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第49話修羅場
しおりを挟む煉瓦造りの立派な店の木戸を開けると店内に入る。カランカランと木戸鈴《ドアベル》が鳴り響き、店員に客が入った事を知らせた。
店内は温かみを感じる化粧板で覆われており、所々見える煉瓦がお洒落に見える。
「やぁ! アルタ昨日、尖枝大角鹿を14頭ほど倒したんだ。お裾分けで肉を持ってきたんだけど……出直した方が良さそうだね……」
アルタの顔色は酷く、いかにも徹夜続きの社畜と言った様子だった。
「アーノルド来てたの? ごめんなさい。今忙しくて……」
そう言った彼女の手元には、手縫いの洋服が置かれていた。
「裁縫ならお針子さんにお願いすれば良いじゃないか? 君はデザインを起こすまででいい。ううん、アルタの性格を考えても型紙を引く所まですればいいじゃないか……」
アルタの忙しさを見て俺はそう呟いた。
型紙を引くには、豊富な経験に基づく高度な技術はもちろん、人体の構造や、生地・素材・糸・付属品などの特性に関する知識が求められ、例えプロでも一つのパターンを引くのに1,2日かかる。
そして型紙はデザインと言う、空想上の創造物をこの世に再現するための設計図でありそれが出来ないと、試作品である。仮縫や縫製、どの生地を使うのかすら決める事が出来ないのだ。
その高い専門性が故にパタンナーと言う専門職まであるぐらいだ。
「確かに私の本分は宝飾職人だけど……革や洋服まで自分で作らないと気が済まない完璧主義者なのよ! 足元から頭までコレが私の掲げるブランドコーデなのっ!」
アルタは力なく擦れた声で叫んだ。
無理、無茶、無謀……それでもクリエイターにはやらなきゃいけない時がある。きっと彼女にとっては今なのだろう……
「分かった。山場いつまでだ?」
ミナの剣の装飾の件では無茶を言った。その責任が俺にはある。流石にデザインを起こしたり、型紙を引いたりは出来ないが……一定の間隔で服を縫う事は出来る。
「遠方からの依頼で間に合いそうにないのは、二枚ぐらいかな……あとはまだ時納期まで間あるし……」
衣装二枚なら以前やった事があるレベルだ。二人でやれば終わる。
「俺も手伝う!」
「けど!」
アルタは語気を強めて否定する。俺だってそうだ、「出来が悪いから誰かが残りやるから」と言われたら、クリエイターなら自分だけで完成させたいと言う欲は絶対にある。
その感情を否定するつもりは全くない。だが、クリエイターではなく、経営者としてのアルタの理性は不味いと思っているだろう。だから俺はソコを突く……
「間に合いそうにないんだろ?」
「――――っ」
否定の言葉も肯定の言葉も何も出ないようだ。
鞭のあとは飴だ。
ここで畳みかける!
「何年幼馴染をやってると思っている……俺に裁縫を仕込んだのはお前だろう?」
俺はそう言ってアルタの手を握る。
「……お前の弟子を信じろよ……」
力強い言葉でアルタに声を掛ける。
「分かった。手伝って、アーノルドが手伝ってくれれば1.3人分の作業が進む! 今夜は眠れると思わないで!」
1.3人分って何気にヒドイな……俺0.3人分の戦力しかないじゃん。まぁ本職でもない俺が0.3人分の戦力と言うのは、喜んでいいモノか少し悩む。
「もう少しニュアンスが違うと嬉しいんだけど……」
俺は茶化したように笑う。暗く落ち込んだアルタの心を明るくするべく軽いネタをかます。
「馬鹿言うんじゃないわよ。何年幼馴染してると思ってるのよ」
「それもそうだな」
ジョークとは言え踏み込み辛い部分に踏み入ってしまった。
「今度お礼してあげるわ、暇な時に新しい靴と初めてだけど革鎧作ってあげる。冒険者してるんだし鎧ぐらい着ないとね」
「いいのか?」
「いいわよそれぐらい。お祝い事やお祭り時が一番忙しいけどそれ以外は暇だもの、新しい事に挑戦したいのよ……」
昔みたいに大きな毛布に二人で包まれながら、針を刺して糸を通していく……
毛布からは太陽の匂いがするし、隣からはアルタの……女の子のニオイもする。
俺は出来るだけ意識しないように気を付けながら、一針、一針丁寧に縫っていく……気が付くと朝になっていた。
昼になる頃には作業は終了し、ロースとモモ肉のステーキとヒレカツ、筋とアバラで出汁を取っと煮込みを二人で平らげ、俺は家に帰る気力も起きずに、徹夜明けのアルタと一緒にベッドで気絶するように意識を失った。
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