22 / 30
追いかけてきた攻めにつかまった受けの話
2-10
しおりを挟む
「んん……」
何だかすごくよく寝た気がする。ぼんやりとした頭で時計を探して、枕元に置いてあったそれを見て俺は跳ね起きた。
「9時!?」
というかここどこ!? あ、恵さんの家か!
ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。それと一緒に昨日の俺の痴態も思い出してあわわわと小さな悲鳴が漏れた。
思わず自分の体を確認すると、ドロドロだったはずの体はさらりと乾いているし、シーツも新しい物に変わっていた。着ている服は…これ多分恵さんのシャツだ。下着は新品のものっぽい? そんなことを考えながら無意識に余った袖をすん、と嗅いだ。恵さんの匂いがする。ガチャリと音がした。慌てて手を下ろして音のした方へと顔を向ける。
「おはよう、直巳」
ドアを開けて寝室へと入ってきた恵さんは、眉根を下げてどこかほっとしたような顔をしていた。どうしてそんな顔をしているのか少し気になったけど、正直それどころじゃなかった俺は恵さん!と半泣きで叫んだ。
「寝坊した!」
「大丈夫、マスターには連絡しておいたから」
「え、あ、え…?」
「ゆっくり休んでね、だって。起きれる?」
「起きれます…」
恵さんを見ていると1人で騒いでいる俺が子供のように思えて恥ずかしくなる。んん゛っと咳払いをした俺は何事もなかったかのように立とうとして、ぺしゃ、とベッドの脇に膝をついた。……腰が抜けてる。顔が熱い。マンガだったら多分ボンッと効果音が付いていたと思う。
「まあそうだよね」
恵さんが笑いを噛み殺しながらそう言った。俺をこんなにしたのは恵さんなのに。俺はじと、と彼を睨んだ。
「恵さん…」
「ふっ…ごめんね、可愛いなって思って」
「可愛い…?」
「まあ何をしても可愛いけどね」
「何をしても…?」
恵さんが兄さんたちみたいなことを言ってる。目を白黒させている俺を見ながら恵さんは俺の頭を優しく撫でた。
「なお、おいで」
そう言いながら恵さんが屈む。ふわりと体が浮いたと思ったら彼の腕の中だった。いわゆるお姫様だっこ、と言うやつだ。恥ずかしかったけど、腰が抜けてて歩けないわけだし、と必死に言い訳をして、そろ、と恵さんに首に腕を回した。
「そうそう、いい子」
褒められた。嬉しさと気恥しさで恵さんの首元に顔を埋める。
「ふっ、くすぐったいよ、直巳」
くすくすと恵さんが笑う。そう言う割にその声はちょっとびっくりするほど甘やかで、俺はぐりぐりと頭を押し付けた。
「…あの、服とか、ありがとう」
「ん? ああ。……どういたしまして」
「?」
「なんでもないよ、移動しようか」
と、恵さん。俺は返事の代わりにきゅっと首元に力を込めた。
お姫様だっこのまま移動して、そのままそっとソファーに降ろされた俺は、ローテーブルに置いてあったものを見て目を見開いた。固まる俺をよそに恵さんはちょっと待っててね、と言ってキッチンへと消えていってしまう。
「直巳?」
ローテーブルに置いてあるものをじっと見つめる俺を、手に朝食らしき皿を持った恵さんが不思議そうな声で呼んだ。声のした方へギギ、と音がしそうなほどゆっくりと顔を向ける。
「め、めぐ、恵さん」
俺はローテーブルに鎮座している物と恵さんの顔を交互に見て、それから震える手でそれを指差した。
「それ、」
そこにあったのは婚姻届だった。ただの婚姻届じゃない。俺が、御守りのように扱っていたアレである。顔を青くした俺を見ながら恵さんはなんでもない調子でああ、と軽く頷いた。
「あのジャケット、クリーニングに出そうと思って」
「あ、ああ…」
そういえば皺になるのも気にせずソファで、その…したんだった。うっかり昨夜のことを思い出してしまって顔に熱が集まる。恥ずかしくて縮こまる俺を楽しそうに眺めながら恵さんが続けた。
「中に紙とか入ってないか確認したら、ね」
「ああああ」
なんでジャケットの内ポケットなんかに婚姻届を入れてたんだろう。頭を抱える俺とは反対に恵さんはなぜだかとても嬉しそうで、だんだん俺もまあいいか、という気持ちになってくる。
「食べたら出しに行こうね」
そう言いながら恵さんは大事なものを扱うように婚姻届を端に避けた。ずっと持ち歩いていたからくたくたになった婚姻届を何となしに見つめる。
…茶色の、婚姻届だ。朝の(と言っても昨日だけど)のアナウンサーの言葉が蘇る。――ラッキーカラーは茶色! 身につけると最高の日になるかも?
「卵じゃなかった…」
「うん? 目玉焼きは嫌だった?」
「え、あ、目玉焼き好きです!」
「そう?」
恵さんは不思議そうに首を傾げて俺の前に目玉焼きを置いた。美味しそうなそれに思い出したようにくう、と腹が鳴る。お腹すいたよね、と小さく笑う彼は俺に箸を渡しながらそれと、と思い出したように付け加えた。
「結婚式も挙げようね」
俺がずっと一緒に居てあげるから、と彼は蕩けるような笑顔でそう言った。
――――――
神崎恵(30歳)
お見合いの時点で直巳に一目惚れしている。本編「1-3」にある「お兄さんも忙しいでしょうし」は、「お義兄さんも忙しいでしょうし」が正しく、正確に変換した直巳の兄から蛇蝎のごとく嫌われる結果になったが全く反省していない。
小鳥遊直巳(22歳)
恵の涙ぐましい努力のおかげで(せいで)身につけるものほとんど全てと恵の存在が紐づいているが全く気にしていない。むしろたくさん思い出があって嬉しいなって思ってる。最近それをうっかり兄に漏らしたら過保護が加速した。
何だかすごくよく寝た気がする。ぼんやりとした頭で時計を探して、枕元に置いてあったそれを見て俺は跳ね起きた。
「9時!?」
というかここどこ!? あ、恵さんの家か!
ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。それと一緒に昨日の俺の痴態も思い出してあわわわと小さな悲鳴が漏れた。
思わず自分の体を確認すると、ドロドロだったはずの体はさらりと乾いているし、シーツも新しい物に変わっていた。着ている服は…これ多分恵さんのシャツだ。下着は新品のものっぽい? そんなことを考えながら無意識に余った袖をすん、と嗅いだ。恵さんの匂いがする。ガチャリと音がした。慌てて手を下ろして音のした方へと顔を向ける。
「おはよう、直巳」
ドアを開けて寝室へと入ってきた恵さんは、眉根を下げてどこかほっとしたような顔をしていた。どうしてそんな顔をしているのか少し気になったけど、正直それどころじゃなかった俺は恵さん!と半泣きで叫んだ。
「寝坊した!」
「大丈夫、マスターには連絡しておいたから」
「え、あ、え…?」
「ゆっくり休んでね、だって。起きれる?」
「起きれます…」
恵さんを見ていると1人で騒いでいる俺が子供のように思えて恥ずかしくなる。んん゛っと咳払いをした俺は何事もなかったかのように立とうとして、ぺしゃ、とベッドの脇に膝をついた。……腰が抜けてる。顔が熱い。マンガだったら多分ボンッと効果音が付いていたと思う。
「まあそうだよね」
恵さんが笑いを噛み殺しながらそう言った。俺をこんなにしたのは恵さんなのに。俺はじと、と彼を睨んだ。
「恵さん…」
「ふっ…ごめんね、可愛いなって思って」
「可愛い…?」
「まあ何をしても可愛いけどね」
「何をしても…?」
恵さんが兄さんたちみたいなことを言ってる。目を白黒させている俺を見ながら恵さんは俺の頭を優しく撫でた。
「なお、おいで」
そう言いながら恵さんが屈む。ふわりと体が浮いたと思ったら彼の腕の中だった。いわゆるお姫様だっこ、と言うやつだ。恥ずかしかったけど、腰が抜けてて歩けないわけだし、と必死に言い訳をして、そろ、と恵さんに首に腕を回した。
「そうそう、いい子」
褒められた。嬉しさと気恥しさで恵さんの首元に顔を埋める。
「ふっ、くすぐったいよ、直巳」
くすくすと恵さんが笑う。そう言う割にその声はちょっとびっくりするほど甘やかで、俺はぐりぐりと頭を押し付けた。
「…あの、服とか、ありがとう」
「ん? ああ。……どういたしまして」
「?」
「なんでもないよ、移動しようか」
と、恵さん。俺は返事の代わりにきゅっと首元に力を込めた。
お姫様だっこのまま移動して、そのままそっとソファーに降ろされた俺は、ローテーブルに置いてあったものを見て目を見開いた。固まる俺をよそに恵さんはちょっと待っててね、と言ってキッチンへと消えていってしまう。
「直巳?」
ローテーブルに置いてあるものをじっと見つめる俺を、手に朝食らしき皿を持った恵さんが不思議そうな声で呼んだ。声のした方へギギ、と音がしそうなほどゆっくりと顔を向ける。
「め、めぐ、恵さん」
俺はローテーブルに鎮座している物と恵さんの顔を交互に見て、それから震える手でそれを指差した。
「それ、」
そこにあったのは婚姻届だった。ただの婚姻届じゃない。俺が、御守りのように扱っていたアレである。顔を青くした俺を見ながら恵さんはなんでもない調子でああ、と軽く頷いた。
「あのジャケット、クリーニングに出そうと思って」
「あ、ああ…」
そういえば皺になるのも気にせずソファで、その…したんだった。うっかり昨夜のことを思い出してしまって顔に熱が集まる。恥ずかしくて縮こまる俺を楽しそうに眺めながら恵さんが続けた。
「中に紙とか入ってないか確認したら、ね」
「ああああ」
なんでジャケットの内ポケットなんかに婚姻届を入れてたんだろう。頭を抱える俺とは反対に恵さんはなぜだかとても嬉しそうで、だんだん俺もまあいいか、という気持ちになってくる。
「食べたら出しに行こうね」
そう言いながら恵さんは大事なものを扱うように婚姻届を端に避けた。ずっと持ち歩いていたからくたくたになった婚姻届を何となしに見つめる。
…茶色の、婚姻届だ。朝の(と言っても昨日だけど)のアナウンサーの言葉が蘇る。――ラッキーカラーは茶色! 身につけると最高の日になるかも?
「卵じゃなかった…」
「うん? 目玉焼きは嫌だった?」
「え、あ、目玉焼き好きです!」
「そう?」
恵さんは不思議そうに首を傾げて俺の前に目玉焼きを置いた。美味しそうなそれに思い出したようにくう、と腹が鳴る。お腹すいたよね、と小さく笑う彼は俺に箸を渡しながらそれと、と思い出したように付け加えた。
「結婚式も挙げようね」
俺がずっと一緒に居てあげるから、と彼は蕩けるような笑顔でそう言った。
――――――
神崎恵(30歳)
お見合いの時点で直巳に一目惚れしている。本編「1-3」にある「お兄さんも忙しいでしょうし」は、「お義兄さんも忙しいでしょうし」が正しく、正確に変換した直巳の兄から蛇蝎のごとく嫌われる結果になったが全く反省していない。
小鳥遊直巳(22歳)
恵の涙ぐましい努力のおかげで(せいで)身につけるものほとんど全てと恵の存在が紐づいているが全く気にしていない。むしろたくさん思い出があって嬉しいなって思ってる。最近それをうっかり兄に漏らしたら過保護が加速した。
296
お気に入りに追加
3,142
あなたにおすすめの小説

当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる