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第10話引っ越しafter

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 階段から転げ落ち、強打した腰を休めるため、自室のベッドに体を丸めて寝転がっている時、数舜うたた寝したようだ。

コンコン、コンコンと小気味良い音が、自分の呼吸音しか聞こえなかった室内に響き、ゆっくり意識が覚醒してゆく。

(誰だろう?)
ふとそんなことを寝ぼけた意識で考えていると……

容保かたもりくん、ちょっと……いいかな?」

(女の子の声でゆっくり目が覚めていくって心地いいんだなぁ)
なんて考えていたら、ちょっと間があいてしまったらしい。

「えっと、お邪魔しまーす」 

遠慮がちな小声と共に、義姉の菜月なつきさんが顔を覗かせる。返事が遅れてしまったせいで寝ていると思われたようだ。


まっ、不味い……返事しないと

「ん~~」

シャワーでも浴びたのかちょっと余所行きになった菜月なつきさんは、寝起きの俺には少しばかり眩しすぎる。


「もぉ~~っ起きてるなら返事してよぉ~~」

ぷくりと頬を膨らませる菜月なつきさん

変顔までカワイイとか……反則かよ!

「ねぇっ! 訊いてるの?」

 ぐぃっと彼女の整った顔が近づく。
視界の大半が顔で占められ、その息遣いも生々しい距離。


 ~これ『ガチ恋距離』ってやつじゃね?~


「ご、ごめん!それと菜月なつきさん…その、顔、顔近いです……」

 俺の一言で我に返ったのか、サァーっと紅葉のような赤色が耳朶を染める。


「ご、ごめんなさい。返事が無かったから……つい、ね……」

 距離を詰めるのが上手い菜月なつきさんでも、テレてしまっているようで、前回のような距離の取り方の妙を感じない。

「俺も少し寝ちゃってたみたいで……申し訳ない」

「重いモノを運んでいたんだもの、仕方がないよ」

「元から体力不足なのに、受験で運動不足でより体力がなくなってたから、自業自得だよ」

「そんなことないと思うけど……。
で、おじさんがね、一旦ここまでにしようって言ってるのよ。
それで今から外食に行くか、なんなら弁当でも買ってくるっていってるんだけど……どうする?」

 たぶん腰の心配への配慮で、痛むようなら弁当にするつもりなんだろう。
余計な不和を産みたくない俺は、少し強がることにした。

「外食で問題ないよ、ってか外食行きたい。
折角、引っ越し代を浮かせたんだから美味いモノ食べたい!」

 と、食い意地の張った青少年を目一杯演じる。

「……腰、痛いよね?」

 俺が外食を選んだ事に納得がいかなかったのかな? 
彼女の罪悪感を消すため、努めて明るくこう続けた。

「確かにまぁまぁ痛いけど、それ打撲痛じゃなくて筋肉痛的なものだから、もう転んだことは気にしないで。
それより明日全身筋肉痛になりそうで、そのほうが怖いw」


「そ、そうなんだ……」

 その数秒の静寂の裏で飲み込んだ言葉は何だったのだろう……


少し気になるが、過ごした時間が短い俺には推察する程、彼女への理解がない。なんでだか分からないがそのことが歯痒かった。


「……じゃぁ私、おじさん達に御夕飯の件、伝えてくるね」

 そういって部屋から出る一歩手前で立ち止まった菜月なつきさんは、なにか覚悟を決めたようにこう続けた。


「私の荷物運んでくれてありがとう……それとごめんね。
実は運んでもらったダンボール箱、タグが『本』って書いてあったアレ、実は私の『下着』だったの……」

なん……だと……

 彼女の発言は頭を鈍器で殴られたような強烈なものだった。
 
(無意識にとはいえ)義姉の下着を率先して運び、(不可抗力とはいえ廊下に)それ(色とりどりのちっちゃい布たち)をぶちまけた所に寝転んでいた俺。


(事実無根だが) 絵面《えづら》は完全に事案である。


 確かに、あの時菜月なつきさんは酷く焦っていた。
 自分が頼んだ事で俺が怪我をしたからだと思っていたが、下着を見られたことも恥ずかしかったようだ。

「たははははっ、そりゃ書いてあるタグ通り積めば、バランスも崩れるってもんだよね……」

 自分を責めるような口調で ”なぜ俺が階段から落ちたのか?” を説明してくれる。

「……」

「下着を見られたことも恥ずかしかったけど……自分のせいでの怪我ってすごく焦っちゃった。
これから家族になる年頃の男の子がいるから、エチケットとして隠さないとって思った結果がコレだよ。ほんとにごめんなさい」

菜月なつきさんが謝る必要はないですよ。
そもそも階段から落ちたのは、たくさん運んで良い所を見せたいと思った末の俺自身の不注意が原因です。
菜月なつきさんが思う通り配慮は当然です。」

「……」

「それに菜月なつきさんは綺麗な女性《ヒト》だから、家族として接しなきゃいけないのに、俺は女性として見てしまっている部分が正直あります。
できるだけ俺も気を付けるので菜月なつきさんも引き続き気を付けてください」

「あはははは、それは私だってそうだよ」

 先ほどまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすような笑みを浮かべ、彼女は続ける。

「今日から義姉弟ですなんて言われたって、はいそうですかとはいかないって、だから『菜月なつきさん』じゃなくて『義姉さん』って呼ばせて、関係性に明確な一線を引きたかったの」

 どうやら彼女も色々考えているようだ。

「そうね。年頃の男女が一つ屋根の下で義理の姉弟となる……自分で言うのもアレだけど随分とベタなラブコメ設定ね」

「そうですね。それも周回遅れの設定です」

 彼女の意見に完全に同意する。

今の流行りは甘々系だろうか? しらんけど……

「私達は両親の為にも、いい関係を築いていけるようにしないとね……そのためには嘘がヘタな義弟の嘘を信じてあげますか……」

「なっ!」

 バレてないとは思っていなかったが、まさか本人を目の前にして言うとは思わなかった。

「一応、私が義姉なんだし女の子の方が精神も大人なんだから義弟キミが敵う通りはないのだよ!」

 人指指を立てて腕を前に突き出し、腰に手を当て捻るその仕草からは平成初期の香りを感じた。
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