初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

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初夜の翌朝隣を見たらもぬけの殻だった攻めの話

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 ――絶対結婚する。
 そう決心してからは早かった。数日のうちに婚約指輪を用意し縁談を取りまとめたのは爺さんたちに急かされたからじゃない。他でもない、俺が、安心したかったからだ。

 血縁をしがらみとしか思えず、誰よりも家に縛られたくないと思っているはずなのに、その実俺は誰よりも家に、家族に執着している。

 初めて家族になりたいと思ったのが自分より8個も下の男の子だったのは自分でも正気を疑ったし、実はぺド野郎だったのかと本気で悩んだりもしたが一目惚れだったんだ。しかたないじゃないか。もっとも、ぺド疑惑は直巳が成長するにつれ無事に晴れたわけだけど。


 直巳の婚約者として過ごした8年は、長いようであっという間だった。
 あの子にだけは誠実でいたくて、でいたくて、できることは全部やった。
 正直神崎家が没落しようが吸収合併されようがどうでもよかったし何なら潰れてしまえと思っていた時期もあったわけだけど、嫁いだ先が没落したり吸収合併されるなんて目に直巳を合わせたくなかったから俺にできる全てを尽くして建て直したし、毎週のようにあの子と会う時間を作って俺と過ごすことを当たり前にもした。成人どころか大学卒業まで手を出さずにいられたのは奇跡だと思う。

 それだけ、あの子が大切で、大事にしたかった。
 愛しているんだ。

「唯一の不満はお義兄さんに未だに認めて貰えないことかな」
「お前が結婚もしてないのにお義兄さん呼びするからだろ」
「いい加減諦めて欲しくて」
「そういうとこだと思うぜ」
 
 高校以来の付き合いである友人、咲久乃が、呆れたように肩を竦めた。
 特に説明もなく突然バーに呼び出された文句もあるのだろう、咲久乃は絡むように俺の肩に腕を乗せて「いいか?」と俺の顔を覗き込んだ。直巳ならともかく咲久乃と見つめ合う趣味はないのですぐに振り落とした。

「いってえな。今日なんか機嫌悪くね? てか、そりゃあんだけチガチに婚約者ちゃんの周り固めてれば一郎さんじゃなくても警戒するわ。どこまで束縛するんだよ。あの子の服、お前が全部買ってやってるんだって?」
「心外だな。束縛なんてそんなことしてないよ」
「嘘つけ。じゃあその子が合コン行ったらどうすんだよ」
「別に止めないよ。友人は大事にして欲しいし、若いんだからそういう付き合いも必要だろ。まあ10時過ぎる前に迎えに行くけど」
「こういうバーは?」
「俺が連れてく」
「ほらな」

 咲久乃のしたり顔が大変腹立たしい。しかし彼の言うとおりで俺は舌打ちをした。そうだよどんなに格好つけたって直己が俺以外と並んでいるところを想像するだけで腸が煮え繰り返る。俺は吐き捨てた。

「悪いか?」
「大草原不可避」
「ここ、お前の奢りな」
「ふざけんな誰がザルに奢るんだよ。だって面白がるしかないだろこんなん。頑なに婚約者ちゃんの名前教えてくれないし」

 小鳥遊さんとこの末っ子だろ、と咲久乃。俺は片眉を跳ねさせ友人の顔を見た。

「なんだっけ、なおみ?」
「軽々しく俺の直巳の名前を呼ぶな」
「マ~ジでそういうとこ一郎さんにそっくり」

 友人の口から出てきた直巳の兄の名前に俺は顔を顰めた。

「あのヤバい人と一緒にしないでくれ」
「いやお前も十分ヤバイよ」

 自覚なかったんか?と咲久乃が俺の顔を覗き込んだ。
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