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第6話

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 その時俺は理解した。
 背中を突かれたのだと……

 フェンシングに『上段背面突きトゥシュ・パール・ドゥシュ』と言う技がある。
 上段からの刺突で相手の剣を超え背中を突く技で、フェンシングには背中を攻撃する技が幾つか存在する。

 俺の袈裟斬りは間違いなく胸に当たった。
 実戦ならケインの胴を斬り裂いて鮮血の華を咲かせただろう。
 ただし、俺も背中に一撃貰った上で……

「私の負けです」
「……そんなことはない。俺は背中に一突き貰っている実践なら骨を折られていた」
「それをいうのであればその折れた骨は、背骨ではありませんので剣士生命を絶たれる程ではありません」

「……」
「剣の間合いや筋力差を考えればアーク様の圧勝です」
「今回は、完全勝利《パーフェクトゲーム》が達成できると思っていたんだがな……」

「大人の尊厳として何とか阻止させて頂きました。申し訳ございませんが後は自主練で願いします」
「判った……」

………
……


「一年……僅か一年で俺を超えたか……」

 この一年で取り繕うのが上手くなっていた皮が剥がれる。
 剣を教え始めて一年。
 そのうちの一割は身体作りに費やしたのだが……それでも人生の殆どを費やしてきた剣を僅か一年で追い抜かされた。

「人生何があるか判らんものだ。全く嫌になる……こうもまざまざと才能の差を見せつけられると、努力するのが馬鹿らしい所詮俺は凡人なんだ」

 思わず乾いた笑いが漏れる。
 
 ああ、ダメだ。
 もう取り繕えない。
 今まで押しとどめていた感情が溢れて来る。

 この一か月手加減したことは、ただの一度も無かった。
 むしろ殺す気で戦ってきた。
 この一か月は戦地に居る気持ちだった。

 寝た気がしなかった。
 小さな物音で目が覚め、起きていても過敏に反応してしまう。
 そんな自分が嫌で自然と酒に手が伸びた。
 
 アーク様との試合は、本当に命のやり取りをしているようなヒリつきを感じていた。
 いつも体格と射程だけが勝負の分かれ目だった。
 

 その目を背けたくなる現実をまざまざと見せつけられ酒が増えた一月だった。
 だが今日は違った。
 大人だからそんな単純な理由ではなく、知識と経験で勝負に負けて自分に勝ったのだ。

「あぁ^~~たまらねぇぜ」

 心が震えるのを感じる。
 それは悲しさと嬉しさが複雑に入り混じったモノだった。
 アークが英雄譚ならば、俺は誰にも歌われる事の無い忘れられた存在。

 だがアークの偉業が歴史に語り継がれるのであれば、それは自分の生きた証を未来に残せるのと変わりない。
 その気持ちは名君に使える名もなき臣に等しい。
 
「英雄にはなれなかった。だけど……英雄の師匠にはなれた……俺の人生も案外捨てたもんじゃなかったな」





 俺は10歳になった。
 今日も普段通り稽古をしていると……
 自分とよく似た顔の少女は、鋭い視線で俺をギロリと睨み付ける。
 黒髪赤目……実に中二心を擽る容姿だ。

「あの子誰?」

 傍に使えた子守メイドに訪ねる。
 メイドは気を利かせてタオルを手渡してくる。

「彼女はアーク様のお姉さまです」

「ふーんそうなんだ」

 生返事を返すと、メイドが差し出したタオルで汗を拭う。
 素性を訊いてみたものの、元々対して興味はない。
 今一番大切なのは、破滅の運命に抗う術を見つけることだからだ。

 普段顔を合わせることが無かったから、姉だと思っていなかったけれどどうやら俺には姉がいるらしい。
 子守メイドの話によると、俺より二歳年上で剣の腕が立つらしく元々は彼女――エクレールの方が剣才があるともて囃されていたようだ。

「アーリマン家は武の名門ですから、貴族の家の娘としてエクレールお嬢様には並々ならぬ思いがあるのでしょう」

「並々ならぬ思いねぇ……」

 コップに入った水を飲み干すと先ほどの少女。
 エクレールが現れた。
 物騒なことにその手には木剣が握られている。

「アーク! アンタあたしと勝負しなさい!!」

「判りました。姉上……」


………
……

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