初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話

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「色々言いたいことはあるけど……」

 俺はそこで言葉を途切れさせた。直巳が着ているジャケットが、俺があげたものだと気づいたからだった。
 ソファの端っこで小さくなっている直巳の隣に座ると、怯えたように彼の肩が跳ねる。
 怯えるなという方が無理な話だ。そう仕向けたのも俺。分かっている。それでも、直巳にだけは拒絶されたくなかった。

「こっち向いて、直巳」

 聞きたいことはたくさんある。
 いつから計画していたの。もしかして結婚式を頑なに拒否していたのはそのせい? 婚約者だった頃の7年間、君は何を考えていたの。

「どうして、俺の前からいなくなったの」

 それなのに、俺の口から出てきたのは、途方に暮れたような頼りない声だった。
 直巳の瞳が大きく見開かれる。薄い唇が、音もなく俺の名前を形どった。
 俺があげたものをまだ着てくれている憎らしくて可愛い子、俺はまだ、期待してもいいの。

「俺のこと嫌いになった?」
「きら、い」

 試すようなことを言ったのは敢えてだった。好きだと言ってくれなくてもいいから、せめて嫌いじゃないと言って欲しかったのだ。
 俺は祈るような気持ちで直巳を見た。限界まで見開かれた瞳に薄らと膜が張る。あ、と思った次の瞬間、大粒の涙が一粒こぼれて俺はギョッと目を見開いた。
 直巳はズボンに作ったシミを呆然と見ている。その間にも涙はとめどなく流れていて、俺はオロオロと周囲に視線を走らせた。

「ああ、泣かないで、なお」

 泣く子のあやし方なんて知らない。とりあえず背中を撫でると、直巳は背中を丸め、声を上げてさらに泣き出してしまう。
 ますますどうしたらいいか分からなくなった俺は、直巳の両脇に腕を差し込むと腕の中に抱いた。昔、こうやって小さい子があやされていたのを見たことがあった。恐る恐る背中を撫でると、直巳はぐずぐずと鼻を鳴らしながら俺の肩口に顔を埋めた。俺に身体を委ねるようなその仕草に、空っぽの器が満たされていくような気がした。
 ちゃんと教えて。嫌だったことも、どうして泣いているのかも。俺は君をちゃんと愛したい。俺は直巳の頭を撫でながら、そっと囁いた。
 
「め、恵さんが好きな子がいるってえっ……!」
「……、………………俺ッ?!」

 今ならちゃんと受け入れられると思ってそう言ったのに、直巳の口から出てきたのは予想外の言葉で、俺は思わず直巳の肩を掴んで顔を覗き込んでしまった。
 直巳はきょとんとした顔で俺を見ている。その顔に嘘をついている様子はない。というか、そもそも直巳は俺に隠し事はしても嘘はつかない。
 彼の着ているジャケットを見た時からもたげていた期待が、徐々に確信に変わっていく。
 俺のことが好きだと泣く愛しい子に、許されたような気がした。

「好きだよ、直巳」

 だから全部、やり直そう。
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