初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

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初夜の翌朝失踪する受けの話

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 今は紅葉の見頃の時期だ。タイミングが良かったのか、この庭園も紅葉が綺麗だった。誕生日の頃だからと言うのもあるけど、俺は紅葉が好きだ。鮮やかに色づいた木々を眺めながら俺は神崎さんと並んで歩いていた。
 俺の歩幅に合わせて歩く神崎さんを横目で見ながら俺は口を開いた。

「あの、うちの兄がすみません…」

 兄さんの数々の蛮行を思い出しながら俺は言った。あれが神崎家に伝われば普通に大事だ。青い顔の俺を見ながら、神崎さんは何でもない顔でああ、と頷いた。

「小鳥遊家が末っ子をすごい可愛がっているのは有名だから」

 思っていたより普通だったよ、と。心なしかすごい、のところが強調されていた気がする。
 良かったけど、全然良くない。俺の家族はいつもどんな感じなんだ。項垂れている俺を見て神崎さんはあはは、と笑った。

「でも実際に会ってみたら納得したかな」

 神崎さんは俺を見ながらうんうんと頷いた。

「はあ…?」

 どういうことだろう。子供って無条件に可愛いし、そういうことかしら。俺はもう幼子って年齢でもないけど。

「よく分かんない、って顔してる」

 俺の顔を覗き込みながら神崎さんが言った。彼の端正な顔がほんの数センチ先にある。じわじわと熱を持ち始めた頬を隠すようにごしごし拭いながら俺は曖昧に頷いた。俺のどっちとも取れる態度をどう思ったのか、神崎さんは意味深に笑って上体を起こした。離れていく神崎さんに縋るように俺の視線が彼を追う。
 スッと背筋を伸ばした神崎さんは俺を横目で見ながらそういえば、と切り出した。突然変わった話題についていけずに俺はパチパチと目を瞬かせた。

「忙しくて釣書をよく見れなかったんだよね」

 こんなに可愛い子が来るならちゃんと見ておけば良かった、と神崎さん。俺はもっぱら七五三と評判の自分の釣所の写真を思い出しながら、神崎さんが見ていなくて良かったと胸を撫で下ろした。こんな逆写真詐欺の人に見られるなんて考えただけで気が遠くなる。

「俺は良かったです」
「なんで?」

 神崎さんが不思議そうに首を傾げた。俺はヤケクソで七五三写真のことを話した。用意されたスーツが何故か微妙に大きくて七五三感が増したことから、姉さんから学ランにしとけばまだ学生感がでたわね、と言われたことまで全部。神崎さんは小刻みに肩を震わせながら俺の話を聞いていた。

「あれ、直巳くんの通っている中学って学ランだっけ?」
「ブレザーです」
「あっはっは」

 堪えられない、とばかりに神崎さんが大きな口を開けて笑った。優しそうな見た目に反して豪快な笑い方だった。微笑むんじゃなくて口を開けて笑うとまた結構印象が変わる。年相応というか、親しみやすい感じがした。

「はー笑った。ごめんね、直巳くん」
「いえ、笑ってくださって良かったです」

 笑い話として話たのだ。ここまで笑ってくれるとは思わなかったけど。
 ぶっちゃけたことで緊張がほぐれたのか、それから俺はリラックスして話すことができた。好きなこと、苦手なこと、この前見た野良猫の話。神崎さんは聞き上手で、年下の男の話なんてつまらないだろうにどれも楽しそうに聞いてくれて俺も普段より話した。俺ってこんなに喋れたんだって自分でも驚くくらいだった。

「そろそろだね」

 神崎さんが手元の腕時計を見ながらそう言った。聞けばもう1時間経ったらしい。あっという間だね、と笑う彼にそうですね、と頷いた。

「今日はありがとう。俺のスケジュールにも合わせてもらったし」

 学校休ませちゃったよね、と神崎さん。俺は首を横に振った。学校を休むぐらいなら別に何ともない。それより仕事の調整の方が大変だったと思う。

「学校は別に大丈夫です。こちらこそありがとうございました」

 そう言って俺はぺこりと頭を下げた。

「こんな年上の男だけど、これからよろしくね」

 神崎さんの言葉でこの縁談がこのまま進むことを察した俺は内心舞い上がった。神崎さんはそう言ったけど、俺にとってはカッコよくて優しい年上の男の人だ。今日会ったばかりだけど、俺はこの人と結婚したかった。これが恋かは、わからないけど、悪いようにはならないと思ったのだ。

 けど、ふと、彼はどうだろうと思ってしまった。

「あの、」

 口を開いてから女々しいことを聞こうとしてると気づいて、俺は俯いた。そもそも、俺に不満があっても神崎さんは気軽に嫌だと言える立場にない。家格の差はあれど、この縁談は向こうから持ち込まれたものなのだ。

「どうしたの?」

 続きを促すように微笑まれる。それに許されたような気がして俺は小さく深呼吸してから口を開いた。

「本当に俺でいいんですか」

 年下だし、男だし、しかもイケメンでもないし、兄さんや姉さんのように優れてもいない。…改めて考えると本当に良い所がないな。

 唇を噛み締めて所在なさげに立ち竦む俺を見ながら何でもないように彼は笑って言った。

「君がいいんだ」


 ――この瞬間、俺は呆気なく恋に落ちてしまったのだ。
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