異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

文字の大きさ
上 下
18 / 54
時価1000万

2-4

しおりを挟む
 ずっと考えて、同じくらい考えないようにしていたことがある。

 アイドルとして、ファンとの線引きはしっかりしてきたつもりだった。アイドルに徹するから好かれるのだと理解していた。
 けれど、ここは花街でアオイは男娼だ。アイドル時代とは違い直接手渡される贈り物と、すぐそばにはベッドがあり、耳を澄ませば嬌声が聞こえるような空間で、アオイが引いていた境界線は徐々に曖昧になってしまった。

 歌や踊りを披露するたびに目を輝かせて「素晴らしい」「最高です」「アオイ以上に私の心を震わせる人はいません」と褒め称える男に絆されている自分がいた。信じられないことに、気づいたら、男を心待ちにさえしていた。
 借金のこともある。一晩でいい。あの男に抱かれさえすれば。 
 そんなことを考えるうち、いつの間にか、そう、彼になら――。そんなことすら思っている浅ましい自分がいることに、アオイは気づいていた。

 それなのに、男は決してアオイを抱こうとしないのである。回を重ねるたびにただでさえ薄かった性の匂いはどんどん薄れていき、最近の男からは一切そのような欲は感じられない。自身に向けられる感情に敏感なアオイは、当然性的なそれに対しても敏感だ。そのアオイがどうやっても感じられないと言うことは、つまり、男は正真正銘、純粋なアオイのファンなのだった。

 元の世界で会いたかったな、とアオイは思った。そしたら、こんなに悲しくなかった。善良な1ファンとして、n=1の存在にできた。自宅の玄関の扉を開けて、鍵を閉めてしまえば忘れられる、そんな存在。
 あんなに理想的なファン、元の世界でもそう居なかったのに。アオイは独り、そうと自分では気づかないまま戸惑っていた。
 だから、せめて嫌悪していて欲しいと思うのだ。アオイのことが抱けないのではなく、興味がないだけだと思いたかった。

 ノヴァの何か言いたげな視線に気づいたアオイは、話題を変えるように「違うんです!」と大きな声を出した。
 
「あの人のことは今どうでもよくって! とにかく、僕はこういう貢物で借金を返済してく必要があるんです! ちなみにこの柘榴石の流行りっていつまで続きそうとか分かりますか?」

 深みに嵌っていこうとする思考を遮るように首を振り、わざとらしいほど明るい声を出した。
 無理やり変えた話題にノヴァはひとりとした目でアオイを見たが、アオイが笑いかけると「流行ね」と小さなため息を吐いた。ノヴァの優しさにほっと胸を撫で下ろす。ちらりとエトを見ると、彼は面白そうに目を細めるだけで何も言わなかった。どこまで気づかれているんだろう、とアオイは思った。ただの客の1人にこんなにも揺さぶられているアオイを、傾国とさえ渾名されている彼はどう思っているのか。

「宝石類の流行り廃りは誰が何を付けるかによるからな……柘榴石が高騰してるのは空の君のお気に入りだからだし」

 こっそりエトを伺いながら思索に耽っていたアオイは、ノヴァの言葉に首を傾げた。

「空の君?」
「この国の神様」
「へー」
「…………」

 ノヴァは噛みきれない肉でも詰め込まれたかのような、なんとも言えない顔でアオイを見た。ノヴァの真意がつかめずきょとんとしていると、彼は大きなため息を吐いて頭を抱えた。

「時々アンタの無知加減が恐ろしくなる」
「そういうとこも可愛いでしょ」
「オレ、こんなこともアンタに教えなきゃいけないの? 教育係の範疇超えてるよね?」
「いうてノヴァさんから教えてもらったことってそうないですけど」
「は? それはアンタが客と寝ないからだろ」
「で、空の君?が神様なんですか?」
「雑理解やめろ。神様のような尊い御方なんだから竜神様だよ。……ほんとに知らない? アンタの故郷未開の地?」
「ええ~いや結構拓けてたと思うんですけどお」
「類基準で話してる?」
「失礼すぎる」

 アオイのかつての生活拠点は大都会東京である。GDP世界3位の日本は決して未開の地ではないが、異世界は日本とブラジルよりも距離があるので比較は無意味だろう。よって、アオイは未開の地評価を甘んじて受け入れた。

「まあ、少なくともこんなに魔法は身近じゃありませんでした」
「ああ、アンタいまだに魔道具見てびっくりしてるもんな」

 アオイは曖昧に頷いた。科学よりも魔法が発達したこの世界の主な資源は化石燃料ではなく魔石である。髪を乾かそうとする度にコンセントを探してしまうアオイは、この世界に完全に馴染めたかというと実はそうでもなかったりするのである。

「……あれ、ということは、竜人って実在するんですか?!」
「…………アンタ、実在しないと思ってたモン要求してたわけ?」
「蓬莱の玉の枝のようなものかと」
「ほうらい? 何それ」 
「珍しくて手に入らないものの代名詞」
「間違っちゃないな……」
「ん、そしたら天使や悪魔もいるってことですか?」
「はあ? 魔力があるんだから当然悪魔も天使もいるに決まってるじゃん」

 何が当然なのかはさっぱり分からなかったが、アオイは賢明にも沈黙を選択した。ノヴァの話は淡々と続いていく。

「悪魔とか天使とか、竜人もそうだけど、たくさん魔力を持つ生き物の周りには魔石ができやすいわけ。で、普通は竜の人って書いて竜人って言うけど、この国を守って、魔石を作ってくれる竜人は竜の神様って書いて竜神様って呼んでんの」
「それはあまりにも人間に都合が良すぎませんか?」
「意外とそうでもなくて竜人側にも色々メリットがあったはずだよ。ほら、まあ、忘れたけど」
「やっぱ僕そこまで非常識じゃないとおもうんですけど」
「いやエトさん基準にされてもな」
「……ちなみに、竜神様ってたくさんいるんですか?」
「さあ、神様なんだし1人なんじゃない?」
「なんで疑問系?」
「俺がそんなお上のことなんか知るわけないだろ。人より長いたって竜人の寿命も有限で、だからなんか気づいたら変わってたりするらしいし」
「自由だな」
「まあ人間は魔石が得られればいいわけだから何人いたってどうでも……。ただ、今の竜神様は結構長いんじゃなかったっけ。100年前から変わってなかったはずだし……。名前は……なんだっけ、エトさん」
「ジスラン様」
「そうジスラン。ジスラン様」
「ふうん……」

 当たり前だが聞き馴染みのない名前だ。ジスラン。何度か口の中で転がしてみる。やっぱり、しっくりはこなかった。
 アオイは手元の柘榴石を照明に反射させた。――あの美しい男が初めてアオイに贈った宝石も、柘榴石だった。

「ノヴァさん」
「なに」
「その、竜神様って――」
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話

ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

優しくて知的な彼氏とサークルの合宿中我慢できなくて車でこっそりしたら、優しい彼氏が野獣になってしまった話

ゆなな
BL
Twitterで連載していたタイトルそのまんまのお話です。大学のサークルの先輩×後輩。千聖はいろさん@9kuiroが描いて下さったTwitterとpixivのアイコン、理央はアルファポリスのアイコンをモデルに書かせてもらいました。

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話

ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。 海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。 夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。 ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。 翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

処理中です...