初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

文字の大きさ
上 下
19 / 30
追いかけてきた攻めにつかまった受けの話

2-7

しおりを挟む

「…………」
「…………」

 再三の沈黙である。とにかく、ひたすらに、気まずい。
 俺はリビングにある皮張りのソファ、の端っこにジャケットも脱がず小さくなって座っていた。ラグの上に座ろうとしたらソファにしなよ、と言われたのだ。こういうところはいつもの恵さんだと思うのに、彼の口調は相変わらずどこか刺々しいもので俺をいっそう困惑させた。 
 話といっても何を話せばいいか分からなかったし、聞きたいこともたくさんあったけど何を聞けばいいか分からないので俺は俯いたまま無言を貫いていた。

「色々言いたいことはあるけど…」

 びくり、と俺の肩が跳ねる。

「とりあえずそんなに怖がらないでほしいかな」
「あ……」

 ため息まじりの恵さんの言葉に俺は小さく口を開けて、またすぐに閉じた。そんな俺の様子を見た恵さんは「まあ無理か」と呟いて俺の隣に座った。近づいた距離に動揺して体を退け反らせる。肘置きにぶつかった。

「こっち向いて、直巳」

 怒ってる、というより懇願するような声音だった。驚いてパッと顔を上げると、恵さんは眉尻を下げて直巳、と俺の名前を呼んだ。その表情を見て、俺は目を見開いた。なんで、なんでそんな。

「どうして俺の前からいなくなったの」

 やっと絞り出したような掠れ声だった。

「どうしてって、」
「朝目が覚めて君がいなかったと知った時の俺の気持ち、わかる?」

 そんなの分からない。確かに少しぐらい惜しんでくれたらいいなとは思ってた。思ってたけど、どうしてそんな――悲しそうな顔をしているのかなんて分からない。

「直巳」

 恵さんがもう一度俺の名前を呼んで、そっと目を伏せた。その視線は俺のジャケットに注がれている。居心地が悪くて俺はぎゅうと拳を握った。

「これ、俺があげたやつだよね」

 そう言って恵さんはジャケットの裾を持ち上げた。思わずびくり、と肩を揺らす。ジャケットも、今履いているズボンだって恵さんからもらったものだ。こんなことになるならやっぱり服は買い替えておくべきだった。後悔しても遅い。

「ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「それは、」

 未練がましくて、あなたを諦めることができなくてごめんなさい。
 ちゃんと言って、許してもらわなきゃと思うのに、喉に何かが張り付いたように口から音が出ることはなかった。恵さんがさらに距離を詰める。膝と膝がぶつかった。近づいた距離に何か思う余裕はなくて、さらに言うなら何かが決壊しそうだった。
 首を傾げながら、何かを堪えるような――俺の聞き間違いじゃなければ悲しそうな声で恵さんが言った。

「俺のこと嫌いになった?」
「きら、い」

 嫌いって、俺が? 誰を?
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

処理中です...