初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話

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 こう言っては何だが、俺は社会人として数年生きてきた大人で、直巳は大学を卒業したばかりの子どもだ。正直見つけるのは簡単だと思っていた。そうでなくても俺には自由にできる多額の金と、大体のことは思い通りにできる権力を持っているのだ。見つけられないはずがない。

 それなのに、俺の確信に反して直巳は見つからなかった。

 これは直巳が神崎から逃げきれるような伝手を持っていたとかそういうわけではなく、単に俺が大金も権力も使えなかったからだ。
 使えなかった理由はひとつ、直巳の兄と姉、あの直巳を目に入れても痛くないほど可愛がっている面倒な……間違えた、頼もしい兄妹が直巳の居場所を知らなかったのである。あの2人、特に兄の方が直巳の居場所を知らないということは、あの子が俺の前から姿を消したことも知らないに違いなかった。だって知ってたら討ち入りしてくるだろ。
 神崎家なんてのはどうなっても構わないので討ち入りでもなんでもすればいいけど、直巳を見つける邪魔をされちゃ叶わない。
 俺は何があっても直巳を見つけるつもりだったし、見つけたあとは――まあ、話くらいは聞くつもりだけど、とにかく、あの兄妹に構っているわけにはいかないのだ。

 こうした事情から水面下で直巳を探すこと3ヶ月。いたずらに時間ばかりが過ぎていった。直巳を思う気持ちは変わらなくても、これっぽっちも進展しないまま3ヶ月も時間が進めばさすがの俺も消耗する。

 ――だから、商談の帰り、直巳を見つけた時は息が止まるかと思った。

 視線を上げたのは偶然だった。ただ、次の予定まで少し時間があって、車を呼ぶ前にどこかカフェにでも入って一休みしようと考えていたのだ。
 電話口で相槌を打ちながら、そういえば最近できた店があったっけと視線を走らせた先、グラスを磨く直巳の姿があった。

 (……直巳?)

 俺は大きく目を見開いた。目の前の現実が信じられずにその場に立ち尽くす。
 そして直巳もまた、俺の姿に気づいているようだった。小さく開けられた口が閉じ、顔が伏せられる。まるで俺から逃げるように。通話相手の秘書が俺の名前を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
 瞬間、体が燃えるように熱くなった。怒りにも似たその衝動は自分でも恐ろしくなるほどで、このまま会ってしまえば直巳を壊してしまうことを察した俺はゆっくりと息を吸い込んであの子から視線を外した。信号が青に変わる。信号は渡らず、俺はくるりと踵を返した。

「三好」

 秘書の名前を呼ぶ。声は掠れていた。

「はい」
「これから入ってる予定は全部キャンセルするから」
「は?」
「明日は全日休ませてもらうし、何があっても電話は取らないからそのつもりで。本家が全焼したらメール入れてくれ」
「新婚旅行に行く前もそんなこと仰ってましたが?」
「そうだね、ようやく新婚旅行に行けそうだよ。まあもう外に出すつもりはないけど」
「それ犯罪予告ですか? 前科一犯の上司は勘弁してほし……」
「三好」
「はい」
「お前はそんな馬鹿な子じゃなかったはずだけど」
「ヒエ……」
「はは、冗談だよ。ダメだったら咲久乃に連絡を入れればいいし、それでもダメなら父に何とかしてもらってね」
「いや全然冗談のトーンじゃなかったんですけど……というか待ってください恵さん、さっそくダメです。次の商談、貴方の相席が条件です」
「知るか、本家の爺でも叩き起してくればいいよ。それじゃあ、頼んだよ」
「えっちょ、まっ」

 返事も待たずにプツリと電話を切る。三好はあれで優秀な男だし咲久乃は事情を知ってるからどうにかなるだろう。別にどうにかならなくたって構わないし。
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