4 / 30
初夜の翌朝失踪する受けの話
1-3
しおりを挟む
目の前のイケメンに圧倒されて固まっている俺をよそに、兄さんはついに現れた見合い相手を品定めするかのように頭の先から爪先まで視線を滑らせ、それからふん、と鼻を鳴らした。神崎さんは、そんな兄さんの失礼な態度に苦笑いだけして、兄さんが視線を外したところで俺に向き直った。
「はじめまして、神崎恵かんざきめぐみです」
「えっ、はっはじめまして」
小さく首を傾げて片手を差し出す神崎さんに、俺は挙動不審になりながらペコリと頭を下げて、それからすぐにそうじゃないと慌てて右手を差し出した。羞恥で小さく震える俺の手が取られる。
どこをとってもスマートな彼と比べて鈍臭い自分が恥ずかしくてじわじわと顔が熱くなる。言い訳するなら、まさか兄さんよりも先に俺に挨拶してくるとは思っていなかったのだ。
「ごめんね、学生は握手なんてしないよね」
「い、いえっ、すみません…」
優しくフォローされたけどそれすら申し訳なくて視線を下に落とした。思っていたよりも力強く握られた手もいつ離せばいいか分からないし、これ俺から離したら失礼になるとかあったっけ?
「えっと、小鳥遊直巳です」
よろしくお願いします、とせめてそれだけは顔見て言おうと俺は神崎さんを伺うように見上げた。彼の柔らかな茶色の瞳に不安そうな顔をした俺が映っている。
「……」
「…?」
何か考えているのか、じっと俺を見つめる神崎さんを見つめ返しながら俺は小さく首を傾げた。俺たちの間に沈黙が流れる。
――ゴホンゴホン!
わざとらしい咳払いの音。誰のか、なんて言うまでもない。
「兄の、小鳥遊一郎です。どうもよろしく」
兄の、を殊更強調した兄さんの声と共にパッと神崎さんの手が離れた。ぼんやりしててタイミングを逃した俺の手が空中に取り残される。
何となしに兄さんの方へ顔を向けると貼り付けたような笑みを浮かべていた。兄弟だから分かる、あれは怒っている顔だ。しかも、勘違いじゃなければ俺の手を見ている。とりあえずそっと手を戻した。
「…こちらこそ」
と神崎さんが硬い声で言った。兄さんたちは握手しないんだなあ、とぼんやり眺めていると、神崎さんがそれじゃあ、と口を開いた。
「直巳くんと2人きりにさせていただいても?」
「は?」
今のは?は兄さんだ。何言ってんだコイツ、の顔をしている。兄さんの様子を気にした素振りも見せず神崎さんは平然とした顔で続けた。
「平日の昼間ですし、お兄さんも忙しいでしょう」
直巳くんは私が責任を持って送り届けますから、と神崎さん。兄さんの口元がひくりと小さく痙攣した。
「有給を取りましたので、お気になさらず」
「…それは、なるほど」
神崎さんはパチパチと目を瞬かせた。驚いている、と言うよりこれは多分引いてる顔だ。俺は兄さんからそっと目を逸らした。
「直巳くんはどう?」
神崎さんがパッと俺の方へ顔を向けて言った。
「え」
キラキラとした笑顔が眩しい。気のせいかもしれないけど、どことなく圧を感じる。
「えっと、はい」
俺は流されるままに頷いた。
「直巳、よく考えろ」
と、兄さん。俺はでも、と視線を彷徨わせた。
「一応お見合いだし…」
神崎さんと2人きりになりたい、という下心ももちろんあった。
兄さんがぎゅっと眉間に皺寄せる。神崎さんは満足そうに笑っている。
「そういうことなので」
「……1時間で返してください」
渋々、という体を隠そうともしない兄さんが言った。兄さんとは対照的に、神崎さんはにこやかに頷いている。
何となくまとまりそうな雰囲気とは反対に、今度は俺の心臓がバクバクといい出す。勢いで頷いちゃったけど、兄さんの言う通り早まったかもしれない。
庭園でいい?と言う神崎さんに俺は服の裾を握り締めながら小さく頷いた。
「はじめまして、神崎恵かんざきめぐみです」
「えっ、はっはじめまして」
小さく首を傾げて片手を差し出す神崎さんに、俺は挙動不審になりながらペコリと頭を下げて、それからすぐにそうじゃないと慌てて右手を差し出した。羞恥で小さく震える俺の手が取られる。
どこをとってもスマートな彼と比べて鈍臭い自分が恥ずかしくてじわじわと顔が熱くなる。言い訳するなら、まさか兄さんよりも先に俺に挨拶してくるとは思っていなかったのだ。
「ごめんね、学生は握手なんてしないよね」
「い、いえっ、すみません…」
優しくフォローされたけどそれすら申し訳なくて視線を下に落とした。思っていたよりも力強く握られた手もいつ離せばいいか分からないし、これ俺から離したら失礼になるとかあったっけ?
「えっと、小鳥遊直巳です」
よろしくお願いします、とせめてそれだけは顔見て言おうと俺は神崎さんを伺うように見上げた。彼の柔らかな茶色の瞳に不安そうな顔をした俺が映っている。
「……」
「…?」
何か考えているのか、じっと俺を見つめる神崎さんを見つめ返しながら俺は小さく首を傾げた。俺たちの間に沈黙が流れる。
――ゴホンゴホン!
わざとらしい咳払いの音。誰のか、なんて言うまでもない。
「兄の、小鳥遊一郎です。どうもよろしく」
兄の、を殊更強調した兄さんの声と共にパッと神崎さんの手が離れた。ぼんやりしててタイミングを逃した俺の手が空中に取り残される。
何となしに兄さんの方へ顔を向けると貼り付けたような笑みを浮かべていた。兄弟だから分かる、あれは怒っている顔だ。しかも、勘違いじゃなければ俺の手を見ている。とりあえずそっと手を戻した。
「…こちらこそ」
と神崎さんが硬い声で言った。兄さんたちは握手しないんだなあ、とぼんやり眺めていると、神崎さんがそれじゃあ、と口を開いた。
「直巳くんと2人きりにさせていただいても?」
「は?」
今のは?は兄さんだ。何言ってんだコイツ、の顔をしている。兄さんの様子を気にした素振りも見せず神崎さんは平然とした顔で続けた。
「平日の昼間ですし、お兄さんも忙しいでしょう」
直巳くんは私が責任を持って送り届けますから、と神崎さん。兄さんの口元がひくりと小さく痙攣した。
「有給を取りましたので、お気になさらず」
「…それは、なるほど」
神崎さんはパチパチと目を瞬かせた。驚いている、と言うよりこれは多分引いてる顔だ。俺は兄さんからそっと目を逸らした。
「直巳くんはどう?」
神崎さんがパッと俺の方へ顔を向けて言った。
「え」
キラキラとした笑顔が眩しい。気のせいかもしれないけど、どことなく圧を感じる。
「えっと、はい」
俺は流されるままに頷いた。
「直巳、よく考えろ」
と、兄さん。俺はでも、と視線を彷徨わせた。
「一応お見合いだし…」
神崎さんと2人きりになりたい、という下心ももちろんあった。
兄さんがぎゅっと眉間に皺寄せる。神崎さんは満足そうに笑っている。
「そういうことなので」
「……1時間で返してください」
渋々、という体を隠そうともしない兄さんが言った。兄さんとは対照的に、神崎さんはにこやかに頷いている。
何となくまとまりそうな雰囲気とは反対に、今度は俺の心臓がバクバクといい出す。勢いで頷いちゃったけど、兄さんの言う通り早まったかもしれない。
庭園でいい?と言う神崎さんに俺は服の裾を握り締めながら小さく頷いた。
229
お気に入りに追加
3,142
あなたにおすすめの小説

当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる