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第2章

第30話 ケイトの本音

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ーーーステュディオス王国首都フェロニア市エパナスタスィ通り

ケイト・フェレールはこの数年の間、喉から手が出るほど欲していた地下迷宮6階層にある浄化の宝珠をセシルの協力もあり、ついに手に入れた。これでオルドリッジ王を救えると嬉々として王宮殿に向かって走っている。今、彼女が走っているエパナスタスィ通りは、地下迷宮から王宮殿に真っ直ぐに伸びている道であった。このエパナスタスィ通りはオルドリッジ王にとって特別な道となっている。

以前にオルドリッジ王が国家打倒のため革命を起こした際、旧イシュタル王国の王族が行った千年に渡る悪政に終止符が打たれた。
ステュディオス王国の前王朝イシュタル王国は絶対君主制のシステムを採用していた。絶対君主制国家とは、国王が国家の全機能を独占し、自由に権力の行使をするシステムである。人事任命権から軍事まで、あらゆる権利を持つために誰も異論を唱えることができない。国家は国王の財産的だ。
その為、慈悲深く有能な国王ならば思い切った政策を取れるので国は一気に発展を遂げる可能性がある。ただしその反面のリスクは多く、ドライで情の薄い無能な国王の政権となると国内で贈収賄などの不正行為が蔓延る国家となってしまう。最悪の国家とは少数派である貴族、または上級国民が利益や既得権益を独占し、しかも自浄作用のないところだ。

旧イシュタル王国では国家の基盤となる自浄作用が、千年前にすでに崩壊しており、国民にとって永久的に終わらないのではないという長い暗黒の時代が続いていた。そのような歴史がある旧イシュタル王国で、初めてもたらされた様々な自由を得て、開放された喜びに湧く国民がオルドリッジ王のため記念に作った道だ。

「ちょっと、セシルとパックには悪いことしちゃったかしらね」

ケイトは、2人を危険なランクSモンスターの出る玄室に置き去りにしたことに、若干の罪の意識があったが首を左右に振り、すぐに思い直した。

「私の体を報酬に抱かせろなんて、あんな破廉恥な奴ら死ねばいいのよ。女の敵よ」

以前、妖精王に性愛魔法を使われて拘束された。強制的に体を快楽漬けにされ、いじられ弄ばれた時からケイトは一時的に男性不信に陥っていた。それを救ってくれたのがオルドリッジ王の誠実さだったのだ。

「私の愛する王、オルドリッジ王……もう少しでお救いいたします。あの時の御恩をお返しいたします」

エルフ族は外部との接触を嫌い、関わりを全く持たなかった民族である。そのためエルフの国家以外で、同族を見ることはまずありえないことだ。種族的に大変に長命で若さを何百年も保てるという、そういった事情から他国でエルフは驚くような高値で奴隷商人たちの間で取引されている。なにせヒューマンの10倍は軽く生きることができるのだ。

妖精王の追ってから逃れたあと、馬車で彷徨っている時に、偶然、オルドリッジ王が率いている軍隊に発見されていなかったら、悲惨な未来がケイトには用意されていた。特に奴隷商人にでも最初に発見されていたら、今頃、どこかの国で身分の高い貴族の性奴隷になっていたことは確実だ。
実際、オルドリッジ王の軍隊が身柄を保護したあと、同軍隊に所属をしていた一部の貴族はケイトの肢体を舐め回すように見て、国王に高値で買う取引の話を何度も持ちかけていた。天文国的な額を提示した上級貴族もいたのだった。

だがオルドリッジ王はそういった貴族たちを一蹴し、ケイトを国賓扱いで向かい入れたのだった。国王が救ってくれたことに恩義を感じ、ケイトは国王のお役に立ちたいと願った。幸い彼女は、エルフの上級職である高レベルのサムライだったので、仕事先としてステュデイオス王国軍に国王推薦の特別枠で入隊をしたのであった。

「やっぱり男は品格よね。オルドリッジ王は王女殿下のために王妃への愛を貫いた。武力、人格も異次元の高さ。それに比べてセシルとパックの品性の無さときたら呆れるわ。オルドリッジ王の爪の垢でも飲ませてやりたいわね」

オルドリッジ王の王妃は数年前に亡くなっている。野心のある貴族たちは自分たちの身内や息のかかった女を、オルドリッジ王の次の王妃にしようと画策していた。だがオルドリッジ王はそれらの申し出を全て断り独り身を貫いている。その理由は2人の娘たちーー王女たちへの配慮であった。ケイトはオルドリッジ王の人格の高潔さと品格の素晴らしさに心底惚れ込んでいたのだった。

そのようなことを考えていると、彼女はあと少しで王宮殿というところまで来た。もう少しで敬愛する国王をお救い出来る。ケイトの受けた恩の1つをお返しできると考えていた。走る速度も自然と早くなっていった。

「待ちな、お嬢さん」

「何者!?」

すると突然、建物の影から30人ほどの武装した集団が現れ、ケイトの行く先を遮った。集団は明らかに一般人とは風貌が違っていた。薄ら笑いを浮かべる者や殺気を放つ者。漂うダークサイドの気配も闇の世界で生きている者たちの特徴である。

「本当にこんな上玉が情報通りにあらわれるとはな。お前は少しは武術ができるらしいが、ここには高レベルの手練のみを集めたんだよ。諦めておとなしく捕まるんだな。ちゃ~あんと家に帰してやるから心配するな……俺たち全員を十分に満足させてもらってからな、うへへへへへっ」

集団の先頭にいる黒い皮の鎧を装備した男が話しかけてきた。他の者たちは黙ってケイトを油断なく睨みつけている。気配からも只者ではない。高レベルという男の言葉は本当であった。ただし、一般的レベルという意味でだが。

「あなたたちは誰からの依頼を受けたのかしら?」

「馬鹿な女だな。依頼人が誰かなど言うわ……」

「あら? あなたに言ってないわ。あなたも素敵だけど、真ん中にいる子に言っているのよ。ほら、フードを深々かぶっているあなたよ」

集団の中央に位置し、両手を組んでフードを深々とかぶっていた小柄な男は、フードをあげて顔を出した。

「……なぜ俺がボスだと分かった?」

「あらあら、とっても簡単なことよ。あなたの周りにいる子は手練じゃない。その子たちの立ち位置は先頭の子を守る位置じゃなく、フードのあなたを守るようにして立っているわ。手練じゃなく、普通のゴロツキだったら、あなたがボスだと分からなかったわね」

「よく見てるじゃねーか。さすが殲滅天使だな」

「私の通り名も知っていたのね。ということはやはり浄化の宝珠を持つ私を狙った計画的なものいうことかしらね。それではボスの捕獲を最優先事項として、他の悪い子たちは……殺してしまおうかしらね。どうせ生きててもろくな事をしないでしょうからね」

ケイトは穏やかな顔から、突然、戦人の顔に変わった。敵を威圧する視線、殺気。殲滅天使という通り名は伊達ではなかった。だが、闇の集団の胆力も大したものである。実戦を繰り返した達人クラスである武人の覇気を受けても平然と、一歩も引かずに各々の武器を構えた。

「はっ? 殲滅天使と1戦交えるのに何の準備もしていないと思うのか? おい! 連れてこい!」

少し離れた建物の2階に傷のある男が、10歳ほどの女の子の手を引っ張って出てくる。女の子の顔は真っ青になり、恐怖に引きつっている。涙と鼻水で顔はグチャグチャになっていた。

「殲滅天使のことはよく調べさせてもらった。孤児院をいくつも経営して子供たちからママと呼ばれているらしいじゃねーか。他国の武将たちから激しさと残酷さで恐れられている殲滅天使にこんな弱点があるとはな。人ってのは分からんものだよなぁ~、くくくっ」

「ママ~、助けて! 怖いよぉ~」

「チュロア! その子をどうするつもりよ」

ケイトはチュロアを助けようとするが、フードの男が手を上にあげた。チュロアを捕まえている男が、持っていたナイフでチュロアの右頬の辺りでスーッと引くと赤い血がにじんだ。

「痛い痛い痛い! ママ~! ママァ~! 助けてママァ~! 怖いよぉ~!」

「おっと、動くんじゃねーぞ。動けば今度は頬に傷がつくだけじゃ済ませね~ぜ。ガキの喉を一突きだ。オラッ! ゆっくりと武器を降ろせ。あと浄化の宝珠を渡してもらお~か、クククッ」

1人対30人っという圧倒的な戦力の差があった。しかも子供の人質まで用意周到に準備をしたのだ。勝利を確信したフードの男は片側の口角を上げ、にじり笑いをした。
依頼者からはケイトの生死については特に契約書に書かれてはいなく、浄化の宝珠奪取のみの契約であった。依頼達成後、彼女の身柄の引き渡しは必要がないため、貴重なエルフを自分の性奴隷にできるのだ。高額の報酬と神話級美女と名高い殲滅天使の夜伽付きとなれば、笑いも止まらなくなるというものだ。

「その子を傷つけるのを止めなさい! 頬を切るなんて、女の子になんてことをするのよ! あなたたちふざけんじゃないわよ!」

『ドガッ』

「早く武器を降ろせ! 今すぐ降ろさないと……何?」

人質の方から大きな音がしたので、フードの男が後ろを振り返ると、チュロアを捕まえていた男が2階から1階へと落下して動かなくなっていた。大きな音の正体は、男が2階から落下した時の地面に衝突した音であった。

「ボス! キルスが落ち……えっ?」

その直後に、黒い影が2階から1階に飛び降り、高速移動をして闇の集団の背後に急接近した。黒い影の余りのスピードに闇の組織の者たちは反応する余裕もなく、全員がウォッチャーと化していた。黒い影が停止すると、その者は2メートルはあろうかという巨体を持つ一人の男であった。鍛え上げられた筋肉で革の鎧が隆起しており、全身から湯気のように闘気が湧き上がっている。

「何!? いつの間に。斥候隊はどうした?」

「お前らの斥候隊はとっくの昔に処分したぞ。気がつかなかったのか?」

「あなたは馬鹿ね~。王宮殿近くで30人も武装した集団がいるのに、私自らが実戦を繰り返して鍛え上げたフェレール軍の斥候部隊が気がつかないわけないじゃない。ねぇ~♪」

黒い影の男は返答の代わりに、スラッと剣を鞘から抜いた。その剣は刀身がメラメラと炎を纏っている魔剣だった。

「炎の魔剣だと!? ということはあいつは炎帝レジェスか! あれがこの世に1本しかないというイフリートの精霊が宿っている炎の魔剣だというのか!」

炎帝の通り名を持つレジェスは、数々の戦場で圧倒的な武力で帝国軍を屠ってきたフェレール軍の筆頭上級大将である。アーティファクトであるイフリートが封印された炎の剣を下げ、その攻撃力は凄まじく、1振りで数体~十数体の焼死体が出るほどだ。

「そういうことだ。先日は主君の前でセシルの圧倒的な武に赤っ恥をかかされたからな。次は失敗が許されないから本気で行くぞ。お前たちは本当に運がないな」

「国王陛下を殺害を企てた国家反逆罪確定の罪人で、私が保護している子供に手をつけた。ボスは黒幕を吐かせる必要があるから、それ以外は殺害せよ」

「元帥閣下、承知いたしました」

ケイトの声と同時に炎帝は魔剣イフリートを従え、斬り込んでいく。イニシアティブはケイトが取った。彼女はすぐさま魔法の詠唱の準備に入る。

「時間がないから一気に殲滅するわよ」

《ホーリーバースト/聖光爆破》

『ボガボガボガボガボガボガボガボガボガボガァッ!』

聖なる光が敵の頭上で炸裂し、レベル3神聖魔法《ホーリーバースト/聖光爆破》が10人の敵に降り注がれると、全弾命中し男たちは絶命した。

「剣に宿る火の精霊イフリートよ、その威を示せ!」

『ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

2番手の炎帝レジェスが、魔剣イフリートを高くかかげて使用した。その言葉に反応した黒い炎が魔剣から吹き出し敵10人に猛威を振るうと、男たち10人は炎で焼き尽くされ絶命した。

「なぁ!? 強すぎる! これがステュディオス王国第一軍フェレールとレジェスか!」

ケイトとレジェスに20人の仲間をわずか1ターンで殺害された。3番手のボスを含め残りの闇の組織10人は、手練といえど怯んで動くことができなかった。

「ロ、ロドリゴさんこりゃ、逃げないとヤバイですぜ」

「ああ、すぐに撤退する。お前ら俺を守れ!」

「「「了解、ボス!」」」

闇の組織のボス、ロドリゴが戦闘状態から逃走を開始した。後方から逃げようとし、襲撃者の生き残り9人が、5人と4人に別れ、それぞれケイトとレジェスに襲いかかった。

「あらあら、心外ね。まさか逃げることができるとでも思っているのかしら?」

ケイトがパチリと指を鳴らすと、ロドリゴが逃げる方向に、フェレール軍の精鋭10人が現れる。あっという間にボスは縄をかけられて捕まった。部下たちは、レジェスが先日セシルに赤恥をかかされたので、彼自身の力で名誉挽回させようと、戦闘中はずっと裏で隠れて待機をしていたのだった。

「ち、ちっくしょ~!」

「レジェス、黒幕を必ず聞き出しておいてね。生死は問わないわ。特別に真実の血清の使用を許可します」

「はっ、閣下。承知いたしました。最強の自白剤を使えばすぐに吐くでしょう」

「ママ~!」

涙と鼻水で顔がグチャグチャになっているチュロアがケイトに飛びついてきた。ケイトもチュロアを力強く抱きしめた。

「チュロア怖かったね。もう大丈夫よ。良い子ね。ママもう少し用事があるから、先に孤児院に帰っててね。あとでチュロアの好きな甘くて美味しいお菓子をたっぷり持っていくから、良い子だから待っててね」

しばらくケイトの胸に泣きながら顔を埋めていたチュロアだったが、お菓子と聞いてピタッと泣き止み、顔を離した。そして上目づかいでケイトの顔をジッと見つめると、にこりと笑った。

「うん、孤児院で待ってるね、ママ。甘くて美味しいお菓子楽しみ~。私ね、アマリア様の教会で売ってるクッキーがいいの。最近、子供たちの間でメチャクチャ美味しいって流行ってるの」

「うふふ、食いしん坊な可愛い子ね。分かったわ。フェロニア市の新しい名物になっているアマリアさんの所のクッキーを買っていくわ」

「本当! やった~!」

ケイトはチュロアの鼻をツンと指先で優しくタッチすると、頬に軽くキスをし、部下にチュロアを預ける。失神をして倒れているボス1人以外は、全員がこの場で殺害された。英雄オルドリッジ王を讃える通りは闇の組織たちが流した血で真っ赤に染まっていた。
それを一瞥し、ケイトは再びオルドリッジ王のいる王宮殿に向かって走り出した。




ーーー剣闘士王クラウス・オルドリッジの王宮殿、ライヒスブルグ宮殿

ライヒスブルグ宮殿では、国王が政務や外国使節団の謁見、国家の儀式などを行っている。内部は、国王が私的な生活を行う内廷と、政治が行われている外朝に別れている。ヴァルビリス帝国に次ぐ巨大国家ステュディオス王国の政治は全てこの場所から発信されている。まだ宮殿が出来てから数年しか経っていないので、なにもかもが新しい。

前王朝イシュタル王国首都はフェロニア市よりも、ずっと南西にあるウィンザー市だった。オルドリッジ王はステュディオス王国を建国した時は遷都をすることはしなかった。国庫を大変圧迫することになるし、国民も大量に移住をさせることになり、負担をかけるためである。

だが数年前にヴァルビリス帝国で新皇帝が即位し、平和共存路線からラティアリア大陸統一路線に帝国が国家目標を変更してから、国境を超えて頻繁に侵攻してくるようになった。特にステュディオス王国最大の資源が眠るフェロニア地下大迷宮を奪おうと、何度も狙ってきたのである。

そのためオルドリッジ王は自身の武を最大限に有効活用をしようと、最前線に最も近い地下迷宮フェロニア市自体を首都にするという選択をしたのである。己の武力の高さで危機を突破しようという、まさに剣闘士王の名にふさわしい決断だった。

ライヒスブルグ宮殿は、神の荘厳な彫刻や絵画の飾られた通常の国家で威信と財力を示そうとする様な芸術的な王宮殿ということはない。まさに剣でのし上がったオルドリッジ王らしく、完全装備した屈強な兵士の彫刻がズラッと道沿いに並んでいる。己の武力を誇示し、各国の使節団に圧力をかけている。そして、ライヒスブルグ宮殿の守備は国家で第一軍となっているフェレール軍が任されている。

ケイトが王の寝室への通路を歩いて通過すると、警備をしている兵士が次々に敬礼をしてくる。その先にフェレール軍大将ペイジ・バレールが完全フル装備で槍を床に立てる最大警戒体制で立っていた。ケイトがバレールに近づくと装備していたフルフェイスヘルメットを取り、敬礼をした。

「閣下、浄化の宝珠が得られたのですね。おめでとうございます! 早速ですが、エロース神殿からアリサ・ローソン様が王の寝室の控室で待機していただいております。さぁ、こちらへどうぞ」

「ありがとう、ペイジ。あらかじめローソン殿を手配してくれたのね。さすが気が利くわね、助かるわ」

ケイトが王の寝室に入ると、控室で待機していた司教アリサもバレールに呼ばれて続けて王の寝室に入ってきた。オルドリッジ王の体力面に心配があり、時間があまりないので、頭を下げて手短に挨拶を済ませた。ケイトは腰にある魔法の鞄から浄化の宝珠を取り出した。

「ローソン殿、《リムーブカース/解呪》をよろしくお願いいたします。さぁ、浄化の宝珠をどうぞ」

「かしこまりました。オルドリッジ王は旧イシュタル王国の方々と違い、長年エロース神信仰を手厚く保護をしてくださいました。その恩に報いるためにも、全力で神聖魔法を行使いたします」

アリサは浄化の宝珠を受け取ると、ベッドで力なく横たわる意識のないオルドリッジ王の前に出た。オルドリッジ王は、食事を取ることもままならないので全身の筋肉は痩せ細くなり、両頬は肉が削げ落ち、白髭が茫々に生えていた。その姿はかつてレベル100オーバーの武を誇る救国の英雄とは思えないほどであった。幽霊のような青白い顔色からも明らかに死人の相が表れている。
司教アリサは宝珠を両手で頭上に掲げ、神へ祈りを捧げる。彼女の全身に神々しい光が天から降り注ぎ、次第に光が強まってくる。

「エロース神よ! 悪しき呪いから国王陛下を救いたまへ! 私に神のお力をお貸しください!」

《リムーブカース/解呪》

呪文を唱えると、神聖魔法の効力を数倍に高めることのできるアーティファクト浄化の宝珠からの神々しい光の強さが増加した。その光は強く、全員が目を開けていられないほどであった。王の寝室いっぱいに聖なる青い光が広がり、その後、徐々に光がおさまっていった。

「グゥオオオオオオオオオオオオオオ!」

豪華な装飾が施されたベッドで寝ているオルドリッジ王の体から黒く毒々しい霧のようなものが天井に向け吹き出してくる。黒い霧は2つに分裂し、人の形に変わると唸り声をあげ、1体は床に伏して倒れ、1体は立った状態になった。黒い霧は人型として完全に実体化すると、青黒い肌、頭には4本の角、背中には悪魔を象徴する黒い羽があった。表情は無機質で感情を読み取ることができない。

「なっ! このモンスターはまさか、脅威度ランクAグレーターデーモンなの!?」

「元帥閣下!」

「マサカ我ノ呪イヲ解呪スルトハ。ダガ、惜シカッタナ、《リムーブカース/解呪》デハ、1ツシカ呪イヲ解呪デキナイ。マダ我ノ呪イガ生キテイル。オルドリッジハ死カラ逃ガレルコトハデキナイ」

グレーターデーモンは全く感情のない、淡々とした口調で話しはじめた。ケイトは、魔力を解呪魔法の行使で全て使い、立っていることもままならなくなった司教アリサを後ろにいたバレールに預けると、前にズイッと出てくる。

「もうこんな事は止めなさい! 国王陛下はラティアリア大陸の平和を維持するために武を振るい、そして心から国民を愛し、繁栄を望む人なの! お願いよ!」

「我ハ、ジェノサイドノ神ノ信徒ナリ。千年前ニ封印サレシ我ガ主ヲ復活サセル者ナリ。邪魔ナ、オルドリッジハアト少シデ、息絶エルノダ。ハーッハッハッハッハッハ!」

「ま、待ちなさい!」

『ドビュ!』

「くそっ! 待てっ! 待ってよお願い!」

グレーターデーモンはそう言うと、黒い霧に戻り、オルドリッジの体の中に戻ろうとした。逃がすかと腰の剣を素早く抜き、グレーターデーモンにケイトは斬りかかったが、無情にも空を斬っただけに終わった。

「ぐぁああああああああああああ!」

黒い霧となったグレーターデーモンがオルドリッジ王の体内に再び入った反動で、オルドリッジ王は血反吐を吐くと弓のように全身を限界まで反らせた。呪いの苦しみに耐えきれず、ベッド上で左右にもがきだした。

「国王陛下! 国王陛下! お気を確かに! あああああああああああっ、どうしてこんな事に!」

あとに残されたのは、アリサの《リムーブ・カース/解呪》で息絶えた床に伏している1体のグレーターデーモンの死骸であった。

「「「…………………………」」」

オルドリッジ王が生き残るための、自力での最後の望みである浄化の宝珠による《リムーブカース/解呪》が失敗した。その衝撃にその場にいる全員は長時間黙り、現実を受け止められないでいた。実はもう1つだけ生き残る可能性はあるが、物理的にほぼ不可能であったからだ。
そのような重い空気の中、ペイジ・バレール大将が口を開いた。

「ジェノサイドの神……聞いたことがありません。元帥閣下のエルフ族は長命ですが、何かご存知ありませんか?」

「……エルフの里でもその神の名は聞いたことがないわね。分からないわ。ジェノサイドの神なんて、神名を聞いただけで寒気がする神ね。その使徒であるグレーターデーモンは千年前に封印された主を復活させると言っていたわ。千年前に何があったのでしょうね。ラティアリア大陸の国々の建国時期と重なるのが気になるわ」

「私もジェノサイドの神を復活させると聞いて、おぞましくて鳥肌が立ちました。その悪神の復活とオルドリッジ王のお命がなにか関係があるのでしょうか?」

「……今の所は何も分からないわ。何せ情報が無さすぎるもの。ただ1つ確実なのは、オルドリッジ王のお命をお救いできれば、ジェノサイドの神の復活は阻止できるかもしれないということ。結局の所、私たちのやる事は変わらないわ。最後に残された微かな、本当に微かな望みにかけるしかないわ」

司教アリサは、解呪魔法に全魔力を使い、魔力切れからくる疲労でよろけて壁に寄りかかっていた。魔力回復ポーションをグイッと飲みほした。

「失敗、したのね。まさか2重に呪いをかけているとは、くっ」

「アリサ殿、大丈夫ですか? まさかグレーターデーモン2体の命を犠牲にしてまで、呪いをかけているとは想定外だったのです。仕方ありませんわ」

足に力が入らなく、よろめいた司教アリサに、ケイトは肩を貸した。

「元帥閣下、もう1回浄化の宝珠を取ってくることは出来ないのでしょうか?」

「ええ、無理よ。あれが復活するのに半年はかかるもの。ファイアードレイクの討伐後に、オルドリッジ王自らがパーティーを率いて破壊された地下迷宮を探査し、原因となったのは地下6階の浄化の宝珠がある玄室だと分かったわ。その後、宝珠が再び出てきたのは6ヶ月ほどかかったの。地下深くなればなるほど、アイテムの再発生は時間がかかるでしょう。国王陛下がそこまで耐えてくれれば良いのだ……え? 誰か来る?」

『ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ』

王の寝室の入口から走って近づいてくる音が聞こえる。その者は走る勢いそのままに王の寝室の扉に体当たりをした。

『バァーン!』

王の寝室に小さな武者が1人、飛び込んで入ってきた。フル武装をした小さな武者は、フルフェイスヘルメットを投げ捨てケイトに近づいた。入ってきた少女はステュデイオス王国第二王女ナディア・オルドリッジであった。地下迷宮でセシルと別れたあと、休むことなく宮殿まで走ってきたのであった。相当に急いで走ったので息を切らしている。ナディアのクリッとした大きな目は不安で大いに揺れている。

「父上はどうなったのじゃ! はぁはぁはぁはぁ。浄化の宝珠は効果があったのか? 早く申せ!」

「王女殿下、大変残念なことを申し上げなければなりません。極大《リムーブカース/解呪》により、国王陛下にかけられた呪いは1つ解呪できました。しかし、かけられた呪いは2つでした。うううっ」

「な、なんじゃとぉ~! それでは父上は……父上はぁ~!」

「……くっ、まだ呪われた状態にございます。王女殿下、おいたわしいことです」

『ドカッ』

両手両膝を床に付け、ナディアは落ち込んだ。だが病床の父親を一目見ると、そのような落ち込んでいる時間などほとんど残されていない事を悟った。高レベルのサムライである彼女はすぐにレジストして落ち着きを取り戻した。

「残念じゃが、なってしまったものは仕方がない。やはり急ぎワイナルデュムを殺るしかないかのう。何度も暗殺に失敗して、警備がかなり厳しくなっているが仕方がないのう。情報によると、軍関係の施設で理事長をやっているそうだがの」

その時ナディアの話を聞いて、ケイトに1つの閃きが浮かんだ。セシルの武を上手く使えないかしら、と考えていた。自分が直接鍛えたフェレール軍大将5人を手玉に取るどころか、相手にもならなかったほどの武である。ベースレベル300オーバーという、人間を超え、龍や神の域にも達している男だ。
最強なのに、幸いにもエロという致命的な弱点がある。自分の体を取引材料にして上手く操れるのではないかと考えていた。またセシルをタダでこき使い、男の純情や誠意を巧みに利用して依頼料は踏み倒してやるか、という打算がケイトの中に生じている。

「王女殿下、実はワイナルデュムを確実に殺る方法が1つあります」

「なっ! 何じゃとぉ~!? フェレール元帥、許すからそなたの意見を言ってみよ! 今すぐにじゃ!」

「はっ! 私は極めて高い武力を持つ若者に出会いました。その武はオルドリッジ王に匹敵するほどのものです。その者を使ってワイナルデュムの暗殺を試みるっていうのはいかがでしょうか?」

「なんと! 父上と互角の武を持つじゃと! そのような強者が国内にいるとはな。それならば確実にワイナルデゥムを殺れるやもしれぬ。あとは父上の体力と精神の限界、時間との戦いじゃな。早速その者の手配を頼むぞ」

「はっ! 承知いたしました、王女殿下!」





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