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時価2000万

3−13

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 場所をレッスン室に移し、練習が始まったのが数時間前のことだ。

「キッツ……」

 アオイは床に膝をつきへたりこんだ。ゼーハーと肩で息をするアオイの頭に、ハトリがそっとタオルを乗せる。

「……ありがとう、ハトリさん」

 ふーっと大きく息を吐き息を整える。膝を立て体育座りをすると、頭のタオルはそのまま、アオイは項垂れた。

「無理かもしれない……」
「ですが筋はいいです」

 ハトリはそう言ってアオイに水を差し出した。それを受け取りながら、力なく首を横に振る。

「ステップは覚えられても立ち姿がゴミなんだもん……あークソ、筋肉を落とすべきじゃなかった」

 アイドルとして踊っていた頃のダンスと、ワルツは使う筋肉も見せ方も違う。それくらいは覚悟していたが、そもそも使える筋肉がないのだ。体幹も弱くなってたし。アオイは元の世界に居た時よりずっと薄くなった腹を撫でた。客に好まれるために痩せた代償をこんなところで払うことになるとは思わなかった。

「まずこの短時間でステップを全て覚えたことが凄いのですけど」

 ハトリのフォローも、ささくれだったアオイの心には響かない。

「そんなにステップの数もないじゃん」

 これぐらいできて当たり前だろ、と口を尖らせると、ハトリは困ったように眉を下げた。アオイは気まずそうに視線を逸らし、ため息を吐いた。

「……ごめん、ちょっと今冷静じゃない」
「お疲れなんでしょう。娼館から映ってさほど日も経っていませんし、息をつく間もなく式典です。アオイ様でなくても消耗しますよ」
「そうなのかな」

 アオイの瞳が迷うように揺れる。ハトリは大きく頷いた。

「それに、ワルツで重要なのはどちらかといえば男性側です。こう言ってはあれですが、主様に身を任せていれば踊れてしまうものです」
「……それ、踊れるってだけでしょ」

 アオイはごろんと寝転ぶと、目元にタオルを当て視界を覆った。

「ジスランに任せておけば大丈夫なのも分かるよ。でも、それだけじゃダメなんだ」

 踊れるだけじゃ足りない。常に完璧でいてこそ、空波蒼だ。
 アオイは言い訳をするようにボソボソと言葉を続けた。

「……踊る必要がないのも分かってる。今までの神子はそうだったんだろ」
「ええ、ですから心配しなくても……」
「俺は、同じじゃダメなんだよ」
「アオイ様……?」

 元の世界では失敗しているところも適度に見せていたが、この世界では隙を見せるべきではない。ジスランの、竜神様の本当の番ではないことが万一バレたとき、それはアオイの弱みに直結する。

 (結局、あの時だって助けてとは言えなかったし)

 アオイは、ジスランに迫ったあの夜を思い出した。
 もしもあの夜、空波蒼としての矜恃を捨てて、何も纏わず、何も取り繕わずただ「僕を愛して欲しい」と言えてたら?

 馬鹿馬鹿しい。

 アオイは脳裏に描いた甘い妄想を鼻で笑った。
「僕」に価値はない。でも、「空波蒼」は別だ。愛されるために作ったんだから。アオイを捨てたら僕には何も残らない。
 つまり、血反吐を吐いても練習するしかないということだ。
 タオルを取り起き上がると、横のハトリが緊張した面持ちで唾を飲み込んだ所だった。不審に思い、ハトリの視線を辿っていく。

「どうしたの、ハトリさ、ん……」

 アオイは大きく目を見開いた。

「探しましたよ、アオイ。何をしているのですか?」
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