初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより

文字の大きさ
上 下
3 / 30
初夜の翌朝失踪する受けの話

1-2

しおりを挟む
 それから実際にお見合いに至るまでに色々あって(主に俺の家族によるイチャモンだった)最終的にその年の秋、ちょうど俺の誕生日の頃に顔合わせが行われた。


 ――その日のことは、多分俺は死ぬまで忘れないと思う。




「遅い」
「まだ5分前だよ、兄さん」

 ホテルのロビーに飾られている大時計を親の仇でも見るかのような形相で睨みつけている兄さんを見ながら俺は苦笑した。
 俺と兄さんは今、見合い相手である神崎さんをホテル――うちの強い希望で小鳥遊家が所有しているホテルだ――で待っている所だった。本当は母さんあたりに付いてきて欲しかったのだけど、兄さんが頑として譲らなかったのだ。たかが俺の見合いなんかのために多忙の中仕事を調整して有給まで取られたんじゃ、ただでさえ無理を言っている俺が突っぱねることは不可能だった。
 最後まで――というか今もこの見合いに反対している兄さんはふん、と鼻を鳴らして憮然とした調子で言った。

「可愛い直巳を待たせるなんてどうかしてる」
「またそんなこと言う…」

 歳の離れた弟が可愛いのはわかるけど客観的に見て俺の容姿はどんなに頑張っても中の上程度だ。身内の前ならともかく神崎さんの前では本当にやめてほしい。

「それに5分前行動は社会人の基本だ」
「社会人だから忙しいんだろ」

 兄さんだって忙しいじゃないか、と俺。
 神崎さんは俺の8個上で、確か今は22か23歳だったはずだ。世間で言うところの新卒だけど在学中から経営に携わっていたようだからそんな可愛いモンじゃないわね、とは姉さんの話だ。

「直巳と会うのに仕事を優先してる方がおかしいだろ」
「言ってることがめちゃくちゃだ…」

 本当にこのお見合いが嫌なんだな……。自分だって今まで何度もお見合いをしてるくせに。そう言うと俺はお兄ちゃんだからいいんだ、と訳のわからない返事が返ってきた。なんだそれ。
 しばらく兄さんとくだらない言い争いをしていると、小鳥遊さんですか、と声をかけられた。ピタリと言い争いを辞めた僕と兄さんは、同時にその声の方へと顔を向けた。

「遅れてすみません」

 現れた人を見て、俺は驚きのあまり目を見開いた。


 彼を見てまず思ったことはこれだ――逆写真詐欺?
 釣書の写真なんて実物より3割増で良くなっているもんだと思っていたんだけど、神崎さんはそうじゃなかった。スッと通った鼻筋と薄い唇が完璧な位置に配置されているのも、柔らかそうなオリーブブラウンの髪を後ろに撫でつけスタイルに合った品の良いスーツを身に纏った一分の隙もない姿も変わっていなかった。つまり釣書の写真のまま、本当にそのままだったのだ。違ったのは写真だと温度の感じない無表情だったのが、人の良さそうな笑みを浮かべていたところだ。写真の彼は人を寄せ付けないような寒々しい雰囲気があって、気難しい人かもしれないと覚悟していたのだけど、タレ目気味の目尻をさらに垂れさせて小さく微笑む彼からはそんな感じは全くしなかった。

 とんでもない男が来てしまった。

 実際に会った彼に対する率直な感想である。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

処理中です...