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知性の神殿
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本社に戻った秀斗が執務室のドアを開けると、思わぬ先客がいた。
「何で居る」
ジャケットを脱ぎながら尋ねると、我が物顔でソファを占領している青年が「おつかれ~」とのんびり手を振った。
「3時にここに来いって呼んだの秀斗クンだよ」
「そうだったか? 記憶にないから出て行ってくれないか」
「マジかよコイツ……」
ひくりと頬を痙攣させている青年の名前は五十嵐潤。秀斗の学生時代からの友人であり、何やかんやあって今は秀斗の直属の部下という形に収まっている。
脱いだジャケットをソファの背に雑に置くと、秀斗は潤の前にどすんと腰かけた。スマホを弄る手はそのまま、潤が尋ねた。
「機嫌悪くね? なんかあった?」
興味があるのかないのか分からないようないい加減な態度だが、潤の適当な態度に慣れている秀斗は気にせず答えた。
「例の商社との取引、無くなったから」
「はぁっ!?」
たちまち潤の顔が驚愕に染まる。潤が勝手に淹れていたドリップポットから新しいカップに珈琲を注ぎながら、秀斗は「よろしく」と淡々と続けた。
「よろしく!? あそこのお偉いさんにアポ取るのにオレがどんだけ苦労したと思ってんの!?」
スマホを放り投げ叫ぶ潤に、秀斗は面倒くさそうに答えた。
「そのお偉いさんがとんでもない無能だったんだ。良かったな、仕事が一つ減ったぞ」
「その口ぶりだとまた喧嘩売ってきたなお前。減ってねえわ増えてんだよバカ」
「は? 言っておくけど先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。……どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに何の断りもなくこの僕にグレアを向けて、いったい何様のつもりだ?」
思い出したらまた腹が立ってきた。秀斗は大きく舌打ちをした。
不機嫌を隠そうともしない秀斗に潤は得心がいったように頷いた。
「でもさあ」不服そうに秀斗を上目遣いで見た。
「苦労してアポ取ってきたオレの顔立ててちょっと我慢してみよとかなかった?」
「我慢?」
「我慢」
「この僕が?」
秀斗はきょとんとした顔で潤を見た。
「何故?」
「オーケー、忘れて」
潤は穏やかな顔で両手をあげると、芝居がかった仕草で首を横に振った。諦めた顔で「今月は謝罪行脚かあ」とボヤいた潤に、秀斗は神経質に靴を鳴らしながら「だいたい」と語り始めた。
「それ長くなる?」
潤が眉をひそめる。Subの同意なくグレアを浴びせることはDomの最も恥ずべき行為とされ、警察沙汰になってもおかしくないことなのに 、面倒だ、という感情を一切隠そうとしない潤の態度に秀斗の機嫌が下降していく。
潤から言わせれば秀斗の性格があまりにもアレなのがいけないのだ。出会って最初の頃はそれなりに心配していたが、秀斗はグレアを浴びせられてもサブドロップするどころか「ああ、目は見えているんだな。あまりにもちゃちなグレアなものだから目を凝らしているだけかと思ったんだ」と煽り倒すSubなのだ。お前はラッパーでも目指しているのか? と聞きたくなるようなライン越えの暴言の数々を知っている潤が「まあたやってら」という反応になるのも仕方ないことだった。
「うるさい黙って聞け。あの無能、グレアに驚いた僕を見て何て言ったと思う? 君もやっぱりSubなんだね、だ! 何がやっぱりSubなんだねだ、ふざけるな」
秀斗は怒りで震える拳を握りしめた。
「いいか、往来で突然奇声をあげた人間がいれば誰でもまず驚くだろ。もしかしたら恐怖を感じるかもしれない。アイツがやったのは、それと同じ! いきなり僕に向かって奇声を上げただけ! クソッやっぱり精神科も紹介してやればよかった」
「やー、いくら秀斗くんの紹介でもお医者さん困るでしょ。だって今月もう3回も紹介してんじゃん」
「そもそもDomはグレアを過信しすぎなんだ。ただの目力にいったいどんな幻想を抱いているんだ?」
「でも実際、Domのグレアってただの目力とは違うじゃん? Normalに睨まれてもDomにグレア使われたときみたいにはならないし。Subならうっかり従いたくなっちゃうよねー」
「潤は違うじゃないか」
「オレはSwitchだもん」
潤はそう言って肩をすくめた。秀斗は脚を組むと、ふん、と鼻を鳴らした。
「確かにDomが使うグレアには特別な力があるのは認めるよ。Subに大きく作用することもね。科学的にも検証されている事実だ。でも、それだけだ。グレアを放つだけでSubを支配できると思っているDomのグレアなんか稚拙で最悪だ。アイツのグレアもそうだった。思い出しただけで虫唾が走る。潤も分かるだろう?」
「まー秀斗クンの言ってることは分かるけどさ。実際、優人サンとか雅峯サンのグレアってマジでヤバいし」
「……ん? 父はともかく雅峯は人前でグレアを使うことは滅多にないはずだけど」
「うっそだろ素であの圧?」
「圧? 雅峯は優しいよ?」
「うん、それお前にだけね。オレすっげー睨まれってからあのヒトに」
「それは君がしょうもないイタズラを雅峯に仕掛けるからだ。聞いたぞ、雅峯のデスクを数百個の電飾で彩ったらしいな」
「ハロウィンだったからね」
秀斗は呆れた目で潤を見た。当の潤は飄々と「エレクトリカルパレードも流したんだよ」と動画を再生し始めている。コイツ反省文も書いたらしいけど何を反省したんだろうな、と秀斗は思った。
「オレの推しポイントここ、見てこれ動くの」
「へえ」
細部まで拘ったらしい電飾の配置と色に関する解説を適当に聞き流していると、コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞー」
「おいなんで潤が応えるんだ」
「失礼します。……ああ五十嵐くん、ここにいたんですね」
入ってきたのは端正な顔立ちをした美丈夫だった。その顔を見て、「お」と潤が声を上げる。
「噂をすればじゃん。雅峯サンも見てこれ」
潤はそう言ってソファの背から腕だけ出してスマホを雅峯に見せた。
「それはこの前の……。反省文じゃ足りませんでしたか?」
「ヤッベ」
潤が慌ててスマホを引っこめる。雅峯は扉を閉めながら小さくため息を吐いた。
「何で居る」
ジャケットを脱ぎながら尋ねると、我が物顔でソファを占領している青年が「おつかれ~」とのんびり手を振った。
「3時にここに来いって呼んだの秀斗クンだよ」
「そうだったか? 記憶にないから出て行ってくれないか」
「マジかよコイツ……」
ひくりと頬を痙攣させている青年の名前は五十嵐潤。秀斗の学生時代からの友人であり、何やかんやあって今は秀斗の直属の部下という形に収まっている。
脱いだジャケットをソファの背に雑に置くと、秀斗は潤の前にどすんと腰かけた。スマホを弄る手はそのまま、潤が尋ねた。
「機嫌悪くね? なんかあった?」
興味があるのかないのか分からないようないい加減な態度だが、潤の適当な態度に慣れている秀斗は気にせず答えた。
「例の商社との取引、無くなったから」
「はぁっ!?」
たちまち潤の顔が驚愕に染まる。潤が勝手に淹れていたドリップポットから新しいカップに珈琲を注ぎながら、秀斗は「よろしく」と淡々と続けた。
「よろしく!? あそこのお偉いさんにアポ取るのにオレがどんだけ苦労したと思ってんの!?」
スマホを放り投げ叫ぶ潤に、秀斗は面倒くさそうに答えた。
「そのお偉いさんがとんでもない無能だったんだ。良かったな、仕事が一つ減ったぞ」
「その口ぶりだとまた喧嘩売ってきたなお前。減ってねえわ増えてんだよバカ」
「は? 言っておくけど先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。……どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに何の断りもなくこの僕にグレアを向けて、いったい何様のつもりだ?」
思い出したらまた腹が立ってきた。秀斗は大きく舌打ちをした。
不機嫌を隠そうともしない秀斗に潤は得心がいったように頷いた。
「でもさあ」不服そうに秀斗を上目遣いで見た。
「苦労してアポ取ってきたオレの顔立ててちょっと我慢してみよとかなかった?」
「我慢?」
「我慢」
「この僕が?」
秀斗はきょとんとした顔で潤を見た。
「何故?」
「オーケー、忘れて」
潤は穏やかな顔で両手をあげると、芝居がかった仕草で首を横に振った。諦めた顔で「今月は謝罪行脚かあ」とボヤいた潤に、秀斗は神経質に靴を鳴らしながら「だいたい」と語り始めた。
「それ長くなる?」
潤が眉をひそめる。Subの同意なくグレアを浴びせることはDomの最も恥ずべき行為とされ、警察沙汰になってもおかしくないことなのに 、面倒だ、という感情を一切隠そうとしない潤の態度に秀斗の機嫌が下降していく。
潤から言わせれば秀斗の性格があまりにもアレなのがいけないのだ。出会って最初の頃はそれなりに心配していたが、秀斗はグレアを浴びせられてもサブドロップするどころか「ああ、目は見えているんだな。あまりにもちゃちなグレアなものだから目を凝らしているだけかと思ったんだ」と煽り倒すSubなのだ。お前はラッパーでも目指しているのか? と聞きたくなるようなライン越えの暴言の数々を知っている潤が「まあたやってら」という反応になるのも仕方ないことだった。
「うるさい黙って聞け。あの無能、グレアに驚いた僕を見て何て言ったと思う? 君もやっぱりSubなんだね、だ! 何がやっぱりSubなんだねだ、ふざけるな」
秀斗は怒りで震える拳を握りしめた。
「いいか、往来で突然奇声をあげた人間がいれば誰でもまず驚くだろ。もしかしたら恐怖を感じるかもしれない。アイツがやったのは、それと同じ! いきなり僕に向かって奇声を上げただけ! クソッやっぱり精神科も紹介してやればよかった」
「やー、いくら秀斗くんの紹介でもお医者さん困るでしょ。だって今月もう3回も紹介してんじゃん」
「そもそもDomはグレアを過信しすぎなんだ。ただの目力にいったいどんな幻想を抱いているんだ?」
「でも実際、Domのグレアってただの目力とは違うじゃん? Normalに睨まれてもDomにグレア使われたときみたいにはならないし。Subならうっかり従いたくなっちゃうよねー」
「潤は違うじゃないか」
「オレはSwitchだもん」
潤はそう言って肩をすくめた。秀斗は脚を組むと、ふん、と鼻を鳴らした。
「確かにDomが使うグレアには特別な力があるのは認めるよ。Subに大きく作用することもね。科学的にも検証されている事実だ。でも、それだけだ。グレアを放つだけでSubを支配できると思っているDomのグレアなんか稚拙で最悪だ。アイツのグレアもそうだった。思い出しただけで虫唾が走る。潤も分かるだろう?」
「まー秀斗クンの言ってることは分かるけどさ。実際、優人サンとか雅峯サンのグレアってマジでヤバいし」
「……ん? 父はともかく雅峯は人前でグレアを使うことは滅多にないはずだけど」
「うっそだろ素であの圧?」
「圧? 雅峯は優しいよ?」
「うん、それお前にだけね。オレすっげー睨まれってからあのヒトに」
「それは君がしょうもないイタズラを雅峯に仕掛けるからだ。聞いたぞ、雅峯のデスクを数百個の電飾で彩ったらしいな」
「ハロウィンだったからね」
秀斗は呆れた目で潤を見た。当の潤は飄々と「エレクトリカルパレードも流したんだよ」と動画を再生し始めている。コイツ反省文も書いたらしいけど何を反省したんだろうな、と秀斗は思った。
「オレの推しポイントここ、見てこれ動くの」
「へえ」
細部まで拘ったらしい電飾の配置と色に関する解説を適当に聞き流していると、コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞー」
「おいなんで潤が応えるんだ」
「失礼します。……ああ五十嵐くん、ここにいたんですね」
入ってきたのは端正な顔立ちをした美丈夫だった。その顔を見て、「お」と潤が声を上げる。
「噂をすればじゃん。雅峯サンも見てこれ」
潤はそう言ってソファの背から腕だけ出してスマホを雅峯に見せた。
「それはこの前の……。反省文じゃ足りませんでしたか?」
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