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時価2000万
3-8
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「服ならあちらに。いくつかお持ちいたしますね」
アオイの葛藤は気づかれることなく、ハトリはにこにこと笑いながら部屋の奥を指した。歩き出そうとするハトリを制し、アオイは明るい声で「ダイジョーブ」とひらひらと手を振った。
「自分で選びたいからさ。ハトリさんも手伝って?」
ハトリが「任せてください」と大きく頷く。前のめりになりながら服を探し始めたハトリにアオイはくすくすと肩を揺らした。
「アオイ様、これとかどうですか?」
「ん~……どうしようかな。そういえば、今日は何か予定があるの?」
「アオイ様の戴冠式と、その後の舞踏会のための衣装を仕立てるために行商人が来ます」
そういえばそんなのあったな、とアオイは思った。戴冠式とはアオイが竜神様の番であること宣明する儀式だ。結婚式のようなものです、とジスランは説明していた。
昨晩ジスランから聞いたときはうっかり「面倒だな」と口走ってしまったのだが、ジスランも心底その通りだという顔で頷いていた。それでもやるのはアオイという存在を周知させる必要があるから、らしい。竜神様、という立場も色々複雑なようだ。
「それじゃあ動きやすいシンプルな服がいいか。とりあえず上はこのシャツで、下も黒のこれにするよ」
「少し寂しくありませんか?」
「だからピアス付ける」
「良いと思います。どれになさいますか?」
ハトリがジュエリーボックスを開け、首を傾げた。中の宝石を一つひとつ、人差し指で揺らしながら、アオイは難しい顔で考え込んだ。
「赤……赤かあ……」
「何と悩まれているのですか?」
「いや、この柘榴石にしようかなと思うんだけど……」
眉間に皺を寄せうんうんと唸るアオイ。ハトリは怪訝そうな顔でアオイと柘榴石を交互に見た。
アオイのイメージカラーは青だ。だから、元の世界では意識して青いものを身に纏ってきた。迷っているのは、この色がジスランが好きな色だと知ってしまったからだ。
「別に、こんなことしたって意味はないんだけど」
好きな人の好きな色を纏ったところで、好きになってくれるわけじゃない。分かっているのに、もしかしたらという可能性が捨てられない。
「……アオイ様?」
「よし、やっぱりこれにするよ。はい身支度終わり!」
えいや、と柘榴石を手にとり手早く身につける。最後に鏡を見て乱れているところがない確認していると、音もなくハトリがアオイの背後に周り、後ろ姿を整えてくれた。ハトリが離れたことを確認して自分でも背中を確認する。完璧である。アオイは満足気な笑みを浮かべた。ハトリが小さく一礼した。
「ん、ありがとう。もしかして行商人ってもう来てたりする?
「いえ、その前に食事を。昨晩から何も召し上がってないでしょう」
「あれ? そういえばそうだっけ」
意識するとすっかり忘れていた空腹感が顔を出す。腹をさすりながらハトリが開けたドアをくぐり部屋の外に出て、案内するハトリに続いて食堂に向かうと、既にそこにはジスランがいた。カップを持ちどこか憂いを帯びた表情で窓の外を見る姿はそれだけで一枚の絵画のように美しく、その姿に見惚れてしまったアオイは思わず足を止めた。時間が止まったようなその瞬間、ジスラン以外の景色が色褪せて、彼だけが輝いていた。
何かに気づいたようにジスランの頭が傾ぐと同時に、アオイの時間も動き出す。見惚れていたことを悟られないように、アオイは早足にジスランの元に向かった。
「ジスラン、お待たせ」
「いいえ、そんなに待っていませんよ。そういうシンプルな装いも似合ってます」
「そう?」
アオイははにかみながら、さりげない仕草で髪を耳にかけた。ジスランの視線がアオイの耳元に注がれ期待に胸が膨らむ。ところが、ジスランはそれ以上何も言わずふっとアオイから視線を外し、彼の隣、空いている席を指して座るように促した。
なんだそれ。がっかりしたアオイは、同時にそれもそうか、という諦念と共に着席する。好きって言ってもらいたかったのにな。ピアスをいじりながら目を伏せる。
「それとアオイ」
「ん、なあに?」
名前を呼ばれたので顔を上げると、驚くほど真剣な瞳に射抜かれていてアオイは慌てて背筋を伸ばした。何を言われるんだろう、と身構えていると、ジスランは一呼吸おいて、言った。
「いいですか、自室といえど不用意に全裸になるのはやめなさい」
「えっそんなだめ?」
アオイの葛藤は気づかれることなく、ハトリはにこにこと笑いながら部屋の奥を指した。歩き出そうとするハトリを制し、アオイは明るい声で「ダイジョーブ」とひらひらと手を振った。
「自分で選びたいからさ。ハトリさんも手伝って?」
ハトリが「任せてください」と大きく頷く。前のめりになりながら服を探し始めたハトリにアオイはくすくすと肩を揺らした。
「アオイ様、これとかどうですか?」
「ん~……どうしようかな。そういえば、今日は何か予定があるの?」
「アオイ様の戴冠式と、その後の舞踏会のための衣装を仕立てるために行商人が来ます」
そういえばそんなのあったな、とアオイは思った。戴冠式とはアオイが竜神様の番であること宣明する儀式だ。結婚式のようなものです、とジスランは説明していた。
昨晩ジスランから聞いたときはうっかり「面倒だな」と口走ってしまったのだが、ジスランも心底その通りだという顔で頷いていた。それでもやるのはアオイという存在を周知させる必要があるから、らしい。竜神様、という立場も色々複雑なようだ。
「それじゃあ動きやすいシンプルな服がいいか。とりあえず上はこのシャツで、下も黒のこれにするよ」
「少し寂しくありませんか?」
「だからピアス付ける」
「良いと思います。どれになさいますか?」
ハトリがジュエリーボックスを開け、首を傾げた。中の宝石を一つひとつ、人差し指で揺らしながら、アオイは難しい顔で考え込んだ。
「赤……赤かあ……」
「何と悩まれているのですか?」
「いや、この柘榴石にしようかなと思うんだけど……」
眉間に皺を寄せうんうんと唸るアオイ。ハトリは怪訝そうな顔でアオイと柘榴石を交互に見た。
アオイのイメージカラーは青だ。だから、元の世界では意識して青いものを身に纏ってきた。迷っているのは、この色がジスランが好きな色だと知ってしまったからだ。
「別に、こんなことしたって意味はないんだけど」
好きな人の好きな色を纏ったところで、好きになってくれるわけじゃない。分かっているのに、もしかしたらという可能性が捨てられない。
「……アオイ様?」
「よし、やっぱりこれにするよ。はい身支度終わり!」
えいや、と柘榴石を手にとり手早く身につける。最後に鏡を見て乱れているところがない確認していると、音もなくハトリがアオイの背後に周り、後ろ姿を整えてくれた。ハトリが離れたことを確認して自分でも背中を確認する。完璧である。アオイは満足気な笑みを浮かべた。ハトリが小さく一礼した。
「ん、ありがとう。もしかして行商人ってもう来てたりする?
「いえ、その前に食事を。昨晩から何も召し上がってないでしょう」
「あれ? そういえばそうだっけ」
意識するとすっかり忘れていた空腹感が顔を出す。腹をさすりながらハトリが開けたドアをくぐり部屋の外に出て、案内するハトリに続いて食堂に向かうと、既にそこにはジスランがいた。カップを持ちどこか憂いを帯びた表情で窓の外を見る姿はそれだけで一枚の絵画のように美しく、その姿に見惚れてしまったアオイは思わず足を止めた。時間が止まったようなその瞬間、ジスラン以外の景色が色褪せて、彼だけが輝いていた。
何かに気づいたようにジスランの頭が傾ぐと同時に、アオイの時間も動き出す。見惚れていたことを悟られないように、アオイは早足にジスランの元に向かった。
「ジスラン、お待たせ」
「いいえ、そんなに待っていませんよ。そういうシンプルな装いも似合ってます」
「そう?」
アオイははにかみながら、さりげない仕草で髪を耳にかけた。ジスランの視線がアオイの耳元に注がれ期待に胸が膨らむ。ところが、ジスランはそれ以上何も言わずふっとアオイから視線を外し、彼の隣、空いている席を指して座るように促した。
なんだそれ。がっかりしたアオイは、同時にそれもそうか、という諦念と共に着席する。好きって言ってもらいたかったのにな。ピアスをいじりながら目を伏せる。
「それとアオイ」
「ん、なあに?」
名前を呼ばれたので顔を上げると、驚くほど真剣な瞳に射抜かれていてアオイは慌てて背筋を伸ばした。何を言われるんだろう、と身構えていると、ジスランは一呼吸おいて、言った。
「いいですか、自室といえど不用意に全裸になるのはやめなさい」
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