48 / 54
時価マイナス2000万
4-7
しおりを挟む
スタッフに必要事項を伝達し、簡単な打ち合わせをしていたら屋敷に帰る頃にはすっかり日が沈んでいた。
普段は劇場近くの宿を取っているのだが、今日ばかりは危ないからとハトリの猛烈な反対にあい、アオイはジスランと共に屋敷に戻ってきたのだった。オンとオフの切り替えを自宅に帰ることで行なっているので正直帰りたくなかったのだが今回ばかりはしょうがない。
元々ジスランの部屋ではあるが半年も使っていれば馴染んでいく。寝室はアオイが最も落ち着ける場所だった。
簡単な夕食を済ませたアオイは足取り軽くドアを開け、いつものようにソファにダイブした。既にジスランが座っていたがお構いなしだ。ジスランも慣れたように無言でアオイのスペースを開け、クッションを手渡した。
「色々あったけど今日も楽しかった! ね、ジスランはどうだった?」
「ええ、今日も素晴らしかったです。ペンライト? を振るのも楽しかったです。実は最初は少し恥ずかしかったんですけど」
「ふふん、でしょ? 一緒にライブを作ってるって感じするもんね」
「はい。あれ、何本まで持っていいんですか?」
「1本か2本。それ以上は要相談」
真顔で伝えると、ジスランは「冗談ですよ」とくすくすと肩を揺らした。
「それにしてもどこから漏れたんだろうね?」
クッションをもみくちゃにしながら首を傾げると、ジスランは「そうですね」とどこか上の空で相槌をうった。
「ジスラン僕の話聞いてる?」
心がこもってない!とめんどくさい彼女のような絡み方をするアオイに、ジスランは微笑を浮かべたかと思うと、ふっと視線を宙にさ迷わせた。いつになくぼんやりしているジスランを見て、アオイは眉を寄せた。
「ジスラン?」
ジスランはおもむろにアオイの名前を呼んで、両手を広げた。
「……なに?」
「おいで」
「えっ」
アオイは目を見開いた。人の目がないところで、ジスランは基本的にアオイに一切触れようとしない。そのことを承知しているアオイは、敢えて人目がある場所にジスランを連れて行ったりしていたのだがそれは今関係ない話だ。アオイは目を見開いたままジスランの顔を凝視した。ジスランは揶揄いもなにも含んでいない、真剣な顔をしている。
固まったままでいると、ジスランに抱き締められた。
(――エッ?!)
ドッと心臓が大きな音を立てる。全身の血管が脈打ち、アオイははくはくと口を動かした。声にならない声が吐息として吐き出される。いつの間にか、アオイはジスランの膝の上に乗っていた。男はゆっくりと、まるであやすようにアオイの背中を撫でている。
「今、私は何も見ていませんよ」
ジスランの穏やかな声。
「……え?」
「今は、笑わなくていい」
アオイは目を見開いた。
「な、に、それ……」
まさか慰められてる? 瞬間、怒りにも似た衝動が腹の中から湧き上がる。思わず身を捩ると、それ以上の力で抱きしめられた。アオイは腰に回ったジスランの腕を引っ掻いた。それでも男はびくともしない。
「何してるんだよ、こんなの、なんで……!」
涙声だった。アオイは小さく「クソ」と毒づくと、もう一度身を捩った。拘束は緩まない。
「おれ、こんなことされたって泣けないし……それに、嬉しくも、ない」
嘘だ。本当の気持ちなんてもう分からない。ただ、ジスランに同情されたと思うと耐えられなかった。
可哀想で、慰めたいと思われるような、庇護されるだけの人間になんかなりたくない。慰めて欲しいならそういう演技をする。一方的に与えられるなんて真平だ。低い声で「やめろ」と言っても、ジスランは何も言わなかった。抱きしめられているから、どんな顔をしているかも分からない。
「別に泣かなくてもいいんです。泣く必要もない」
と、ジスラン。どうにか隙を見て逃げ出せないかと様子を伺っていたアオイは、その言葉に動きを止めた。
「アオイにとって、感情を表に出すことがどういうことなのかくらい分かっているつもりです」
ジスランの声は穏やかだった。まるで全てを見透かしているような、そんな優しい声をしている。
「泣くにせよ笑うにせよ、表に出した時点で価値がつく。価値をつけているのは私であり君だ」
わかりますよ、とジスラン。アオイは抵抗するのをやめ、その声に耳を澄ませていた。
「見せたくないものは見せなくていい。見たいとも思いません。これからもアオイが見せたいアオイを私に見せて欲しい。私はアオイが作るアオイが好きです。でもね、無理なら無理だと言っていいんですよ」
「なんだよ、それ……」
「私が君の顔を隠してあげます。私は君より大きいから、きっと誰にも気づかれませんよ」
もちろん私にも、とジスラン。アオイは脱力すると、力なく笑った。
「何それ、むちゃくちゃだ」
「そうでしょうか」
と、ジスラン。本気で言っているのだ。アオイはくすくすと肩を揺らすと、ぎゅっとジスランに抱きついた。
「それなら、今夜はずっとこうしていて」
「ええ、もちろん」
「そしたら、僕は明日からも頑張れるから」
そのとき、ジスランの胸元が濡れたが、彼は何も言わなかった。
普段は劇場近くの宿を取っているのだが、今日ばかりは危ないからとハトリの猛烈な反対にあい、アオイはジスランと共に屋敷に戻ってきたのだった。オンとオフの切り替えを自宅に帰ることで行なっているので正直帰りたくなかったのだが今回ばかりはしょうがない。
元々ジスランの部屋ではあるが半年も使っていれば馴染んでいく。寝室はアオイが最も落ち着ける場所だった。
簡単な夕食を済ませたアオイは足取り軽くドアを開け、いつものようにソファにダイブした。既にジスランが座っていたがお構いなしだ。ジスランも慣れたように無言でアオイのスペースを開け、クッションを手渡した。
「色々あったけど今日も楽しかった! ね、ジスランはどうだった?」
「ええ、今日も素晴らしかったです。ペンライト? を振るのも楽しかったです。実は最初は少し恥ずかしかったんですけど」
「ふふん、でしょ? 一緒にライブを作ってるって感じするもんね」
「はい。あれ、何本まで持っていいんですか?」
「1本か2本。それ以上は要相談」
真顔で伝えると、ジスランは「冗談ですよ」とくすくすと肩を揺らした。
「それにしてもどこから漏れたんだろうね?」
クッションをもみくちゃにしながら首を傾げると、ジスランは「そうですね」とどこか上の空で相槌をうった。
「ジスラン僕の話聞いてる?」
心がこもってない!とめんどくさい彼女のような絡み方をするアオイに、ジスランは微笑を浮かべたかと思うと、ふっと視線を宙にさ迷わせた。いつになくぼんやりしているジスランを見て、アオイは眉を寄せた。
「ジスラン?」
ジスランはおもむろにアオイの名前を呼んで、両手を広げた。
「……なに?」
「おいで」
「えっ」
アオイは目を見開いた。人の目がないところで、ジスランは基本的にアオイに一切触れようとしない。そのことを承知しているアオイは、敢えて人目がある場所にジスランを連れて行ったりしていたのだがそれは今関係ない話だ。アオイは目を見開いたままジスランの顔を凝視した。ジスランは揶揄いもなにも含んでいない、真剣な顔をしている。
固まったままでいると、ジスランに抱き締められた。
(――エッ?!)
ドッと心臓が大きな音を立てる。全身の血管が脈打ち、アオイははくはくと口を動かした。声にならない声が吐息として吐き出される。いつの間にか、アオイはジスランの膝の上に乗っていた。男はゆっくりと、まるであやすようにアオイの背中を撫でている。
「今、私は何も見ていませんよ」
ジスランの穏やかな声。
「……え?」
「今は、笑わなくていい」
アオイは目を見開いた。
「な、に、それ……」
まさか慰められてる? 瞬間、怒りにも似た衝動が腹の中から湧き上がる。思わず身を捩ると、それ以上の力で抱きしめられた。アオイは腰に回ったジスランの腕を引っ掻いた。それでも男はびくともしない。
「何してるんだよ、こんなの、なんで……!」
涙声だった。アオイは小さく「クソ」と毒づくと、もう一度身を捩った。拘束は緩まない。
「おれ、こんなことされたって泣けないし……それに、嬉しくも、ない」
嘘だ。本当の気持ちなんてもう分からない。ただ、ジスランに同情されたと思うと耐えられなかった。
可哀想で、慰めたいと思われるような、庇護されるだけの人間になんかなりたくない。慰めて欲しいならそういう演技をする。一方的に与えられるなんて真平だ。低い声で「やめろ」と言っても、ジスランは何も言わなかった。抱きしめられているから、どんな顔をしているかも分からない。
「別に泣かなくてもいいんです。泣く必要もない」
と、ジスラン。どうにか隙を見て逃げ出せないかと様子を伺っていたアオイは、その言葉に動きを止めた。
「アオイにとって、感情を表に出すことがどういうことなのかくらい分かっているつもりです」
ジスランの声は穏やかだった。まるで全てを見透かしているような、そんな優しい声をしている。
「泣くにせよ笑うにせよ、表に出した時点で価値がつく。価値をつけているのは私であり君だ」
わかりますよ、とジスラン。アオイは抵抗するのをやめ、その声に耳を澄ませていた。
「見せたくないものは見せなくていい。見たいとも思いません。これからもアオイが見せたいアオイを私に見せて欲しい。私はアオイが作るアオイが好きです。でもね、無理なら無理だと言っていいんですよ」
「なんだよ、それ……」
「私が君の顔を隠してあげます。私は君より大きいから、きっと誰にも気づかれませんよ」
もちろん私にも、とジスラン。アオイは脱力すると、力なく笑った。
「何それ、むちゃくちゃだ」
「そうでしょうか」
と、ジスラン。本気で言っているのだ。アオイはくすくすと肩を揺らすと、ぎゅっとジスランに抱きついた。
「それなら、今夜はずっとこうしていて」
「ええ、もちろん」
「そしたら、僕は明日からも頑張れるから」
そのとき、ジスランの胸元が濡れたが、彼は何も言わなかった。
27
お気に入りに追加
618
あなたにおすすめの小説

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話
ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。

優しくて知的な彼氏とサークルの合宿中我慢できなくて車でこっそりしたら、優しい彼氏が野獣になってしまった話
ゆなな
BL
Twitterで連載していたタイトルそのまんまのお話です。大学のサークルの先輩×後輩。千聖はいろさん@9kuiroが描いて下さったTwitterとpixivのアイコン、理央はアルファポリスのアイコンをモデルに書かせてもらいました。

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話
ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。
海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。
夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。
ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。
翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……
【完結】俺の声を聴け!
はいじ@書籍発売中
BL
「サトシ!オレ、こないだ受けた乙女ゲームのイーサ役に受かったみたいなんだ!」
その言葉に、俺は絶句した。
落選続きの声優志望の俺、仲本聡志。
今回落とされたのは乙女ゲーム「セブンスナイト4」の国王「イーサ」役だった。
どうやら、受かったのはともに声優を目指していた幼馴染、山吹金弥“らしい”
また選ばれなかった。
俺はやけ酒による泥酔の末、足を滑らせて橋から川に落ちてしまう。
そして、目覚めると、そこはオーディションで落とされた乙女ゲームの世界だった。
しかし、この世界は俺の知っている「セブンスナイト4」とは少し違う。
イーサは「国王」ではなく、王位継承権を剥奪されかけた「引きこもり王子」で、長い間引きこもり生活をしているらしい。
部屋から一切出てこないイーサ王子は、その姿も声も謎のまま。
イーサ、お前はどんな声をしているんだ?
金弥、お前は本当にイーサ役に受かったのか?
そんな中、一般兵士として雇われた俺に課せられた仕事は、出世街道から外れたイーサ王子の部屋守だった。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる