39 / 54
時価2000万
3−15
しおりを挟む「アオイはきっと気づいているけど……私は何に対しても興味がありません」
「それは……うん」
アオイは躊躇いがちに頷いた。アオイの目が確かなら、ジスランは自分自身にさえ興味がないはずだった。
「他の竜人は概ね成人前に執着する対象を……私たちの間ではそれを運命とも呼びますけど――とにかく、80歳前後で見つけます」
ですが、とジスランは目を伏せた。
「私は、200を過ぎた今も、それを見つけることができなかった」
それはきっとジスランの心の柔らかい場所だった。アオイの唇が震える。慰めようと持ち上げた右手は中途半端な所で止まり、結局下ろしてしまった。慰め方なんか知らない。アオイは唇を噛んだ。
「それを劣っているとは思いません……ただまあ、変わってはいます。変わっているから、竜神として生きてきた面もありますけど」
「でも、でも、僕のことは好きでしょ?」
ジスランが顔を上げる。その顔は驚きに染まっていた。アオイは震える手でジスランの手を握った。
「アオイ?」
「僕はジスランの運命にはなれないけど――」
だってしょせん仮初の関係だ。鼻の奥がつんとして、アオイは慌てて俯いた。俯いたから、ジスランの顔が苦しそうに歪んだことに、アオイは気づかなかった。
「でも、ジスランの好きな僕でいることはできるよ」
「……ええ、そうですね」
ジスランはそう言って寂しそうに微笑んだ。本当の運命なら、ジスランにそんな顔させなかったのかと思うと、悔しくてたまらなかった。
アオイは一生懸命言葉を重ねた。
「だから、明日は僕を、僕だけを見てて」
「ええ、それは言われなくても……」
アオイは笑顔を作った。今度は完璧な笑顔だった。
「きっとジスランは僕を好きになるために生まれてきたんだよ」
ジスランが大きく目を見開く。その顔を見ながら、アオイはきっと本当は逆なんだろうな、と思った。本当は、僕はジスランを好きになるために生まれてきたのだ。
◇
「うーん完璧。自分の才能が怖い」
式典を終え、夜の舞踏会のための衣装に着替えたアオイは、鏡の中に映った自分をうっとりと眺めた。
「よくお似合いです」
「知ってる。ジスランは?」
「もうすぐお越しになるかと」
「アオイ、パーティーの前に私に会いたいと聞きましたけど……?」
「あ、ほんとだ。ジスラン! こっち!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねここにいることをアピールすると、すぐに気づいたジスランが眦を下げた。
「落ち着いて、アオイ。式典はどうでしたか? 疲れてない?」
「全然」
本当に式典は楽だった。ただ黙って存在していればいいだけなのでこれ以上に楽な仕事はない。
「というか半分寝てたから記憶がない」
昨夜遅くまでジスランと練習していたせいだ。牧師だか神父だか魔術師だかよく分からない白髪の老人に誓の言葉を求められた気がしたけどあれは果たして夢だったのか現実だったのか。
ハトリが驚いた顔で素っ頓狂な声を上げた。
「寝てたんですか?!」
ジスランは愉快そうに目を細めた。
「少し揺れてましたものね」
「やば。そんな分かりやすかった?」
「たぶん私以外は気づいてませんよ。ベール被ってましたし」
「あれよくないね。程よく薄暗くて眠くなる」
「ふふ、でしょうね。しかし本当に寝てたんですね。私にもたれかかってきた時は何か内緒話でもしたいのかと……」
「じゃあ終盤ジスランに支えられた気がしてたのは夢じゃなかったのか。……なんか、ごめんね?」
「全然。アオイは軽いから。でも君、意外と体温が高いんですね。私も眠くなりました」
「それは僕のせいだけじゃないと思うんだけどなあ。誰か知らないけどあの爺さんの話が長かったせいだろ」
と、口を尖らせると思いの外真剣な顔でジスランが同意を示した。
「時々、竜神様の権力を使って祝辞などは1分以内に納めるべきという慣習を作ってやろうかと思うことがあります」
「いいじゃん、作ってよ」
「お二人ともなんてこと話してるんですか……陛下の話をそんな簡単に……」
「あの人王様だったの?」
「さあ」
「竜神様……」
ついにハトリが頭を抱えた。アオイは肩をすくめ、「それより」と話題を変えることにした。
「ジスランを呼んだワケだけど」
「ああ、そう。どうしたんですか? 出たくないとかであれば対応しますよ」
「ここまで準備してどうしてそうなるのさ。そうじゃなくて、メイク! メイクの話!」
「メイク?」
「ジスラン、こっち」
アオイはそう言ってジスランの手を引き、ドレッサーの前に座らせた。ハトリに目配せをすると、彼は小さく一礼して部屋を出た。あらかじめ打ち合わせしていたことだった。
「今からメイクをします。ジスランだけじゃなくて僕もします」
「アオイの世界では男性もメイクを?」
「いやまだ珍しいよ。僕のいた業界では普通だったけど。ああでも、これからするメイクは珍しいかも。ガッツリ色乗せる予定だし」
「なるほど……?」
ジスランは不思議そうに瞬きを繰り返した。アオイはジスランの後ろに立つと「よし」と一つ気合を入れ、筆を手に取った。
「大丈夫だとは思うけど……いやでも先に言っとくね、肌荒れしたらごめん。ジスランの肌が強いことを祈っておくから許して」
ハトリに聞かれたら怒られそうだ。
「大丈夫だと思いますよ。竜人ですし」
しかし当の本人はどうでも良さそうである。
「……ジスラン、僕が勧めたら怪しい壺も買いそうでやだな……」
「アオイが欲しいなら買いますけど」
これからは不用意に物をねだるのは控えよう。心に誓うと、咳払いを一つして筆を握り直した。
「始めるから目、閉じて」
ジスランの瞳が閉じられる。まつ毛が長い。下地を塗ったら土台が完成したんだけどどういうこと? 陶器のような肌を自前で持つな。ニキビもないし。
「……なんかムカついてきたな」
「えっ」
「冗談。あまりに綺麗でちょっと嫉妬したというか……」
「アオイの方が綺麗ですよ」
「……それを本気で言っているのも分かるんだけどね?」
しかしジスランの持つ美貌は好みの範疇に収まるものでもないのだ。誰が見ても認める美貌である。10人中11人が振り向いてもおかしくない。顔だけで食っていけるなこれ、とアオイは思った。
「ファンデは塗らなくて良さそうだからアイシャドウ乗せるね」
「お任せします」
「んー、どうしようかな……」
迷ったがここは普通にブラウンでいいだろう。服に合わせて青でもいいだろうが、青はこの世のものではないような美貌が余計に際立ってしまう。元々彫りが深いから陰影は最小限でいい。アイラインはどうしよう? いや入れる。なんだか楽しくなってきた。
アオイは慎重にアイラインを引きながら、そっと口を開いた。
「……確かにさ、ジスランの言うようにたぶん僕はジスランよりも綺麗だと思わせることができるよ」
ジスランはスッと顎を引いた。何か考えているようだ。
「それは別に僕がジスランより綺麗とかじゃなくて、僕は見せ方を知っているし、ジスランは美しいだけだからだ」
それでも多くの人はジスランに夢中になるだろうけど。アオイは心の中で付け加えた。
「……だから、本当はこのパーティーで僕だけに注目を集めるつもりだった」
「…………」
「僕だけに注目を集めて、ジスランに凄いと思ってもらいたかったんだ」
ジスランが口を開いた。
「……でも、今は違う?」
「今は、ジスランに僕のことを知って欲しいと思ってる、かな。……目、開けて」
ジスランがそっと目を開けた。驚いたようにその瞳が見開かれる。
アオイは得意気に鼻の下を擦った。
メイクは今より綺麗な自分になるためにやるものじゃない。与える印象を、操作するためにやるものだ。今のジスランはメイクによって常より華やかに、そしてほんの少し親しみやすい雰囲気を纏っていた。
アオイは口元に微笑を浮かべた。
「ジスランが僕以外に興味が無いのは知ってるよ。でも、僕のことが好きなら――きっと世界も好きになれる」
ジスランの瞳が驚いたように見開かれた。
「アオイ……」
「別に、好きになる必要もないけどさ」
アオイはひょいと肩をすくめた。
「でも好きなものはたくさんあった方が楽しいし、それに、もしかしたら思わぬとこで――運命が見つかるかもだし?」
本当は、そんなものは見つかって欲しくないけど。
でもやっぱり、好きな人の、あんな寂しそうな笑顔はもう見たくない。
アオイは花が咲くように笑った。
「僕を通して、僕の世界も全部好きになろう」
20
お気に入りに追加
618
あなたにおすすめの小説

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話
ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。

優しくて知的な彼氏とサークルの合宿中我慢できなくて車でこっそりしたら、優しい彼氏が野獣になってしまった話
ゆなな
BL
Twitterで連載していたタイトルそのまんまのお話です。大学のサークルの先輩×後輩。千聖はいろさん@9kuiroが描いて下さったTwitterとpixivのアイコン、理央はアルファポリスのアイコンをモデルに書かせてもらいました。

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話
ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。
海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。
夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。
ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。
翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる