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時価マイナス1000万
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アオイの情けない声にノヴァは小さくため息を吐くと、アオイの顔を指さした。可愛らしい顔立ちの美少年が睨みつける様はかなり迫力がある。アオイは衝撃に備えるように首を竦めた。
「だいたい、その顔なんだから色事には慣れてるでしょ?」
まったく慣れていないです、とは言えない雰囲気だ。
アオイはそっと目を逸らした。
「あれだけイイコに勉強してて何が嫌なのか知らないけど、うちの客層はそう悪くないし、結果を出せば客だって選べるようになるって何度も説明したよね?」
「確かに何度も聞きました。でも、もったいないと思いませんか!?」
「ハア? もったいない?」
「寝たら最後じゃないですか!」
「最後っていうか最初だけど」
「僕はたくさん愛されたいんです」
「……ア?」
ノヴァは胡乱な目でアオイを見た。何言ってんだコイツ、みたいな顔をしてる。
「頭おかしくなった?」
頭おかしくなった? という顔だったらしい。ノヴァの辛辣な言葉にもめげずアオイは言葉を重ねた。
「だいたい、この僕のショジョを二束三文で売らないといけないのも最悪だし」
「いや……今の時点で二束三文どころか相場の5倍の値段がついてんの知ってる?」
「たったの500万じゃないですか」
アオイは口を尖らせた。この世界の平均年収や物価、貨幣価値なんか関係ない。元の世界では億単位で稼いでいたっていうのに、ただ世界が変わっただけで何も変わっていない今の自分につけられた価値が500万だという事実が耐えられないのだ。
この世界の美的感覚は元の世界とそう変わらない。何なら元の世界よりもウケてさえいる。上手くやれば元の世界よりも稼げるに違いない――そんな確信もあった。自分の商品価値は誰よりもよく知っている。
それに、体を売ったら、商品価値が下がってしまう。
アオイは本気でそう思っていた。
「僕はたくさん愛されたいんです」
「それはさっきも聞いた。マジで意味わかんないんだけど」
「要するにたくさん金が欲しいんです」
「……アンタの中の愛って何?」
「現ナマ」
「こっちは真剣に聞いてたんだけどなあ!」
「は!? これ以上ないほど真剣ですけど!?」
「どこがだよ。金ならこれから腐るほど稼げるからとっとと支度しな」
「俺はもっと俺の価値を上げてから処女を売りたいんですって! ノヴァさんだって俺ならもっといけると思うでしょ!?」
「後ろ盾のない無国籍無戸籍無保険者がこれ以上どうやって価値を上げるわけ?」
痛い所を突かれアオイは呻いた。ノヴァの言うことは正しい。整った顔以外何も持たないアオイができることは限られている。
「グダグダ言ってないで諦めて腹括りな。逃げられないことくらいわかってるだろ」
「このままじゃうっかり首の方を括りそうなんですけど」
「あ、そう。オーナーの手で生きる屍にさせられて半永久的に無償奉仕したいなら好きにすれば?」
「何だそれ……いやその前にあのバアさんほんとに何者なんだ」
「さあね」
あークソ、やっぱダメだった。
アオイは肩を落とした。
店のナンバーツーとはいえただの男娼であるノヴァに縋ったところで望み薄なのは分かっていたのだが、やはり現実は厳しかった。
めそめそとわざとらしく嘆くのにも疲れてきたので滲んだ涙を引っ込め顔を上げる。ノヴァが「アンタもイイ性格してるよ」と呆れた顔をした。
だって、とアオイが口をとがらせると、ノヴァは何か考えるように遠くに視線をやった。ノヴァの人差し指がとんとん、とソファの肘置きを叩く音をじっと聞いていると、青年はポツリとつぶやいた。
「“夜明け”でも歌ってみたら?」
「……“夜明け”ってあの、祈りの歌のことですか?」
アオイは首を傾げた。
“夜明け”はこの国で最もよく歌われている歌の一つだ。愛する人の幸せを祈るこの歌は、何かにつけて、それこそ一小節から歌われるのでこの世界に来て3ヶ月のビギナーであるアオイもすっかり覚えてしまった。
頭に疑問符を浮かべるアオイを置いて、ノヴァは鷹揚に頷いた。
「そ。その“夜明け”。歌わせてくれるかは知らないけど。ま、試してみる価値はあるかもね」
ノヴァの瞳が悪戯っぽく光る。どうして、と尋ねる前にアオイの名前が呼ばれた。2人同時に声のした方へ顔を向ける。ノヴァが「ご指名だね」とつぶやいた。アオイの眉間に深い皺が刻まれる。
ソファに座って顰めっ面をしているアオイの脛をノヴァが蹴っ飛ばした。アオイの目尻に涙が滲んだ。
痛みが和らぐのを待って、それでも行く気になれずに大きなため息を吐いて、ようやくアオイは立ち上がった。全身で嫌だと主張するアオイに向かって、ノヴァは笑いながら言った。
「首括る前にやることやってきな」
やる(do)とやる(sex)をかけたサイテーな激励だ。ひくりとアオイの口元が痙攣する。
何か言ってやりたかったが急かす声が聞こえてきたので代わりにベッと舌を出す。ノヴァは声を立てて笑った、かと思えば突然笑顔を引っ込め、真剣な顔でアオイを見た。真面目な雰囲気につられて思わず居住まいを正す。
「教育係として言っておくけど」
「はい」
「俺でも僕でもどっちでもいいからどっちかに統一しときな」
「えっ、あ、はい」
「情緒めちゃくちゃに見えるから」
「うるさいな」
「まあ実際めちゃくちゃだけど」
「あーはいはい可愛いから“僕”にます!!」
「いーんじゃない?」
バタンッと鼻息荒く扉を閉める。その勢いのまま、アオイはずんずんと歩き出した。
「だいたい、その顔なんだから色事には慣れてるでしょ?」
まったく慣れていないです、とは言えない雰囲気だ。
アオイはそっと目を逸らした。
「あれだけイイコに勉強してて何が嫌なのか知らないけど、うちの客層はそう悪くないし、結果を出せば客だって選べるようになるって何度も説明したよね?」
「確かに何度も聞きました。でも、もったいないと思いませんか!?」
「ハア? もったいない?」
「寝たら最後じゃないですか!」
「最後っていうか最初だけど」
「僕はたくさん愛されたいんです」
「……ア?」
ノヴァは胡乱な目でアオイを見た。何言ってんだコイツ、みたいな顔をしてる。
「頭おかしくなった?」
頭おかしくなった? という顔だったらしい。ノヴァの辛辣な言葉にもめげずアオイは言葉を重ねた。
「だいたい、この僕のショジョを二束三文で売らないといけないのも最悪だし」
「いや……今の時点で二束三文どころか相場の5倍の値段がついてんの知ってる?」
「たったの500万じゃないですか」
アオイは口を尖らせた。この世界の平均年収や物価、貨幣価値なんか関係ない。元の世界では億単位で稼いでいたっていうのに、ただ世界が変わっただけで何も変わっていない今の自分につけられた価値が500万だという事実が耐えられないのだ。
この世界の美的感覚は元の世界とそう変わらない。何なら元の世界よりもウケてさえいる。上手くやれば元の世界よりも稼げるに違いない――そんな確信もあった。自分の商品価値は誰よりもよく知っている。
それに、体を売ったら、商品価値が下がってしまう。
アオイは本気でそう思っていた。
「僕はたくさん愛されたいんです」
「それはさっきも聞いた。マジで意味わかんないんだけど」
「要するにたくさん金が欲しいんです」
「……アンタの中の愛って何?」
「現ナマ」
「こっちは真剣に聞いてたんだけどなあ!」
「は!? これ以上ないほど真剣ですけど!?」
「どこがだよ。金ならこれから腐るほど稼げるからとっとと支度しな」
「俺はもっと俺の価値を上げてから処女を売りたいんですって! ノヴァさんだって俺ならもっといけると思うでしょ!?」
「後ろ盾のない無国籍無戸籍無保険者がこれ以上どうやって価値を上げるわけ?」
痛い所を突かれアオイは呻いた。ノヴァの言うことは正しい。整った顔以外何も持たないアオイができることは限られている。
「グダグダ言ってないで諦めて腹括りな。逃げられないことくらいわかってるだろ」
「このままじゃうっかり首の方を括りそうなんですけど」
「あ、そう。オーナーの手で生きる屍にさせられて半永久的に無償奉仕したいなら好きにすれば?」
「何だそれ……いやその前にあのバアさんほんとに何者なんだ」
「さあね」
あークソ、やっぱダメだった。
アオイは肩を落とした。
店のナンバーツーとはいえただの男娼であるノヴァに縋ったところで望み薄なのは分かっていたのだが、やはり現実は厳しかった。
めそめそとわざとらしく嘆くのにも疲れてきたので滲んだ涙を引っ込め顔を上げる。ノヴァが「アンタもイイ性格してるよ」と呆れた顔をした。
だって、とアオイが口をとがらせると、ノヴァは何か考えるように遠くに視線をやった。ノヴァの人差し指がとんとん、とソファの肘置きを叩く音をじっと聞いていると、青年はポツリとつぶやいた。
「“夜明け”でも歌ってみたら?」
「……“夜明け”ってあの、祈りの歌のことですか?」
アオイは首を傾げた。
“夜明け”はこの国で最もよく歌われている歌の一つだ。愛する人の幸せを祈るこの歌は、何かにつけて、それこそ一小節から歌われるのでこの世界に来て3ヶ月のビギナーであるアオイもすっかり覚えてしまった。
頭に疑問符を浮かべるアオイを置いて、ノヴァは鷹揚に頷いた。
「そ。その“夜明け”。歌わせてくれるかは知らないけど。ま、試してみる価値はあるかもね」
ノヴァの瞳が悪戯っぽく光る。どうして、と尋ねる前にアオイの名前が呼ばれた。2人同時に声のした方へ顔を向ける。ノヴァが「ご指名だね」とつぶやいた。アオイの眉間に深い皺が刻まれる。
ソファに座って顰めっ面をしているアオイの脛をノヴァが蹴っ飛ばした。アオイの目尻に涙が滲んだ。
痛みが和らぐのを待って、それでも行く気になれずに大きなため息を吐いて、ようやくアオイは立ち上がった。全身で嫌だと主張するアオイに向かって、ノヴァは笑いながら言った。
「首括る前にやることやってきな」
やる(do)とやる(sex)をかけたサイテーな激励だ。ひくりとアオイの口元が痙攣する。
何か言ってやりたかったが急かす声が聞こえてきたので代わりにベッと舌を出す。ノヴァは声を立てて笑った、かと思えば突然笑顔を引っ込め、真剣な顔でアオイを見た。真面目な雰囲気につられて思わず居住まいを正す。
「教育係として言っておくけど」
「はい」
「俺でも僕でもどっちでもいいからどっちかに統一しときな」
「えっ、あ、はい」
「情緒めちゃくちゃに見えるから」
「うるさいな」
「まあ実際めちゃくちゃだけど」
「あーはいはい可愛いから“僕”にます!!」
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バタンッと鼻息荒く扉を閉める。その勢いのまま、アオイはずんずんと歩き出した。
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