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第1章
第21話 奇跡のリザレクション
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朝になり目が覚めるとクレタは、すでにベッドにいなかった。あれだけ激しく責めたのにタフなやつだ。覚えているだけでも、クレタの中で15、6回以上は膣内で神液吸収させたからな。
パックが唱える性愛魔法のマカ/精力絶倫を使うと、何回でもすぐにビンビンに一物が復活できるから大変凄いことだ。世に広めたらインポテンツで悩む中年男性や、夫の一物で満足出来ない奥様方に引っ張りだこになる。
クレタの声も甘美な響きを持つようになっている。喘ぎ声を聞いているだけでも興奮してくるほどに、彼女は性感帯の開発が進んでいる。ただ快楽が強くなってくると、AV女優並みの大きなあえぎ声を出す女の子だからサイレント/消音がないと絶対に夜伽ができないな。
異世界に来て、17歳の女の子の体を開発することができるなんて、本当に来て良かった♪ エロース神様に感謝感謝!
『コンコンッ』
「セシル様、エミリアでございます。朝食の準備が整いました。起きていらしゃいますか?」
「起きているから入って良いぞ」
『ガチャッ』
豪華な装飾が施された扉をあけてエミリアが入ってきた。コップをお盆の上に置き、白湯を持ってきた。
「どうぞ、白湯でございます。本日のご予定ですが、食事の後、礼拝堂にて多くの修道士、修道女と神民が待っております。ご尊顔をお見せし、その後、アリシア様が歌われる予定の会場サン・リューネブルク聖堂に向かいます。
ところで、そこで寝ている者はどなたですか?」
「うむ、この者とは、とある事情により、今日は1日ともに行動するからそのつもりでいてくれ」
「……はい、承知いたしました」
朝の礼拝が終わり、パックと2人で部屋にいる。そろそろアンカスタード市内見学に行く準備をしよう。一般服に着替えてパックと出ようとしたら、エミリアが部屋に入って来た。
「セシル様、そのような一般人の服を着られて、どちらに行かれるのですか?」
「今からアリシアの歌がはじまるまで2、3時間あるから、空いている時間を使って市内を見学に行こうかと思ってな」
「お2人でですか? 私もお供します! 少々お待ちください」
そう言うとエミリアは急ぎ足で部屋を出て行く。久しぶりのパックと2人を満喫したかったんだがな。パックは眷族だからかオレと相性がすこぶる良いのだ。男同士、エロ話でもりあがりたかったのだが仕方ない。変態的なところも合うしな、ぐふふ♪
「セシル様、お待たせいたしました」
エミリアが着替えを終えて入って来た。さすが色気系美少女、私服姿も可愛い。気合い入れていかないと襲っちゃいそう。彼女の髪型は似合っていてメッチャ好みだし、ハーフアップとは萌える髪型だ。
ついでに1日行動すると言ったことだし、ワイアットも連れて行くか。
《スリープ/睡眠、解呪》
ワイアットは目を覚ますと、自分の状況が分かっているようで、何も行動を起こさない。よほど昨日のイミテーション/神との誓約の激痛が効いたようだ。意外にオレの言うことを聞きそうで助かるな。
「エミリア。この男の名はワイアット。この男は話せないけど、よろしくな。
ワイアットにも新しい指示を出すぞ。オレが良いと言うまで絶対に10メートル以上オレから離れるな。オレが指示した者は食べろ。攻撃も当然禁止だ。この誓約を破ると……分かっているな」
コクコクコクコクと何度も頷くワイアット。う~ん、従順な狼になったな。よっぽど昨日の痛みが効いたらしい。オレはあの痛みを受けたことはないが、刺客が1発で従順になるくらいは痛いのか。絶体にくらいたくはないな。
まあ、従順な方が楽だからいいか。
「それでは早速、市内見学に行こう。ほら、みんなで手をつなごう」
パックはオレの首にしがみつき、エミリア、ワイアットと手をつなぐとアンカスタードで一番人通りがある場所の近くに行くとしよう。探査マップ/神愛で人の死角になるところを探しだす。
《トランジッションマジック/転移魔法×4》
4人の足下に円形の魔方陣が出現し、魔法陣内から上方に向かって魔力の渦が流れる。
『ブンッ』
一瞬で目で見える風景が、神殿の自室から建物の死角に変わる。トランジションマジック/転移魔法ってこんな風になるのか。初めてでとても新鮮だ。
「なっ! こ、これは転移魔法ですか?」
「そうだ。この魔法があるので、すぐ会場に戻れるから、ゆっくりと見物しよう」
「セシル様は凄いです! 初めて経験しました! 転移魔法があることは以前から知られていますが、実際に唱えることができたヒューマンは歴史上おりません!」
「まあ、龍を倒して暗黒魔法はレベル7まで覚えたからな。まあ、そんなことより見物にいこう」
「はい! セシル様!」
転移魔法で大興奮のエミリアが尊敬の目でオレを見ている。そんなに驚いたのか。ヒューマンでレベル7魔法を使えるまでに到達したものがいないとは知らなかった。
アンカスタード市に出て屋台が多くあるストリートを4人で歩く。人と何度もぶつかりそうになるくらい人が多い。さすがパルミラ第2の大きさを誇るアンカスタード市だ。
レストランに屋台、食材屋と武器屋など、経済的にも回っている。エムデンは豚のような気持ちの悪い男だったが商才はあるのだろう。
「あ! 串焼き屋だ! 美味しそうな匂いがするね!」
クンクンと鼻を広げて匂いをパックが串焼きを見つめている。確かに良い香りだ。
「アンカスタード市名物のオークの串焼きだよ! 妖精族の兄さん是非食べていって!」
「オークってモンスターだよな。あれを食べるのだな。もしかしたら美味しいのか?」
「はい、モンスターのお肉は魔力が高いほど美味しいのです。オークは魔力が低いのにも関わらず安価で美味しいので、一般人には好まれているようです」
「ねぇねぇ! 食べていこうよセシルぅ~」
なるほど、確かオークは二足歩行の豚みたいなモンスターだった。それゆえ肉質は豚肉みたいなものか?
「豚だと想定すると美味しそうだな。みんなで食べてみるか。店主、4本くれ」
「お! いらっしゃい旦那。ウチのは時間をかけて焼いた逸品だ。食べてみてくれ。銅貨1枚に鉄銭2枚だ」
鉄銭を12枚支払うと、エミリアとワイアット、パックに渡す。食べると確かに豚肉みたいに、あっさりとした脂身の良い味だ。塩、コショウを振りかけただけだが、バランスがいい。決定的に焼きの技術が高いのだ。3人も美味しそうに食べている。
「店主、今、焼いてある串焼きを全部売ってくれ。いくらだ」
「気に入っただろ! そんなふうに言ってもらえると嬉しいね。追加で55本あるが大丈夫か? 銀貨1枚と銅貨5枚だ。5本はおまけだよ」
「ああ、大丈夫だ。ほら、お金だ」
「え?」
アイテムボックスからお金を出し渡す。オークの串焼きを受け取った瞬間、串焼きが消えたので店主が面食らってポカンとしている。
「オレはアイテムボックスのスキル持ちだからな。驚かせて悪いな」
「なんと! お客さん珍しいスキルを持っているな」
「珍しいでしょ! セシルはね凄いんだよ!」
「まあな。アイテムボックスは便利だよな。店主の焼く技術はなかなかのものだな。また寄らせてもらうよ」
店主と別れると、すぐ近くに花屋があった。日本といる時と同じで色とりどりの花がたくさん売っている。
「ねえセシル。アリシアに花束を買っていって、ライブあとに渡したら喜ぶんじゃない?」
「そうだな! アリシアに花を買っていこう。きっと異世界でも女子は花に弱いに決まっている。よく気がついたパック。さすがこの世界随一の魔法の使い手だ」
「いや~。そんなことはあるよ。オイラはスペシャルな魔法使いだしね」
おお! 自信満々という感じで鼻が伸びたパックが、焼かれたイカのように反り返っている。背筋が柔らかいな。
「お~い、花を買いたいのだが、いないのか?」
なかなか出てこないので裏手に回ると、20代くらいの女性が花の手入れをしていた。呼ぶとオレに気がついて急いで走ってくる。急ぎすぎたのか、ジョーロを蹴っ飛ばして、ガチャンっと1つ花瓶が割れてしまう。ははは、ドジッ子だね。
「な、なんかドジっ娘だね! 大丈夫かな?」
「はぁはぁはぁ、いらっしゃいませ! どのようなものを求めていますか?」
「花を女性にプレゼントするのだが、ここにある花すべてを使って最高の花束を1つ作ってくれ」
「えええ! ぜ、全部ですか。金貨10枚くらいになりますよ? 良いのですか?」
「それで良い。ただし16歳の女の子が大喜びそうなセンスの良いものにしてくれ。(小声で)あとそこにあるオシャレなブローチも特別製で頼む。オレの後ろにいる女の子にあげるから、あの女の子に似合いそうなのを頼む。センスは任せるし、お金はいくらかかってもいい」
「(小声で)そ、それは責任重大ですね。センスだけは自信があるのでお任せください」
女性店員は胸をドンと叩き店の奥に入って行った。
15分後、奥から出てきた女性店員は大きな花束を両手で抱えて持ってきた。
「私の全力で作成しました。これではいかがでしょうか?」
持ってきた花束を見ると、見ればひと目で素晴らしい逸品だと分かる物だった。大胆でかつ繊細さも合わせられた花束だ。うむ、気に入ったぞ。
「色彩のバランス、芯となる部位、芸術的にも良いセンスをしているな。名は何というのだ?」
「はい、セーラと申します! 以後お見知り置きください!」
花束は、色とりどりの花を使った素晴らしい出来だった。なかなか良いセンスをしている。この娘ならラヴィアンローズに置く花を頼める。
自信ありげに花束を手渡されると、アイテムボックスに入れた。ブローチ代もふくめて金貨を10枚とブローチ代金貨2枚。そしてお気に入り料を金貨5枚を支払った。
「こ、こんなに頂いても良いのですか?」
「ああ、今、カフェを開く計画をたてているのだ。店に置く花はすべてセーラに任せることにした。まだ開店まで時間がかかるが、カフェをオープンしたら、花を毎日取りに来るから頼む。オレの名はセシルと言う者だ」
ドジっ娘セーラはパァッと、喜びと希望に満ちた顔になった。自分の美的センスを認められ、嬉しかったのだ。
「はい、セシル様! カフェオープンの際は、ぜひお声掛けください。あと、私に直接店内で花を活けさせてください!」
「それで頼むな。また来る」
「セーラ、またね!」
セーラのお店を出ると、彼女に見繕ってろもらった特製ブローチをエミリアに渡した。
「エミリア、これを初デートの記念に受け取ってくれ」
「えっ! 私もいただいてしまっても良いのですか?」
「ああ、これから色々と頼むこともあるだろうから、よろしく頼むという意味も込めてな」
「まあ! セシル様とても嬉しいです。親愛なるセシル様にいただけるなんて光栄です。一生、いえ、マクファーソン家の家宝にしますわ!」
喜びにあふれて、エミリアはとても良い笑顔だ。やはり17歳の女の子は可愛いな。嬉しさで涙を流すとはあげた甲斐がある。贅沢な日本の女子にぜひ見習ってもらいたい。
「奴隷ども邪魔だ! どけい!」
そんな穏やかな時間に似つかわしくない下品な大声が聞こえてきた。
『ドガンッ、ギャリ、ギャリ、ギャリ、カランカランカラン』
だが馬車もただでは済まなかった。馬がコントロールを失い、壁にぶつかり回転しながら横転した。車輪も外れてしまい、四方に向かって転がっている。周囲にいた人々も、人の行き来が多い時間帯ということもあって、巻き込まれて血を流した怪我人が大勢出ていた。事故現場は血溜まりと化しており、炸裂弾でも爆発したような惨状に眉をひそめる。
「セシル!」
「ああ! エミリア、神民を助けに行くぞ!」
「はい、セシル様」
「………………………………………………」
現場に急行すると、やはり惨たんたる有様であった。事故に巻き込まれた神民の痛みからくるうめき声がそこら中から聞こえてきた。
「うううっ、痛い」
「オレの腕が折れたぞ、くそう!」
「痛い痛い痛い痛い、腰が痛くて立ち上がらないわ!」
現場に着くと、周囲の者たちに聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
「オレたちは神聖魔法が使える。怪我をした人は遠慮なく来なさい」
「治癒魔法リカバリーをかけるから、怪我した人はオイラたちのところに来なよ~」
そういうと周囲はザワザワし、オレたちは注目されている。
「本当に治療してもらえるのか?」
「いくらかかるんだ? どうせ、多額の金を取るんだろ!」
「俺は騙されねーぞ!」
この国に日本のような医療機関はないのだ。怪我や病気をした者は神殿に行き、高額なお金を支払い治療をしてもらう。1回金貨1枚かかるのだから、庶民の懐具合を大きく超えている。通常は痛みを我慢するしかないのが現状だった。
「治療代は無料ですからご安心ください」
とエミリアが言うと、治療してもらいたい人が次々と列をなす。美少女は信用があるのか、一発で信じられたようだ。オレとパックはスケベだから信用されないのかな?
この事件を引き起こし、倒れた暴走馬車のドアが空き、男性が這い出てきた。その背後から大きな声が聞こえてきた。
「怪我をしたぞ! 早くヒーラーを連れてこい! デリゴリアス」
「旦那様、承知しました。おいお前! 聖騎士か僧侶だな。ヒックス様の治療をしろ。今すぐにだ!」
「怪我をしたなら、この列に並んでくれ。見たところ骨折だけだから優先度はあとになる」
「貴様! ヒーラーの分際で断るとは何事だ! このアンカスタード市の最有力者の1人、ヒックス様のことを知らないのか? この方はアンカスタード騎士団、団長ヒックス様だぞ! 獣耳族の治療など後回しにしてすぐに治療しろ!!」
執事デリゴリアスは、顔が怒りで真っ赤になり、激しい罵声をオレに浴びせてきた。そして、害虫でも見るかのように見下した。こういう奴ら面倒いよな。権力をかさにきている者たちは特にな。
横にいるワイアットは目が怒りと恨みのこもった眼差しに変わる。今にも攻撃して襲いかかりそうだ。こいつらの対応はどうするかな。そうだ! 華麗なるスルーをしよう。
《リカバリー/回復魔法》
オレは馬鹿執事デリゴリアスをスルーしてリカバリー/回復魔法を患者にかける。デリゴリアスは何かわめいているが完全にスルーだ。幸い、オレの舌は鋭敏だが、耳は呆れるくらい鈍い。非常ベルが鳴っているのに気がつかなかったことがある。
「ママ~死んじゃやだ~。ママ~ママ~」
怪我人の治療をしていると、壁際で子供の悲しそうな鳴き声が聞こえてきた。さきほど馬車にはねられた獣耳族女性が寝かされている。全身の骨がありえない角度に曲がっている。馬車が衝突した衝撃の凄まじさを物語っていた。エミリアがその獣耳族女性を見ているが、首を横に振る。
「セシル様、この女性はもう……」
すぐに獣耳族女性を所に行くが、すでに息を引き取っている。エミリアはこの母親を子供がなくしてしまうという悲劇に泣いている。彼女も早くに母親を亡くし、父親と2人で生きてきたので、自分と重なっている所があるのかもしれない。
命の値段がとても安いこの異世界で親を亡くすということは、成人までまともに生きていくことは難しいのだ。盗みを働くか、ホームレスのように生きていくしかないのだ。
「ママ~、ママ~、ママ~、ママァ! タニアを置いていかないで!」
母親を失ったことを認めたくないという、悲痛な子供の泣き声が街中に響く。執事デリゴリアスがそれを見てニヤリと笑う。
「わーはっはっは獣耳族め! 死におったか。ざまあみろ! さあ、これで問題なく旦那様の治療が出来るだろう」
悪辣な言葉を聞き、心底怒りを覚えたワイアットは執事デリゴリアスに飛びかかり殴ろうとした。だがオレから10メートル以上離れたので、リミテーション/神の誓約の呪いが発動し、地面をゴロゴロのたうち回りながら激痛に頭をおさえる。この狼は本当に頭が悪いな。馬鹿なのか?
周囲にいた他の獣耳族も、執事デリゴリアスから出た心無い言葉に、怒りを覚えたようだ。ヒックスと執事デリゴリアスを囲み、殺意のある目で睨みつけている。事故現場は異様な雰囲気となっている。
「な、なんだ! お前たちやるのか? 獣耳族なら服従の首輪がどんな効果を当然知っているよなぁ~。それでもわしとやるっていうのか!」
獣耳族がつけている首輪になにか問題があるのか。ワイアットはつけていないが、他の獣耳族は全員つけているな。
《サポート》
獣耳族が付けている服従の首輪ってなんだ。
【パルミラ教皇国の獣耳族は奴隷にされる際、服従の首輪をつけられる。神民を攻撃したら首輪がしまって窒息死する】
そうだったのか。だから睨みつけ、圧力をかけることくらいしか反抗を示す手がないのだな。異世界定番の奴隷制度は、不条理の塊というわけだ。それならば少しだけでも獣耳族に希望を与えるとしよう。エロース神様ならそうするだろうしな。
娘は母親の亡骸にすがりつき号泣し、周囲の者たちも、この母娘の悲劇を悲しんでいる。そんな中、娘をそっと母親から離し、獣耳族女性をオレは抱いて立ち上がる。そして頭上に掲げた。
「!? セシル様、なにを?」
エミリアは唐突な行動に理解ができないのか。頬を涙で濡らしながら、オレを見つめている。あの呪文を初めて試みることにした。
《リザレクション/上位蘇生魔法》
神々しい光が天からカーテンのように下りてくると、獣耳族女性を包んだ。そして、光が弾ける。天から幻想的な声が響いてくる。
【ささやきー祈りー詠唱ー念じろ!】
【獣耳族女性は元気になりました】
獣耳族女性の体を包んでいた神々しい光が、だんだん引いてくると彼女の顔に赤みがさしているのが分かる。
「ゴホッゴホッ!」
獣耳族女性は二度咳き込むと、うっすらと目を開ける。
「……ここは? あ、タニアちゃんは無事?」
「ママ! タニアはここよ! ママ~ママ!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ」」」
地鳴りのような歓声が周囲を包む。ゆっくり獣耳族女性を下ろすと、母娘が抱き合った。リザレクション/上位蘇生魔法は体力も全開で蘇生をするという、優れた神聖魔法であった。まさに神の起こす奇跡といえよう。
「お母さん! 体は問題ない? あればセシルが治してくれるよ!」
「はい! 助けてくださってありがとうございます。どこも問題ありません」
「お兄ちゃんママを助けてくれてありがとう! これあげる!」
そう言うとドングリをたくさん渡してきた。これはこの娘のご飯じゃないかと考えたが、断るのも角が立つ。せっかくのお礼だし受け取っておくか。
「おう! ありがとう、良い娘だ。代わりにこれをあげるから、あとでママと食べるがいい」
と言ってクレタの両親が作ったパンをアイテムボックスから3袋出すと子供に渡す。獣耳族女性が困った顔をする。
「しかしこれは……」
「いいのいいの! 今はお腹いっぱいに食べて元気になろうよ! お母さんが元気になるとこの娘も喜ぶよね。でもご主人様にパンを取られないように気をつけなよ~」
獣耳族女性は、両手の平を胸の前で合わせ、膝を地面につき祈りのポーズをオレに向けてきた。
「心から感謝いたします。セシル様」
「もう充分過ぎるくらい感謝はもらったからな。照れるだろ! エミリア。もうあまり公演まで時間ないよな?」
「はい、時間が迫って来ています」
母親が助かったことに嬉し涙を流しながら、エミリアは答える。アリシアもクレタも、エミリアもオレの周りには優しい娘が多いな。
「それでは一気に終わらせて行くか」
《エリアリカバリー/範囲回復魔法》
周囲の怪我人をまとめて一気に治す。各場所から痛みが消えた! 傷口が綺麗になっている! 折れてた腕がくっついた! 吹き出していた血が止まった! など多くの者の喜びの声が聞こえる。
「おい! ヒックス様の治療を早くしろよ」
……こいつまだいたのか。いい加減に空気を読めよ。日本ならKY魔神と言われ総スカンを食らうぞ。
「さっきのエリアリカバリー/範囲回復魔法で治っただろうから、もうお前は向こうに行け。お前の顔を見るだけで不愉快だ。これ以上オレを怒らせたくなかったら失せろ」
「そうだそうだ! ば~か! オイラお前ら大嫌いだ! べ~」
パックが馬鹿どもを煽って舌を出している。パックの言う通りで、こんな馬鹿なやつはほっといて、早くアリシアの生ライブを聞きに行くぞ。エミリア、ワイアットと手をつなぎ、パックはオレの頭にしがみつくと呪文を唱えた。
《トランジッションマジック/転移魔法×4》
オレたちはサン・リューネブルク聖堂の前に転移した。
「セシル様は、トランジションマジック/転移魔法の他にリザレクション/上位蘇生魔法も唱えられるのですね。ラティアリア大陸千年の歴史でも、レベル7の魔法を唱えられる人は、過去も現在もいないと言われています。なのに、なのに奇跡を目の当たりにすることができるなんて! ああ! こんな……あの母娘たちも救われて、うううっ」
エミリアは感極まって言葉にならない。歓喜の涙を流している。この子は本当に優しい子だ。オレはすっかり気に入ってしまった。
「……………………………………」
ワイアットも泣いている。オレを見る目がだいぶ変わった。昨日まで暗殺しようとしてたのにな。どちらにせよ奇跡はオレじゃなくエロース神様のおかげだし、過剰な加護のおかげだ。
「まあ、これは別に特別のことではないから、あまり褒めたたえないでくれ。照れるだろう」
照れて赤くなり、ポリポリと頰をかいていると、エミリアは情熱的な目でオレを見ている。エミリアは天使のように優しく微笑むと、オレにハグをし、ディープキスをしてきた。
「む……んむ……ん……」
舌を深く深く絡め、なかなか離してくれない。5分くらいはキスをしていただろう。エミリアの舌がオレの口内を何度も何度も蹂躙し、舌を吸いあう。やっと彼女は離れると、上気して赤い顔をしたエミリアがペロッと舌を出した。
「これは私を感動させてくれたお礼です」
と言ってスタスタ聖堂の中に歩き出す。オレは突然予想外の行動をとったエミリアに、少し惚けてしまった。ハッと我にかえると嬉しい不意打ちに、ニヤニヤしてしまう。
エミリアの唇もとても柔らかくていい匂いがした。女の子ってみんなこんないい香りがするのだろうか? なにせ数日前までDTだったので分からない。
チラッと見るとワイアットも赤くなって横を向いている。意外に空気の読めるやつだ。獣耳族のために命をかけられる男なのだから、良いやつであることは疑いようがないよな。
「それじゃあパック、ワイアットも行くぞ」
聖堂内に少し急ぎ足で向かった。
パックが唱える性愛魔法のマカ/精力絶倫を使うと、何回でもすぐにビンビンに一物が復活できるから大変凄いことだ。世に広めたらインポテンツで悩む中年男性や、夫の一物で満足出来ない奥様方に引っ張りだこになる。
クレタの声も甘美な響きを持つようになっている。喘ぎ声を聞いているだけでも興奮してくるほどに、彼女は性感帯の開発が進んでいる。ただ快楽が強くなってくると、AV女優並みの大きなあえぎ声を出す女の子だからサイレント/消音がないと絶対に夜伽ができないな。
異世界に来て、17歳の女の子の体を開発することができるなんて、本当に来て良かった♪ エロース神様に感謝感謝!
『コンコンッ』
「セシル様、エミリアでございます。朝食の準備が整いました。起きていらしゃいますか?」
「起きているから入って良いぞ」
『ガチャッ』
豪華な装飾が施された扉をあけてエミリアが入ってきた。コップをお盆の上に置き、白湯を持ってきた。
「どうぞ、白湯でございます。本日のご予定ですが、食事の後、礼拝堂にて多くの修道士、修道女と神民が待っております。ご尊顔をお見せし、その後、アリシア様が歌われる予定の会場サン・リューネブルク聖堂に向かいます。
ところで、そこで寝ている者はどなたですか?」
「うむ、この者とは、とある事情により、今日は1日ともに行動するからそのつもりでいてくれ」
「……はい、承知いたしました」
朝の礼拝が終わり、パックと2人で部屋にいる。そろそろアンカスタード市内見学に行く準備をしよう。一般服に着替えてパックと出ようとしたら、エミリアが部屋に入って来た。
「セシル様、そのような一般人の服を着られて、どちらに行かれるのですか?」
「今からアリシアの歌がはじまるまで2、3時間あるから、空いている時間を使って市内を見学に行こうかと思ってな」
「お2人でですか? 私もお供します! 少々お待ちください」
そう言うとエミリアは急ぎ足で部屋を出て行く。久しぶりのパックと2人を満喫したかったんだがな。パックは眷族だからかオレと相性がすこぶる良いのだ。男同士、エロ話でもりあがりたかったのだが仕方ない。変態的なところも合うしな、ぐふふ♪
「セシル様、お待たせいたしました」
エミリアが着替えを終えて入って来た。さすが色気系美少女、私服姿も可愛い。気合い入れていかないと襲っちゃいそう。彼女の髪型は似合っていてメッチャ好みだし、ハーフアップとは萌える髪型だ。
ついでに1日行動すると言ったことだし、ワイアットも連れて行くか。
《スリープ/睡眠、解呪》
ワイアットは目を覚ますと、自分の状況が分かっているようで、何も行動を起こさない。よほど昨日のイミテーション/神との誓約の激痛が効いたようだ。意外にオレの言うことを聞きそうで助かるな。
「エミリア。この男の名はワイアット。この男は話せないけど、よろしくな。
ワイアットにも新しい指示を出すぞ。オレが良いと言うまで絶対に10メートル以上オレから離れるな。オレが指示した者は食べろ。攻撃も当然禁止だ。この誓約を破ると……分かっているな」
コクコクコクコクと何度も頷くワイアット。う~ん、従順な狼になったな。よっぽど昨日の痛みが効いたらしい。オレはあの痛みを受けたことはないが、刺客が1発で従順になるくらいは痛いのか。絶体にくらいたくはないな。
まあ、従順な方が楽だからいいか。
「それでは早速、市内見学に行こう。ほら、みんなで手をつなごう」
パックはオレの首にしがみつき、エミリア、ワイアットと手をつなぐとアンカスタードで一番人通りがある場所の近くに行くとしよう。探査マップ/神愛で人の死角になるところを探しだす。
《トランジッションマジック/転移魔法×4》
4人の足下に円形の魔方陣が出現し、魔法陣内から上方に向かって魔力の渦が流れる。
『ブンッ』
一瞬で目で見える風景が、神殿の自室から建物の死角に変わる。トランジションマジック/転移魔法ってこんな風になるのか。初めてでとても新鮮だ。
「なっ! こ、これは転移魔法ですか?」
「そうだ。この魔法があるので、すぐ会場に戻れるから、ゆっくりと見物しよう」
「セシル様は凄いです! 初めて経験しました! 転移魔法があることは以前から知られていますが、実際に唱えることができたヒューマンは歴史上おりません!」
「まあ、龍を倒して暗黒魔法はレベル7まで覚えたからな。まあ、そんなことより見物にいこう」
「はい! セシル様!」
転移魔法で大興奮のエミリアが尊敬の目でオレを見ている。そんなに驚いたのか。ヒューマンでレベル7魔法を使えるまでに到達したものがいないとは知らなかった。
アンカスタード市に出て屋台が多くあるストリートを4人で歩く。人と何度もぶつかりそうになるくらい人が多い。さすがパルミラ第2の大きさを誇るアンカスタード市だ。
レストランに屋台、食材屋と武器屋など、経済的にも回っている。エムデンは豚のような気持ちの悪い男だったが商才はあるのだろう。
「あ! 串焼き屋だ! 美味しそうな匂いがするね!」
クンクンと鼻を広げて匂いをパックが串焼きを見つめている。確かに良い香りだ。
「アンカスタード市名物のオークの串焼きだよ! 妖精族の兄さん是非食べていって!」
「オークってモンスターだよな。あれを食べるのだな。もしかしたら美味しいのか?」
「はい、モンスターのお肉は魔力が高いほど美味しいのです。オークは魔力が低いのにも関わらず安価で美味しいので、一般人には好まれているようです」
「ねぇねぇ! 食べていこうよセシルぅ~」
なるほど、確かオークは二足歩行の豚みたいなモンスターだった。それゆえ肉質は豚肉みたいなものか?
「豚だと想定すると美味しそうだな。みんなで食べてみるか。店主、4本くれ」
「お! いらっしゃい旦那。ウチのは時間をかけて焼いた逸品だ。食べてみてくれ。銅貨1枚に鉄銭2枚だ」
鉄銭を12枚支払うと、エミリアとワイアット、パックに渡す。食べると確かに豚肉みたいに、あっさりとした脂身の良い味だ。塩、コショウを振りかけただけだが、バランスがいい。決定的に焼きの技術が高いのだ。3人も美味しそうに食べている。
「店主、今、焼いてある串焼きを全部売ってくれ。いくらだ」
「気に入っただろ! そんなふうに言ってもらえると嬉しいね。追加で55本あるが大丈夫か? 銀貨1枚と銅貨5枚だ。5本はおまけだよ」
「ああ、大丈夫だ。ほら、お金だ」
「え?」
アイテムボックスからお金を出し渡す。オークの串焼きを受け取った瞬間、串焼きが消えたので店主が面食らってポカンとしている。
「オレはアイテムボックスのスキル持ちだからな。驚かせて悪いな」
「なんと! お客さん珍しいスキルを持っているな」
「珍しいでしょ! セシルはね凄いんだよ!」
「まあな。アイテムボックスは便利だよな。店主の焼く技術はなかなかのものだな。また寄らせてもらうよ」
店主と別れると、すぐ近くに花屋があった。日本といる時と同じで色とりどりの花がたくさん売っている。
「ねえセシル。アリシアに花束を買っていって、ライブあとに渡したら喜ぶんじゃない?」
「そうだな! アリシアに花を買っていこう。きっと異世界でも女子は花に弱いに決まっている。よく気がついたパック。さすがこの世界随一の魔法の使い手だ」
「いや~。そんなことはあるよ。オイラはスペシャルな魔法使いだしね」
おお! 自信満々という感じで鼻が伸びたパックが、焼かれたイカのように反り返っている。背筋が柔らかいな。
「お~い、花を買いたいのだが、いないのか?」
なかなか出てこないので裏手に回ると、20代くらいの女性が花の手入れをしていた。呼ぶとオレに気がついて急いで走ってくる。急ぎすぎたのか、ジョーロを蹴っ飛ばして、ガチャンっと1つ花瓶が割れてしまう。ははは、ドジッ子だね。
「な、なんかドジっ娘だね! 大丈夫かな?」
「はぁはぁはぁ、いらっしゃいませ! どのようなものを求めていますか?」
「花を女性にプレゼントするのだが、ここにある花すべてを使って最高の花束を1つ作ってくれ」
「えええ! ぜ、全部ですか。金貨10枚くらいになりますよ? 良いのですか?」
「それで良い。ただし16歳の女の子が大喜びそうなセンスの良いものにしてくれ。(小声で)あとそこにあるオシャレなブローチも特別製で頼む。オレの後ろにいる女の子にあげるから、あの女の子に似合いそうなのを頼む。センスは任せるし、お金はいくらかかってもいい」
「(小声で)そ、それは責任重大ですね。センスだけは自信があるのでお任せください」
女性店員は胸をドンと叩き店の奥に入って行った。
15分後、奥から出てきた女性店員は大きな花束を両手で抱えて持ってきた。
「私の全力で作成しました。これではいかがでしょうか?」
持ってきた花束を見ると、見ればひと目で素晴らしい逸品だと分かる物だった。大胆でかつ繊細さも合わせられた花束だ。うむ、気に入ったぞ。
「色彩のバランス、芯となる部位、芸術的にも良いセンスをしているな。名は何というのだ?」
「はい、セーラと申します! 以後お見知り置きください!」
花束は、色とりどりの花を使った素晴らしい出来だった。なかなか良いセンスをしている。この娘ならラヴィアンローズに置く花を頼める。
自信ありげに花束を手渡されると、アイテムボックスに入れた。ブローチ代もふくめて金貨を10枚とブローチ代金貨2枚。そしてお気に入り料を金貨5枚を支払った。
「こ、こんなに頂いても良いのですか?」
「ああ、今、カフェを開く計画をたてているのだ。店に置く花はすべてセーラに任せることにした。まだ開店まで時間がかかるが、カフェをオープンしたら、花を毎日取りに来るから頼む。オレの名はセシルと言う者だ」
ドジっ娘セーラはパァッと、喜びと希望に満ちた顔になった。自分の美的センスを認められ、嬉しかったのだ。
「はい、セシル様! カフェオープンの際は、ぜひお声掛けください。あと、私に直接店内で花を活けさせてください!」
「それで頼むな。また来る」
「セーラ、またね!」
セーラのお店を出ると、彼女に見繕ってろもらった特製ブローチをエミリアに渡した。
「エミリア、これを初デートの記念に受け取ってくれ」
「えっ! 私もいただいてしまっても良いのですか?」
「ああ、これから色々と頼むこともあるだろうから、よろしく頼むという意味も込めてな」
「まあ! セシル様とても嬉しいです。親愛なるセシル様にいただけるなんて光栄です。一生、いえ、マクファーソン家の家宝にしますわ!」
喜びにあふれて、エミリアはとても良い笑顔だ。やはり17歳の女の子は可愛いな。嬉しさで涙を流すとはあげた甲斐がある。贅沢な日本の女子にぜひ見習ってもらいたい。
「奴隷ども邪魔だ! どけい!」
そんな穏やかな時間に似つかわしくない下品な大声が聞こえてきた。
『ドガンッ、ギャリ、ギャリ、ギャリ、カランカランカラン』
だが馬車もただでは済まなかった。馬がコントロールを失い、壁にぶつかり回転しながら横転した。車輪も外れてしまい、四方に向かって転がっている。周囲にいた人々も、人の行き来が多い時間帯ということもあって、巻き込まれて血を流した怪我人が大勢出ていた。事故現場は血溜まりと化しており、炸裂弾でも爆発したような惨状に眉をひそめる。
「セシル!」
「ああ! エミリア、神民を助けに行くぞ!」
「はい、セシル様」
「………………………………………………」
現場に急行すると、やはり惨たんたる有様であった。事故に巻き込まれた神民の痛みからくるうめき声がそこら中から聞こえてきた。
「うううっ、痛い」
「オレの腕が折れたぞ、くそう!」
「痛い痛い痛い痛い、腰が痛くて立ち上がらないわ!」
現場に着くと、周囲の者たちに聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
「オレたちは神聖魔法が使える。怪我をした人は遠慮なく来なさい」
「治癒魔法リカバリーをかけるから、怪我した人はオイラたちのところに来なよ~」
そういうと周囲はザワザワし、オレたちは注目されている。
「本当に治療してもらえるのか?」
「いくらかかるんだ? どうせ、多額の金を取るんだろ!」
「俺は騙されねーぞ!」
この国に日本のような医療機関はないのだ。怪我や病気をした者は神殿に行き、高額なお金を支払い治療をしてもらう。1回金貨1枚かかるのだから、庶民の懐具合を大きく超えている。通常は痛みを我慢するしかないのが現状だった。
「治療代は無料ですからご安心ください」
とエミリアが言うと、治療してもらいたい人が次々と列をなす。美少女は信用があるのか、一発で信じられたようだ。オレとパックはスケベだから信用されないのかな?
この事件を引き起こし、倒れた暴走馬車のドアが空き、男性が這い出てきた。その背後から大きな声が聞こえてきた。
「怪我をしたぞ! 早くヒーラーを連れてこい! デリゴリアス」
「旦那様、承知しました。おいお前! 聖騎士か僧侶だな。ヒックス様の治療をしろ。今すぐにだ!」
「怪我をしたなら、この列に並んでくれ。見たところ骨折だけだから優先度はあとになる」
「貴様! ヒーラーの分際で断るとは何事だ! このアンカスタード市の最有力者の1人、ヒックス様のことを知らないのか? この方はアンカスタード騎士団、団長ヒックス様だぞ! 獣耳族の治療など後回しにしてすぐに治療しろ!!」
執事デリゴリアスは、顔が怒りで真っ赤になり、激しい罵声をオレに浴びせてきた。そして、害虫でも見るかのように見下した。こういう奴ら面倒いよな。権力をかさにきている者たちは特にな。
横にいるワイアットは目が怒りと恨みのこもった眼差しに変わる。今にも攻撃して襲いかかりそうだ。こいつらの対応はどうするかな。そうだ! 華麗なるスルーをしよう。
《リカバリー/回復魔法》
オレは馬鹿執事デリゴリアスをスルーしてリカバリー/回復魔法を患者にかける。デリゴリアスは何かわめいているが完全にスルーだ。幸い、オレの舌は鋭敏だが、耳は呆れるくらい鈍い。非常ベルが鳴っているのに気がつかなかったことがある。
「ママ~死んじゃやだ~。ママ~ママ~」
怪我人の治療をしていると、壁際で子供の悲しそうな鳴き声が聞こえてきた。さきほど馬車にはねられた獣耳族女性が寝かされている。全身の骨がありえない角度に曲がっている。馬車が衝突した衝撃の凄まじさを物語っていた。エミリアがその獣耳族女性を見ているが、首を横に振る。
「セシル様、この女性はもう……」
すぐに獣耳族女性を所に行くが、すでに息を引き取っている。エミリアはこの母親を子供がなくしてしまうという悲劇に泣いている。彼女も早くに母親を亡くし、父親と2人で生きてきたので、自分と重なっている所があるのかもしれない。
命の値段がとても安いこの異世界で親を亡くすということは、成人までまともに生きていくことは難しいのだ。盗みを働くか、ホームレスのように生きていくしかないのだ。
「ママ~、ママ~、ママ~、ママァ! タニアを置いていかないで!」
母親を失ったことを認めたくないという、悲痛な子供の泣き声が街中に響く。執事デリゴリアスがそれを見てニヤリと笑う。
「わーはっはっは獣耳族め! 死におったか。ざまあみろ! さあ、これで問題なく旦那様の治療が出来るだろう」
悪辣な言葉を聞き、心底怒りを覚えたワイアットは執事デリゴリアスに飛びかかり殴ろうとした。だがオレから10メートル以上離れたので、リミテーション/神の誓約の呪いが発動し、地面をゴロゴロのたうち回りながら激痛に頭をおさえる。この狼は本当に頭が悪いな。馬鹿なのか?
周囲にいた他の獣耳族も、執事デリゴリアスから出た心無い言葉に、怒りを覚えたようだ。ヒックスと執事デリゴリアスを囲み、殺意のある目で睨みつけている。事故現場は異様な雰囲気となっている。
「な、なんだ! お前たちやるのか? 獣耳族なら服従の首輪がどんな効果を当然知っているよなぁ~。それでもわしとやるっていうのか!」
獣耳族がつけている首輪になにか問題があるのか。ワイアットはつけていないが、他の獣耳族は全員つけているな。
《サポート》
獣耳族が付けている服従の首輪ってなんだ。
【パルミラ教皇国の獣耳族は奴隷にされる際、服従の首輪をつけられる。神民を攻撃したら首輪がしまって窒息死する】
そうだったのか。だから睨みつけ、圧力をかけることくらいしか反抗を示す手がないのだな。異世界定番の奴隷制度は、不条理の塊というわけだ。それならば少しだけでも獣耳族に希望を与えるとしよう。エロース神様ならそうするだろうしな。
娘は母親の亡骸にすがりつき号泣し、周囲の者たちも、この母娘の悲劇を悲しんでいる。そんな中、娘をそっと母親から離し、獣耳族女性をオレは抱いて立ち上がる。そして頭上に掲げた。
「!? セシル様、なにを?」
エミリアは唐突な行動に理解ができないのか。頬を涙で濡らしながら、オレを見つめている。あの呪文を初めて試みることにした。
《リザレクション/上位蘇生魔法》
神々しい光が天からカーテンのように下りてくると、獣耳族女性を包んだ。そして、光が弾ける。天から幻想的な声が響いてくる。
【ささやきー祈りー詠唱ー念じろ!】
【獣耳族女性は元気になりました】
獣耳族女性の体を包んでいた神々しい光が、だんだん引いてくると彼女の顔に赤みがさしているのが分かる。
「ゴホッゴホッ!」
獣耳族女性は二度咳き込むと、うっすらと目を開ける。
「……ここは? あ、タニアちゃんは無事?」
「ママ! タニアはここよ! ママ~ママ!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ」」」
地鳴りのような歓声が周囲を包む。ゆっくり獣耳族女性を下ろすと、母娘が抱き合った。リザレクション/上位蘇生魔法は体力も全開で蘇生をするという、優れた神聖魔法であった。まさに神の起こす奇跡といえよう。
「お母さん! 体は問題ない? あればセシルが治してくれるよ!」
「はい! 助けてくださってありがとうございます。どこも問題ありません」
「お兄ちゃんママを助けてくれてありがとう! これあげる!」
そう言うとドングリをたくさん渡してきた。これはこの娘のご飯じゃないかと考えたが、断るのも角が立つ。せっかくのお礼だし受け取っておくか。
「おう! ありがとう、良い娘だ。代わりにこれをあげるから、あとでママと食べるがいい」
と言ってクレタの両親が作ったパンをアイテムボックスから3袋出すと子供に渡す。獣耳族女性が困った顔をする。
「しかしこれは……」
「いいのいいの! 今はお腹いっぱいに食べて元気になろうよ! お母さんが元気になるとこの娘も喜ぶよね。でもご主人様にパンを取られないように気をつけなよ~」
獣耳族女性は、両手の平を胸の前で合わせ、膝を地面につき祈りのポーズをオレに向けてきた。
「心から感謝いたします。セシル様」
「もう充分過ぎるくらい感謝はもらったからな。照れるだろ! エミリア。もうあまり公演まで時間ないよな?」
「はい、時間が迫って来ています」
母親が助かったことに嬉し涙を流しながら、エミリアは答える。アリシアもクレタも、エミリアもオレの周りには優しい娘が多いな。
「それでは一気に終わらせて行くか」
《エリアリカバリー/範囲回復魔法》
周囲の怪我人をまとめて一気に治す。各場所から痛みが消えた! 傷口が綺麗になっている! 折れてた腕がくっついた! 吹き出していた血が止まった! など多くの者の喜びの声が聞こえる。
「おい! ヒックス様の治療を早くしろよ」
……こいつまだいたのか。いい加減に空気を読めよ。日本ならKY魔神と言われ総スカンを食らうぞ。
「さっきのエリアリカバリー/範囲回復魔法で治っただろうから、もうお前は向こうに行け。お前の顔を見るだけで不愉快だ。これ以上オレを怒らせたくなかったら失せろ」
「そうだそうだ! ば~か! オイラお前ら大嫌いだ! べ~」
パックが馬鹿どもを煽って舌を出している。パックの言う通りで、こんな馬鹿なやつはほっといて、早くアリシアの生ライブを聞きに行くぞ。エミリア、ワイアットと手をつなぎ、パックはオレの頭にしがみつくと呪文を唱えた。
《トランジッションマジック/転移魔法×4》
オレたちはサン・リューネブルク聖堂の前に転移した。
「セシル様は、トランジションマジック/転移魔法の他にリザレクション/上位蘇生魔法も唱えられるのですね。ラティアリア大陸千年の歴史でも、レベル7の魔法を唱えられる人は、過去も現在もいないと言われています。なのに、なのに奇跡を目の当たりにすることができるなんて! ああ! こんな……あの母娘たちも救われて、うううっ」
エミリアは感極まって言葉にならない。歓喜の涙を流している。この子は本当に優しい子だ。オレはすっかり気に入ってしまった。
「……………………………………」
ワイアットも泣いている。オレを見る目がだいぶ変わった。昨日まで暗殺しようとしてたのにな。どちらにせよ奇跡はオレじゃなくエロース神様のおかげだし、過剰な加護のおかげだ。
「まあ、これは別に特別のことではないから、あまり褒めたたえないでくれ。照れるだろう」
照れて赤くなり、ポリポリと頰をかいていると、エミリアは情熱的な目でオレを見ている。エミリアは天使のように優しく微笑むと、オレにハグをし、ディープキスをしてきた。
「む……んむ……ん……」
舌を深く深く絡め、なかなか離してくれない。5分くらいはキスをしていただろう。エミリアの舌がオレの口内を何度も何度も蹂躙し、舌を吸いあう。やっと彼女は離れると、上気して赤い顔をしたエミリアがペロッと舌を出した。
「これは私を感動させてくれたお礼です」
と言ってスタスタ聖堂の中に歩き出す。オレは突然予想外の行動をとったエミリアに、少し惚けてしまった。ハッと我にかえると嬉しい不意打ちに、ニヤニヤしてしまう。
エミリアの唇もとても柔らかくていい匂いがした。女の子ってみんなこんないい香りがするのだろうか? なにせ数日前までDTだったので分からない。
チラッと見るとワイアットも赤くなって横を向いている。意外に空気の読めるやつだ。獣耳族のために命をかけられる男なのだから、良いやつであることは疑いようがないよな。
「それじゃあパック、ワイアットも行くぞ」
聖堂内に少し急ぎ足で向かった。
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