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初夜の翌朝失踪する受けの話

プロローグ

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「本当にいいの?」
「いーって何度も言ってるじゃん。結婚式なんて柄じゃないし」

 俺の着飾った姿なんて誰も見たくないでしょ、と口を尖らせると目の前の婚約者――めぐみさんはそんなことないよ、と困ったように笑った。眉根を下げて俺は見たいけどな、と再度重ねる彼を見てちょっと子供っぽすぎた、と反省する。あんな風に自分を卑下するような言い方をしたら優しい恵さんはそう言うしかない。
 手持ち無沙汰に絡ませた自分の指を眺めながらどう言えば彼が納得するか考えて、結局思いつかずに何度も繰り返した理由を口にした。

「そりゃ恵さんがタキシード着てるとこは見てみたいけどさ。式典とか、そういうちゃんとした場って緊張するから嫌なんだよ」

 恵さんは顎に手を当ててしばらく考えたあと、それってさ、と首を傾げた。その動きに合わせて彼の絹糸のような髪がサラサラと流れる。  

「俺がずっとそばに居てもだめ?」

 恵さんがずっとそばにいたら俺は不整脈が悪化して病院に運ばれると思う。

 心の中だけでそう言い返して、俺は真顔で首を横に振った。

「だめ」
「……したくなったらいつでも言うんだよ」

 したくなることなんて絶対ないけど、ここでそんなこと言ったらまた言い合いになるから俺は神妙な顔で頷いた。
 恵さんはまだ何か言いたげな顔をしていたけど、小さくため息をついてから、そういえば、と手元のパンフレットを手に取った。ようやく変わった話題に俺はこっそり胸を撫で下ろす。 

 恵さんに語ったことは別にまるっきり嘘というわけじゃない。日直の挨拶ですら緊張して顔が真っ赤になってしまう赤面症の俺は結婚式なんてやったら終わる頃にはきっと茹で蛸になっているし、そんな自分を想像しただけで憂鬱な気持ちになるのは事実だ。ただやりたくない本当の理由はもっと別のところにあって、恵さんは俺が嫌だと言ったら絶対に無理強いはしないってことを、知ってただけ。もっとも、やりたくないと話したのは半年も前のことだから、正直今日まで揉めることになるとは思っていなかったんだけど。


 結婚式を挙げたい彼と、絶対に挙げたくない俺の意見はこの話が持ち上がった時からずっと平行線を辿っている。普段の恵さんはニコニコと笑って俺の意見を優先してくれるんだけど、何故か結婚式だけは頑なに挙げたがるのだ。そんなに式、挙げたいのかな。女の子ならわかるけど、男でも結婚式への憧れとかあるのだろうか。
 ……かく言う俺は、実はあった。
 と言っても世の中の女の子と違って可愛いドレスを着たいとかじゃない。彼のーー神崎恵と挙げる結婚式に憧れていたのだ。
 でもさ、と心の中で独りごちる。
 結婚式なんてしちゃったら、周りは恵さんのこと既婚者だと思っちゃうだろ。

 ーー恵さんは俺の婚約者だ。だけど、彼の好きな人は俺じゃない。
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