異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

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時価2000万

3-11

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「……まず一般常識として、竜神様が出席なさる式典や舞踏会で、竜神様の髪の色を身につけるべきではありません。つまり現在は白ということになります」

 ジスランは面倒くさそうに口を挟んだ。

「別に、私はどうでもいいんですけど」

 アブルの眉がハの字に下がる。はは、と引き攣った笑いを見せたアブルはジスランからそっと視線を外し咳払いを一つした。

「しかし、番様は別です。むしろこの場合は竜神様の色を使う方が望ましいでしょう。婚礼の儀では愛し合う2人がお互いの髪や瞳の色を纏いますから。ですのでメインカラーは白と黒をオススメ致します」

 アオイは頷いた。

「白と黒なら使いやすいしそうします。……ジスラン、黒着るの?」

 あの基本白しか着ないジスランが? アオイは思わずジスランの全身に視線を走らせた。

「似合わないでしょうか?」
「それはない」

 アオイはキッパリと否定した。ジスランの顔ならどんなトンチキ衣装でも似合っていると錯覚させることが可能だろう。

「まあアオイの色ですから似合わなくても着ますけど」
「僕の色が似合わないはずないでしょ」

 黒が似合わない人間の方が珍しいし、そもそも黒をアオイの色と言っていいかは疑問が残る。黒髪なんて履いて捨てるほどいるのだ。しかし、ジスランは嬉しそうに口元を緩めた。

「ん? 僕の色か……」

 アオイは目を伏せた。唇に人差し指を当てじっと考え込んでいると、アブルが提案した。

「差し色は赤にして柘榴石を使うのはどうでしょう? 竜神様がよく身につけていますし、ゴールドとも相性が良いですから」
「赤……いや、青がいいです」

 アブルが怪訝そうに眉を顰めた。

「青?」

 アオイは背筋を伸ばすとジスランの顔を覗きこんだ。

「ジスラン!」

 アオイの大きな声に、ネポスとアブルの肩がびくりと揺れ、ジスランは目を丸くした。驚いて動きを止める男達に構わずアオイは腰にまわったジスランの腕をギュッと握った。ジスランの唇が薄く開く。

「ジスランが、一番好きなのは誰?」
「アオイ」

 即答だった。

「よし」

 アオイは満足そうに頷いた。

「だから今日からジスランの好きな色も青」

 いい?と上目遣いでジスランを見ると、男は「昨日のあれはそういう……」と納得したように呟いた。

「あっ待って。昨日のあれは僕が大人気なかったから忘れてくれると嬉しいんだけど」
「青がアオイの色なのですか?」

 これ忘れる気ねえな、とアオイは思った。なんなら根に持っている可能性もある。藪をつついて蛇を出したくはないので、アオイは大人しくジスランの話に乗っかった。

「……そう。元の世界の話だけど」
「いいですね、アオイだから?」

 考えてみれば安直な理由だ。少し決まりが悪くなり、アオイはそっぽを向いた。

「……分かりやすくていいでしょ」
「ええ。それなら確かに私の好きな色は青です。気づかなくてごめんね? アオイ」
「もういいってば……」

 アオイは項垂れた。抗議の意を込めてジスランの体に体重を預けたが、全く気にしている様子がない。むしろどこか嬉しそうだ。アオイは、たぶんこれは僕の願望だな、とすぐに自分を戒めた。
 ジスランがアブルに「宝石もいくつか見せてください」と伝えると、アブルは心得たというように頷いて、革張りのケースをアオイ達の前に置いた。中は3段に仕切られており、キラキラと輝く宝石たちが鎮座している。

「青い宝石……藍宝石やラピスラズリあたりでしょうか。ターコイズもありますね」

 と、ジスラン。彼の言葉に、今まで黙ってアオイ達の会話を聞いていたアブルがおずおずと口を開いた。

「あの、藍宝石はともかくラピスラズリやターコイズは流行りから外れていますし、そもそも格式高い場所につけていく方はあまりおりませんで……」

 つまりアブルはお前らTPO間違えてるぞ、と言いたいのだ。アオイはでも、と唇を尖らせた。

「竜神様パワーでなんとからないもん?」
「りゅっ……いえその……ですがやはり大事な式典などは柘榴石をつけることが慣例になっておりまして……」

 アブルが額の汗を拭く。すると、今まで黙って聞いていたネポスが口を開いた。

「柘榴石が格の高い宝石とされているのは竜神様にあやかってですが」

 震源地ジスランじゃねえか。アオイはあんぐりと口を開けた。

「……ジスラン、いつから柘榴石を付けてるの」

 ジスランは気だるげにぐるりと首を回した。

「さあ、100年くらい? 好きなものは滅多に変わらないので、気に入ったらずっと付けてしまうんですよね」
「ジスランの年齢って……いやなんでもない……」

 今朝のハトリの言葉が脳裏をよぎる。アオイは、ジスランって本当に竜人なんだな、と思った。でも、その彼が青が好きだと言ったのだ。
 アオイは切り替えるように頭を振ると「そういうことなので」とアブルに向き直った。アブルは形容し難い顔をしている。

「とにかく柘榴石はなしで。ジスランがあと100年くらい青い宝石つければ慣例も変わるでしょ」
「任せてください」

 アブルの顔色が青と通り越して白くなった。

「藍宝石は……ちょっと色が深すぎる。でも多分こういう色の方がジスランに合うんだよな……」
「アオイ、私も一ついいですか」

 突然身を乗り出し口を挟んだジスランに、アオイは「どうしたの?」と首を傾げた。

「もちろんジスランの希望も聞くけど」
「私に似合うからなんてつまらない理由で選ばないでください」
「つまらなくはないだろ」
「それに……これは私の希望で、アオイが嫌ならそれでいいし、アオイが好きな宝石を選んで欲しいんですが」
「うんうん、今はそういうのいいから」

 いくらジスランの希望でも舞台の上で妥協するつもりはない。今回は舞台ではなく舞踏会だが同じことだ。好みよりも似合うか似合わないか、もっというのであれば金になるかならないか、これが一番大事だ。
 ジスランは照れくさそうに頬をかいた。

「アオイには明るい鮮やかな色を身につけて欲しいです。できればターコイズのような」

 アオイはパチパチと瞬きを繰り返した。ターコイズの青、水色とも形容できるその色は、アオイにとって明るい、空の色だ。アオイの好きな、なりたかった空。
 胸の内から温かいものが広がって、アオイは唇を震わせた。

「……僕に、この色が似合うって思ったの?」
「ええ。優しい青が君には似合ってる」
「そ、っか……」

 アオイは恥ずかしそうに俯くと、すぐにパッと顔を上げた。満面の笑みに、ジスランが微かに目を瞠いた。

「と! いうことなのでターコイズが見たいです。似たような色の宝石もいくつか見せてください」

 アブルは頷いた。

「かしこまりました。先ほどは不躾なことを言ってしまい申し訳ございません」
「大丈夫です。TPOは大事だし」
「ティーピー?」
「それに、慣例なんて僕が変えてみせますから」

 パチン、と片目を瞑ると、アブルは苦笑を浮かべ「そのようです」と頷いた。
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