異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

文字の大きさ
上 下
37 / 54
時価2000万

3−13

しおりを挟む
 場所をレッスン室に移し、練習が始まったのが数時間前のことだ。

「キッツ……」

 アオイは床に膝をつきへたりこんだ。ゼーハーと肩で息をするアオイの頭に、ハトリがそっとタオルを乗せる。

「……ありがとう、ハトリさん」

 ふーっと大きく息を吐き息を整える。膝を立て体育座りをすると、頭のタオルはそのまま、アオイは項垂れた。

「無理かもしれない……」
「ですが筋はいいです」

 ハトリはそう言ってアオイに水を差し出した。それを受け取りながら、力なく首を横に振る。

「ステップは覚えられても立ち姿がゴミなんだもん……あークソ、筋肉を落とすべきじゃなかった」

 アイドルとして踊っていた頃のダンスと、ワルツは使う筋肉も見せ方も違う。それくらいは覚悟していたが、そもそも使える筋肉がないのだ。体幹も弱くなってたし。アオイは元の世界に居た時よりずっと薄くなった腹を撫でた。客に好まれるために痩せた代償をこんなところで払うことになるとは思わなかった。

「まずこの短時間でステップを全て覚えたことが凄いのですけど」

 ハトリのフォローも、ささくれだったアオイの心には響かない。

「そんなにステップの数もないじゃん」

 これぐらいできて当たり前だろ、と口を尖らせると、ハトリは困ったように眉を下げた。アオイは気まずそうに視線を逸らし、ため息を吐いた。

「……ごめん、ちょっと今冷静じゃない」
「お疲れなんでしょう。娼館から映ってさほど日も経っていませんし、息をつく間もなく式典です。アオイ様でなくても消耗しますよ」
「そうなのかな」

 アオイの瞳が迷うように揺れる。ハトリは大きく頷いた。

「それに、ワルツで重要なのはどちらかといえば男性側です。こう言ってはあれですが、主様に身を任せていれば踊れてしまうものです」
「……それ、踊れるってだけでしょ」

 アオイはごろんと寝転ぶと、目元にタオルを当て視界を覆った。

「ジスランに任せておけば大丈夫なのも分かるよ。でも、それだけじゃダメなんだ」

 踊れるだけじゃ足りない。常に完璧でいてこそ、空波蒼だ。
 アオイは言い訳をするようにボソボソと言葉を続けた。

「……踊る必要がないのも分かってる。今までの神子はそうだったんだろ」
「ええ、ですから心配しなくても……」
「俺は、同じじゃダメなんだよ」
「アオイ様……?」

 元の世界では失敗しているところも適度に見せていたが、この世界では隙を見せるべきではない。ジスランの、竜神様の本当の番ではないことが万一バレたとき、それはアオイの弱みに直結する。

 (結局、あの時だって助けてとは言えなかったし)

 アオイは、ジスランに迫ったあの夜を思い出した。
 もしもあの夜、空波蒼としての矜恃を捨てて、何も纏わず、何も取り繕わずただ「僕を愛して欲しい」と言えてたら?

 馬鹿馬鹿しい。

 アオイは脳裏に描いた甘い妄想を鼻で笑った。
「僕」に価値はない。でも、「空波蒼」は別だ。愛されるために作ったんだから。アオイを捨てたら僕には何も残らない。
 つまり、血反吐を吐いても練習するしかないということだ。
 タオルを取り起き上がると、横のハトリが緊張した面持ちで唾を飲み込んだ所だった。不審に思い、ハトリの視線を辿っていく。

「どうしたの、ハトリさ、ん……」

 アオイは大きく目を見開いた。

「探しましたよ、アオイ。何をしているのですか?」
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話

ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

優しくて知的な彼氏とサークルの合宿中我慢できなくて車でこっそりしたら、優しい彼氏が野獣になってしまった話

ゆなな
BL
Twitterで連載していたタイトルそのまんまのお話です。大学のサークルの先輩×後輩。千聖はいろさん@9kuiroが描いて下さったTwitterとpixivのアイコン、理央はアルファポリスのアイコンをモデルに書かせてもらいました。

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話

ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。 海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。 夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。 ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。 翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……

【完結】俺の声を聴け!

はいじ@書籍発売中
BL
「サトシ!オレ、こないだ受けた乙女ゲームのイーサ役に受かったみたいなんだ!」  その言葉に、俺は絶句した。 落選続きの声優志望の俺、仲本聡志。 今回落とされたのは乙女ゲーム「セブンスナイト4」の国王「イーサ」役だった。 どうやら、受かったのはともに声優を目指していた幼馴染、山吹金弥“らしい”  また選ばれなかった。 俺はやけ酒による泥酔の末、足を滑らせて橋から川に落ちてしまう。 そして、目覚めると、そこはオーディションで落とされた乙女ゲームの世界だった。 しかし、この世界は俺の知っている「セブンスナイト4」とは少し違う。 イーサは「国王」ではなく、王位継承権を剥奪されかけた「引きこもり王子」で、長い間引きこもり生活をしているらしい。 部屋から一切出てこないイーサ王子は、その姿も声も謎のまま。  イーサ、お前はどんな声をしているんだ?  金弥、お前は本当にイーサ役に受かったのか? そんな中、一般兵士として雇われた俺に課せられた仕事は、出世街道から外れたイーサ王子の部屋守だった。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...