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第1章
第22話 祈りの聖歌
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多目的場に入ると、まだ公演ははじまっていなかった。馬鹿な騎士団団長が引き起こした多重人身事故で時間がかかってしまったが、ギリギリ間に合って良かった。多目的場は中も外も人、人、人で一杯だ。ぎゅうぎゅうで入り込むスペースがあるか心配になる。
「セシル、オイラ小さいから潰されちゃうよ!」
「セシル様、やはり特別室を用意させますか?」
「いや、立ち見でいいから真ん中辺りで聞きたい。うまく人ごみをかき分けて行くとしよう。パックは肩に乗っていてくれ」
「承知いたしました。あ、あそこが少し空いているみたいです」
エミリアはいい感じに空いている場所を見つけて誘導してくれた。立ち見だが、やや真ん中寄りのポジションから見ることができるナイスな場所だった。
「はぐれないように手を繋ごう」
エミリアの手を握ると、彼女の頬がポッと赤くなる。それを見てパックがうひひ、というエロい顔をするので調子に乗り、エミリアの肩を引き寄せてピッタリと体を密着させた。
「セシル様……あ……」
エミリアが恥ずかしがり、少しだけ性的に興奮したのか彼女の体が熱くなる。こっちまで熱が伝わってくる程だった。いいね~。こういうのを学生時代に楽しみたかったが、残念ながら、45歳までDTできてしまった。
そのようにエミリアと微妙な雰囲気だったが、少し待っていると聖歌隊の公演がはじまった。聖歌は日本では聞いたことがなく、どんなものかと興味深かった。
1時間ほど聖歌隊は歌い続けた。歌詞の内容は神への愛など情熱的なものが多くあった。日々、訓練をしているだけあり歌唱力が素晴らしく感動した。神への愛って、オレに対してのものになるのだから微妙な気分だな。
「今は実際に降臨されて、こんなに麗しいお姿で私の隣にいらっしゃいますから……うふふ、聖歌隊の皆さんの力のいれようったら凄いんですよ。セシル様に聴いていただくのだ! と、かつてないレベルで自分たちを奮い立たせているようです」
「そうだったのか。そういうことなら、あとで聖歌隊の皆にご褒美でケーキを差し入れするか」
「はい、神界のデザートを食する光栄に預かれるなど、聖歌隊のみなさん、とても喜ぶことでしょう」
聖歌隊の歌が終わり、ついにアリシアが出てきた。白と金色をベースにゴージャスな衣装になっている。いかにもパルミラの聖女という感じだな。
「「「アリシア様~! パルミラの歌姫様~! アリシア様~! アリシア様~! パルミラの歌姫様~!」」」
アリシアが出てくると同時に舞台中に響く大歓声! 耳がキーンとしていて何も聞こえない。う、うるせ~、こんなにアリシアは人気があったのか。怖いくらいの人気だ。興奮した観客が舞台に上がらないように、舞台と観客席の間に聖騎士を配備するわけだな。
アリシアは優しく微笑み手をあげると、大声援がピタッと止まり、会場にはシーンと静けさが訪れる。伴奏がはじまり鳴り響く。アリシアは思いの丈を込めて歌いはじめる。
「神は愛なり
神民の人々 神様は愛した
罪を犯したあなたを許したもう
神に背き敵になっても聖なる光が灯っていた
私の罪を被り私に代わり罰を受ける
神の愛は神民とのおくゆかし古の約束
神の愛を感じない者たちもきっと感じる
神は愛なりけがれ果てし我らを愛す
それが神なり神は愛なり」
3曲がすべて終わった。あまりの歌の素晴らしさに涙が止まらない。なぜかは分からないがとめどなく涙が出てくる。アリシアからあふれる愛と優しさ、慈しみの心が歌を通して伝わってくる。心が喜びに震えるっていうのは、はじめての体験だ。Hなことばかり考えているオレは、ひどく低俗な人間なんだと思い知らされる。
聖母のようなアリシアには、今のオレではとても釣り合わない。Hテクニックばかりじゃなく、頑張って自分の心を磨こう。そういえばどこかの偉大なサッカー選手が言っていたな。心を整えるって。
この公演で1番驚いたのは、アリシアの歌それ自体エリアリカバリーになっている。しかもただのエリアリカバリー/範囲回復魔法ではなく、部位欠損も治るものだ。つまりはフルリカバリー/フル回復魔法に相当する。足が折れているものは、立ち上がる。目が潰れて失明しているものは、眼球が復活する。ステータスに病気が記載されている者も、歌の途中で完全に治っていた。
これは近隣から人が集まるわけだな。奇跡の連続に、アリシアに手を合わせて祈るおばあさんは印象的だった。エクストラスキル、祈りの聖歌の効果だろう。
ライブが終わり関係者が集まる控え室へと4人で向かう。アリシアにひと目会いたい、挨拶したいと、控室前も様々な人でごった返している。
「アリシア様にご挨拶させてくれ」
「アリシア様にプレゼントを差し上げたい」
「アリシア様に求婚したい!」
そういう人が控え室前に大勢いて、中に入れずひと騒動になっていた。聖騎士がプレゼントなどを受け取って帰している。この人混みの中に入って行くと、聖騎士がオレたちに気がついて控え室に誘導する。
「はっ! セシル様。中にどうぞ!」
最初、オレたちが通されたのを観客たちはブーブー文句を言っていたが、聖騎士がセシルという名を呼ぶのを聞き、場が騒然となっている。
「あのお方が神の化身セシル様?」
「なんとお美しく麗しいの!」
「ああ! 主よ。我らの神よ!」
「セシル様ぁ~! セシル様ぁ~! セシル様あ~!セシル様ぁ~! 我が神よ!」
そういう声が後ろから聞こえる。しばらくすると、国家斉唱がはじまってしまう。ガチ宗教国家だし、歓迎してくれるのはいいが、とにかくうるせ~! 軽く手をあげるだけでスルーして中に入る。オレは元々洋菓子の研究に明け暮れるある意味ニートのような生活を送っていたのだ。なるべくそっとしておいて欲しい。
「「「セシル様!」」」
控室に入ると、聖歌隊のメンバーが一斉に顔をこちら側に向ける。みんな力を出し尽くして満足そうな顔をしている。特に今回は神の化身が同行していたので、本気の本気だとエミリアも言っていたしな。オレのためにご苦労様。
「聖歌隊のみんな、素晴らしい公演で感動したぞ。降臨してすぐに、このように偉大な聖歌を聞くことができるとは大満足である。聞くものは足を止めずにはおかない見事な公演だった。感謝する」
「うおおおおおおおおおおお!」
「セシル様! セシル様! セシル様!」
「ああ! 麗しの神よ!」
この言葉を聞き、オレの名を呼ぶ者、号泣する者、壁に頭を打つ熱狂的な者もいた。まあ、喜んでくれて良かったな。
「さらに精進を重ねていくがよい。皆には今回の褒美として、1人白金貨1枚、それに神界のデザートを振る舞うことにしよう。お土産に神界のクッキーという食べ物も持ち帰るがいい。オレの手作りである」
その言葉を聞いていた聖歌隊のメンバーは、家宝にしますとか、色々と嬉しそうだった。いやいや、食べ物ですから食べないと数日で腐っちゃうよ。
『コンコン、ガチャ』
聖女アリシアは奥にある個室にいると聞いてドアをノックして部屋に入る。
「セシル様。聖歌隊へのご褒美をありがとうございます。皆の歓喜の声がここまで聞こえておりましたわ!!」
アリシアとクレタが微笑みながら迎えてくれる。ただ、いつもと違いライブの時の興奮が、まだ冷めていないという雰囲気だった。テンションが高い。
「おめでとうアリシア! すっごく良かったよ! オイラ感動したよ!」
「アリシア。公演の成功おめでとう!」
アイテムボックスから、セーラに作ってもらった大きな花束を出して渡す。少しわざとらしいことだし照れるな。だがやはり女子には花束効果が絶大だということだ。
「あらあら! こんな素敵な花束をありがとうございます! とってもとっても嬉しいですわ!!」
アリシアのリアクションは花束を抱きしめて香りを楽しんでいた。本当に喜んでいるようで差し入れした甲斐があったというものだ。超絶美少女の弾けんばかりの笑顔が見れて幸せだ。エロース神様感謝感謝だ!
アリシアはクレタに花束を渡すと、手早く花を生けると花瓶に入れて飾る。なかなか手際が良い。いつも思うんだが、クレタは多才だな。フェラも絶妙だしな。
その後は花束をもらってどんなに自分が嬉しかったか、ということを熱弁するアリシアだった。オレはジッとそれをうんうん言いながら聞いていた。
しばらく語っていたアリシアだが、花束をもらった興奮がようやくおさまったのでソファーに座り、そして真顔になる。
「昨日、お話ししていたのですが、もう一軒おつき合いいただけますか?」
「ああ、例の件だな。もちろんすぐに行こう。アリシアの頼みは何でも聞くぞ。動けなかったオレを助けてくれた恩人だからな」
「オイラちょっと怖いけど、勇気ある妖精族だから頑張る」
そう言って緊張気味にニカっとオレとパックは笑った。アリシアが神の化身であるオレに見て欲しいものとは何だろう? パルミラの影と以前に話していたが、パルミラ教皇国に降臨したオレに何を見せ、感じ、行動させたいのだろうか?
「いえいえそんな! 神にご協力させていただけるなど、わたくしたちにとって最大の望みです」
『コンコン、ガチャッ』
アリシアの部屋に修道女が入ってくる。
「アリシア様、馬車の準備が整いました」
「ええ、ありがとう。それではセシル様行きましょう」
6人は馬車に乗って30分も行くと、そこに着いた。荘厳な雰囲気があるアンカスタード市の街とはかけ離れた場所。馬車は進むにつれ、綺麗に整った街並みから、いかにもスラム街というような寂れた感じになっていている。貧民層の住む地域に向かっているというふうだった。
聖女の所有する場違いな馬車が、今にも壊れそうな施設の前で止まった。ワイアットの眉がピクッと動いたのをオレは見逃さなかった。何か関係があるのだろう。
馬車を降りて、そのみすぼらしい施設に入ると、狭い空間にギッシリと人が詰まっている。全員、獣耳族の子供だ。ん? 子供達がなにかおかしい? 明らかに発育不全となっている子供が多い。骨の形成がしっかりしていない。皮膚や歯ぐきからの出血している子どもが多数いる。付けっ放しにしている探査マップ/神愛で子供達のステータスを確認する。
「こ、これは壊血病だ」
オレはデザートの研究をしていたので、当然のようにビタミンなどの栄養素の勉強もしていたのだった。この子供たちが起こしている症状は、その中で見たことがある。
間違いない、子供たちは壊血病にかかっている。ステータスにそう書いてあるしな。
「!? セシル様は子供たちの病気について何かご存知なのですか?」
「ああ、子供達がかかっている病気名は壊血病というものだ。ビタミンCの不足から起こる病気だ。
昔、遠出をしていた船乗りが、果物はすぐ腐るので船に持ち込めなかった。そのためにビタミンC不足により壊血病になった。
症状は、歯ぐき皮膚からの出血、歯や骨の発育不全、疲労、乳幼児の貧血、発育障害などが特徴だ。
もしかして、干ばつなどで作物が駄目になり、果物の値段が高騰したなどが、近年であったんじゃないか?」
「病気の原因は、ビタミンCの不足ということなのですか? クレタは分かるかしら?」
「いいえ、ビタミンC不足という言葉は神界のお言葉でしょうか? それは分かりません。
ですが、作物については存じております。昨年の干ばつで作物の値段が高騰しています。特に野菜や果物の発育に影響がでていまして、値段が例年の10倍以上に値上がりしています。一般人ではなかなか手が出ない値段になっています。ましてやスラム街の獣耳族では、もう半年以上も野菜をまともに食べていないのではないでしょうか?」
「やはりそうだったのか。干ばつで作物が育たなかったのだな。
アリシアが歌う祈りの聖歌がないと壊血病で死んでしまう。こういう子たちが国中にいて、生き延びるためにはアリシアのエクストラスキルが必要なのだな?」
アリシアはコクリと頷き悲しそうな顔をする。この問題を解決しないと、ラティアリア大陸に数人しかいない寵愛持ちのアリシアは、お供に来ることが出来ず、魔龍退治を苦労することになる。本当に困ったな。ただビタミンC不足というならば解決策がないわけではない。
「とりあえず、今日はこのまま帰ろう。エリアリカバリー/範囲回復魔法は少し待ってくれ。この問題を何とかしなくてはこの子たちが可哀想だ。アイディアがあるから、オレに任せてくれ。
この病気をエリアリカバリー/範囲回復魔法で治すだけでは、永久に解決しないことはアリシアも分かっているだろう?
前にも言ったが、オレはデザートのスペシャリストだ。この病気にならないための、栄養素を大量に含んだ美味しいお菓子。しかも獣耳族のお財布事情でも気軽に買うことのできる料金のものをすぐに開発しなくてはならない」
「分かりましたわ。アンカスタード市の滞在期間を延長しましょう。セシル様、わたくしたちにできることはありませんか?」
「アリシアたちにできること? そうだな。オレのそばで可愛い笑顔を見せてくれるとオレは頑張れる。それを頼む」
「そうだよ! セシルには3人の笑顔がエネルギー源なのさ」
「まあ、セシル様ったら、うふふふ」
3人ともツボに入ったのか、オレのギャグに笑いが止まらない。あのクレタですら、口を押さえて気合で笑いを止めている。
ようやく笑いが収まると、また別の日に来ることを約束し、子供たちと別れて神殿に帰った。
「セシル、オイラ小さいから潰されちゃうよ!」
「セシル様、やはり特別室を用意させますか?」
「いや、立ち見でいいから真ん中辺りで聞きたい。うまく人ごみをかき分けて行くとしよう。パックは肩に乗っていてくれ」
「承知いたしました。あ、あそこが少し空いているみたいです」
エミリアはいい感じに空いている場所を見つけて誘導してくれた。立ち見だが、やや真ん中寄りのポジションから見ることができるナイスな場所だった。
「はぐれないように手を繋ごう」
エミリアの手を握ると、彼女の頬がポッと赤くなる。それを見てパックがうひひ、というエロい顔をするので調子に乗り、エミリアの肩を引き寄せてピッタリと体を密着させた。
「セシル様……あ……」
エミリアが恥ずかしがり、少しだけ性的に興奮したのか彼女の体が熱くなる。こっちまで熱が伝わってくる程だった。いいね~。こういうのを学生時代に楽しみたかったが、残念ながら、45歳までDTできてしまった。
そのようにエミリアと微妙な雰囲気だったが、少し待っていると聖歌隊の公演がはじまった。聖歌は日本では聞いたことがなく、どんなものかと興味深かった。
1時間ほど聖歌隊は歌い続けた。歌詞の内容は神への愛など情熱的なものが多くあった。日々、訓練をしているだけあり歌唱力が素晴らしく感動した。神への愛って、オレに対してのものになるのだから微妙な気分だな。
「今は実際に降臨されて、こんなに麗しいお姿で私の隣にいらっしゃいますから……うふふ、聖歌隊の皆さんの力のいれようったら凄いんですよ。セシル様に聴いていただくのだ! と、かつてないレベルで自分たちを奮い立たせているようです」
「そうだったのか。そういうことなら、あとで聖歌隊の皆にご褒美でケーキを差し入れするか」
「はい、神界のデザートを食する光栄に預かれるなど、聖歌隊のみなさん、とても喜ぶことでしょう」
聖歌隊の歌が終わり、ついにアリシアが出てきた。白と金色をベースにゴージャスな衣装になっている。いかにもパルミラの聖女という感じだな。
「「「アリシア様~! パルミラの歌姫様~! アリシア様~! アリシア様~! パルミラの歌姫様~!」」」
アリシアが出てくると同時に舞台中に響く大歓声! 耳がキーンとしていて何も聞こえない。う、うるせ~、こんなにアリシアは人気があったのか。怖いくらいの人気だ。興奮した観客が舞台に上がらないように、舞台と観客席の間に聖騎士を配備するわけだな。
アリシアは優しく微笑み手をあげると、大声援がピタッと止まり、会場にはシーンと静けさが訪れる。伴奏がはじまり鳴り響く。アリシアは思いの丈を込めて歌いはじめる。
「神は愛なり
神民の人々 神様は愛した
罪を犯したあなたを許したもう
神に背き敵になっても聖なる光が灯っていた
私の罪を被り私に代わり罰を受ける
神の愛は神民とのおくゆかし古の約束
神の愛を感じない者たちもきっと感じる
神は愛なりけがれ果てし我らを愛す
それが神なり神は愛なり」
3曲がすべて終わった。あまりの歌の素晴らしさに涙が止まらない。なぜかは分からないがとめどなく涙が出てくる。アリシアからあふれる愛と優しさ、慈しみの心が歌を通して伝わってくる。心が喜びに震えるっていうのは、はじめての体験だ。Hなことばかり考えているオレは、ひどく低俗な人間なんだと思い知らされる。
聖母のようなアリシアには、今のオレではとても釣り合わない。Hテクニックばかりじゃなく、頑張って自分の心を磨こう。そういえばどこかの偉大なサッカー選手が言っていたな。心を整えるって。
この公演で1番驚いたのは、アリシアの歌それ自体エリアリカバリーになっている。しかもただのエリアリカバリー/範囲回復魔法ではなく、部位欠損も治るものだ。つまりはフルリカバリー/フル回復魔法に相当する。足が折れているものは、立ち上がる。目が潰れて失明しているものは、眼球が復活する。ステータスに病気が記載されている者も、歌の途中で完全に治っていた。
これは近隣から人が集まるわけだな。奇跡の連続に、アリシアに手を合わせて祈るおばあさんは印象的だった。エクストラスキル、祈りの聖歌の効果だろう。
ライブが終わり関係者が集まる控え室へと4人で向かう。アリシアにひと目会いたい、挨拶したいと、控室前も様々な人でごった返している。
「アリシア様にご挨拶させてくれ」
「アリシア様にプレゼントを差し上げたい」
「アリシア様に求婚したい!」
そういう人が控え室前に大勢いて、中に入れずひと騒動になっていた。聖騎士がプレゼントなどを受け取って帰している。この人混みの中に入って行くと、聖騎士がオレたちに気がついて控え室に誘導する。
「はっ! セシル様。中にどうぞ!」
最初、オレたちが通されたのを観客たちはブーブー文句を言っていたが、聖騎士がセシルという名を呼ぶのを聞き、場が騒然となっている。
「あのお方が神の化身セシル様?」
「なんとお美しく麗しいの!」
「ああ! 主よ。我らの神よ!」
「セシル様ぁ~! セシル様ぁ~! セシル様あ~!セシル様ぁ~! 我が神よ!」
そういう声が後ろから聞こえる。しばらくすると、国家斉唱がはじまってしまう。ガチ宗教国家だし、歓迎してくれるのはいいが、とにかくうるせ~! 軽く手をあげるだけでスルーして中に入る。オレは元々洋菓子の研究に明け暮れるある意味ニートのような生活を送っていたのだ。なるべくそっとしておいて欲しい。
「「「セシル様!」」」
控室に入ると、聖歌隊のメンバーが一斉に顔をこちら側に向ける。みんな力を出し尽くして満足そうな顔をしている。特に今回は神の化身が同行していたので、本気の本気だとエミリアも言っていたしな。オレのためにご苦労様。
「聖歌隊のみんな、素晴らしい公演で感動したぞ。降臨してすぐに、このように偉大な聖歌を聞くことができるとは大満足である。聞くものは足を止めずにはおかない見事な公演だった。感謝する」
「うおおおおおおおおおおお!」
「セシル様! セシル様! セシル様!」
「ああ! 麗しの神よ!」
この言葉を聞き、オレの名を呼ぶ者、号泣する者、壁に頭を打つ熱狂的な者もいた。まあ、喜んでくれて良かったな。
「さらに精進を重ねていくがよい。皆には今回の褒美として、1人白金貨1枚、それに神界のデザートを振る舞うことにしよう。お土産に神界のクッキーという食べ物も持ち帰るがいい。オレの手作りである」
その言葉を聞いていた聖歌隊のメンバーは、家宝にしますとか、色々と嬉しそうだった。いやいや、食べ物ですから食べないと数日で腐っちゃうよ。
『コンコン、ガチャ』
聖女アリシアは奥にある個室にいると聞いてドアをノックして部屋に入る。
「セシル様。聖歌隊へのご褒美をありがとうございます。皆の歓喜の声がここまで聞こえておりましたわ!!」
アリシアとクレタが微笑みながら迎えてくれる。ただ、いつもと違いライブの時の興奮が、まだ冷めていないという雰囲気だった。テンションが高い。
「おめでとうアリシア! すっごく良かったよ! オイラ感動したよ!」
「アリシア。公演の成功おめでとう!」
アイテムボックスから、セーラに作ってもらった大きな花束を出して渡す。少しわざとらしいことだし照れるな。だがやはり女子には花束効果が絶大だということだ。
「あらあら! こんな素敵な花束をありがとうございます! とってもとっても嬉しいですわ!!」
アリシアのリアクションは花束を抱きしめて香りを楽しんでいた。本当に喜んでいるようで差し入れした甲斐があったというものだ。超絶美少女の弾けんばかりの笑顔が見れて幸せだ。エロース神様感謝感謝だ!
アリシアはクレタに花束を渡すと、手早く花を生けると花瓶に入れて飾る。なかなか手際が良い。いつも思うんだが、クレタは多才だな。フェラも絶妙だしな。
その後は花束をもらってどんなに自分が嬉しかったか、ということを熱弁するアリシアだった。オレはジッとそれをうんうん言いながら聞いていた。
しばらく語っていたアリシアだが、花束をもらった興奮がようやくおさまったのでソファーに座り、そして真顔になる。
「昨日、お話ししていたのですが、もう一軒おつき合いいただけますか?」
「ああ、例の件だな。もちろんすぐに行こう。アリシアの頼みは何でも聞くぞ。動けなかったオレを助けてくれた恩人だからな」
「オイラちょっと怖いけど、勇気ある妖精族だから頑張る」
そう言って緊張気味にニカっとオレとパックは笑った。アリシアが神の化身であるオレに見て欲しいものとは何だろう? パルミラの影と以前に話していたが、パルミラ教皇国に降臨したオレに何を見せ、感じ、行動させたいのだろうか?
「いえいえそんな! 神にご協力させていただけるなど、わたくしたちにとって最大の望みです」
『コンコン、ガチャッ』
アリシアの部屋に修道女が入ってくる。
「アリシア様、馬車の準備が整いました」
「ええ、ありがとう。それではセシル様行きましょう」
6人は馬車に乗って30分も行くと、そこに着いた。荘厳な雰囲気があるアンカスタード市の街とはかけ離れた場所。馬車は進むにつれ、綺麗に整った街並みから、いかにもスラム街というような寂れた感じになっていている。貧民層の住む地域に向かっているというふうだった。
聖女の所有する場違いな馬車が、今にも壊れそうな施設の前で止まった。ワイアットの眉がピクッと動いたのをオレは見逃さなかった。何か関係があるのだろう。
馬車を降りて、そのみすぼらしい施設に入ると、狭い空間にギッシリと人が詰まっている。全員、獣耳族の子供だ。ん? 子供達がなにかおかしい? 明らかに発育不全となっている子供が多い。骨の形成がしっかりしていない。皮膚や歯ぐきからの出血している子どもが多数いる。付けっ放しにしている探査マップ/神愛で子供達のステータスを確認する。
「こ、これは壊血病だ」
オレはデザートの研究をしていたので、当然のようにビタミンなどの栄養素の勉強もしていたのだった。この子供たちが起こしている症状は、その中で見たことがある。
間違いない、子供たちは壊血病にかかっている。ステータスにそう書いてあるしな。
「!? セシル様は子供たちの病気について何かご存知なのですか?」
「ああ、子供達がかかっている病気名は壊血病というものだ。ビタミンCの不足から起こる病気だ。
昔、遠出をしていた船乗りが、果物はすぐ腐るので船に持ち込めなかった。そのためにビタミンC不足により壊血病になった。
症状は、歯ぐき皮膚からの出血、歯や骨の発育不全、疲労、乳幼児の貧血、発育障害などが特徴だ。
もしかして、干ばつなどで作物が駄目になり、果物の値段が高騰したなどが、近年であったんじゃないか?」
「病気の原因は、ビタミンCの不足ということなのですか? クレタは分かるかしら?」
「いいえ、ビタミンC不足という言葉は神界のお言葉でしょうか? それは分かりません。
ですが、作物については存じております。昨年の干ばつで作物の値段が高騰しています。特に野菜や果物の発育に影響がでていまして、値段が例年の10倍以上に値上がりしています。一般人ではなかなか手が出ない値段になっています。ましてやスラム街の獣耳族では、もう半年以上も野菜をまともに食べていないのではないでしょうか?」
「やはりそうだったのか。干ばつで作物が育たなかったのだな。
アリシアが歌う祈りの聖歌がないと壊血病で死んでしまう。こういう子たちが国中にいて、生き延びるためにはアリシアのエクストラスキルが必要なのだな?」
アリシアはコクリと頷き悲しそうな顔をする。この問題を解決しないと、ラティアリア大陸に数人しかいない寵愛持ちのアリシアは、お供に来ることが出来ず、魔龍退治を苦労することになる。本当に困ったな。ただビタミンC不足というならば解決策がないわけではない。
「とりあえず、今日はこのまま帰ろう。エリアリカバリー/範囲回復魔法は少し待ってくれ。この問題を何とかしなくてはこの子たちが可哀想だ。アイディアがあるから、オレに任せてくれ。
この病気をエリアリカバリー/範囲回復魔法で治すだけでは、永久に解決しないことはアリシアも分かっているだろう?
前にも言ったが、オレはデザートのスペシャリストだ。この病気にならないための、栄養素を大量に含んだ美味しいお菓子。しかも獣耳族のお財布事情でも気軽に買うことのできる料金のものをすぐに開発しなくてはならない」
「分かりましたわ。アンカスタード市の滞在期間を延長しましょう。セシル様、わたくしたちにできることはありませんか?」
「アリシアたちにできること? そうだな。オレのそばで可愛い笑顔を見せてくれるとオレは頑張れる。それを頼む」
「そうだよ! セシルには3人の笑顔がエネルギー源なのさ」
「まあ、セシル様ったら、うふふふ」
3人ともツボに入ったのか、オレのギャグに笑いが止まらない。あのクレタですら、口を押さえて気合で笑いを止めている。
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