30 / 54
時価2000万
3-6
しおりを挟む
「!」
――僕のために、番のフリをして。
アオイは掠れた声で囁いた。ジスランが微かに目を見開く。震えそうになる指先を隠すため、アオイは拳を握った。
嘘でいい。仮初でもその座を手に入れることができるなら何を犠牲にしても構わない。今さら本当の僕を好きになって欲しいなんて思ってない。周囲の状況なんて今までいやと言うほど利用してきた。何を今更躊躇うことがあるというのだ。
仮面の下がどんなに醜くったって、俺しか知らないのなら存在しないのと同じだ。
アオイはそれ以上言葉を重ねることはせず、辛抱強く男の反応を待った。ジスランの瞳は迷うように揺れている。ややあって、男は囁くような、小さな声で問いかけた。
「……アオイは嫌じゃないんですか?」
「え? ああ、別に演技なんだから嫌じゃないよ」
まあ僕は本気なんだけどな!
要するにジスランにさえバレなきゃいいのだ。好意があるのは知られていい。でも、抱いて欲しいとか、僕だけを見ていて欲しいとか、そういうことまでバレちゃだめだ。だってそれはジスランの理想のアオイじゃない。
アオイがへらりと笑うと、ジスランは眉間に深い皺を刻んで黙りこくってしまった。その厳しい表情を見て不安に襲われる。正直、いくら演技だと強調してもギリギリの橋を渡っている自覚あった。ジスランのようなタイプは、推しが理想から外れることを何より嫌う。ある程度は盲信に近い好意で煙にまけても、彼の中で決定的な乖離があった瞬間、すぐにアオイに愛想を尽かすだろう。
別に、それが悪いとは思っていない。理想を売っているのだから当然だ。
しかし分かっていても重苦しい沈黙に耐えきれず、アオイは言い訳をするように口を開いた。
「それに、元の世界でも誰かの恋人役ならたくさんやってきたし慣れてるからさ」
もっとも、その時の相手は皆女の子だったけど。アオイは一時期、あらゆる恋愛映画に何かしらの役で出演していたことがあった。作画同じじゃねえか、と掲示板で揶揄されているのを見たこともある。
フォローのつもりで言ったのに、ジスランの眉間の皺がますます深くなってアオイは慌てた。
「えっと、ジスラン……?」
「……そんなに、誰かの恋人役を演じていたのですか?」
「いやちょっと盛ったかも。や、嘘とかじゃなくて! なんていうか、単純に僕って綺麗な顔してるでしょう? 女の子の可愛さとは違うけどさ、なんというか、男らしくもないからこの顔でメインヒーローって意外と嵌まらなくて、どっちかっていうと当て馬の方が多かったかな」
「当て馬。アオイが」
「優しそうな顔の男は好きだけど、でも女の子は優しいだけじゃなくてちょっと強引な男の方が好きなんだって。僕だって好きな子になら強引に迫ったりするのにね?」
そう、たとえば今みたいに。アオイはこっそり自嘲した。
「とにかくさ、ジスランが嫌じゃなかったら、俺の番のふりをして欲しいんだ」
「……そうですね、ええ。いえ、そもそも私はアオイの望みを全て叶えたいと思っています」
アオイに嘘はつきません、とジスラン。男は口元に微笑を浮かべると、アオイの名前を呼んだ。その優しい声に、アオイは泣きたくなった。
「仰せのままに。だからどうか、私の前では一番綺麗な貴方でいてください」
「ん、任せて。それで、ちょっと教えて欲しいことがあって――……」
全身にかかる心地の良い重みに、アオイはゆっくりと目を開けた。目の前には白いシーツが広がっている。ジスランの番として振る舞うために打ち合わせをしていたはずなのだが、いつの間にか眠ってしまったらしい。寝ぼけ眼のまま上体を起こして辺りを見回すと、最初にアオイの部屋として案内された部屋だった。ジスランが運んでくれたのだろう。
重かっただろうな、とアオイはあくびを噛み殺しながら立ち上がった。今何時だろう。ずいぶん日が高い気がする。もしかしてこれって次の日? まさか1日以上寝ていたのだろうか。
アオイは裸足のままペタペタと室内を歩き回ると、壁にかけられた鏡の前で足を止めた。乱れた頭を手櫛で整えながら、アオイは「まあいいか」と呟いた。上半身しか映らないがこれしかないのなら仕方ない。
「後で全身鏡がないか聞かないと……ふぁ~ふ。これ寝過ぎて逆に眠いやつだな……」
ボソボソと独り言を呟きながら、手際よく衣服を脱いでいく。全裸になったアオイは、再び鏡の前に向き直ると、全身を細かくチェックし始めた。
「ん゛ー……やっぱ筋肉なくなってる気がする。……なんでここにあざが?」
背中を鏡に写し、首だけを捻りながらアオイは唇を尖らせた。脇の下にいつの間にかできていた青あざを撫でながら心当たりを探っていると、ノックの音。アオイはドアの方向に顔を向けることすらせず、ただ大声で「どうぞー」と叫んだ。
「失礼します、お目覚めですか……ッアオイ様?!」
「ん? ああ、ハトリさんか。ね、僕たぶん寝過ぎたよね?」
開いたドアに体を向け「ヤッホー」と手を振ると、ハトリはギョッとした顔でアオイの全身に目を走らせ、真っ青な顔で悲鳴のような声を上げた。
「いやそんなことよりっ、あのっ、いやとりあえず失礼します!」
バタンと扉が閉められる刹那、ハトリの背後にいた驚いたように目を見開いたジスランと目が合った。アオイはぱちくりと瞬きを繰り返した。
「あれ?」
首を傾げたアオイは、そのままドアノブに手をかけようとして、ハトリの鋭い声によって静止させられた。
「ハトリさん?」
「その格好でドアを開けないでください……! いやその前になんで服を着ていないんですか……」
弱々しいハトリの声に、アオイはようやく合点がいった。
――僕のために、番のフリをして。
アオイは掠れた声で囁いた。ジスランが微かに目を見開く。震えそうになる指先を隠すため、アオイは拳を握った。
嘘でいい。仮初でもその座を手に入れることができるなら何を犠牲にしても構わない。今さら本当の僕を好きになって欲しいなんて思ってない。周囲の状況なんて今までいやと言うほど利用してきた。何を今更躊躇うことがあるというのだ。
仮面の下がどんなに醜くったって、俺しか知らないのなら存在しないのと同じだ。
アオイはそれ以上言葉を重ねることはせず、辛抱強く男の反応を待った。ジスランの瞳は迷うように揺れている。ややあって、男は囁くような、小さな声で問いかけた。
「……アオイは嫌じゃないんですか?」
「え? ああ、別に演技なんだから嫌じゃないよ」
まあ僕は本気なんだけどな!
要するにジスランにさえバレなきゃいいのだ。好意があるのは知られていい。でも、抱いて欲しいとか、僕だけを見ていて欲しいとか、そういうことまでバレちゃだめだ。だってそれはジスランの理想のアオイじゃない。
アオイがへらりと笑うと、ジスランは眉間に深い皺を刻んで黙りこくってしまった。その厳しい表情を見て不安に襲われる。正直、いくら演技だと強調してもギリギリの橋を渡っている自覚あった。ジスランのようなタイプは、推しが理想から外れることを何より嫌う。ある程度は盲信に近い好意で煙にまけても、彼の中で決定的な乖離があった瞬間、すぐにアオイに愛想を尽かすだろう。
別に、それが悪いとは思っていない。理想を売っているのだから当然だ。
しかし分かっていても重苦しい沈黙に耐えきれず、アオイは言い訳をするように口を開いた。
「それに、元の世界でも誰かの恋人役ならたくさんやってきたし慣れてるからさ」
もっとも、その時の相手は皆女の子だったけど。アオイは一時期、あらゆる恋愛映画に何かしらの役で出演していたことがあった。作画同じじゃねえか、と掲示板で揶揄されているのを見たこともある。
フォローのつもりで言ったのに、ジスランの眉間の皺がますます深くなってアオイは慌てた。
「えっと、ジスラン……?」
「……そんなに、誰かの恋人役を演じていたのですか?」
「いやちょっと盛ったかも。や、嘘とかじゃなくて! なんていうか、単純に僕って綺麗な顔してるでしょう? 女の子の可愛さとは違うけどさ、なんというか、男らしくもないからこの顔でメインヒーローって意外と嵌まらなくて、どっちかっていうと当て馬の方が多かったかな」
「当て馬。アオイが」
「優しそうな顔の男は好きだけど、でも女の子は優しいだけじゃなくてちょっと強引な男の方が好きなんだって。僕だって好きな子になら強引に迫ったりするのにね?」
そう、たとえば今みたいに。アオイはこっそり自嘲した。
「とにかくさ、ジスランが嫌じゃなかったら、俺の番のふりをして欲しいんだ」
「……そうですね、ええ。いえ、そもそも私はアオイの望みを全て叶えたいと思っています」
アオイに嘘はつきません、とジスラン。男は口元に微笑を浮かべると、アオイの名前を呼んだ。その優しい声に、アオイは泣きたくなった。
「仰せのままに。だからどうか、私の前では一番綺麗な貴方でいてください」
「ん、任せて。それで、ちょっと教えて欲しいことがあって――……」
全身にかかる心地の良い重みに、アオイはゆっくりと目を開けた。目の前には白いシーツが広がっている。ジスランの番として振る舞うために打ち合わせをしていたはずなのだが、いつの間にか眠ってしまったらしい。寝ぼけ眼のまま上体を起こして辺りを見回すと、最初にアオイの部屋として案内された部屋だった。ジスランが運んでくれたのだろう。
重かっただろうな、とアオイはあくびを噛み殺しながら立ち上がった。今何時だろう。ずいぶん日が高い気がする。もしかしてこれって次の日? まさか1日以上寝ていたのだろうか。
アオイは裸足のままペタペタと室内を歩き回ると、壁にかけられた鏡の前で足を止めた。乱れた頭を手櫛で整えながら、アオイは「まあいいか」と呟いた。上半身しか映らないがこれしかないのなら仕方ない。
「後で全身鏡がないか聞かないと……ふぁ~ふ。これ寝過ぎて逆に眠いやつだな……」
ボソボソと独り言を呟きながら、手際よく衣服を脱いでいく。全裸になったアオイは、再び鏡の前に向き直ると、全身を細かくチェックし始めた。
「ん゛ー……やっぱ筋肉なくなってる気がする。……なんでここにあざが?」
背中を鏡に写し、首だけを捻りながらアオイは唇を尖らせた。脇の下にいつの間にかできていた青あざを撫でながら心当たりを探っていると、ノックの音。アオイはドアの方向に顔を向けることすらせず、ただ大声で「どうぞー」と叫んだ。
「失礼します、お目覚めですか……ッアオイ様?!」
「ん? ああ、ハトリさんか。ね、僕たぶん寝過ぎたよね?」
開いたドアに体を向け「ヤッホー」と手を振ると、ハトリはギョッとした顔でアオイの全身に目を走らせ、真っ青な顔で悲鳴のような声を上げた。
「いやそんなことよりっ、あのっ、いやとりあえず失礼します!」
バタンと扉が閉められる刹那、ハトリの背後にいた驚いたように目を見開いたジスランと目が合った。アオイはぱちくりと瞬きを繰り返した。
「あれ?」
首を傾げたアオイは、そのままドアノブに手をかけようとして、ハトリの鋭い声によって静止させられた。
「ハトリさん?」
「その格好でドアを開けないでください……! いやその前になんで服を着ていないんですか……」
弱々しいハトリの声に、アオイはようやく合点がいった。
21
お気に入りに追加
602
あなたにおすすめの小説
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
俺の体に無数の噛み跡。何度も言うが俺はαだからな?!いくら噛んでも、番にはなれないんだぜ?!
汀
BL
背も小さくて、オメガのようにフェロモンを振りまいてしまうアルファの睟。そんな特異体質のせいで、馬鹿なアルファに体を噛まれまくるある日、クラス委員の落合が………!!
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
黒豹拾いました
おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。
大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが…
「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」
そう迫ってくる。おかしいな…?
育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる