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初夜の翌朝失踪する受けの話

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 それから実際にお見合いに至るまでに色々あって(主に俺の家族によるイチャモンだった)最終的にその年の秋、ちょうど俺の誕生日の頃に顔合わせが行われた。


 ――その日のことは、多分俺は死ぬまで忘れないと思う。




「遅い」
「まだ5分前だよ、兄さん」

 ホテルのロビーに飾られている大時計を親の仇でも見るかのような形相で睨みつけている兄さんを見ながら俺は苦笑した。
 俺と兄さんは今、見合い相手である神崎さんをホテル――うちの強い希望で小鳥遊家が所有しているホテルだ――で待っている所だった。本当は母さんあたりに付いてきて欲しかったのだけど、兄さんが頑として譲らなかったのだ。たかが俺の見合いなんかのために多忙の中仕事を調整して有給まで取られたんじゃ、ただでさえ無理を言っている俺が突っぱねることは不可能だった。
 最後まで――というか今もこの見合いに反対している兄さんはふん、と鼻を鳴らして憮然とした調子で言った。

「可愛い直巳を待たせるなんてどうかしてる」
「またそんなこと言う…」

 歳の離れた弟が可愛いのはわかるけど客観的に見て俺の容姿はどんなに頑張っても中の上程度だ。身内の前ならともかく神崎さんの前では本当にやめてほしい。

「それに5分前行動は社会人の基本だ」
「社会人だから忙しいんだろ」

 兄さんだって忙しいじゃないか、と俺。
 神崎さんは俺の8個上で、確か今は22か23歳だったはずだ。世間で言うところの新卒だけど在学中から経営に携わっていたようだからそんな可愛いモンじゃないわね、とは姉さんの話だ。

「直巳と会うのに仕事を優先してる方がおかしいだろ」
「言ってることがめちゃくちゃだ…」

 本当にこのお見合いが嫌なんだな……。自分だって今まで何度もお見合いをしてるくせに。そう言うと俺はお兄ちゃんだからいいんだ、と訳のわからない返事が返ってきた。なんだそれ。
 しばらく兄さんとくだらない言い争いをしていると、小鳥遊さんですか、と声をかけられた。ピタリと言い争いを辞めた僕と兄さんは、同時にその声の方へと顔を向けた。

「遅れてすみません」

 現れた人を見て、俺は驚きのあまり目を見開いた。


 彼を見てまず思ったことはこれだ――逆写真詐欺?
 釣書の写真なんて実物より3割増で良くなっているもんだと思っていたんだけど、神崎さんはそうじゃなかった。スッと通った鼻筋と薄い唇が完璧な位置に配置されているのも、柔らかそうなオリーブブラウンの髪を後ろに撫でつけスタイルに合った品の良いスーツを身に纏った一分の隙もない姿も変わっていなかった。つまり釣書の写真のまま、本当にそのままだったのだ。違ったのは写真だと温度の感じない無表情だったのが、人の良さそうな笑みを浮かべていたところだ。写真の彼は人を寄せ付けないような寒々しい雰囲気があって、気難しい人かもしれないと覚悟していたのだけど、タレ目気味の目尻をさらに垂れさせて小さく微笑む彼からはそんな感じは全くしなかった。

 とんでもない男が来てしまった。

 実際に会った彼に対する率直な感想である。
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