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時価マイナス1000万
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「まず、私が今までここを利用したことはありません」
ぱちぱち、とアオイは瞬きをくりかした。男は口元に微笑を浮かべると「ロージーからは散々金を落とせとせっつかれていましたが」と付け加えた。
「そう言われてもね、別にわざわざここに来る必要はありませんでしたし」
そりゃそうだ、とアオイは思った。これだけ美しい男だ。こんなところで金を払って一夜の相手を探さなくたって男に抱かれたい人間は男女問わず星の数ほどいるに違いない。
それなのに、どうして男は店に訪れたんだろう?
こっそり首を捻っていると、男は悪戯っぽく目を細めた。
「だったんですが、アオイのことを聞いたんです」
「僕のこと」
「私が好きそうな顔の美少年を拾ったって」
「旦那様、僕の顔好きなんですか?」
「ええ、好きですよ」
男は躊躇いなく頷いた。出会ったばかりの頃、アオイにまったく興味が無さそうにしていた男の言葉とは思えなかったが、今の男も嘘を言っている様子はない。素直に、すごいな、と思った。この僕が判断に迷うなんて。さて、ここはどちらを信じるべきだろう。
アオイはじっと男の顔を見つめた。
「…………アオイ?」
「なんでもありません。どうぞ続けてください」
まあいいか、とアオイはそこで一旦思考を中断させた。男は何か言いたげな顔をしたが、澄まし顔を作って微笑むことで追求は回避した。
男は酒に口をつけると、再び話し始めた。
「アオイに会いに来たのは君を抱くためというより……――いえ、そうですね、結論から言いましょうか。私に君を抱く気はありません」
アオイは微かに目を見開いた。安堵の影に隠れて、残念だと思う自分を見つけて動揺する。
「アオイは私の理想なんです」
「理想」
「はい。だから、抱きたいとかそういうのはなくて……そうですね、ただそこに居て欲しいと思っています」
なるほど、とアオイは頷いた。何が男の琴線に触れたのかはわからないけど、とにかくアオイは男にとっての「推し」になることに成功したようである。これなら本格的に抱かれる心配はしなくてよさそうだ。
男はうろ、と視線を彷徨わせると、薄く口を開いて、閉じた。気づいたアオイは微笑を浮かべ、小さく首を傾げて続きを促した。
「……実はこんな気持ちになったのは初めてなんです」
男は「本人に伝えるのは恥ずかしいですね」と照れくさそうに眉を下げた。どこか幼い表情にアオイの心臓が跳ねる。アオイは男に気づかれないようにそっと拳を握った。
「アオイのことを考えるだけで不思議と楽しくなるんです」
男の声は明るかった。弾むような声にアオイの頬がほんの少し色付く。
「…………」
「毎日がつまらなかったのに、アオイが見せてくれた歌や踊りを思い返すときだけは心が躍って、叶うならずっと見ていたくて、夜が来るのが待ち遠しくて、許されるなら君とずっと一緒にいたいとすら思います」
「……僕も、貴方と一緒にいたいと思っていますよ」
心底、声が掠れなくて良かったと思った。男と目が合う。微笑むと、男も微笑みを返した。人形のように整った顔には朱が差していて、生き生きとしていた。ありがとう、と男の口元が動く。泣きたくなるほど綺麗な顔だった。男は夢見るような仕草で目を閉じると、言葉を続けた。
「でも、そう、できるなら一緒にいて欲しいですけど、それ以上にアオイがしたいことは何でもしてあげたいんです。好きなこと、嫌いなこと、やってみたいことを全部知りたい」
――その感情は恋に似ている。
でも、アオイはそれが恋ではないことを知っていた。
(……それを、寂しいなんて思っちゃいけないのにな)
アオイはそっと目を伏せて、男の言葉を待った。
「でも私はアオイのことをよく知らないから……」
男は目を開けて、アオイを見据えた。視線を感じて顔を上げると、真剣な色をした瞳とかち合って思わず背筋が伸びる。
「なので、とりあえずオプションを付けれるだけ付けてきました」
流れ変わったな。
アオイは思った。この人、たぶん痛バ作るタイプのオタクだ。
オプション全部とか、「とりあえず」で使える額でもないと思うんだけど。車……いや家何軒分……や、これ以上考えるのはやめておこう。
アオイが何も言えずにいると、男はハの字に眉を下げ、気まずそうに頬をかいた。
「いえ、その……なんというかこんな気持ちになったの初めてで、どうしたら私の気持ちを過不足なくアオイに伝えられるだろうと考えたら……」
「オプションガン積み?」
「はい」
だめだこの人めちゃくちゃ面白い。アオイは小さく吹き出すと、一番可愛く見える角度で首をかしげ、男を見つめた。
「旦那様が僕のことが大好きなのはよく分かりました」
アオイは大きく頷くと、男の手に自分の手をのせた。ピクリと男の指先が震えたのを感じる。構わず、アオイは男の手を握り込んだ。
「その上で一つ、僕は貴方が望む僕になりたい」
「それは……」
「僕は貴方が好きな僕でいたい。僕が望むことは一つです。僕のことを――ずっと好きでいて?」
ぱちぱち、とアオイは瞬きをくりかした。男は口元に微笑を浮かべると「ロージーからは散々金を落とせとせっつかれていましたが」と付け加えた。
「そう言われてもね、別にわざわざここに来る必要はありませんでしたし」
そりゃそうだ、とアオイは思った。これだけ美しい男だ。こんなところで金を払って一夜の相手を探さなくたって男に抱かれたい人間は男女問わず星の数ほどいるに違いない。
それなのに、どうして男は店に訪れたんだろう?
こっそり首を捻っていると、男は悪戯っぽく目を細めた。
「だったんですが、アオイのことを聞いたんです」
「僕のこと」
「私が好きそうな顔の美少年を拾ったって」
「旦那様、僕の顔好きなんですか?」
「ええ、好きですよ」
男は躊躇いなく頷いた。出会ったばかりの頃、アオイにまったく興味が無さそうにしていた男の言葉とは思えなかったが、今の男も嘘を言っている様子はない。素直に、すごいな、と思った。この僕が判断に迷うなんて。さて、ここはどちらを信じるべきだろう。
アオイはじっと男の顔を見つめた。
「…………アオイ?」
「なんでもありません。どうぞ続けてください」
まあいいか、とアオイはそこで一旦思考を中断させた。男は何か言いたげな顔をしたが、澄まし顔を作って微笑むことで追求は回避した。
男は酒に口をつけると、再び話し始めた。
「アオイに会いに来たのは君を抱くためというより……――いえ、そうですね、結論から言いましょうか。私に君を抱く気はありません」
アオイは微かに目を見開いた。安堵の影に隠れて、残念だと思う自分を見つけて動揺する。
「アオイは私の理想なんです」
「理想」
「はい。だから、抱きたいとかそういうのはなくて……そうですね、ただそこに居て欲しいと思っています」
なるほど、とアオイは頷いた。何が男の琴線に触れたのかはわからないけど、とにかくアオイは男にとっての「推し」になることに成功したようである。これなら本格的に抱かれる心配はしなくてよさそうだ。
男はうろ、と視線を彷徨わせると、薄く口を開いて、閉じた。気づいたアオイは微笑を浮かべ、小さく首を傾げて続きを促した。
「……実はこんな気持ちになったのは初めてなんです」
男は「本人に伝えるのは恥ずかしいですね」と照れくさそうに眉を下げた。どこか幼い表情にアオイの心臓が跳ねる。アオイは男に気づかれないようにそっと拳を握った。
「アオイのことを考えるだけで不思議と楽しくなるんです」
男の声は明るかった。弾むような声にアオイの頬がほんの少し色付く。
「…………」
「毎日がつまらなかったのに、アオイが見せてくれた歌や踊りを思い返すときだけは心が躍って、叶うならずっと見ていたくて、夜が来るのが待ち遠しくて、許されるなら君とずっと一緒にいたいとすら思います」
「……僕も、貴方と一緒にいたいと思っていますよ」
心底、声が掠れなくて良かったと思った。男と目が合う。微笑むと、男も微笑みを返した。人形のように整った顔には朱が差していて、生き生きとしていた。ありがとう、と男の口元が動く。泣きたくなるほど綺麗な顔だった。男は夢見るような仕草で目を閉じると、言葉を続けた。
「でも、そう、できるなら一緒にいて欲しいですけど、それ以上にアオイがしたいことは何でもしてあげたいんです。好きなこと、嫌いなこと、やってみたいことを全部知りたい」
――その感情は恋に似ている。
でも、アオイはそれが恋ではないことを知っていた。
(……それを、寂しいなんて思っちゃいけないのにな)
アオイはそっと目を伏せて、男の言葉を待った。
「でも私はアオイのことをよく知らないから……」
男は目を開けて、アオイを見据えた。視線を感じて顔を上げると、真剣な色をした瞳とかち合って思わず背筋が伸びる。
「なので、とりあえずオプションを付けれるだけ付けてきました」
流れ変わったな。
アオイは思った。この人、たぶん痛バ作るタイプのオタクだ。
オプション全部とか、「とりあえず」で使える額でもないと思うんだけど。車……いや家何軒分……や、これ以上考えるのはやめておこう。
アオイが何も言えずにいると、男はハの字に眉を下げ、気まずそうに頬をかいた。
「いえ、その……なんというかこんな気持ちになったの初めてで、どうしたら私の気持ちを過不足なくアオイに伝えられるだろうと考えたら……」
「オプションガン積み?」
「はい」
だめだこの人めちゃくちゃ面白い。アオイは小さく吹き出すと、一番可愛く見える角度で首をかしげ、男を見つめた。
「旦那様が僕のことが大好きなのはよく分かりました」
アオイは大きく頷くと、男の手に自分の手をのせた。ピクリと男の指先が震えたのを感じる。構わず、アオイは男の手を握り込んだ。
「その上で一つ、僕は貴方が望む僕になりたい」
「それは……」
「僕は貴方が好きな僕でいたい。僕が望むことは一つです。僕のことを――ずっと好きでいて?」
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