異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより

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時価マイナス1000万

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 気を抜いたらしゃがみこんでしまいそうなほど、もう何もかもがどうでもよかった。しかし、アイドルとしての矜持が無様な醜態を晒すことを許さず、気力だけでアオイは立っていた。
 それなのに、追い打ちをかけるように「ごめんなさい」と、男は言った。
 その形の良い眉を歪め、男は苦しそうに呟く。

「――私は、君を自由にしたかった」

 なんだよ、それ。アオイは唇を噛み、顔を伏せた。
 僕は、縛って欲しかった!





 ふざけんなバーカ!
 前触れもなく異世界に放り出されたアオイの心情を端的に表すとこうなる。

 アオイはアイドルだ。芸名は 空波蒼そらはあおい、23歳、身長183cm、体重63kg、趣味は料理で特技は暗記と簡単なマジック。これは事務所のホームページに掲載されていた公式プロフィールである。
 しかしそれも過去の話。
 3ヶ月前に異世界にやって来た今のアオイは男娼、正確に言うとこれから男娼になる、無国籍無戸籍無保険の可哀想な人だった。

「僕って本当に可哀想だと思いませんか?」

 アオイの目の前に座る金髪の美少年、に見える青年は、アオイの縋るような視線を一瞥して、鼻で笑った。

「思わない」

 とりつく島もない簡素で明快な答えだった。
 青年の名前はノヴァ・グレース。アオイの教育係であり、名門校の制服を着て花園で本を読んでいる美少年のような見た目に反して、自分の背丈の倍はある屈強な男を椅子にしてしまうような強靭な精神を持つ青年だ。実年齢をアオイは知らない。
 ノヴァが残念だったね、と肩をすくめた。

「アオイみたいな境遇のやつはごろごろいるし。不朽の魔女が小綺麗な男拾って売り飛ばすのも今に始まったことじゃないし」

 不朽の魔女とはアオイを拾い、売り飛ばそうとしている娼館の女主人のことだ。
 アオイはピクリと眉を動かした。

「小綺麗?」
「は? 少なくともオレより可愛くないだろ」
「でもノヴァさんは俺より綺麗じゃない」
「黙れ7桁借金野郎。アンタに選択権はない」
「最悪。借金のことは禁止カードだろ」

 どさりと背もたれに背を預け鼻白むと、ノヴァは勝ち誇ったようにはん、と鼻を鳴らした。

「いいかい坊や、この世界じゃ金が全てだよ」

 このわざとらしい猫なで声は魔女の真似だ。アオイは投げやりに頷いた。

「ええ本当に、おっしゃる通りです」

 地獄の沙汰も金次第と言うが、場所が異世界に変わろうが同じことだった。医師免許も弁護士バッチも警察手帳もこの世界では無意味だ。これは、アオイが元の世界で演じたことのある職業である。

 ――そもそも、言葉が通じなかった時点で最悪だった。

 アオイはこの世界に来たばかりのことを思い出して顔をしかめた。毎日を生きるだけで精一杯で、死に物狂いで交渉したり、なんかしているうちに異世界から来た人間だと告白する機会を逃してしまうし。もっとも、無国籍無戸籍無保険者というだけで人権が認められない世界だ。異世界人だと知られたら最後、どうなるかは分からない。そう考えると、言葉が通じなかったのは不幸中の幸いなのかもしれなかった。
 色々あったおかげで今ではすっかり出自を告白する勇気を失ってしまったアオイである。
 元の世界に帰りたい気持ちはあるが、明日すら保証されていない現状ではとても考える余裕なんかない。

 頬を膨らませ不貞腐れているアオイを見たノヴァは呆れた顔をした。

「だいたい、あのハゲをあれだけ上手く転がしといて何がそんなに嫌なんだか」
「ハーゲンさん、俺の顔好きですから」

 不貞腐れた顔から一転、アオイは営業用の笑顔を浮かべた。ノヴァはうんざりした顔をした。

 元の世界ではアイドルだったアオイは、客観的に見ても綺麗な顔をしている。澄んだ水面のような繊細な美しさの中に、意志の強さを感じられる上品な美男子である。自分の顔の良さを十分に理解しているアオイは、自分の顔を利用することにも一切躊躇いがなかった。

 ハーゲンは娼館の経理その他雑務を一手に引受ける実質的な店長である。右も左も言葉さえ分からないアオイが通常1週間から2週間程度の教育期間を3ヶ月まで延長できたのも、そのハーゲンに気に入られていたからである。
 所持していた貴金属と引き換えに勝ち取った1ヶ月の教育期間が過ぎた後はとりあえず言葉を覚えるために3週間、この国の文化や教養を覚えるのに2週間、客に好まれる仕草を覚えるのに1週間……エトセトラエトセトラ。こんな調子でのらりくらりと少なくともあと半年は逃げ続ける算段だったのだが、普通に敏腕経営者だった魔女が許すはずもなく、健闘虚しく本日の水揚げと相なったわけだ。血も涙もないのかと嘆くアオイの味方は誰もいなかった。当たり前でしょ、とはノヴァの言である。

「ウザいのは分かってます。でも! 本ッ当に! 嫌なんです!」
「うるさいなあ、何がそんなに嫌なワケ?」
「セックス」
「そりゃそういう店だし。……え? アンタあれだけベタベタ絡んどいてハゲと寝てないの?」
「? 当たり前でしょ」

 アオイはきょとんと首を傾げた。枕営業は元の世界でもしたことがない。だって俺はホストじゃないし、というのがアオイの弁である。
 アオイの手練手管を最も間近で見ていたノヴァは「信じられない」と顔を引き攣らせた。

「アンタいつか絶対刺されるよ」
「ハーゲンさんに? はは、まさか。というかハーゲンさんのことはどうでもよくて」
「どうでもよくない。ねえ、どんなエゲツない弱み握った? やっぱあの頭ってヅラ?」
「確かにハーゲンさんはヅラですけど弱味なんか握ってません。ただ僕みたいな顔に弱いだけです。そうじゃなくて、僕に男娼は務まらないって話! ノヴァさんちゃんと聞いて!」
「うるせ~。そもそも男娼は務まる務まらないじゃなくて、務めるんだよ坊や」
「そんなあ」
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