にそれで何を隠したいのかが気になる。
「ん? クレスウェルというと……」
「はい、セシル様。アリシア様のお父上殿でございます。ティムガット市の司教は、アリシア様のお父上様であられるクレスウェル様でした。
クレスウェル様は、元々ティムガット騎士団、団長をしていらっしゃったのですが、様々なところで功績を挙げられ、騎士たちからの人望も厚く出世されました。そして司教となられ、ティムガット市の支配者となられました」
エミリアがクレスウェルのことを嬉々として語ってくる。思い入れがあるのだろうか?
「アリシアのお父上殿は、そのような地位にいたのか。きっとアリシアと同じ優しい方なのだろうな?」
「はい! セシル様。クレスウェル様はアリシア様と同じで大変お優しい方でした。お忙しいのに暇を見つけては我らに模擬戦をして聖騎士や騎士の技術の向上にご協力いただきました。
また枢機卿になられたあとも、可能な限り目をかけていただいたのです。そのような方でしたから、今も私たちの心の拠り所となっております。この国の中心的な役割を担っている聖騎士の多くはクレスウェル様に鍛えられた者が多くございます」
ロックウェルが情熱的に語った。彼もティムガット市の出身だったのか。アリシアのお父さんに鍛えられて強くなったのだから、恩があるのだろう。
「色々と国に貢献した人物だったのだな。ん? 今はどこで何をしているかっというのはどういう意味だ?」
「セシル、忘れちゃったの? オイラしっかり覚えているよ。前にクレタが言ってたじゃん。アリシアのお父さんは冤罪で犯罪奴隷にされているって」
「はい、クレスウェル様の冤罪については、パルミラ教皇国の有力な司教が多く関わっているため、あまり大きな声ではお話しすることができません。
クレスウェル様は穏やかでお優しい性格をしておられたことが災いしました。奴隷である獣耳族に憐れみを持ったことが、クレスウェル様の不幸の始まりでした。
枢機卿会議で、獣耳族奴隷の身分向上政策を打ち出したのですが、パルミラ教皇国の有力な司教の反発を受けてしまいました。
数人の司教とこの国の有力修道士が、クレスウェル様が国の根幹を揺るがそうとしていると密告し、逆臣として失脚しました。
その時、司教の先鋒役をつとめたのが、この市の元司教エムデンとアンカスタード騎士団、団長ヒックスでした」
エムデンって、クレタが棒でぶっ飛ばした金髪豚野郎のことか。嫌な野郎だったが、クレスウェルの失脚に関わっていたとはな。大事なアリシアのお父さんに無実の罪をなすりつけていたとはな。ボコボコに殴っておいてよかったな。
「そうだったのか。国にとって必要な聖騎士を汚い策略でハメた金髪ブタ野郎を、トイレ掃除という適材適所の人事をしただけだったのだがな。
アンカスタード市に来てアリシアとクレタがエムデンを見たとき、嫌悪の表情をしていた理由がそういう事だったのか。謎が1つ解けた」
「はい! そうだったとしても、セシル様が、誰も手を出すことができなかった枢機卿のエムデンを倒してくださったので、長年の憤りが晴れてスッとしました」
ロックウェルの言葉に聖騎士たちがうんうんと頷いている。エムデンは相当嫌われていたんだな。クレスウェルに恩がある心ある聖騎士たちは不愉快な思いをしていたことだろう。
エミリアを見ると、言いたいことがあるが、言いにくそうな微妙な顔をしている。
「エミリア、何かオレに言いたいことがあるのか? あるなら言ってみろ」
「実は私はクレスウェル様の、その後について心当たりがあります」
「そうか、その情報をぜひ聞かせてくれないか?」
「はい、セシル様ならばクレスウェル様の情報を伝えたとしても、誰もクレームを言ってくることはないでしょうから。
クレスウェル様は呪詛をかけられ、いまだに龍の谷にもっとも近いテュルダ村にいらっしゃいます。犯罪奴隷の中でもっとも過酷な辺境の奴隷をしております」
「そんなに危険な場所に送られるとは、クレスウェルはずいぶん憎まれたものだな」
「はい、もともと国への功績が多い方ですし、聖女の父ということで権力が増大することで妬まれてしまったようです。そのため最も過酷であると有名なテュルダ村へ連れて行かれたのです。
テュルダ村での任務は鉄鉱の採掘、そして辺境は龍の谷からモンスターが頻繁に襲ってくるので、そのようなときは守備騎士の盾となりモンスターにあたります。服従の首輪からの呪詛の影響で、一切逆らうことはできません。ただ幸いにして、まだご存命であると、そのように父から聞いたことがあります」
「アリシアのお父さん大丈夫かな? オイラ心配だよ!」
「パックは優しいわね。父もずっとクレスウェル様を助けられないか画策をしていたのです。ですが、国の有力司教が邪魔をしているので動けないでいます。
実は私もクレスウェル様に鍛えていただいたことがあります。あれほどの素晴らしい方が、あのような悲惨な状況になっているのを私は耐えられません。セシル様のお力添えをいただけないでしょうか?」
有力な司教の多くが相手となると、教皇といえど敵対することは難しいのだろう。だが神の化身セシルが加われば勝つ事ができる。エムデンの政治生命も鶴の一声で終わらせたしな。
それに自分の女の頼みは聞かなくてはならない。それが男の甲斐性っていうものだ。
そういえば、クレスウェルを失脚させたのはアンカスタードの騎士団、団長って言ってたが、どこかで聞いたことがあるような気がするな?
「もちろん……」
協力する。と言いかけたところで、辺りに響くような大きな声が聞こえる。
「セシル様~!」
エミリアとロックウェル、聖騎士たちが眉をしかめて苦虫を潰したような顔をする。探査マップ/神愛をみると数十のマーカーがこちらに向かって来ていた。
「こちらにいらっしゃると聞き、ヒックスが参りましたぞ!」
50名の集団の先頭にいる 中年男性が話しかけてくる。騎士の集団だ。聖騎士と騎士では格が違う。聖騎士は最低でも僧侶でレベル30以上にならないと、聖騎士に転職できないからだ。
この国の騎士の平均レベルが9だから、いかに聖騎士に転職した者たちが過酷にモンスターと戦ってきたかが分かる。
「セシ……うん! お前は!!」
「あ! ヒックス様! あいつは!」
ヒックスはオレの顔をみるなりニコニコ顔から、豹変し怒りをこめて睨みつけてくる。執事デリゴリアスも眉が怒りで狭まり、目じりを険しく吊り上げる。
「みつけたぞ! この馬鹿野郎! こいつを神殿にいれたのは誰だ! お前たちこいつをつまみだせ! 牢に入れて拘束しろ!」
おいおい、沸点どんだけ低いんだよ。ふつふつと頭の上から蒸気が出るような勢いで怒っている。そんなに急激に感情を放出すると、血圧が急激に上昇して血管が切れちゃうぞ。
エミリアがオレの前にずいっと出る。そしてヒックスを射抜くように人差し指を向けた。
「この無礼者! このお方は神の化身セシル様です。お前が出ていきなさい!」
おお! あの上品な色気系美少女エミリアが肩を震わせて怒っている。オレのために怒るエミリア。メチャクチャ嬉しいな。あとで夜伽のときにあの手この手で気持ち良くしてイカしてやろう。ぐふふふ♪
ヒックスは、神の化身と聞いて急激に血の気が引き、強い緊張で顔が引き締まる。
「あなた様が神の化身セシル様なのですか?」
オレは答えず、コクっと頷く。それをみたヒックスとデリゴリアスは真っ青になると、全身が急激に脂汗でベッタリと濡れる。そして頭を何度も下げて謝ってくる。
「「「知らなかったこととはいえ、失礼いたしました~!」」」
「そんなことはどうでもいい。それよりも大事なことがある。
聖騎士の女の子たちを性奴隷としてエムデンに差し出したのはお前の差し金か?」
性奴隷にされていた女の子たちは、全員聖騎士か騎士の女の子だった。ということは当然アンカスタード騎士団、団長ヒックスが関わっていることは明白だ。
「いえ、関わっておりません。アンカスタード市のトップであるエムデンから美しい騎士を中心に、神殿専門に警備をさせるから、連れてきてくれと言われたので実行しただけでございます」
「本当なのだな? エミリア、ウルザたちをすぐにここへ連れてきなさい」
「セシル様、承知いたしました」
神殿に使いを送り、すぐに被害者ウルザたち15人が訓練場に来た。この場にヒックスがいるのを見つけると、ウルザたちは刺し貫けそうなくらいの鋭い視線で睨みつける。当たり前だが、相当怒っているな。大切な体を弄ばれたのだからな。
「お前たちに聞きたいことがある。ここにいるヒックスはお前たちが神聖娼婦としてでなく、性奴隷として送られたことを知っていたのか?」
ウルザはヒックスとデリゴリアスをますます憎々しげに睨む。彼女の冷たい視線はオレもゾッとするほど、異様な迫力に満ちている。そしてその質問に答える。
「はい。私たちが神殿に行く理由も、行ったあとの性奴隷行為を強要させられたこともすべてエムデンと共謀してやっております」
「お、お前たち! なぜそんな嘘を言うのだ! セシル様、ワシたちは無実でございます」
「エムデンやその関係者、ここにいるヒックス。誰の子だか分からない赤子を身ごもったため、絶望して城門から飛び降り死んだサブリナのことを忘れたとは言わさないわよ!」
「サブリナとは誰のことだ? セシル様、ワシは無実です! こやつらはワシをハメようとしているのでございます」
ヒックスはそう言いながら、なおも無実を訴える。
オレはこんなやつのために時間を取られることがもう我慢ならなくなっていた。この案件は早急に終わらそうと決めた。胸がムカついてきて吐きそうだ。
「ヒックスもウルザも命をかけて、言ったことが嘘ではないと言い切れるか?」
「「はい!」」
《リミテーション/神との誓約》
嘘をつくな、質問にはすぐに答えろ
「「「ヒィイイイイ~!」」」
この魔法を使うと、多くの聖騎士団員から悲鳴が上がる。神の呪いがよっぽどトラウマになったんだな。
オレの爪が毒々しい色に変わり、ヒックスの額に刺さりズブズブと入っていく。ヒックスは恐怖におののいている。
「セ、セシル様、これは?」
「今、お前に神の呪いをかけた。でも安心しろ。質問に答えてもらった後で、ちゃんと解呪するからな。ただ、嘘をつくと、凄まじい痛みが襲ってくるから気をつけろ。ヒックス、考えられる拷問で1番痛いものを考えてみろ。………………………考えたか?
今、お前が考えた拷問など、子供だましだ! 神の呪いはその100倍は痛いと覚悟しろ」
オレの言葉を聞いて、何人かの聖騎士が気を失って倒れた。レジストに失敗したらしい。ヒックスも一瞬よろけたがギリギリ踏みとどまった。
「それでは質問するぞ。質問は3つだ。お前はエムデンの要請で女聖騎士を派遣したのか?」
「はい」
1つ目の質問では嘘ではなかったようで、呪いの効力は発揮されなかった。ただ、ヒックスは冷や汗がダラダラと出ている。
「よろしい。2つ目の質問だ。お前は女聖騎士が、神聖娼婦ではなく、性奴隷として神殿に呼ばれたことを知っていたな?」
この質問をするとヒックスの顔がゆがむ。どうやって切り抜けるか考えているようだ。
「さあ、あと5秒で言え。嘘は言うなよ。本当のことを言えばよい。5、4、3、2、1」
「いいえ……!? いだ! いだだだだだだだぁ~! ぐぅぉあああああああああ!」
ヒックスはあまりの激痛に地面を転げ回り、顔面を左右に振っている。この魔法はマジで痛そうだ。神に嘘をついたのだから、当然の報いだ。やっと大人しくなったと思ったら、口から泡を吹き出し失神していた。よく見たら失禁もしていて、股間が濡れている。
《クリエイトウォーター/水創造》
『ビシャ~』
「おわっ! あぶぶぶぶっ」
水をぶっかけられ、ヒックスは強制的に覚醒させられた。
「やはりお前は女の子たちが性奴隷にされることを知っていたのだな。神に嘘をついた罪、そして愛の神に背き、性奴隷などという不愉快なことを神に仕える者にした罪で、一生を犯罪奴隷として鉄鉱石でも掘って暮らすがいい。だがもう1つ質問が残っているぞ。
ティムガット市の司教クレスウェルはお前とエムデンが他の司教と結託して、冤罪を作って追放したのか?」
「……はい」
やはりこいつらがアリシアのお父さんを共謀し、冤罪で追放したのか。マジで許せんな。
「それではヒックスとデリゴリアスを犯罪奴隷に身分を落とし、ヒックスと共謀した修道士の財産はすべて没収する。今回、性奴隷を利用し、関わった者の没収した財産を使って、ここにいる15人と、すでに被害を受けたものを救済することとする。
ウルザをこの件の最終決定権を持つ担当者に任命する。お前は被害者、その家族にも手厚くしてあげてくれ。もちろんサブリナの家族も助けてあげなさい」
その決定にウルザやロックウェル、他の騎士たちも涙を流して喜んでいる。ヒックスは膝から崩れ落ちて、顔から希望の色が蒸発していった。
同情は一切しないぞ。お前の罪は大きい、死ではあがなえないくらいにな。今まで不幸にしてきた人間に詫びをいれながら一生鉱山で償うがいい。
「「「私たちはセシル様のためにこの命いつでも差し出します!」」」
感極まって騎士たちが号泣し、オレに生涯の忠誠を誓ってきた。胸に手を当てる誓いのポーズをとる。
「うむうむ、オレというより国と家族のために頑張りなさい」
エミリアはクレスウェルの冤罪がはれて、涙を流して喜んでいる。
「セシル様、これでクレスウェル様は冤罪で失脚したことが判明しました。クレスウェル様の復権にお力をお貸しいただけませんでしょうか?」
「セシル~。オイラ助けてあげてほしいよ。アリシアが可哀想だよ~」
「そうしたいとは考えているが、本人から直接依頼を受けなくては動けない。お前はどのようにしてほしいのだ? アリシア?」
皆が後ろを振り向くとアリシアとクレタが立っていた。いつも明るく笑顔の絶えないアリシアが悲痛な顔をして沈黙している。可哀想でオレの心が張り裂けそうな気持ちになる。
「……………………………」
「セシル様、アリシア様は国における象徴という立場上、神事の最終決定権を持ってはおります。しかし、聖女はこのような案件では発言権を持っておりません。政治には関わってはいけないという暗黙のルールがあります」
クレタの話にアリシアは、明日から世界が消えるような悲痛の顔をした。そして、両膝を地につけ、両手で顔を覆ってむせび泣いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ」
その姿に、心が痛まないものは誰1人いなかった。いつも明るくみんなのために笑顔を絶やさず、聖女として努力をしてきたアリシアが、これほど悲しそうにむせび泣くのを見てしまった。
アリシアは16歳という年齢だ。お父さんが冤罪で犯罪奴隷にされ、いつ死ぬか分からない状態だったのだ。毎日不安で不安で仕方なかったことだろうな。父の死という訃報が、いつもたらされるのか。
「お前が決めろ! 立場もあるだろう。敵も多いことだろう。だがオレはお前が勇気を出せば力を貸すだろう」
アリシアはまだ両膝を地につけ、両手で顔を覆っている。だが泣くことを止めると立ち上がり、真っ直ぐにオレをみる。
「お、お父様を。お父様の命をお救いください。セシル様ァァァァァァァァァァ」
アリシアは目を真っ赤に充血させながら、唇を噛みしめていたが、大声で叫んだ。全身は小刻みに震えている。そのアリシアを抱き寄せて髪を撫でる。
「お前の意思は分かった。あとはオレにすべて任せろ! 待っていろアリシア。パック乗れ」
「承知~」
《ホーリーシールド/聖なる盾》
《フライ/飛行魔法》
「お待ちください! セシル様。私もお連れください。私はセシル様専属でサポートする任務についています。それにクレスウェル様と面識がございます。私がいた方が話が早いでしょう」
飛び立とうとしたところに、エミリアが近づいてきて腕を掴んだ。
「分かった。エミリアを連れていこう。テュルダ村に急ぐぞ。ロックウェル、あとのことは頼んだぞ」
「は! セシル様! 承知いたしました」
エミリアをお姫さま抱っこして、一気に急上昇する。
《探査マップ/神愛、テュルダ村検索》
ウィンドウにパルミラ教皇国のマップが出てくる、アンカスタードからテュルダ村の方向と位置を確認してその方向に飛んでいく。
ここにいる多くの聖騎士は、ティムガット市というパルミラ教皇国の3番目に大きい市の出身ということだ。ティムガット市出身の聖騎士が強いということは、このパルミラ教皇国では有名な話で、神都のエリート聖騎士として選ばれることが多々ある。
実際、今回の慰問で神の化身、聖女の護衛100名のうち、70名ほどが、ティムガット市の騎士出身であるそうだ。
「クレスウェル様は、今はどこでどうしておられるのだろうか?」
1人の騎士が唐突につぶやく。周囲の聖騎士たちが、その聖騎士をポカリと殴る。口もとに人差し指を当て、シーシーとしている。逆にそれで何を隠したいのかが気になる。
「ん? クレスウェルというと……」
「はい、セシル様。アリシア様のお父上殿でございます。ティムガット市の司教は、アリシア様のお父上様であられるクレスウェル様でした。
クレスウェル様は、元々ティムガット騎士団、団長をしていらっしゃったのですが、様々なところで功績を挙げられ、騎士たちからの人望も厚く出世されました。そして司教となられ、ティムガット市の支配者となられました」
エミリアがクレスウェルのことを嬉々として語ってくる。思い入れがあるのだろうか?
「アリシアのお父上殿は、そのような地位にいたのか。きっとアリシアと同じ優しい方なのだろうな?」
「はい! セシル様。クレスウェル様はアリシア様と同じで大変お優しい方でした。お忙しいのに暇を見つけては我らに模擬戦をして聖騎士や騎士の技術の向上にご協力いただきました。
また枢機卿になられたあとも、可能な限り目をかけていただいたのです。そのような方でしたから、今も私たちの心の拠り所となっております。この国の中心的な役割を担っている聖騎士の多くはクレスウェル様に鍛えられた者が多くございます」
ロックウェルが情熱的に語った。彼もティムガット市の出身だったのか。アリシアのお父さんに鍛えられて強くなったのだから、恩があるのだろう。
「色々と国に貢献した人物だったのだな。ん? 今はどこで何をしているかっというのはどういう意味だ?」
「セシル、忘れちゃったの? オイラしっかり覚えているよ。前にクレタが言ってたじゃん。アリシアのお父さんは冤罪で犯罪奴隷にされているって」
「はい、クレスウェル様の冤罪については、パルミラ教皇国の有力な司教が多く関わっているため、あまり大きな声ではお話しすることができません。
クレスウェル様は穏やかでお優しい性格をしておられたことが災いしました。奴隷である獣耳族に憐れみを持ったことが、クレスウェル様の不幸の始まりでした。
枢機卿会議で、獣耳族奴隷の身分向上政策を打ち出したのですが、パルミラ教皇国の有力な司教の反発を受けてしまいました。
数人の司教とこの国の有力修道士が、クレスウェル様が国の根幹を揺るがそうとしていると密告し、逆臣として失脚しました。
その時、司教の先鋒役をつとめたのが、この市の元司教エムデンとアンカスタード騎士団、団長ヒックスでした」
エムデンって、クレタが棒でぶっ飛ばした金髪豚野郎のことか。嫌な野郎だったが、クレスウェルの失脚に関わっていたとはな。大事なアリシアのお父さんに無実の罪をなすりつけていたとはな。ボコボコに殴っておいてよかったな。
「そうだったのか。国にとって必要な聖騎士を汚い策略でハメた金髪ブタ野郎を、トイレ掃除という適材適所の人事をしただけだったのだがな。
アンカスタード市に来てアリシアとクレタがエムデンを見たとき、嫌悪の表情をしていた理由がそういう事だったのか。謎が1つ解けた」
「はい! そうだったとしても、セシル様が、誰も手を出すことができなかった枢機卿のエムデンを倒してくださったので、長年の憤りが晴れてスッとしました」
ロックウェルの言葉に聖騎士たちがうんうんと頷いている。エムデンは相当嫌われていたんだな。クレスウェルに恩がある心ある聖騎士たちは不愉快な思いをしていたことだろう。
エミリアを見ると、言いたいことがあるが、言いにくそうな微妙な顔をしている。
「エミリア、何かオレに言いたいことがあるのか? あるなら言ってみろ」
「実は私はクレスウェル様の、その後について心当たりがあります」
「そうか、その情報をぜひ聞かせてくれないか?」
「はい、セシル様ならばクレスウェル様の情報を伝えたとしても、誰もクレームを言ってくることはないでしょうから。
クレスウェル様は呪詛をかけられ、いまだに龍の谷にもっとも近いテュルダ村にいらっしゃいます。犯罪奴隷の中でもっとも過酷な辺境の奴隷をしております」
「そんなに危険な場所に送られるとは、クレスウェルはずいぶん憎まれたものだな」
「はい、もともと国への功績が多い方ですし、聖女の父ということで権力が増大することで妬まれてしまったようです。そのため最も過酷であると有名なテュルダ村へ連れて行かれたのです。
テュルダ村での任務は鉄鉱の採掘、そして辺境は龍の谷からモンスターが頻繁に襲ってくるので、そのようなときは守備騎士の盾となりモンスターにあたります。服従の首輪からの呪詛の影響で、一切逆らうことはできません。ただ幸いにして、まだご存命であると、そのように父から聞いたことがあります」
「アリシアのお父さん大丈夫かな? オイラ心配だよ!」
「パックは優しいわね。父もずっとクレスウェル様を助けられないか画策をしていたのです。ですが、国の有力司教が邪魔をしているので動けないでいます。
実は私もクレスウェル様に鍛えていただいたことがあります。あれほどの素晴らしい方が、あのような悲惨な状況になっているのを私は耐えられません。セシル様のお力添えをいただけないでしょうか?」
有力な司教の多くが相手となると、教皇といえど敵対することは難しいのだろう。だが神の化身セシルが加われば勝つ事ができる。エムデンの政治生命も鶴の一声で終わらせたしな。
それに自分の女の頼みは聞かなくてはならない。それが男の甲斐性っていうものだ。
そういえば、クレスウェルを失脚させたのはアンカスタードの騎士団、団長って言ってたが、どこかで聞いたことがあるような気がするな?
「もちろん……」
協力する。と言いかけたところで、辺りに響くような大きな声が聞こえる。
「セシル様~!」
エミリアとロックウェル、聖騎士たちが眉をしかめて苦虫を潰したような顔をする。探査マップ/神愛をみると数十のマーカーがこちらに向かって来ていた。
「こちらにいらっしゃると聞き、ヒックスが参りましたぞ!」
50名の集団の先頭にいる 中年男性が話しかけてくる。騎士の集団だ。聖騎士と騎士では格が違う。聖騎士は最低でも僧侶でレベル30以上にならないと、聖騎士に転職できないからだ。
この国の騎士の平均レベルが9だから、いかに聖騎士に転職した者たちが過酷にモンスターと戦ってきたかが分かる。
「セシ……うん! お前は!!」
「あ! ヒックス様! あいつは!」
ヒックスはオレの顔をみるなりニコニコ顔から、豹変し怒りをこめて睨みつけてくる。執事デリゴリアスも眉が怒りで狭まり、目じりを険しく吊り上げる。
「みつけたぞ! この馬鹿野郎! こいつを神殿にいれたのは誰だ! お前たちこいつをつまみだせ! 牢に入れて拘束しろ!」
おいおい、沸点どんだけ低いんだよ。ふつふつと頭の上から蒸気が出るような勢いで怒っている。そんなに急激に感情を放出すると、血圧が急激に上昇して血管が切れちゃうぞ。
エミリアがオレの前にずいっと出る。そしてヒックスを射抜くように人差し指を向けた。
「この無礼者! このお方は神の化身セシル様です。お前が出ていきなさい!」
おお! あの上品な色気系美少女エミリアが肩を震わせて怒っている。オレのために怒るエミリア。メチャクチャ嬉しいな。あとで夜伽のときにあの手この手で気持ち良くしてイカしてやろう。ぐふふふ♪
ヒックスは、神の化身と聞いて急激に血の気が引き、強い緊張で顔が引き締まる。
「あなた様が神の化身セシル様なのですか?」
オレは答えず、コクっと頷く。それをみたヒックスとデリゴリアスは真っ青になると、全身が急激に脂汗でベッタリと濡れる。そして頭を何度も下げて謝ってくる。
「「「知らなかったこととはいえ、失礼いたしました~!」」」
「そんなことはどうでもいい。それよりも大事なことがある。
聖騎士の女の子たちを性奴隷としてエムデンに差し出したのはお前の差し金か?」
性奴隷にされていた女の子たちは、全員聖騎士か騎士の女の子だった。ということは当然アンカスタード騎士団、団長ヒックスが関わっていることは明白だ。
「いえ、関わっておりません。アンカスタード市のトップであるエムデンから美しい騎士を中心に、神殿専門に警備をさせるから、連れてきてくれと言われたので実行しただけでございます」
「本当なのだな? エミリア、ウルザたちをすぐにここへ連れてきなさい」
「セシル様、承知いたしました」
神殿に使いを送り、すぐに被害者ウルザたち15人が訓練場に来た。この場にヒックスがいるのを見つけると、ウルザたちは刺し貫けそうなくらいの鋭い視線で睨みつける。当たり前だが、相当怒っているな。大切な体を弄ばれたのだからな。
「お前たちに聞きたいことがある。ここにいるヒックスはお前たちが神聖娼婦としてでなく、性奴隷として送られたことを知っていたのか?」
ウルザはヒックスとデリゴリアスをますます憎々しげに睨む。彼女の冷たい視線はオレもゾッとするほど、異様な迫力に満ちている。そしてその質問に答える。
「はい。私たちが神殿に行く理由も、行ったあとの性奴隷行為を強要させられたこともすべてエムデンと共謀してやっております」
「お、お前たち! なぜそんな嘘を言うのだ! セシル様、ワシたちは無実でございます」
「エムデンやその関係者、ここにいるヒックス。誰の子だか分からない赤子を身ごもったため、絶望して城門から飛び降り死んだサブリナのことを忘れたとは言わさないわよ!」
「サブリナとは誰のことだ? セシル様、ワシは無実です! こやつらはワシをハメようとしているのでございます」
ヒックスはそう言いながら、なおも無実を訴える。
オレはこんなやつのために時間を取られることがもう我慢ならなくなっていた。この案件は早急に終わらそうと決めた。胸がムカついてきて吐きそうだ。
「ヒックスもウルザも命をかけて、言ったことが嘘ではないと言い切れるか?」
「「はい!」」
《リミテーション/神との誓約》
嘘をつくな、質問にはすぐに答えろ
「「「ヒィイイイイ~!」」」
この魔法を使うと、多くの聖騎士団員から悲鳴が上がる。神の呪いがよっぽどトラウマになったんだな。
オレの爪が毒々しい色に変わり、ヒックスの額に刺さりズブズブと入っていく。ヒックスは恐怖におののいている。
「セ、セシル様、これは?」
「今、お前に神の呪いをかけた。でも安心しろ。質問に答えてもらった後で、ちゃんと解呪するからな。ただ、嘘をつくと、凄まじい痛みが襲ってくるから気をつけろ。ヒックス、考えられる拷問で1番痛いものを考えてみろ。………………………考えたか?
今、お前が考えた拷問など、子供だましだ! 神の呪いはその100倍は痛いと覚悟しろ」
オレの言葉を聞いて、何人かの聖騎士が気を失って倒れた。レジストに失敗したらしい。ヒックスも一瞬よろけたがギリギリ踏みとどまった。
「それでは質問するぞ。質問は3つだ。お前はエムデンの要請で女聖騎士を派遣したのか?」
「はい」
1つ目の質問では嘘ではなかったようで、呪いの効力は発揮されなかった。ただ、ヒックスは冷や汗がダラダラと出ている。
「よろしい。2つ目の質問だ。お前は女聖騎士が、神聖娼婦ではなく、性奴隷として神殿に呼ばれたことを知っていたな?」
この質問をするとヒックスの顔がゆがむ。どうやって切り抜けるか考えているようだ。
「さあ、あと5秒で言え。嘘は言うなよ。本当のことを言えばよい。5、4、3、2、1」
「いいえ……!? いだ! いだだだだだだだぁ~! ぐぅぉあああああああああ!」
ヒックスはあまりの激痛に地面を転げ回り、顔面を左右に振っている。この魔法はマジで痛そうだ。神に嘘をついたのだから、当然の報いだ。やっと大人しくなったと思ったら、口から泡を吹き出し失神していた。よく見たら失禁もしていて、股間が濡れている。
《クリエイトウォーター/水創造》
『ビシャ~』
「おわっ! あぶぶぶぶっ」
水をぶっかけられ、ヒックスは強制的に覚醒させられた。
「やはりお前は女の子たちが性奴隷にされることを知っていたのだな。神に嘘をついた罪、そして愛の神に背き、性奴隷などという不愉快なことを神に仕える者にした罪で、一生を犯罪奴隷として鉄鉱石でも掘って暮らすがいい。だがもう1つ質問が残っているぞ。
ティムガット市の司教クレスウェルはお前とエムデンが他の司教と結託して、冤罪を作って追放したのか?」
「……はい」
やはりこいつらがアリシアのお父さんを共謀し、冤罪で追放したのか。マジで許せんな。
「それではヒックスとデリゴリアスを犯罪奴隷に身分を落とし、ヒックスと共謀した修道士の財産はすべて没収する。今回、性奴隷を利用し、関わった者の没収した財産を使って、ここにいる15人と、すでに被害を受けたものを救済することとする。
ウルザをこの件の最終決定権を持つ担当者に任命する。お前は被害者、その家族にも手厚くしてあげてくれ。もちろんサブリナの家族も助けてあげなさい」
その決定にウルザやロックウェル、他の騎士たちも涙を流して喜んでいる。ヒックスは膝から崩れ落ちて、顔から希望の色が蒸発していった。
同情は一切しないぞ。お前の罪は大きい、死ではあがなえないくらいにな。今まで不幸にしてきた人間に詫びをいれながら一生鉱山で償うがいい。
「「「私たちはセシル様のためにこの命いつでも差し出します!」」」
感極まって騎士たちが号泣し、オレに生涯の忠誠を誓ってきた。胸に手を当てる誓いのポーズをとる。
「うむうむ、オレというより国と家族のために頑張りなさい」
エミリアはクレスウェルの冤罪がはれて、涙を流して喜んでいる。
「セシル様、これでクレスウェル様は冤罪で失脚したことが判明しました。クレスウェル様の復権にお力をお貸しいただけませんでしょうか?」
「セシル~。オイラ助けてあげてほしいよ。アリシアが可哀想だよ~」
「そうしたいとは考えているが、本人から直接依頼を受けなくては動けない。お前はどのようにしてほしいのだ? アリシア?」
皆が後ろを振り向くとアリシアとクレタが立っていた。いつも明るく笑顔の絶えないアリシアが悲痛な顔をして沈黙している。可哀想でオレの心が張り裂けそうな気持ちになる。
「……………………………」
「セシル様、アリシア様は国における象徴という立場上、神事の最終決定権を持ってはおります。しかし、聖女はこのような案件では発言権を持っておりません。政治には関わってはいけないという暗黙のルールがあります」
クレタの話にアリシアは、明日から世界が消えるような悲痛の顔をした。そして、両膝を地につけ、両手で顔を覆ってむせび泣いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッ」
その姿に、心が痛まないものは誰1人いなかった。いつも明るくみんなのために笑顔を絶やさず、聖女として努力をしてきたアリシアが、これほど悲しそうにむせび泣くのを見てしまった。
アリシアは16歳という年齢だ。お父さんが冤罪で犯罪奴隷にされ、いつ死ぬか分からない状態だったのだ。毎日不安で不安で仕方なかったことだろうな。父の死という訃報が、いつもたらされるのか。
「お前が決めろ! 立場もあるだろう。敵も多いことだろう。だがオレはお前が勇気を出せば力を貸すだろう」
アリシアはまだ両膝を地につけ、両手で顔を覆っている。だが泣くことを止めると立ち上がり、真っ直ぐにオレをみる。
「お、お父様を。お父様の命をお救いください。セシル様ァァァァァァァァァァ」
アリシアは目を真っ赤に充血させながら、唇を噛みしめていたが、大声で叫んだ。全身は小刻みに震えている。そのアリシアを抱き寄せて髪を撫でる。
「お前の意思は分かった。あとはオレにすべて任せろ! 待っていろアリシア。パック乗れ」
「承知~」
《ホーリーシールド/聖なる盾》
《フライ/飛行魔法》
「お待ちください! セシル様。私もお連れください。私はセシル様専属でサポートする任務についています。それにクレスウェル様と面識がございます。私がいた方が話が早いでしょう」
飛び立とうとしたところに、エミリアが近づいてきて腕を掴んだ。
「分かった。エミリアを連れていこう。テュルダ村に急ぐぞ。ロックウェル、あとのことは頼んだぞ」
「は! セシル様! 承知いたしました」
エミリアをお姫さま抱っこして、一気に急上昇する。
《探査マップ/神愛、テュルダ村検索》
ウィンドウにパルミラ教皇国のマップが出てくる、アンカスタードからテュルダ村の方向と位置を確認してその方向に飛んでいく。
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