初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話

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「ふっ、んんっ……、んぅ……ッ!!」

 呼吸を奪うようなキスに、直巳が縋るように俺のシャツを掴む。それに気をよくしてさらにキスを深めると、直巳はびくびくと全身を痙攣させた。直巳の頭に添えていた手を滑らし、項を撫でると青年の喉の奥から絞り出されたような嬌声が漏れた。その様子をじっと観察していた俺は、腹の底から湧き上がるような愉悦に目を細め、じゅう、と舌を吸い唇を離した。直巳が大きく肩で息をしながらくたりとソファに倒れ込む。キスだけで極めてしまった可愛い子を煽るように、俺は彼の股座を膝で刺激しながら、「ベッドに行こうか」と囁いた。

「あれ、ここ、弄ってなかったの?」
 
 つぷりと後孔に指を挿入した俺は、俺の指を拒むように固く閉ざされたそれに首を傾げた。ほんの少し歪んだ直巳の顔を見て、一度指を引き抜くと緊張をほぐすようにくにくにと孔の周囲の筋肉を刺激する。ビクビクと震える内腿を撫でながら、俺は直巳の名前を呼んだ。

「あ、あぅ、だっ、て必要なかった、し……っ!」

 直巳は恥ずかしそうに枕を抱えながら震える声で答えた。
 必要なかった。その言葉に俺はパチパチと目を瞬かせた。もしかして、と期待に胸が膨らむ。初めてしたあの日、既に準備されていた秘所にほんの一瞬、疑心暗鬼になったのだが、俺のためなら話は別だ。だんだんと泥濘んできた孔にまずは人差し指を進めながら、俺は熱っぽい声で尋ねた。

「なあに、もしかして俺のために準備してくれていたの?」
「んん゛ッ、だ、って……あれが最後だと思ってたから、ンッ……失敗しちゃいけ、っないと思って……ッ」
「……ああ、なるほど。ふうん」

 確かに俺のためだったけど理由は面白くなかったな。俺は最後にするつもりなんてなかったのに。
 叱るように、ぐぅぅぅ、と直巳の良いトコロを押しながら、俺は直巳の耳たぶを甘噛みしながら暑い吐息を吹き込んだ。

「それじゃあ、今回はもっとしたくなるように頑張るね」
「んあッ、まっ、もうじゅうぶ、ああ゛あッ!」




「あ、あ、めぐ、んあっ……ひぅ……ッ」
「よしよし、気持ちいいね」
「んん、うん……っきもち、~~~~~゛ッ!!!」

 すっぽりと奥までハメたまま腰を揺らすと、直巳は目に涙をいっぱい溜めて必死に頷いた。目尻に溜まった涙を拭ってやると、「キスして」と可愛らしいお願いをされたので答えてやると、彼は嬉しそうに目を細めた。
 項を撫で、可愛いね、と囁くときゅうっとナカが締まる。俺の言葉に逐一反応する直巳が可愛くて彼のいい所を潰すように腰を動かすと、直巳の足先が丸まり達したことを察する。もう何も出なくなった直巳の戯れに擦ると、ちょろちょろと水のような液体が吐き出される。俺はもう少しできるけど、直巳の体力がそろそろ限界だろう。
 俺の腕の中でくたりと体を預ける直巳の頬を撫でながら、俺は祈るような気持ちで彼の額にキスを落とした。


 翌朝、直巳のバイト先のマスターに連絡を入れた俺は、すやすやと眠る直巳の顔を見てようやく肩の力を抜いた。 
 ここは俺の家だし、もう直巳に俺の前から姿を消す理由はないと分かっていても、一度染みついた絶望は簡単に消えてはくれない。
 俺はベッドサイドに腰掛けると、直巳の顔を覗き込んだ。寝返りを打ったことで顔にかかった髪をはらい、毛布をかけ直してやる。この様子ならもうしばらく寝ているだろうと判断した俺は、朝食の支度をしようとそっと部屋を出た。



 誤算だった。

「恵さん、洗う用のスポンジってこれ?」
「ん? ああ、食洗機あるから気にしないで。どうせ入れるだけだし」
「なおさら俺がやるよ。これうちにあるのと同じだし」
「そう? じゃあお願いしようかな」

 任せて!と笑う直巳を見ながら、俺は複雑な気持ちを持て余していた。
 あれだけぐっすり眠っていたから、これなら昼近くまで寝ているかなと思っていたのだが、直巳の体内時計は俺の予想を遥かに超えて正確だった。いつもの起床時間からはだいぶ遅かったようだが、それでも9時に起きてきた直巳に俺は舌を巻いた。俺なら間違いなく昼過ぎまで寝ている。

「……あと2回くらい増やしてもいいかも」
「恵さん?」
「なんでもないよ。それより、服どうする? 上はともなく下がなあ……」

 クローゼットに向かいながら、俺は「どうしても丈が余るよなあ」と呟いた。俺の声を聞いたらしい直巳が、形容し難い顔で今履いているスエットの生地を引っ張る。今直巳が着ているそれも当然大きく、裾を2回ほど捲っていた。
 俺の後ろからクローゼットの中を覗き込んでいた直巳は、不服そうに唇を尖らせた。

「いや別に着てた服で十分……というか本当に今から出しにいくの?」
「なあに、不満?」

 振り返って直巳の顔を覗き込む。咄嗟に笑顔は取り繕ったが、有無を言わさないような響きを持った声に、俺は失敗したな、と思った。
 後悔に襲われる俺をよそに、直巳は眉を下げて「そうじゃなくて」と首を振った。

「その、さっきからずっとスマホ鳴ってるから」

 ベッドの端に適当に置かれたスマホを指して、「忙しいんじゃない?」と所在なさげに呟いた直巳を見て、俺はああ、と頷いた。確かに俺のスマホは朝からずっと鳴っているけど、俺は昨日、今日は全日休むと宣言しているし、何があっても電話は取らないとも言ってあるから問題ない。あったところで明日の俺がなんとかするし。
 なので俺は、軽く肩を竦めて再びクローゼットの中を漁り始めた。

「スマホなら大丈夫。気になるなら止めていいよ」
「いや……勝手に触っちゃダメでしょ」
「別にいいよ? 直巳に見られて困るものはないし。……いや本当にうるさいな。直巳、出なくていいから止めてくれる? パスワードは君の誕生日ね。Face IDも登録していいよ」
「ロック画面でできるしそもそもこの鬼電を止める勇気は俺にない……。あと恵さんパスワード変えた方が良いよ……Face IDもいらない……」
「なんで?」
「なんで?!」

 直巳が素っ頓狂な声をあげる。俺は随分前に買って全く履いていなかったハーフパンツと直巳には少し大きいセーターを取り出しながら振り返った。

「ほら、俺の愛が信じてもらえないみたいだったから」
「もう十分信じてます」
「ほんとかなあ」

 くすくすと笑いながら服を手渡す。直巳は「ほんとだって」と頬を膨らませながらズボンを受け取った。「着替えてみて」と促すと、直巳は渋々頷く。その様子を見ながら、俺は目を細めた。

 可愛い可愛い俺の直巳。
 憎しみから、罪悪感から、どこかよそよそしい家族の中で生きてきた俺に家族の暖かさを教えてくれた愛しい子。

「君が俺にくれたものを俺はあげられないけど、俺があげられるものなら全部あげるから、俺のそばにいてね」
「?? 俺は恵さんに何もしてないけど……?」
「そこにいるだけで俺は救われてるんだよ」
「恵さんなんか兄さんみたいなこと言ってるな……?」

 セーターに腕を通しながら直巳がボソリと呟いた。その言葉に俺は思わず吹き出した。確かに彼と俺は似ている。たぶん、直巳が考えているような意味とは違うけど。
 気づかないで欲しいと思う。俺のこのヘドロのような執着も、抱えた鬱屈も、暴力的なまでの衝動も。
 同時に、でも、とも思う。
 気づいても、君は俺を受け入れてくれるんだろうね。

「愛してるよ、直巳」

 唐突に告げた愛の言葉に、今まさにセーターに首を通そうとしていた直巳は大きく目を見開くと、たちまちその白い頬を上気させた。俺はそれ以上言葉を続けず、にこにこと笑いながらじっと直巳の顔を見つめた。直巳はしばらく目を泳がせていたが、ややあって観念したようにセーターに首を通し、身なりを整えると、小さな声で「俺も」と呟いた。続いた「大好き」という言葉に、俺は満足してゆっくりと息を吐き出す。

「愛してるって言ってくれないの?」
「それは無理……」

 可哀想なくらい真っ赤になった頬に、俺は笑いながらキスを落とした。
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