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時価2000万
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朝起きて全身をチェックするのは元の世界からの習慣だ。そのために全裸で寝ていたし、そのままシャワーを浴びることも多かった。娼館にいた頃はいた頃でそこら中に全裸の男娼がいたし、お互いに客に付けられた跡がないかとか、体をチェックしあっていたのもあって裸を恥ずかしがる機会がなかったのでこれが一般的な習慣ではないことをすっかり忘れていたのだ。「ごめんね」とのんびり声をかけると、「軽すぎる……」というハトリの呻き声が返ってくる。
「これ、僕の朝の日課。太ったとか痩せたとか見てんの。あっ、だから全身鏡が欲しいんだけど」
「お願いだから普通に会話を続けようとしないでください……分かりました……分かりましたからとりあえず服を着てください……」
「別に見えてないでしょ?」
「見えてなくても問題ですってば……」
「それに、なんかハトリさんみたいな人は着替えも手伝うんじゃないの? 知らないけど」
「時と場合ってものがあります」
「そういうもん?」
「そうです。それにアオイ様は番ですから……ああ竜神様……」
「あ、ねえやっぱそこにジスランもいる? 聞きたいことがあ、」
「アオイ様服着ました?!」
「でも見られて困るような貧相な身体じゃないよ?」
上裸の表紙で某女性誌の重版を決めたこともある。
「だから困ってるん……なんでもありません違います勘弁してください。いやそうじゃなくて……っ!!」
ハトリの悲痛な声。流石に可哀想になってきたので下着を履き、朝起きた時に着ていた服を再び身に纏った。
「はい、ちゃんと着たよ。どうぞ」
「本当に着ました? 下着だけじゃありませんか? 本当に?」
「そんなに信じられない? もう僕がドア開けよっか」
「分かりました入ります」
ゆっくりとドアノブが回り、ハトリがおそるおそる部屋に入ってくる。慎重に部屋の中をぐるりと見渡したハトリが服を着てソファに座ったアオイを見つけて深々と安堵の息を吐いた。アオイは悪戯っ子のようにニッと笑った。
「……あれ、ジスランは?」
「アオイ様の支度ができるまで待つそうです」
「あ、そう」
つまんないの。アオイはぷらぷらと足を揺らした。疲れたように眉間を揉むハトリに、アオイは「でもさあ」と口を開いた。
「支度ってつまり着替えるんだよね? じゃあ別に全裸でもよくない?」
「よくないです」
ハトリは「なんてこと言うんですか」みたいな顔をした。
「なんてこと言うんですか」
口にも出した。ハトリは鎮痛な面持ちで首を横に振ると、「いいですか」とアオイの顔を見た。
「確かにわたくしたち使用人は主様の身の回りのお世話をさせて頂く者ですが、番様は特殊なのです。ですから、基本的なお世話も必要最低限にさせて頂いてます」
「なんで?」
「なんっ……いや、ええ、そうですよね。理由は竜神様にあります」
「ジスランに?」
「はい。ちょうど良い機会ですからしっかり説明しましょうか。竜神様はその……これは竜人という種の特徴ですが、基本的に執着心が強く排他的で、好き嫌いが激しい生き物です。一度何かを番と定めれば生涯、何があっても愛し通しますし、嫉妬深くもあるので番を共有するようなことは絶対に致しません」
「はえ~」
「これアオイ様にとって大事な話なんですからちゃんと聞いてください」
「番ってどうやって決まるの?」
「申し訳ありませんがそれは存じません」
「僕、番として呼ばれたんじゃ?」
「それはまあそうなんですが……」
「ハトリさんが僕に言い難いことかあ……神子の召喚ってそんなに特殊なものなの?」
ハトリの目が泳ぐ。アオイの口元が弧を描いた。獲物を嬲る猫のように瞳を爛々と光らせながら「そうなんだ?」と詰め寄ると、ハトリは「勘弁してください……」と蚊の鳴くような声で白旗を上げた。
「あはは、冗談だよ。困らせてごめんね?」
「うう……一応、大体出会ってすぐに分かる、私たち人族のいうところの一目惚れのようなものだと聞いたこともあります」
これで勘弁してください、と眉を下げるハトリに「大丈夫だよ」と微笑む。ハトリがほっとしたように肩の力を抜いた。
流れを変えるようにごほん、と一つ咳払いをしたハトリは、真面目な顔を作ると話を戻した。
「そもそも番に選ばれるのは人族ではないことも珍しくありませんし、場合によっては物や概念のこともあります」
「へえ~。面白いね」
「ご理解いただけましたか?」
「何が?」
「何が?!」
ハトリが絶叫した。アオイが「何さ」と口を尖らせる。ハトリは信じられないものを見るような目でアオイを見た。絶句している。
「もしかして今までの話全部聞き流してました? 大事なことなのでもう一度言いましょうか?」
「や、大丈夫だいじょーぶ。つまり自分のことは自分でやれば良いんでしょ。ところで、服はどこに?」
アオイは立ち上がってきょろきょろと辺りを見回した。
ハトリはアオイにとって大事な話だと言っていたが、ジスランの本当の番ではないアオイには関係ない話だ。もしハトリの言うことが本当なのであれば――間違いなく本当なんだろうけど――アオイが今までもこれからもジスランの番ではなかった、ということが証明されたことになる。
しんどいな、とアオイは思った。嘘でも良いと願ったのはアオイだ。そもそもアオイは嘘を嘘だと分かって楽しめる性質だった。だからあんな無茶苦茶な取引を持ちかけたのに、それなのに、ジスランのことになるとどんどん軸がぶれていく。怖いな、とアオイはハトリに気づかれないように拳を握った。
「これ、僕の朝の日課。太ったとか痩せたとか見てんの。あっ、だから全身鏡が欲しいんだけど」
「お願いだから普通に会話を続けようとしないでください……分かりました……分かりましたからとりあえず服を着てください……」
「別に見えてないでしょ?」
「見えてなくても問題ですってば……」
「それに、なんかハトリさんみたいな人は着替えも手伝うんじゃないの? 知らないけど」
「時と場合ってものがあります」
「そういうもん?」
「そうです。それにアオイ様は番ですから……ああ竜神様……」
「あ、ねえやっぱそこにジスランもいる? 聞きたいことがあ、」
「アオイ様服着ました?!」
「でも見られて困るような貧相な身体じゃないよ?」
上裸の表紙で某女性誌の重版を決めたこともある。
「だから困ってるん……なんでもありません違います勘弁してください。いやそうじゃなくて……っ!!」
ハトリの悲痛な声。流石に可哀想になってきたので下着を履き、朝起きた時に着ていた服を再び身に纏った。
「はい、ちゃんと着たよ。どうぞ」
「本当に着ました? 下着だけじゃありませんか? 本当に?」
「そんなに信じられない? もう僕がドア開けよっか」
「分かりました入ります」
ゆっくりとドアノブが回り、ハトリがおそるおそる部屋に入ってくる。慎重に部屋の中をぐるりと見渡したハトリが服を着てソファに座ったアオイを見つけて深々と安堵の息を吐いた。アオイは悪戯っ子のようにニッと笑った。
「……あれ、ジスランは?」
「アオイ様の支度ができるまで待つそうです」
「あ、そう」
つまんないの。アオイはぷらぷらと足を揺らした。疲れたように眉間を揉むハトリに、アオイは「でもさあ」と口を開いた。
「支度ってつまり着替えるんだよね? じゃあ別に全裸でもよくない?」
「よくないです」
ハトリは「なんてこと言うんですか」みたいな顔をした。
「なんてこと言うんですか」
口にも出した。ハトリは鎮痛な面持ちで首を横に振ると、「いいですか」とアオイの顔を見た。
「確かにわたくしたち使用人は主様の身の回りのお世話をさせて頂く者ですが、番様は特殊なのです。ですから、基本的なお世話も必要最低限にさせて頂いてます」
「なんで?」
「なんっ……いや、ええ、そうですよね。理由は竜神様にあります」
「ジスランに?」
「はい。ちょうど良い機会ですからしっかり説明しましょうか。竜神様はその……これは竜人という種の特徴ですが、基本的に執着心が強く排他的で、好き嫌いが激しい生き物です。一度何かを番と定めれば生涯、何があっても愛し通しますし、嫉妬深くもあるので番を共有するようなことは絶対に致しません」
「はえ~」
「これアオイ様にとって大事な話なんですからちゃんと聞いてください」
「番ってどうやって決まるの?」
「申し訳ありませんがそれは存じません」
「僕、番として呼ばれたんじゃ?」
「それはまあそうなんですが……」
「ハトリさんが僕に言い難いことかあ……神子の召喚ってそんなに特殊なものなの?」
ハトリの目が泳ぐ。アオイの口元が弧を描いた。獲物を嬲る猫のように瞳を爛々と光らせながら「そうなんだ?」と詰め寄ると、ハトリは「勘弁してください……」と蚊の鳴くような声で白旗を上げた。
「あはは、冗談だよ。困らせてごめんね?」
「うう……一応、大体出会ってすぐに分かる、私たち人族のいうところの一目惚れのようなものだと聞いたこともあります」
これで勘弁してください、と眉を下げるハトリに「大丈夫だよ」と微笑む。ハトリがほっとしたように肩の力を抜いた。
流れを変えるようにごほん、と一つ咳払いをしたハトリは、真面目な顔を作ると話を戻した。
「そもそも番に選ばれるのは人族ではないことも珍しくありませんし、場合によっては物や概念のこともあります」
「へえ~。面白いね」
「ご理解いただけましたか?」
「何が?」
「何が?!」
ハトリが絶叫した。アオイが「何さ」と口を尖らせる。ハトリは信じられないものを見るような目でアオイを見た。絶句している。
「もしかして今までの話全部聞き流してました? 大事なことなのでもう一度言いましょうか?」
「や、大丈夫だいじょーぶ。つまり自分のことは自分でやれば良いんでしょ。ところで、服はどこに?」
アオイは立ち上がってきょろきょろと辺りを見回した。
ハトリはアオイにとって大事な話だと言っていたが、ジスランの本当の番ではないアオイには関係ない話だ。もしハトリの言うことが本当なのであれば――間違いなく本当なんだろうけど――アオイが今までもこれからもジスランの番ではなかった、ということが証明されたことになる。
しんどいな、とアオイは思った。嘘でも良いと願ったのはアオイだ。そもそもアオイは嘘を嘘だと分かって楽しめる性質だった。だからあんな無茶苦茶な取引を持ちかけたのに、それなのに、ジスランのことになるとどんどん軸がぶれていく。怖いな、とアオイはハトリに気づかれないように拳を握った。
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